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もし津軽為信が豊臣秀吉から南部征伐の許可を取り付けるため上洛を目指したら  作者: 俣彦『短編ぼくのまち』


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拗ねてる?

 徳川家康の本陣から戻った津軽為信を待っていたのは、大坂城の書院時よりも冷え切った石田三成の視線でした。

 「……徳川殿の陣へ足を運ばれたそうですね、為信殿。」

 仮宿の奥、三成はこれ以上ない程不機嫌な顔で言い放ち。手元の書状を整理する手付きもどこか乱暴。

 「あの東海の大狸に直談判とは恐れ入る。豊臣の法を司るこの三成の目を盗み、他家の重鎮に縋るとは……我が仕掛けが、それ程信用できませんでしたか?」

 完全に拗ねている三成の姿に、横の沼田祐光は生きた心地がしません。しかし、為信はぬけぬけとした笑みを浮かべ、三成の前にどっかりと座り込みました。

 「いや何、治部少輔様。南部が前田利家卿を動かしたと聞きましてな。実直なあなたに、これ以上の無理をさせて立場を悪くしたくなかった。それだけのことです。それに……あの大狸、こちらの『実直さ』に絆されて、前田卿を直々に宥めてやると約束してくれましたぞ。」

 その言葉に、三成はフンと鼻を鳴らしました。

 「……前田卿を止められなかったのは、私の不手際。あの南部信直の執念深い陳情の速さを見誤りました。しかし徳川殿だけに恩を売られたままでは、豊臣の奉行としての面目が立ちません。」

 三成はすっと面を上げたその瞳は。いつもの冷徹でありながら、激しい熱を帯びた光を宿しました。

 「前田卿との橋渡しは、この三成が引き受けましょう。それだけではない。南部がさらに他の有力者を抱き込もうとするならば、先手を打つまで。これより、五大老の上杉景勝殿、さらには毛利輝元殿、宇喜多秀家殿へ、私が直々に手を回します。津軽の朱印状に、これら豊臣の重鎮全員の『お墨付き』を与え、南部の退路を完全に断ってご覧にいれましょう。」

 あまりにも完璧で、そしてあまりにも献身的な三成の言葉。祐光は、この不器用で真っ直ぐな男の優しさに思わず涙ぐみそうになりました。為信もまたいつもの不敵な笑みを収め、心からの感謝を込めて三成を見つめました。

 「治部少輔様……。そこまで我が津軽のために動いてくださるとは。誠に。なんと礼を言ってよいか分からぬ。」

 「勘違いしないでいただきたい。」

 三成はぷいと横を向き、ぶっきらぼうに言いました。

 「私はただ、殿下が一度下された決定が、他大名の陳情ごときで覆る不条理が許せないだけです。……それに約束の白鷹と私の分の鷹もまだ受け取っておりませんからな。」

 その様子がおかしくて、為信は小さく吹き出しました。そして、ふと思いついたように、さらに悪戯っぽい笑みを浮かべて三成に問いかけたのです。

 「治部少輔様。……もう一つ、厚かましいお願いをしても宜しいでしょうか?」

 三成は呆れたように肩をすくめ、しかしどこか楽しげに、こう応じました。

 「ふん、あれだけの大嘘を並べておいて、今更何を遠慮される。……もう一つ『だけ』で、本当に良いのでありますか?」

 三成が完全にこちらのペースに乗ってきたのを見計らい、為信は身を乗り出し、真っ直ぐにその目を覗き込んで一言、こう放ちました。

 「――津軽の発展に、協力していただく事は出来ませんか?」

 「……何?」

 三成の動きが止まりました。

 「下北と鹿角を毟り取ったのは、ただの南部の盾とするためではございませぬ。あそこを起点に、我が津軽は莫大な富を生み出す地へと生まれ変わる。しかし我らは北の田舎大名。京や大坂の最新の交易の仕組みも、効果的な金山の掘り方も、畿内の流通の動かし方も分かりませぬ。それを教える、いや、共に津軽の未来を設計してくれる、日ノ本一の『頭脳』が必要なのです。」

 為信の言葉は、熱を帯びていました。

 「石田三成という稀代の奉行の知恵を、我が津軽の未来に貸していただきたい。これは政治の駆け引きではない。俺からあんたへの、男の頼みだ。」

 陣幕の中に、再び静寂が訪れました。

 三成はしばらく呆然と為信の顔を見つめていましたが、やがて、これまでにないほど深く、満足げな溜息を漏らしました。

 「……全く、あなたという人は。鷹狩の餌場と言い、人の知恵と言い、タダで手に入るものは何でも貪り尽くすつもりですか。」

 三成は口元を緩め、筆を執ってさらさらと書状を認め始めました。

 「良いでしょう。私の算術と兵站の組織術、津軽の発展のために余すところなく注ぎ込んで差し上げます。その代わり、私の設計通りに国造りを進めていただきますぞ。……覚悟されよ、為信殿。私の指導は、南部の軍勢よりも厳しいですからな。」

 「ははは! 望むところよ!」

 為信は豪快に笑い、三成とがっしりと握手を交わすのでありました。

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