七話 揺れて夢見て行きかって
七話 揺れて夢見て行きかって
0.洞窟
〝砂の嵐〟に遭遇した。
早朝のことだった。僕らが通ってきた方角に、あの砂嵐がやってきたのだ。
自然の暴風などではなく、〝砂の怪物〟の最強格の一角だ。
「透明になるヤツらが喰われてるっぽい……私たちも危ないかも」
すぐに出よう、とリンさんが言った。
またあわただしく出発し、砂嵐から距離を取る。
けど今度は運悪く、巨人に遭遇してしまった。
幸いなことに、僕らは大きな岩の陰にいて、巨人に発見されてはいない。
しかし岩のまわりには何もなく、巨人は何かを探してうろうろしている。見つかるのは時間の問題だった。
「リンさん、こっち!」
だが、誰かが洞窟を見つけた。
岩と地面の間から入ることができる。
車が入れる大きさではないけど、そこにしばらく隠れていれば、巨人はいずれ立ち去るだろう。
砂嵐でなく巨人なら、車までは食わないはずだ。
車を置いて、徒歩で洞窟に入っていく。
中は広く、大勢が休むのにじゅうぶんなスペースがあった。
「私が入り口を確保しておく。みんなは休んでいていいよ」
リンさんがそう言ったので、みんなはそれぞれの好きな場所に腰をおろした。
わざわざ布団を持ってきて、そこで寝ている人もいる。
(――ん?)
そんな中で、ひとりで奥へむかっていく人を見かけた。
僕はあわてて呼び止める。
「待って。ひとりだと危ないよ」
「ほっといてえな」
パーカーのフードで顔を隠している女の子。
ポケットに手を突っこみ、話し方もぞんざいな感じだ。
「見ちゃったらほっとけないよ」
「せやったら、あんたがついてきて。うちは奥に行きたいんや」
「わかったよ。危なくなったら、引き返すからね」
「…………」
彼女は返事もせずに歩きだしたが、さっきまでよりゆっくりだった。
1.笑い声
奥へむかうことを、リンさんに報告した。
「じゃあセムを連れていきなよ。彼なら腕も確かだし」
「えっと、お願いしてもいいですか」
「ああ」
「じゃあお願いします。あ、あの子が行っちゃう」
「急ごう」
それから僕らは、女の子の持つライトをを追って、洞窟の奥へと進んでいった。
するとその子が――大阪弁で話しかけてくる。
「あんた、いっつもリーダーにくっついてる子やんな」
リーダーというのはリンさんだ。
この旅は、彼女の主導で動いているといっていい。
「はい。僕は響太です」
「名前はよう聞くわ。ああ、うちは琴音や。和楽器の琴に音と書いて琴音」
「おれは……知ってるな」
「セムやろ? リーダーが何回も言うてたせいで、イシアタマの方で覚えそうやけどな」
くくっと笑う琴音さん。
セムはいつもどおりの無表情だ。
「ええっと、琴に音って、きれいな名前ですね」
「うちは何にも弾けへんし、ド音痴やけどな」
話をしつつも、琴音さんはまったくこっちを見ようとしない。
ちゃんと聞いてくれているが、あまり興味がないようだ。
彼女の好奇心は、この洞窟の方にむけられているらしい。
「自分も男の子やったら、洞窟とかに興味はないか?」
「すこしはありますけど……」
「せやったら、うちといっしょに探検しようや」
フードで顔が隠れているが、いまはほほ笑んでいるのがはっきりとわかる。
「……わかりました。行けるだけ行きましょう」
「なんや。今度はえらい乗り気やん」
「僕が乗ったら、ストッパーがいなくなると思ってたんですよ」
「ずいぶん慎重なんやなあ」
くけけ、と彼女が笑いだす。なんだかいやな笑い方だ。
「……暗いなあ」
「あの光ってる子でも連れてきたらよかったかな」
僕は雰囲気のことを言ったのだが、彼女は洞窟の暗さと思ったようだ。
「そういえば彼女も、洞窟ではなかったけど、似たようなところで出会いましたね」
「へえ。そこには何かなかったん?」
「何百年も前の古城とか、壁に刻まれた古代文字とかがありましたよ」
何気なく口にしたのだが、琴音さんは僕の肩をつかみ、鼻がぶつかりそうなほどに身を乗り出してきた。
「マジで? それちょっと聞かせてえな」
「ええっと、僕もスイから聞いた話なんですが――」
彼女に乞われ、噛みくだいて説明してみる。
あの日、スイが聞かせてくれたことだ。
「えっ。あの子って、そんなに長く生きてるん?」
「ふつうに考えれば荒唐無稽なんですけど、話していると、なんだか嘘とは思えなくて」
「何ゆーてんねん。それならこの状況が、そもそも荒唐無稽やろ」
たしかにそうだった。
僕らは巨人に召喚されて、こっちの世界に転移したのだ。
「ほんならその子は、山から離れてよかったん?」
「王女の地位は、べつの人に譲っていました。そもそもあそこにある〝宝〟を置いといて動かさないことが重要みたいで」
「なるほどなあ。まあ、それならよかったけど」
はじめは、琴音さんはもっと人嫌いな印象だったが、話してみるとそうではなかった。
あるいは、最初だけ人づきあいのハードルが高い人なのか。
何にせよ、好きな話題だととたんに饒舌になるタイプらしく、会話はかなり弾んでいる。
琴音は指さきをペロッと舐めると、いろんな方向につきだしていた。
「まだ風の流れがある……どっかにつながってるな」
「地獄ですかね」
「奈落の底かもしれん」
「お先真っ暗ってやつですね」
ヘンな冗談を言い合い、僕と琴音さんは笑いあった。彼女に背中を叩かれまくる。
「ああ、なんでこういうのは興味がつきんのやろ」
「それを訊こうと思ってたんですが……」
「わからんねん。自分のことやけどな」
「僕も好きですし、その理由を説明できるかって言われると」
「まあ、そういうことやな。なぜか、心が惹かれる。それでええんかもな」
そう言って琴音さんは、くぐもった笑い声をこぼしだす。
僕もつられ、なんだか楽しくなって笑った。
2.この洞窟とライフストーンの秘密
暗やみの中から、足音が近づいてきていた。
僕はとっさにライフルをかまえる。だが、セムに制止された。
「警戒する必要はない。敵ではないのだ」
セムに言われ、銃口を下にむける。
そしてその足音の主が、暗やみから姿を現した。
「――戦士長?」
石の肌を持つ男が二人。
スキンヘッドのがっしりとした男と、革帯を顔に巻いた細身の男。
「お前たち……!」
セムは二人の方へむかうと、三人でがっしりと抱きあった。
彼らがセムの探していた、前にはぐれた戦友たちなのだろう。
「生きていてよかったです」
「お互いにな」
三人は短い言葉を交わしあうと、互いの肩を叩きあい、それから僕らの方をむいた。
「すまんな、置き去りにして。我が戦友たちを紹介しよう……禿頭が剛腕のセーロンで、マスクが偵察や斥候に長けたセトアだ」
二人が頭を下げたので、僕らも頭を下げる。
「僕は響太です」
「うちは琴音。なんか三人とも、この洞窟の番人みたいやな」
琴音さんが笑って言う。
洞窟の壁や天井は、彼らの肌と似た色だ。
「ほう。聖地の番人とは悪くない」
スキンヘッドのセーロンが笑う。
セトアの方は、よくわからない。
ところでセーロンの言葉の中に、とても気になる単語があった。
「あの、聖地ってなんですか?」
「ここは我らの仲間の聖地なんだよ。十二年前、べつの世界から来た〝ヒト〟が、ここに住んでいたんだよ」
「この奥に、僕らと同じ人が、ですか」
「ああ。我らも水に流されてたどり着いたのだがな。そうだ。我らは異世界の言葉はわかるが、文字までは訳せんのだ。解読してみてくれないか」
「……わかりました。琴音さん、やってみましょう」
「せやな。うちも興味あるし、いっぺん読んでみたいわ」
「おお、やってくれるか。真に有難い」
セーロンに言われてはじめて気づいた。
この世界の人が、みんな日本語を話している。
だがその理由は簡単だった。
前にも日本人がここに来ていて、言葉を憶え、わざわざ合わせてくれていたのだ。
セーロンたちの案内で、僕らは洞窟の奥にむかった。
すこしせまい通路が続いたが、あるところで急に広くなった。そこには川がある。
「このむこうだ」
川は浅いが流れが速く、僕らが入ると流されてしまいそうだった。
「おれたちに任せてくれ」
セムはそう話すとためらいもせず、川の中に入っていった。
彼の足がヒザまで流れに浸っている。
それからセトアが同じようにして向こう岸に渡り、それからセーロンが僕を抱えると、そのままセムに渡してくれた。
そしてセムが僕をセトアに手渡すと、セトアが僕を受け取ってくれる。
同じことを、琴音さんにもしてもらった。
「ありがとうございます。帰りもよろしくお願いします」
「おうよ、任せてくれ」
自信たっぷりに言って、太い腕を誇示するセーロン。
そもそも石の民は、人よりずっと重い体だ。
その中で剛腕という彼には、人の子どもなど軽いのだろう。
「この奥だ」
それからまだすこし、歩く必要があった。
川のむこうはまた通路になっていて、そこを抜けると広めの部屋ほどの空間があった。
「これは……」
ここにはいろんな物が散らばっていた。ここに、人が住んでいたのだ。
「テントに寝袋、ランタンにマウンテンバイク……」
「明らかにそういう趣味やな。こういう人なら、この世界でも強いんかもしれん」
こっちに来てからか、それとも来る前からなのか、道具はどれも使いこまれている。
「それに、その人が来たのは十二年前だ。この辺りが、まだ砂漠じゃなかったかも」
「たしか、砂の怪物が現れたんも十二年前やなかったっけ?」
「そうか。それならほぼ同時か先に来て、砂漠がなかった可能性もある……」
しかしその人に会うことは適わないだろう。
寝袋が血まみれになっていたからだ。
(どういう最期だったんだ――)
この空間の壁には、ぎっしりと文字が刻まれている。
四本の縦線に一本の横線を加えたものもあった。
日数をかぞえるための物だが、それが壁一面にいっぱいになっている。
(ずっとここにいて、むこうには還れなかったんだ――)
ほかの文字に目を移す。
どれも日本語ばかりで、とても重要な記録だった。
ただし、この人自身の情報はない。
名前すらわからなかった。
「セーロンさん。この世界にこの人が来た時は、ここは森だったみたいです」
「ああ、そうだった。砂の怪物が来る前は、ここは緑であふれていた」
遠い目をして、セーロンがこぼす。
「――それでこの人は、砂の怪物についても記録しています」
「っちゅーより、途中からは怪物についてだけやな」
「えっと、『稲妻と雷鳴が暴れている中で、いきなりヤツらは現れた。いびつな形の、砂の怪物。ヤツらは知能の高い生き物を好み、襲って命を吸いつくす』」
この人は、砂の怪物がやってきた瞬間を見ていたようだ。
だけど僕は、稲妻と雷鳴というワードには覚えがある。
僕自身がここに来た時、砂の巨人に呼ばれた時に、その二つは荒れ狂っていた。
「『やがてヤツらは形を得た……主なものには砂の巨人と砂の嵐、そして砂の姫と名づける。ヤツらが兵隊クラスの怪物を生み出して、次第にこの世界へ浸透していった』……巨人と砂嵐はよく知ってますが、姫というのは……」
「おれも聞いたことがない。おまえたちは?」
セーロンとセトアが首を横に振る。
琴音さんもそうしていた。
「続けますね。『ヤツらが現れてひと月。連中は、人の味を知ったようだ。はじめは村が、次に都市や城が滅ぼされていった。そして半年で、ついにひとつの国がほろびた』」
「国が……とんでもないことになっとんな」
「我らの国も、わりと早い段階で滅ぼされたのだ」
「やっぱり戦闘力というか、軍事力の強い国からやられたんですか?」
「いや逆だ。ヤツらは喰えば喰うほど力を増すんだ。砂嵐はおかまいなしで片っぱしから荒らしていたが、巨人は実に狡猾に、小さな国から狙っていた」
「巨人は知能が高いんですか」
「そう思う。さあ、続きを頼む」
「は、はい。ああ、しばらくはその、国が滅ぼされていくくだりですね。それから最後の国がどうなったかが書かれています。『最後の国は、オオカミと共に生きる民の国だった。おそらくだが、地球の遊牧民のような人たちなのだろう。国全体が移動をくり返すので、巨人たちには捕捉されにくかったようだ。しかし先日、最後の大きな集団が襲われて殺戮されていた。これでもはや、百を超える人の群れは残されていない……』」
「それって前に襲ってきたヤツらかな」
「そうだろうな。〝刃の民〟と呼ばれていたか。片方の腕が、自在に変化できる金属で、その硬度はあらゆる物を斬り裂くほどだ」
「戦士長は、刃の民と戦ったので?」
「ああ。おまえたちを探しつつ、村を救ってくれた彼らへ恩を返すため、彼らに同行してここまできたのだ。その彼らと共闘したのでな」
「戦士長。次の機会があれば、我らにも尽力させてください」
「彼らの長の許しがあればな。さあ響太どの、続きを聞かせていただけるか」
「ええ。ここからは、彼の日記になるようです」
「グチも多いし、家族のことも心配しとるけど、わりと楽しんでる感じやな」
「でも気になることがここに……『少女について』」
彼はここで少女と出会ったという。
寝て起きたら、ここにいたとのことだ。
「なあ。その子って、あの川をどうやって越えたんやろ」
「その時は、橋があったとか? 続けます。『少女は名もなく言葉も知らなかった。少女はどこか私の娘に似た顔だった。私は少女に言葉を教えた。少女は鈴を気に入っていたことから――と名づけた』。名前のところは、消えちゃってて読めません」
「しゃーないな。せやけどこれって、誰のことやろ」
「さあ……」
ひとり、思い当たる人はいる。
だがたしかではないので、口には出さなかった。
「続けます。えっと、ここで何かを見つけたみたいです『ここに来て、はじめてむこうの人の痕跡を見つけた。古い時代の兵隊らしく、いくつかの武器を所持していたようだが、使用した形跡はなかった。もともとの負傷か病気があって、そのまま亡くなったのかもしれない。彼の死骸は埋葬したが、武器や道具は授かったとして受け取っておく』」
「……これか?」
セトアがはじめて言葉を発し、椅子の下から日本刀を拾い上げた。
汚れているがまだ使えるようだ。
セトアはそれが気に入ったらしく、腰の帯にそれをさした。
「その武器やろか」
「でしょうね。十二年前の人が、日本刀を持ってたらおかしいですよ」
「ふふっ、せやな。あ、続けて」
「はいはい。『森がすべて枯れ果てた。幸い、地下水があるので生き延びられるが、作った畑や果物の成る木がなくなってしまい、狩りで生計を立てることにする』。ああ、ここから先はずっとグチですね。砂嵐のことを、かなり詰ってます」
「こんなに読んでてワクワクするグチもないなあ」
「でもこの人って……」
「亡くなってるかもな。でもええやろ。読んでほしくて書いてるんやろし」
「そうですね……その方が、むしろ供養になるのかも」
続きを読んでいく。
彼の言葉を、想いをそこから読み取っていくのだ。
「えっと、ここからはまたべつの壁ですね。かなり時間が経っているみたいです。『久方ぶりにこれを書く。ここからは遺書であるが、この世界の希望でもある――』」
「世界の希望、だと?」
「遺書ってのも気になるわ。なんかと戦うか、それとも病気にでもなった?」
「『――ライフストーンと呼ばれるものがある。それはありとあらゆるものに、生き物にも機械にも生命を与える石だ。その不思議な力を武器にこめて使用すると、〝砂の怪物〟をたおすことができるのだ』」
「……おれはまだ子どもだったが、当時のことは覚えている。はじめは砂の怪物と戦う手段がわからず、戦士が命を捨てて足止めし、その間に逃げるしかなかった」
「そうか……ライフストーンがなかったら、もうどうしようもないんだ」
「この人が発見したんか……この人がいんかったら、ここどうなってたんやろな」
(――いや、疑問はそこじゃない)
その瞬間、僕は重大な事実に気がついた。
ライフストーンを使わなければ、ライフストーンを核に持つ怪物をたおせない。
それはそのはずだが、だったらどこで、はじめのひとつを手に入れたのか。
武器として使うには、石の状態でなければならないはずだ。
僕が知る限りだが、ライフストーンを得る手段は、怪物をたおして奪うしかない。
ほかの手段など、ありえないのだ。
(――たまたま死んでたってこともないだろう)
怪物には病もなく、通常なら物理的な攻撃すら効かない。
リンさんは、ライフストーンの力を使うとだんだん小さくなっていって、使い尽くすと消えてしまうと説明していた。
それなら戦闘が理由ではない怪物の死は、ライフストーンの消滅でしかないはずだ。
(――いったいどこにあったんだ? どうしてそれが、使えるなんてわかったんだ?)
それについては書かれていない。
くわしい使い方や、こんな用途や使用法があるということが羅列されているだけだ。
「響太、続き続き」
「『小さなライフストーンを使い、大きなライフストーンを持つ怪物もたおすことができる。効率よくやって集めていけば、怪物を駆逐し尽くすことも可能だろう……』」
それからは、たおした怪物の特徴がたくさん書かれて並べられていた。
「これ見てたら見えるもんとかあるんかな」
「ええ。絵も添えられてますが、地球の生き物に近いものが、数も多くて強いようです」
「……どゆこと?」
「たぶん、これがいい体の形ってのは、どこでも変わらないんじゃないかと」
「ああ、なるほどなあ。地球の生き物も、進化しながら淘汰されていって、ええ感じのが生き残ってるわけやしな」
「蜘蛛とかトカゲとかは、昔から現在まで、どこにでもいるわけですし」
そして、最後にはたったひと言だけが刻まれていた。
――つらくても生きろ。
それは彼が実の娘のように可愛がっていた〝少女〟だけでなく、この文字を読んだ人すべてにむけられている言葉だと思う。
「これで終わりです……」
それ以上、僕は何も言えなかった。
いままではすこし無理して明るくしようとして努めていた琴音さんも、言葉に詰まっているようだ。
戦士たちも、手を合わせて祈っている。
「リンさん……」
気がつくと、背後にリンさんが立っていた。
何も言わず、微笑を浮かべてそこにいる。
「行くよ。もう巨人は遠くに行った」
リンさんに、聞きたいことがあった。
でも聞けなかった。
それを聞いていいのか。
もう知って、予想してしまったけど、それでも聞いて、確信に変えてしまっていいのか。
それがわからなかったからだ。
リンさんの背中。
いつも追いかけていたはずなのに、今日はなんだか、とても遠い。
「どうしたの?」
リンさんがふりむく。
違和感を覚えた。何がおかしいのかは、わからない。
立ちどまった僕を、琴音さんが追いこしていく。
いろんな物を両手いっぱいに抱えていた。
だが取り落としそうになり、そのうちのひとつを僕が落ちる前に拾いあげた。
「……〝授かり物〟や」
「そうですね」
琴音さんはフードをはずしていて、その中にも物を入れていた。
彼女ははじめとうってかわって、いまにも泣きだしそうな目をしている。
3.月と太陽の歌
いつものバンに、今日は琴音さんも乗ってきた。
「いろいろ持ってきたし、二人で広げて見てみたいんや」
彼女がそう言っていたので、僕も後部座席のうしろに行った。
僕が持たされていたのは鍋のようだ。取っ手が折りたためるようになっていて、大きな物に小さな物を入れて収納することができる。
「これはカメラやけど、壊れてるな。これは時計か……」
「こっちは工具と、自転車の予備パーツみたいですね。タイヤのゴムチューブは、何かに役立つかもしれません」
「役に立たんでも、眺めてるだけでおもろいけどな」
リンさんは、何も言わずに運転している。
希沙さんが、セムたちとトラックに乗ってしまったからだ。
石の戦士の体重は、人間の三倍近くある。
あの三人が乗るのなら、大きな車の方が負担は少ない。
「おお、ゲームボーイもある。けど」
「さすがに動きませんね」
「なんやー、残念」
琴音さんが持ってきた物の中には、何に使うのかがよくわからないものもあった。
ただそれでも、琴音さんはきらきらした目で観察している。
「これは……カセットテープのプレーヤーですね」
「録音できるタイプやないし、音楽でも聞いてたみたいやな。何聞いてたんやろ」
プレーヤーは動かなかったが、カセットテープは無事なようだ。
ほかの車に声をかけてみて、再生できる機械がないかを順に尋ねる。
遊歌さんがプレーヤーを持っていて、貸してもらうことができた。
「ありがとなー」
「なんかワクワクしますねこれ!」
琴音さんと左右のイヤホンをひとつずつ分け合い、カセットテープを再生する。
音はあまりよくなかったが、聞いていられないほどではなかった。
流れてきたのは、聞きなれた歌だった。
リンさんが、何度も歌ってくれた歌。
はじめて出会ったあの日の夜に、それから後になっても何度か、僕たちに歌い聞かせてくれた歌。
(やっぱり、リンさんは――)
車が荒れた道に入ったらしい。
ガタゴトと車体が揺れだした。
僕らはあわてて広げた遺品を片づける。
音を立てて、車は走りつづけていった。
八話 「君と一緒にいつまでも」
0.竜の領域
リンさんが戦っている。
前に話した、〝砂の竜〟の一体だ。
リンさんはそいつの右足をピストルで撃ち抜き、左の腕を剣で斬って落とす。
だがそれでも竜は翼を使って飛び立った。空へ逃げていったのだ。
「メガホンくん!」
リンさんの声。
引き金をしぼると、スコープの中で、竜の頭が砕け散る。
「わーお」
気の抜けた声を出したのは、スイだった。
とても目がよく、風の流れにも敏感な彼女に、狙撃の補佐をしてもらったのだ。
「スイ、どうなった」
「カラダがくずれて、宝石がでてきたよ」
僕の方でも、その様子は確認した。
二人で見たのだ、間違いはないだろう。
「よし。竜の排除は成功した……」
格好をつけて言ってみたが、長距離狙撃を行う緊張が解かれて、僕は脱力して動けなくなってしまった。
それを見たスイに脇を攻撃されて、戦闘よりもつかれた気がする。
「よかったよ」
リンさんが戻ってきて、僕に言葉をかけてねぎらってくれた。
が、僕が荒い息をついていたので、不思議そうに首をかしげる。
「すっごい緊張してたんで、安心して動けなくなっちゃって。そこでスイが、僕の弱点を衝いてきて」
「あはは、それで笑ってたんだね」
この辺りからは、〝砂の竜〟の領域に入るのだという。
領域とはいっても、出くわす可能性があるというだけで、必ず出現するわけではない。
言ってしまえば、砂嵐は広い平野のすべてが領域だし、巨人はこの世界のほぼすべてが領域内といえるはずだ。
砂の竜は、その巨人と嵐に次ぐ強さらしい。
その上に、飛行によって活動範囲がとても広く、おまけに群れをつくるのだ。
その竜が単体でいる機会があったので、今日はヤツを狩ってみたというわけだ。
「さあ、ライフストーンだよ」
竜が持っていたライフストーンだ。
牙の形で、僕の親指ほどの大きさがある。
(大きいけど、あの蜘蛛よりは小さい……やっぱりあれは、規格外だったんだな)
「僕は、トドメを刺しただけです。最前線で戦って、逃げるまで追いこんだリンさんが、それを持っているべきです」
「でも、私ひとりじゃたおせなかった。二人以上で近づくと逃げるし、六百メートルもの距離で空を飛ぶ相手に当てられるのはキミだけだ。どうしてもなら、〝これ〟へのお礼のプレゼントというのはどう?」
リンさんは、薬指の指輪を掲げて見せる。
彼女がこれをはずさないので、僕はいろんな人にしこたまからかわれている。
「わかりました。ありがとうございます……大事にします」
「ふふっ、使う時は、ちゃんと使わなきゃダメだよ?」
「リンさんだって、必要なら言ってくださいね」
「私はいっぱい持ってるからね」
いったいいくつ持っているのと訊いてみたが、乙女の秘密と返された。
1.すねるリンさん
久しぶりに、車の運転をした。
スイと出会った山からはずっと下りが続いていて、走っていてすこし楽しい。
あの山までは登りが多かったので、あの辺りが標高としては頂点なのだろう。
「おお、はやいはやーい」
助手席にはスイがすわっていた。
先頭で景色を見られるのがうれしいらしく、彼女は手足をバタバタとさせてよろこんでいる。
すこしきゅうくつそうだったが、シートベルトはちゃんと締めている。
はずしてしまうと大変なので、もししてないと急ブレーキをかけたときにどうなるかを僕自身で実演したのがよかったようだ。
「おそとはたのしいねえ」
彼女はとても楽しそうだ。
聞いていて、僕まで頬が緩んでくる。
「スイは、何が好き?」
「えっとねー、おうたとか、ぎたーとか、ばいおりんとか」
「音楽が好きなんだ。スイは歌ったりしないの?」
「あーしのうたはねー、かみさまにとどけるものなんだよー」
「あ、そうなんだ」
「そのときがきたら、きょーたーもいっしょにうたおうねー」
「歌えるかなあ」
「あーしがおしえてあげるよ。でも、きもちがこもってたらいいよー」
スイは我慢しているとはまったく思わず、ていねいに教えてくれるのだろう。
甘えすぎてはいけないと思いつつも、僕はけっこう期待している。
「ねーねー、あれはなにをしてるのー」
スイが後部座席のリンさんを指さす。
「ああ、あれは――」
僕が答えようとしたところで、リンさんがその続きを教え聞かせてくれた。
「銃を分解して、おそうじしてるんだよ。えっと、部品をいくつかに分けて、ひとつずつきれいにしてるんだ。これをしないと汚れたり、動かなくなったりするんだよ」
「なんだかパズルみたいだねー」
「たしかにパズルみたいなもんかな。ここをこうすれば……ほら、元どおり」
リンさんは拳銃を組み立て、くるくるとまわしてアゴに当たって痛がっている。
「痛い」
「たのしそうだねー」
「……見てる方は、すこし楽しい」
こらえきれずに笑っていると、リンさんはすねてしまった。
腕を組み、横をむいてむすっとしている。
2.デートの約束
運転をリンさんに代わり、僕は助手席へと移った。
スイははしゃぎつかれて寝てしまい、希沙さんがもっと静かな車に運んでいった。
「アゴと心が痛い」
「笑ったのはすいませんて」
「ふんだ。指輪ぐらいのことしてくれなきゃ、許さないんだから」
「ええっ……」
めずらしく、リンさんが子どもみたいなことを言っている。
はじめてのことだったので、いったいどうすればいいのかわからなかった。
「指輪なんてそうそうありませんよ……」
「同じぐらい喜ばせてくれたらいいんだよ」
リンさんはそう言っているが、ほんとうに何をすればいいかわからない。
「まったくもう、キミは釣った魚にえさを与えないタイプなのか」
すっごくめんどくさいカノジョみたいなセリフ。
はたしてリンさんは、どこまで本気で言っているのだろう。
「すいません、ほんとに何をすればいいか」
「こういう時は、すぐにできなくてもいいんだ。約束とかで、期待させてくれたらいい」
「約束、ですか……」
でも、リンさんが喜ぶ約束というのもよくわからない。
また何かを渡すということでもないだろう。
リンさんは、あまり物で喜ぶタイプではない。
だったら言葉か行動だ――僕はそう考え、それを実行することにした。
「――リンさん」
「んー?」
「今夜、僕とデートしませんか」
「うぇっ? で、デート?」
驚きすぎたのか、声が裏返っているリンさん。
「どこかに行くとかはできませんけど、二人でご飯食べて、お話をするだけでも」
「ああ、それはいいね。今夜は晴れて、星もよく見えるだろう」
「じゃあ」
「うん。二人でデートしよう。さっきのことも、許してあげる」
リンさんに抱きよせられた。
とても喜んでもらえたようで、彼女の声は弾んでいる。
デートなんてしたことはないしプランなんかも何もないけど、それでも今日の夜が、二人でデートするのが、僕もとても楽しみだった。
3.敵の狙い
リンさんの表情が急に変わった。
ずっとニコニコしていたのに、それがいきなり険しくなったのだ。
「どうしたんですか?」
周囲には、何もない。何もいない。
また見えない敵が出たとでも言うのか。
「まだ遠いかな。見える距離じゃないよ。けどむこうの方がずっと速い。あと小一時間で追いつかれる」
「砂の竜ですか」
「まさかと思ったけど、いやな予感が的中しちゃったな。――狙われてるよ」
アクセルを踏みこみ、バンを急加速させるリンさん。
「ちょっ、これじゃ遅い車を置いてっちゃう」
「いいんだよ。私が持ってるものが、ヤツらの狙いだからさ」
リンさんはそう言うと、ライフストーンをひとつ、手に取った。
「いまさら棄てたとしても、もう目はつけられてる。砂の竜は、悪食の砂嵐とは違って、うまいえさしか狙わない。だから、一直線にこっちに来るはず」
いざとなれば、置き去りにするのもやむを得ない。
リンさんは、そう言っているのだ。
4.指輪よりもうれしいもの
何かを、はっきりと感じ取った。
「リンさん、これって……」
「キミもわかるようになった? 敵の気配が、肌で感じられるでしょ?」
「いえ、肌というより、頭が重い感じですが……でもこれ、いままでも感じていたような気がします。きっと感じてても、何かわかんなかったんだ」
「私やセムは、それをはっきり感じてる。ほかにも、トゲメットは感じてるみたいだね。具体的な実力とかは量れなくても、何となくはわかってるよ」
「ああ、やべえやべえって言ってましたね」
「そんな感じ。もっと慣れたら、強さや位置もわかるようになるよ」
「何となく、方角とかもわかります。でもこれ、さっきの十倍ぐらい……」
「惜しいね。あの竜は、全部で九体いた。残りの八体が、みんな来てるようだけど」
今朝、あの竜とは戦ったので、その強さはよく知っている。
地上にいるところに忍び寄って負傷させ、飛び立ってすぐの動けない瞬間を狙って狙撃したから仕留められたのだ。
あの奇襲が成功していなければ、結果は逆だったかもしれない。
「……これ、勝てないんじゃ」
「勝つさ。この後で、二人でデートするんでしょ?」
リンさんは自分で言い出したのに、はずかしがって顔をそむけてしまった。
「リンさん。ほんとに、ほんとにヤツらに勝てるんですね」
僕はリンさんの肩に手を置いた。
リンさんは、平然とした顔でふりむく。
「……言ったじゃないか。〝私がキミを守る〟って」
頭に手を置かれた。
遅れて、胸が強く、殴られたように強く鳴る。
「はじめて会った日の……覚えてたんですか。覚えてて、くれたんですか」
「当たり前じゃない。約束したんだからさ」
以前のように、やさしく頭をなでられた。
それが、うれしくてたまらない。
僕が成長した、強くなった自分を見せたいという気持ちもあるが、こうしてやさしさに包まれることも、うれしくてたまらないのだ。
「任せてよ。必ずキミを守るから」
「手伝いますよ。僕だって強くなったんだ。僕が、あなたを守ってみせる!」
「……その言葉は、指輪よりもうれしいなあ」
リンさんはそう言って、僕の髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
5.廃墟の街――決戦の場
砂の竜が、近づいてきた。
だが僕らはギリギリで、廃墟の街に入ることができた。
この街には、街全体を囲むような城壁がない。
しかし建物のほとんどが石づくりで、ところどころに石塔もある。
街の中に敵を引きこんで戦うという思想のもとに設計されているらしく、今回の戦いにおいてはまさにうってつけの場所だった。
「ここの大講堂と領主屋敷は、避難場所にもなってたようだ。大きくてがんじょうだから、ちょっとやそっとじゃ壊れないと思うよ。戦いに参加しない人は、そこに隠れて待っててほしい。私たちが戦ってくるから」
「僕たちが、あの竜をたおしてきます。心配しないでください」
僕とリンさん、それに暴走族と弓道部。
石の民の戦士たちは、避難した人たちの護衛だ。
「いってらっしゃい」
「がんばってくれ!」
「死んだりするなよ!」
「まってるよー」
さまざまな声援に見送られ、僕らは戦場へとむかっていった。
誰も置き去りにしないで、ここまで来られた。
もし置いていってしまったら、砂の竜には狙われなくても、ほかの敵に襲われてしまうかもしれない。
その中に戦える人が含まれていたら、戦力も下がってしまうだろう。
その上、僕らが負けてしまえば、彼らが襲われる可能性もあるのだ。
たとえいまは襲われずに無事だったとしても、それからは戦える人がいない状態のまま、危険なこの世界をさまよいつづけることになる。
だから僕らは、必ず勝たなければならないのだ。
リンさんは、街の中心にある広場にいた。
ほかの人たちはあちこちの建物に隠れている。
僕は一番高い塔の上に陣取っていた。
時計と鐘がある塔で、広場をすべて見下ろせる。
そしてリンさんは、この広さがあれば戦えると、そう意味深に言っていた。
(何かあるんだ――信じていよう)
砂の竜が接近している。
間近で怒鳴られるよりも、頭が重い。
ヤツらの姿が見えてきた。
旅客機のように巨大な砂の竜。
それが大きな翼を広げ、こちらにむかって飛んできている。
リンさんの言うとおり、八体の竜が来ているようだ。
(巨体だが、飛ぶために骨がスカスカでもろいはず……)
僕はどうにか活路を見いだして、沸き立つ恐怖心を押さえようとする。
だが、その影が街をすっかり暗くしてしまうような光景を見て、いよいよ逃げ出したくなった。
(体格のわりに頭も小さい。当たれば、朝みたいにたおせるはず)
だが、標的が動いていたら当たらない。
撃てば、音と銃口炎で僕の居場所もばれるだろう。
つまりはずしたら、居場所を無駄にさらすだけになってしまう。
砂の竜は、街の上空を旋回している。
その中の一体が降りてきた。
リンさんの真正面の広場に、彼女を注意深く観察しながらゆっくり着地し、やがて人の悲鳴のような咆哮を放つ。
戦闘は、リンさんの方から仕掛けてはじまった。
おぞましい咆哮にも屈せず、冷静にピストルを抜き取ると、竜の足を的確に撃ち抜く。
竜がよろめき、手をついた。
リンさんがその手を剣で斬り落とすと、竜は絶叫しながら空へ逃げようと、翼を大きく羽ばたかせる。
(いまだ!)
引き金を絞る。
肩に反動が来て、スコープの中で竜の左目に穴があいた。頭が砕け散る。
(リンさんは、竜の生態も知り尽くしてる……)
飛び立つ時は、バランスをとるために体が硬直する。
長い首もだ。
二度ともその通りだったので、あれは砂の竜に共通する欠点なのだろう。
だが、近い距離から撃とうとしても、あの巨大な両翼の起こす暴風の中では、まともに狙いはつけられないのだ。
(――つまり、狙撃の援護が必要なんだ)
竜の巨体が、音を立てて落ちる。
だが空中で、すでに崩壊しはじめていた。
砂の雨と塊が、広場に落ちて積もっていく。
僕は、すぐに移動した。
いまのでほかの七体に、居場所が知られた可能性がある。
「ぜえ、ぜえ」
大きな塔の三階まで降り、窓から大きな木に飛び移る。
太い枝が伸びていたので、木登りができない僕でも木の上に乗れた。
リンさんは広場にできた砂の山の上に、焦る様子もなく佇んでいる。
――いったい何をしてるんだろう。
それを考える時間もなく、砂の竜が一気に接近してきた。
(リンさん、ケガはしないでよ……!)
だが彼女は、予想もしないことをした。
彼女は跳んだ。
僕の位置より高くにだ。
砂の竜も不意をつかれ、その身をひねるが間に合わず、首の根元を叩き斬られる。
次いで、リンさんは砂の竜の背中をけると、次の竜に銃撃を浴びせた。
ライフストーンで強化した刃と弾で、一瞬で二匹の竜を仕留めてしまう。
「すごい……」
あの大ジャンプは、靴の強化でもしたのだろうか。
十メートルは跳ねたように見えた。
ただの人間ではありえない跳躍力だ。
(けど――ピンチだ)
リンさんは空中にいる。
すべての竜を撃ち殺すだけの弾もないはず。
だが砂の竜は、リンさんを追わずに散っていった。
何をしているのかと思ったが、ヤツらはまわりの建物の屋上からガレキを拾って集めていた。
屋根の木の板を引っぺがしているヤツもいて、そいつは板を剣のように手に持っている。
(助かったけど……でも恐ろしいな。戦闘で道具を、武器を使えるほど知能が高いんだ)
リンさんが地に降り立ち、近くの建物へ駆けこんでいく。
その直後、砂の竜が一斉に投擲した石やレンガが降りそそいだ。
いくつか一気に投げているのだろう、狙いは雑だが数が多い。
建物に逃げたのは正解だったはずだ。
(やっぱりリンさんは判断が早い)
ギターの音が、高らかに鳴り響いた。
武器を求めて散っていた竜が、次々と矢で射抜かれていく。
暴走族の人たちが、ライフストーンでバイクを強化して、弓道部の人たちをを乗せて、そこらを駆けまわっている。
弓道部の矢もライフストーンで強化されていて、ちゃんと砂の竜には効いている。
リンさんが事前に配っていた物だ。
竜は、せまい道には降りられない。
その上、建物の陰を利用して動きまわる彼らを捉えきれていない。
じれて、建物を崩そうともくろむ砂の竜もいた。
だが、そうするとその竜に射撃が集中し、攻撃を中断せざるを得なくなっていた。
しかしそれは、竜が地上近くにいる時だけだ。
竜が上空に上昇すると、矢が届かなくなってしまう。
それに高速で飛行する竜には、とても当てられないだろう。
けれども竜は、すぐにまた地上の近くに降りてきた。
低空を飛行し、よけられない胴体や手足の根元に、何ヶ所も矢を受けている。
頭への矢を、すれすれでかわしている個体もいる。
(――なんで危険な高さに降りてきたんだ?)
その理由は、すぐにわかった。
砂の竜が、口から火を噴いたのだ。
滝のような勢いで、真下に火炎を叩きつける。
下の人は無事なのか。
僕は思わず身を乗り出し、枝から落下しそうになった。
「あっちいなちきしょう! 何しやがる!」
鉄也さんの声だ。
竜の頭部に、大きな石がぶつけられる。
(よかった、無事みたいだ)
だが、いつまでも無事ではいられないだろう。
せまい道がかえって危険になってしまった。
みんなが広場に集まってくる。
それを追って、竜も広場の上空に来た。
竜が息を吸っているのが見える。僕はすぐさま引き金を引いた。
一匹の頭に弾が当たるが、残りの火噴きを食い止められない。
そこに、リンさんが飛びこんだ。
残る四体の中央に入り、そこで体を回転させる。
その動きに合わせて、緋色のレーザー光線が迸った。
その光線は、先端の見えないビームサーベルのような動きをして、すべての竜を、砂に変えてしまった。
僕は木からすべり降り、広場の方へ駆けていく。
砂が雨のように降り注ぐ中、リンさんは苦もなくあの高さから着地した。
5.笑顔
リンさん。
荒い息を吐いてはいたが、ケガはないようだった。
彼女はビルの五階ほどの高さまで跳び、上空であの光線を放った。
あの強大だった砂の竜をまとめて仕留めていた。
そして難なく着地して、いまも平然とした顔をしているのだ。
「キミの出番はなかったねえ」
ヘラヘラと笑うリンさんを見て、僕は心の底から安堵した。
そうでなければ、先ほどのあまりの強さと底知れなさに、恐怖を感じていただろう。
(――よかった。いつものやさしいリンさんだ)
「僕が頭を撃ったヤツが、あの中のボスだったんですよ」
「なんと、そうだったのかあ」
両手で口を押さえ、驚いた真似をするリンさん。
セリフは棒読みもいいところだったし、そんな仕草は見たことがない。
「でもキミは、みんなを守ろうとしてくれたんだよね」
「ええ。ムダだったかもしれませんが」
僕が自嘲気味にそう言うと、リンさんはすこし怒る真似をした。
「そんなことはない。誰かを助けようと思う気持ちが、ムダなんてことがあるものか」
そうだそうだ、とリンさんを援護する声も上がる。
いつの間にかみんなが近づいてきていた。
弓道部の人はともかく、暴走族の人たちに囲まれ、ぼくはすこしひるんでしまう。
「――ねっ? みんな言ってるよ。決して、ムダなんてことはないんだ」
「……そうですね」
「あれっ、泣いてる?」
「泣いてません」
「泣いてるよ」
僕が泣き出しそうになった理由は、励まされたからという理由だけではなかった。
僕は、こわかったのだ。
リンさんのあの強さを目にして、彼女を恐れてしまいそうになった自分が。
そして同じような感情を、ほかの人が感じたりしないか。
けど、そんなことはなかった。
僕もほかの人たちも、リンさんをこわがるようなことはない。
そういう気持ちがあったとしても、それに呑まれるようなことはないのだ。
彼女が好きとか信じたいとか、そういう気持ちの方が強い。
「ねえ、メガホンくん」
「まだ覚えてないんですね」
「もうこっちで覚えちゃって……それよりちょっと、お話をしよう」
「かまいませんが……」
広場のすみにベンチを見つけ、僕らはそこに並んで座った。
弓道部の人たちが、砂の山からライフストーンを掘りだしている。
暴走族の人たちは、避難した人を迎えに行った。
「さっきの話は、ほんとだったんだよね」
「さっきのって、ムダじゃないってくだりですか」
「うん。あのワザを全力で使ったとしても、一度に三体が限界だったんだ。思ったよりも強くなってて、四体同時にたおせたけどね」
「……ほんとですか?」
「私がキミに、嘘をついたことがある?」
なかったと思う。
いろんな励ましの言葉でさえ、彼女は本気でそう思い、心の底から言っている。
「ね? だから自信を持っていい。キミは自信を持っていいんだ」
リンさんに軽く、体がふれない程度に抱きよせられる。
「私はキミの話を聞きたい。キミのことをもっと知りたい。これは決して、軽い気持ちで聞くんじゃないよ。キミのすべてを、受け止めたいんだ」
頭の上から声が降りてくる。
やさしい声に包まれている。
「私はキミを肯定するから。迷惑だなんて考えないで。私が、キミを知りたいんだから。だから私に、キミの話を聞かせてほしい」
その言葉に気持ちを押されて、僕は自分のことを語りはじめた。
堰を切ったように語りだしてしまった。
もしかしたら僕はすべてを吐き出してしまい、誰かに受け止めてもらいたかったのかもしれない。
僕は、語った。
勉強も運動もとても苦手だった。
得意なことは何にもなくて、そういう自分がとてもいやで仕方なかったのだと。
不登校になりかかっていたこともあって、とり返す努力さえもできない自分がなおさら嫌いになっていたのだと。自分の語る言葉が止められなくて、だけど止めどなく出てくる言葉に、リンさんはじっと耳を傾けてくれた。
僕は、夜も眠れなかったことや、友達が誰も僕を悪く言わなかったこと、僕の母さんに申し訳ないと思うことまで、リンさんにぶつけてぶちまけてしまった。
「――だいじょうぶ」
だがリンさんは、僕になぐさめの言葉をかけてくれる。
すこし、期待していたけれど、ほんとうに言ってもらえて、すぐに僕は泣き出しそうになってしまった。
「言ったでしょ。キミを肯定してあげるって」
「ええ……」
「今夜、キミとデートをしよう。デートは私も楽しみだけど、それはキミとするからだ。指輪だって、キミがくれたからうれしかった。いいかい、キミが、くれたからだ」
指輪をずっとつけていた理由。
僕をからかっているのだと思っていた。
だけどリンさんはても大切に、大事に思ってくれていたのだ。
自己評価が低すぎて、そんなこともわからなかった。
自分を認めてくれた声から、勝手に目をそらして背けていたのだ。
「リンさん」
「ん?」
「僕は、リンさんに会えてよかったです」
「あはは、私もだよ。ひたむきで一生懸命なキミが、私はとっても好きだから」
その時のリンさんの笑顔は、とてもやさしくてきれいで、そしてとてもまぶしかった。
6.夜のデート
その夜僕は、本当にリンさんとデートをした。
避難していたみんなが街の広場に集まってきて、食事をしている。
その中で、僕らは高い塔の上に登り、二人きりで夕食を取った。
二人で夕陽を見ているだけでも、とてもとても幸せな時間だった。
「ねえ、メガホンくん」
「もうメガホンに改名しましょうか」
「さっきの話だけど、キミのお父さんって……」
「僕が生まれる前に、行方不明になってます。小さい頃は、すこしさみしかったですね」
「そっか、ごめんね」
「いえ。会ったこともないんで……」
僕の父は、十三年前に行方不明になっている。
彼は、テントを積んでサイクリングに出かけ、何日も帰ってこないというのが当たり前だったようで、今回は長いなどと思われ、発覚が遅れたとのことだ。
(――まさか、な)
符号はするが証拠はない。
偶然にしてはできすぎていると思う。
そう思っていた。考えていた。
しかし。
真相はすぐに、彼女の口から語られた。
7.鈴の音
夕陽が沈んで、すこし経った。
ぼんやりとした光が消えていき、すこしずつ夜になっていく時間だ。
「私の話も、すこしだけ聞いてほしいんだ」
居住まいを正し、だが下をむいて、リンさんがそうこぼす。
「聞きますよ。いくらでも。いつまででも」
僕がそう伝えると、リンさんはさっと顔をあげ、それからぎこちない笑みを浮かべた。
「キミたちは見たんでしょ。洞窟の奥の、あの部屋を」
琴音さんと探索した洞窟のことだ。やはりリンさんは、あの部屋に関係がある。
「察してるだろうけど、あそこに書いてあった少女は、私」
「やっぱり、そうでしたか」
「隠すつもりはなかったんだけどね。なんだか言いづらくて」
「その気持ちは、わかりますよ」
特にやましいことがなくても、重い事実は、相手に伝えづらいと思う。
「それに、ほぼ確信してました。鈴から名づけたと書かれてたので」
「うん、そうだね。音か字の音読みかはわかんないけど」
「音でしょう。そうすればリンさんが、自分の名前を覚えられる」
「えっ……!」
リンさんが、とても驚いている。
これまで気づいてなかったのだろう。
でも誰でも、自分のことが一番見えないものだと思う。
「――あの鈴、彼と一緒に埋葬しちゃった」
「そうですか。でもリンさんが、したいようにすればいいと思います」
「そうかもね。ああ、なんだか無性に、彼に会いたくなってきたよ」
「その人は、いまどこに?」
「あの洞窟の裏だよ。そこにお墓があるんだ。彼は、広いところが好きだったから……」
リンさんの口調はとても悲しそうで、はかりしれないほどさみしそうだ。
「あの時、もしかして」
「うん。すこしだけ、出発を遅らせちゃった」
「誰も文句は言いませんよ」
「でも、内緒にしておいてね」
リンさんは旅の仲間のリーダーだ。
その立場を崩さないため、言えないことも多いのだろう。
「あの壁の文字は、キミも全部読んだんだよね」
「ええ。何か、伝えたいことがあるんだろうって」
「まあ、吐き出したかっただけかもだけどね。その中で、兵隊さんの記述がなかった?」
そう言ってリンさんは、僕が持っているライフルを指さす。
「あ、兵隊って武士とかそういうのじゃなくて」
「うん。旧日本軍の兵隊だって。セトアが持ってる刀も軍刀らしいよ。そのヒト、武器をかき集めていたらしくて、ライフルもたくさんあったし、弾は箱いっぱいにあったんだ」
「それで、すこし古かったんですね。ライフストーンで修理しても、新型になるわけじゃないですし」
「うん。何十年も前の、銃剣とかの時代の物だし。あ、この剣がそうなんだ」
リンさんが、腰の剣を見せてくれる。
銃剣だったのか、と僕はなんだか納得していた。
剣にしては小さいし、ナイフにしては大きいと思ったのだ。
「銃にとりつける器具とかはないんだけど、剣としては使いやすかったから。怪物相手に斬りこむのなら、刀の方は大きすぎるしね」
「そういう物を授かって、僕らは生きてこれたんですね」
そうだよ、と言ってリンさんは祈る。僕も彼女と同じように、手を合わせた。
8.さみしい笑顔を浮かべてる
朝目覚めると、リンさんの顔が目に入った。
(――いっしょに寝てたっけ?)
「やあ、おはよう」
「え、ええ。おはようございます……」
彼女は起きていて、なぜかはわからないが、僕の寝顔を見ていたようだ。
(なんか、顔が熱くなってきた――)
明け方に見張りをしていたせいか、すこし寝過ごしていたらしい。
リンさんが、朝食のパンみたいなものを持ってくる。
舞さんが作ったのか、おいしいお茶もついていた。
「リンさん。今日はどこに行くんですか」
朝ごはんを食べていると、リンさんはまたじっと僕の顔を見つめてきた。
その恥ずかしさに耐えられなくなって、僕は口火を切ったのだ。
話題なんてなんでもよかった。
「もう教えてもいいかな。――果て、だよ」
だがリンさんは、とても重要そうなことを口にした。
「果てって……」
「この砂の世界の果てだよ。ずっとまっすぐむかってたし、もうそろそろたどり着く」
またリンさんは、衝撃的な事実を叩きつけてきた。
「もうそろそろって、今日ですか」
「たぶんね。明確にわかってるわけじゃないけど、近くに来たのは間違いないよ」
「それで――」
それでリンさんは、このところ様子がおかしかったのだろうか。
旅の終わりが、近づいていたから。
「この旅も、終わるんですか」
「終わらせるんだ。もうすぐキミは、帰れるはずだよ」
こみあげてくるものがある。
思いだすまいとしていたが、いま一気にあふれてきたのだ。
「リンさん。この世界って、果てなんてあったんですね」
「うん。バリヤーとか結解とか……見えない壁って言ったらいいかな? そういうもので分け隔てられた空間が、この砂漠の世界の正体だよ。異世界ではあるけれど、広さだって知れてるんだ」
果てのない旅と思っていた。
帰れないことさえ、覚悟していた。
だが、帰れる。
家に帰り、母さんや姉さん、友達にも会えるのだ。ぬか喜びさせないために隠していたが、直前になって、その意味もなくなって教えてくれたのだろう。
でもどうしてリンさんは、悲しそうにしているんだ?
どうして彼女は、さみしそうな顔をしているのだろう?
九話 「君を必ず助けだす」
0.戦う決意
はるかむこうで、稲光が迸った。上空だ。
(雲もないのに――雷?)
「あれは……」
リンさんが、驚愕している。
すぐに彼女は、アクセルを強く踏みこんだ。
稲光は真正面の、僕らの目指している方角から見えたのだ。
「見て!」
リンさんの指さす先。
稲光の方角に、空を飛んでいるものがある。
「あれ、旅客機ですか?」
「境界のうすい場所に雷、大人数。そういう条件がそろえば、結界を破ることがある……」
「じゃあ巨人が呼んだんじゃなくて、偶然ここに来ちゃったと……」
「そういうことだね。うすい場所は上空だから、めったに起きないことなんだけど」
リンさんは急いでそこにむかっている。
彼女のことだ、彼らも助けるつもりなのだろう。
そんなひとだから、僕も好きになったわけだし、みんなが信頼しているのだ。
だが、間に合いそうになかった。
旅客機とは、まだかなりの距離がある。
形が何とかわかる程度だ。
旅客機は、僕らから見て左から右に飛んでいるが、同時に落ちていっている。
その正面に、あの砂嵐が現れた。
人も物も根こそぎ喰らう砂の怪物だ。
「くそ、どうしようもないか……」
リンさんが、ハンドルを叩いた。
旅客機は高速で、砂嵐にむかって突っこんでいった。
旅客機は落下しつつも左方に旋回し、砂嵐を避けようとしているようだが、嵐はそこに先回りし、旅客機を呑みこんでしまった。
そうでなければ、あれが生き物でなければ、呑みこまれることはなかったかもしれない。
「ああ、くそっ!」
「リンさん、悔しいのはわかりますが」
「そうじゃない! 私たちはあの嵐に見つかってなかったんだよ! いくら砂の怪物でも、感覚器官はそう強くない。でも、見て!」
砂の嵐は進路を変え、こっちにむかっているようだ。
「旅客機を喰いに現れて、ついでにこっちに気がついた……?」
「そういうこと。あいつは洞窟にだって入ってくる。戦うしかないよ」
「逃げることは、できないんですか」
「百キロ以上離れてるけど、うしろの方に巨人がいる。横だと嵐に追いつかれる」
「挟み撃ち……」
「されたくないなら、合流する前に倒すしかない。どのみちむこうは、目指す先だ」
リンさんはそう言い、車を停めた。
「どうしたんですか?」
「私ひとりで行く。広がれば、何キロも範囲がある砂嵐だ。私以外は戦いにならない」
「リンさんはどうなんです」
「言ったでしょ。私は平気だって。いや、私だけしか無事じゃ済まない。ただ、無駄死にするだけなんだ。だからキミは、待っててくれたらいいんだよ」
「――リンさん、僕に言ってくれたじゃないですか。ムダなんかじゃないって。そういう気持ちがムダなんてことがあるものかって」
「そう言ったけど……」
「邪魔ならそう言ってください。でも手助けできるなら、僕はあなたと戦いたい」
リンさんは目をそらし、うつむいたまま答えない。
「方法が、あるんですね。砂の嵐に呑まれても、無事でいられる方法が」
「ダメだ、メガホンくん。その方法は、キミがどうなるかわからないんだ」
「でも、何か起こると決まったわけじゃない。そうでしょう?」
リンさんはまた下をむき、やがてぽつりとつぶやいた。
「ライフストーンを、飲みこむんだ」
僕はすぐさま取りだして、そのまま口に入れようとする。
だがリンさんに、手首をつかまれて止められた。
「止めないでください」
「違うよ。排泄されたら出てしまうから、できるだけ直前に飲んだ方がいい」
「ああ、なるほど。飲んだらすぐに効くんですね?」
「口に含むだけでも効果はあるよ。ただそれだと、飛び出しちゃったりするからさ」
ひとまず僕は、口にライフストーンを入れてみた。
飲みこまないようにはしている。
「平気そうだね……よかった、何が起こるかわからなかったから」
「むしろ元気なぐらいです。ぺっ。一緒に戦ってもいいですね?」
「――うん。わかったよ。一緒に嵐と、戦おう」
1.戦うふたり
二人で砂嵐の方へむかった。
砂嵐に喰われてしわないよう、車は置いて歩いてきた。
砂嵐は遠く離れていても見えるので、たおしたら迎えにきてもらうのだ。
「まだ遠いですね……」
「見えてるのになかなか着かないから、余計つかれる気がするね」
旅には慣れたつもりでいたが、ほとんど車に乗っていたのだ。
徒歩で進むのには慣れてないし、短期間で急に体力がつくはずもない。
こまめに休んだり、リンさんにライフルを持ってもらったりする必要があった。
「すいません」
「いいよ。またお礼してくれたらね」
「考えておきます。あ、何をするのかをですよ」
だがはじめに指輪を贈り、次にデートというのは順序が逆なのではないか。
そう思った。
(いや、何の順序だよ……)
この気持ちは、恋愛感情なのだろうか。
そんな気もするし、違う気もする。
こんなにも人を想ったことがなかったので、自分の気持ちがよくわからない。
「ここにきた日に、砂嵐は見たよね」
「ええ、急いで〝あの現場〟を離れて、そうしたら直後に、そこに来たんです」
水を飲んだ高台から、あの砂嵐を目撃した。
ヤツは、車の残骸まで根こそぎ喰いつくし、あの場を更地にしてしまったのだ。
「あの時は、戦うことになるとは思いませんでしたよ」
「実は、けっこうギリギリだったんだよ。巨人が先に喰った後で、その食べ残しを狙って砂嵐が現れるってパターンで、ここは砂漠になったんだ」
「そうだったんですか……」
「巨人が早めに逃げてくれてよかったよ。まあ、ほとんど無敵の存在だから、痛い思いをしてまで喰う理由がないしね」
「あ、それですぐに逃げたのか。よく考えてみたら、逃げるってことをした怪物はあいつだけだったかも」
「そこまでの知能がないか、実は飢えてて余裕がないか。たいていそのどっちかだから」
逆にいえば、巨人以外の怪物は、死ぬまでむかってくるということだ。
僕がたおしたあのアリも、一匹だけが残ったのに、ひるむ様子もなかったと思う。
2.生きている嵐
風が強くなってきた。
砂塵も舞いあがっている。
砂を巻きこんで蠢く竜巻が、天高くまで伸びていた。
空が砂塵に覆われて、その青さがほとんど見えない。
気のせいかもしれないが、うす暗いようにも感じてしまう。
「でも、まだ遠いですね」
「でっかいからね」
頭が重たい感じがする。
リンさんは、肌で感じると言っていた。
たぶんだけど、敵の存在やその力を、肌感覚として感じ取っているのだろう。
彼女の中で、そうして変換しているのだ。
そして僕は、相手の感情のようなものを、どこかで直感している気がする。
まだまだ粗くて不確かではある。
だがこの距離なら、その上これほど強烈ならば、おそらく間違ってはいないはずだ。
(――これは〝敵意〟だな。それこそ、嵐みたいに荒れ狂ってる……)
いよいよ砂嵐が近づいてきた。
砂だけではなく、石やゴミも飛ばされていて、それだけでもすこし危ない。
「メガホンくん。そろそろ……」
「わかりました」
ライフストーンを口に入れて飲む。
僕はそれを何とも思ってなくて、錠剤みたいな気軽さで呑みこんだのだが、リンさんはとても不安そうに僕を見ていた。
「ど、どう?」
「なんだか不思議な感覚ですね……重力がなくなったみたいな感じだ」
「筋力も強化されてるからね。だけど、過信しちゃダメだよ。嵐は範囲が広いから、その分力が拡散してる。でも中央にある〝核〟になら、その状態でも喰べられてしまう」
「この状態だと、その〝核〟も見えますね……目がよくなったのかな」
「目もだけど、よくなったのは集中力だよ。目に入ってるけど見逃してるものなんかが、その状態だと見えるんだ。さあ、その核にむかってくよ」
ライフルを受け取り、僕らは砂塵の中へ駆けこんでいった。
ものすごい砂ぼこりだけど、目も痛くならないし、咳きこんで苦しくなることもない。
(これが、ライフストーンで強化した体か……)
走るのも速くなっているし、ライフルもいつもより軽く感じる。
でも感覚も鋭くなっていた。砂嵐の強大な力をはっきりと感じ取れてしまう。
こんなとてつもない化け物に挑もうとする僕は、台風を手で止めようとしているようなものなのかもしれない。
(けど、リンさんなら――)
叩きつけるような暴風の中、リンさんはまっすぐ駆けている。
ヤツに決して負けてないのだ。その背中に勇気をもらい、僕も彼女を追っていく。
風が、より強くなってきた。
中央に近づいてきた、という理由だけじゃない。
砂嵐が明確な意思を持って、こっちを排除しようとしているようだ。
いくら力が増していても、体重は変わっていない。
つかまるような場所もなく、浮いて吹き飛ばされそうになる。
「うわ」
「だいじょうぶだよ」
が、リンさんが周囲に壁を作った。
緋色に光る、半球形の結界だ。
「おおう」
一瞬浮いてしまった僕は、急に風がなくなったこともあり、着地でよろめいてしまう。
「ふう、助かりました」
「もう濁流みたいになってるからね。このままゆっくり行こう」
僕は転びそうになり、とっさにリンさんにつかまった。
リンさんはそのまま僕の手を引き、ついていける速度で走ってくれる。
結界の外は、ものすごい光景だった。
さまざまな怪物が、結界に衝突しては砕け散っていく。
緋色の紋様こそないものの、セムがたおした蜘蛛もいた。
この結界を破壊するために、砂嵐がさまざまな砂の怪物を作り出し、次々とぶっつけてきているようだ。
トラックや戦車まで突っこんできたが、それでも結界は無事らしい。
「そんなんじゃこわれないから平気だよ」
「わかっててもこわいですね……うわ、巨人みたいのが来た」
「ガワだけ真似たって意味ないよ。巨人なら結界を破れるけど、砂嵐にはムリだろうね。巨人ほどの力もないし、集束させることもできない」
「太陽光とレーザーみたいな?」
「そんな感じ。砂嵐には強大な力はあるけれど、それを扱いきれてないんだよ」
といっても、その力が問題なのだが。
もう二時間は歩いたし十五分は走ったのに、まだ中心部にたどり着けない。
ひとつの意思で動くものが、それほどの力を持っているのだ。
「そろそろ着くよ。結界を解くから気をつけて」
「わかりました」
言葉と同時に結界が消える。
風は、弱まっていた。
砂塵もあまりきつくない。
楽に走ることができた。
やがて僕らは、風のない場所に到着した。
砂嵐の中央だ。
きっと、台風の目のような場所なのだろう。
周囲には暴風が渦巻いていて、砂色の壁みたいに見える。
まるで、巨大な塔の中にいるみたいだ。
その空間の中央に、砂の塊が浮いている。
直径十メートル以上ある、巨大な砂の玉だった。
それが嵐の中心にある。
砂嵐の強大な力も、そこからくっきりと感じ取れる。
「あれがこの砂嵐の〝核〟……」
「砂の怪物は、体の大きさや形を選べる。あれはただ、弱点のライフストーンをおおっただけだね。自分のことすら決めようとはしないでただひたすら食欲に衝き動かされ、ネジ一本まで喰いつくす。これはそういうものなんだよ。人より知能は上のはずなんだけどね」
「そうなんですか?」
「隔離空間の内部だけとはいえ、気流のすべてを計算しつづけ、嵐の形を保ってるんだ。その計算には、どれぐらいのリソースが要る?」
「それって、スーパーコンピューターとかそれ以上の……」
「そういう機能は持ってるけど、やってることはイナゴと同じなんだよ」
めずらしく、怒りをあらわにリンさんが話す。
「――リンさん?」
「ああ、ごめん。さっさと片づけちゃおうか」
リンさんは銃剣一本を携えて、すたすたと砂の塊の方へ歩いていく。
その動きに反応してか、砂の塊の形状が変わった。
周囲の砂を取りこみ、無数の腕や触手を伸ばしてくる。
リンさんはそれに抗うことなく、突っ立ったままで呑みこまれた。
「えっ――」
砂の嵐が、嗤った気がする。
重たく感じる嵐の感情が、邪悪な愉悦に変わったのだ。
だがすぐに悲鳴になった。
塊がひび割れ、緋色の光が漏れてくる。
砂の塊は爆散し、中からリンさんが飛び出してきて、華麗に地面に降り立った。
「こんなにあっさり……」
「喰らうことしか考えてないからね。何をするかはわかりきってるし、内側からなら核も近い」
体の砂を払うリンさん。
背中の砂は僕が払い落とした。
彼女にケガはないようだ。
かすり傷すら負っていない。
ここを囲む嵐は治まり、すぐに空が晴れ渡っていった。
3.リンさんの正体
ライフストーンが落ちていた。
とても大きな球形で、その直径はスイカぐらいある。
砂の竜から得られたライフストーンを、九体分すべて集めても、体積は十分の一さえもないだろう。
これこそまさに、比較にならない大きさだった。
「これは持ち運べないなあ」
「そうですね」
リンさんはコートを脱ぐと地面に敷いた。
そこに、ライフストーンを乗せて包みこむ。
だが僕ひとりでは持ち上がらず、リンさんに手を貸してもらった。
「えっと、僕が呑んだライフストーンは……」
「出そうと思うと出てくるよ」
「あ、ほんとだ。胸から出てきた。汚れてもない」
「ライフストーンには、何かがついたりしないしね」
ライフストーンに変化はない。
力は使ったはずだけど、小さくなっているのかどうかは、見ただけではわからない。
「さて。車が来るまで待ってようか」
その場に腰を下ろすリンさん。
僕もそのとなりにすわった。
コートを脱いでいる彼女の姿はあまり見たことがなかった。
すこし新鮮に思えたが、そんなことも知らない事実に、気持ちがざわつく。
「どうしたの?」
「あ、すいません。じっと見ちゃって」
「それはいいよ。見てていいから。でも、何かあるんでしょ?」
また、わからなくなっていた。
聞いていいのか、わからなかった。
「車が来るまで時間はあるし、もう何でも話すつもりだよ」
聞きたいことは、いくらでもあった。抑えていたものが、あふれ出てしまった。
「なんで、あんなに強いんですか。あんな力、どうやって手に入れたんですか。あんなにあっさりたおせるなら、なんで砂嵐をたおさなかったんですか
」
なんで僕は、リンさんを問い詰めているのだろう。
それが一番理解できなかった。
「砂嵐を早くたおせば、この世界が荒廃しなかった?」
「そうです。それにあなたの過去は聞いたけど、あなたのことは、正体は知らない……」
そこまで言うと、リンさんは人差し指を、僕の口に押し当てた。
彼女の口は笑っているが、目は泣きそうになっている。
「私は〝砂の怪物〟なんだ」
僕は、息を飲む。
予想外の答えだった。
彼女はこの世界の住人だと推測していた。
もしかしたら、敵対勢力のどれかなのかと思っていたのだ。
だがあの怪物だとは、想像もしなかったのだ。
「砂の怪物の〝三強〟のひとつ。群れをなす、知能も低い怪物とは違う〝大きなもの〟。その中の〝砂の姫〟が、私だよ」
リンさんはそう告げて、ヒトと変わらぬ笑みを浮かべた。
それは別れを予期させるような、強がりでできた作り笑いだったと思う。
十話 「君に会うためどこまでも」
0.彼女のライフストーン
風もないのに、ざわついている。
僕の心がざわざわしていて、とても耐えられそうにない。
「びっくりした?」
「そりゃまあ……」
リンさんはいつもどおりだ。
怪物だとは、とても思えない。
でも彼女は自分のことを、〝砂の怪物〟なのだと言った。たしかにそう言っていた。
あまりに予想外な答えだったので、僕は受け止めきれなかった。
すこしずつ咀嚼して、その衝撃を飲みこんでいく。
「砂の姫って……」
「書いてあったでしょ。砂の怪物には、〝大きなもの〟は三つあったって」
「その中のひとりが、リンさんですか」
「うん。黙っててごめんね。でも、誰にも言えなかったんだ」
言えるはずがないだろう。
砂の怪物は、この世界に住む人すべての〝敵〟と思っている。
それも元からここで生まれ育った人なら、問答無用で殺しに来る可能性もある。
「セムには伝えてあるけどね。彼だけは、後から知ったら修羅場になるから」
リンさんがシャツをまくりあげ、その肌をあらわにした。
そして自分の胸に手を突っこむ。
砂場に手を差しこんだかのように、体に手を入れていく。
「リンさん、いったい何を!」
「これだよ。これを見せようと思って」
リンさんが力をこめ、胸から手を引き抜いた。
その手には、結晶のような形のライフストーンがにぎられている。
「これが、私の〝核〟なんだ」
「ちょっと、体から出しちゃったら」
「離さなければ、平気だから」
使ってみる? と笑うリンさん。
何と答えればよかったのだろう。
それは、使わない。使ったりしない。
そう答えると、リンさんはククッと笑って、ライフストーンを体に戻した。
「リンさんは、ほんとうに――」
「ライフストーンの不思議な力で、体を作り上げただけだよ。顔のかたちは、この写真を参考にしたんだ」
リンさんが、ポケットから写真を取りだす。
そこには僕の父さんと、まだ幼い姉さんが、母さんと共に写っている。
「えっ――」
「あの洞窟に住んでいたのは、キミのお父さんなんだ」
「僕の、父さん……」
家族の写真。
僕の家族が写されている、僕が生まれる前の写真だ。
行方の知れなかった父さんは、この世界に来ていたのだ。
「これって、形見ですか」
「うん。きれいでしょ? 古くなったら、ライフストーンの力で戻してたから」
写真の元の持ち主、つまりあの洞窟に住んでいた人はすでに死んでいると予測していた。
当たってほしくなかったけど、その人――つまり僕の父さんは、この世界で亡くなっていたのだ。
それどころではなかったが、墓参りもするべきだったかもしれない。
「これ、大切にしてたんですね」
「うん。大切にしてもらったからね」
その写真は、家の前で撮ったようだ。
いまよりすこしきれいな家。
すこし若い母さんと、僕より小さい頃の姉さん。
よく知っているような、知らないはずのその光景。
「やっぱりだ……こうして並べて見てみると、リンさんのそのお顔は、母さんと姉さんにとても似てます」
「そういうキミは、お父さんにそっくりだ。生まれ変わりと思ったよ……」
「母さんにも、よく言われます」
写真の中の父さんは、僕をすこしごつくして、髭を生やしたような顔だ。
「だから私は、キミを守ると言ったんだよ。こんな写真よりもずっと大事な、大切なあのヒトの忘れ形見だとわかったから。いまはもう、キミ自身のことが大切になった。形見でなくとも、キミを守りたくなったんだ。砂の怪物の端くれでしかなかった私が、やさしい育ての親と、最愛のヒトに出会えたから――」
いまなら、わかる。
リンさんは、ずっと本気だった。
僕を元気づけてくれるはげましの言葉も、心を救ってくれるなぐさめの言葉も。
どの言葉も、リンさんは本気で言っていたのだ。
だから指輪も、交わしたデートの約束も、彼女は受けてくれたのだ。
ほんとうに、心の底から喜んでくれていたからだ。
「あの人に出会えたのは、生まれたばかりの時だった」
「砂の怪物が生まれたのは、十二年前でしたっけ」
「うん。だから私は、実はキミと同い年さ」
リンさんはそう言っているが、彼女は生まれたばかりの頃のことを覚えている。
当然僕は、赤子の頃は覚えてない。
その分だけ、年上みたいなものだと思う。
「メガホンくん。砂の怪物って、何だと思う?」
「……普通の生き物とは違う、とは思います。攻撃が効かないこともそうだけど、自分の体の形でさえも自在で、なんというか、ひとつ次元が上なのかなと」
「キミは、ぼーっとしているようで鋭いね。そうだよ。〝この世界〟を作って隔離した、神とも呼べる存在が、砂の怪物の元だった」
「怪物の元、ですか」
「うん。それが死んだことで、私たちが生まれた……」
「それ、やばくないですか?」
「それ自体はそんなに重要じゃないさ。ただの自然死だと思うよ。神だって、幾億の時が過ぎれば力も尽きるさ。神が作ったこの世界も、それでこわれることはない。けど問題は、そうして神がほろびた後だ」
僕は、息を呑んだ。
話の続きが、ある程度読めてしまったからだ。
「ほろびた神は分裂したんだ。神の生命の源――ひとつだったライフストーンが砕け散り、ほとんどは砂粒みたいになったけど、大きなものも残っていた」
「それがあの〝三強〟だった」
「うん。巨人と嵐と、私だね。そのカケラが意思を持ったものが、私たちなんだ」
驚くべき事実だったが、同時に納得できる気もする。
巨人が僕らを呼んだのは、神の力の分かれた一部なのだ。
そして二つの世界を隔離している境界も同じ力で作られている。
最も大きなカケラなら、それを破ることも可能だろう。
(――というより、それで破れなければ無理だ)
「この世界を作った神は、生命をたくさん育み、その超自然的な力で維持されていた。だけど神はほろびてしまった。そして小さなカケラほど、その瞬間は近いんだ」
「それで怪物が、焦って生き物を喰いだした。それも、ほぼ不死身の怪物が……」
「でも言ったでしょ? ライフストーンは、思い入れの強い物にも宿るって。それはね、人も同じなんだ。だから私は、彼の想いを感じ取って、あの洞窟にむかった」
「父さんですね」
「彼は、写真を持って泣いてた。その写真を私は覗いて、その姿を真似たんだ」
「それはどうしてですか? そういえば、その理由は聞いてなかった」
「何となくだよ。これを探してるのか。これに化けたらどうなるか。そんな感じだった」
「でもそれで――」
「あのヒトは、とても喜んでたんだ。それから、ご飯をわけてくれた。それで満たされることを私は知ったんだよ。その後、あのヒトに、ヒトの使う言葉や文字も、常識や文化も私は教わった。そうして私はあのヒトと、ヒトとして生きることを決めた――」
リンさんは、ほんとうに人と見分けがつかない。
それも必死でそう見せているとか、そういうことではないと思う。
ヒトがいったいどういうものなのか。
それを、ヒト以上に知っているからだ。
「リンさんって、ふつうの食事で平気なんですか?」
「生きるだけなら。私はずっとヒトになってて、近い体になってるからね」
だが彼女が戦闘したり、激しく跳んだりすると、ライフストーンの力を消費してしまい、食事では追いつかなくなりそうだ。
リンさんを戦わせたくない。
僕はその何度目かの想いを改めてい抱いた。
「……そうじゃないかって思ってたけど、そんなはずないとも思ってましたよ」
「そうだろうね。私も、キミに会った時はびっくりした」
「父さんに似てるから――」
「うん。自分の目を、疑っちゃったよ」
僕をじっと見つめるリンさん。
もっと見ていていいと、さっき言われた言葉を返した。
「そういえば、リンさんの話でわかりました。怪物は、ライフストーンでしかたおせないはずです。だったら最初はどうしたのかと、疑問に思っていたんです」
「うん、そのとおり。私が私のライフストーンの力を遣ったんだ。私が実演してみせて、その方法もあのヒトに伝えた。ライフストーンもたくさんあげたんだよ。私はあのヒトのことしか考えてなかったけど、彼は、積極的に怪物を退治していって、ほかの人たちにも戦う方法を教えてまわったんだよ。戦いで手に入れたライフストーンも、いろんな種族に渡していったんだ。まあ、それを受け取とうとはせずに全滅したり、その力で攻撃したりしてくる部族もあったけど、それでここの住人は、この世界は救われたんだよ」
「僕の父さんが、この世界の英雄だったんだ……」
「英雄も英雄、救世主さ。怪物の姫を取りこんで、神と戦う力を手にした。そして、その力を独占せずに、世界に伝えて広めてたんだよ」
「でも、最期は……」
「言っとくけど、病気とかじゃないよ。寝袋の血は、彼が人を介抱した跡だからね。彼は、たくさんのライフストーンを持ってたんだ。たくさん使って、たくさん集めて、そうして怪物を駆逐する。そうしようとしてたけれど、ある日、あいつが現れたんだ」
「――巨人ですか」
巨人は知能が高いのだ。
敵の力が増していくのを、傍観しているはずもない。
「夢が終わる瞬間だった。彼が集めた義勇軍ごと、あの巨人に殺戮された……」
そうなるだろうことは、想像に難くない。
ほかの怪物ならいざ知らず、砂嵐と巨人は別格だ。
力の量だけを比較するなら、リンさんもその二つには敵わないはずだ。
「私だけが、生きのびたんだ。その人たちに生かされた……私は逃げろと言ってくれて、無我夢中で私は逃げた。彼と出会って、一年経った頃だった……」
一年しかというべきか、一年もというべきか。後者だと、僕は考える。
(世界の敵との戦いに明け暮れ、世界の希望であり続けたんだ。一年は途方もない年月だ)
そして、生まれたばかりのリンさんにとっても、その一年は濃密な時間だったと思う。
彼女にとっては、それがすべてだったから――。
「私はそうして生き延びた。彼の遺体は、砂漠で見つけて埋葬したよ。それからは、私はひとりで戦ってきた。もっとライフストーンを集めて、容易に手が出せないようにした」
リンさんはそこまで一気に話すと、それから下をむいている。
「……それから十一年経って、僕らがここに来たんですね」
「うん。何万という怪物をたおして、ライフストーンをたくさん集めた。けどそれでも、砂嵐の五分の一にもならなかった……」
「何万って、そんなに怪物がいたんですか。いまはもっと少ない気が……」
「小さいヤツはみんなでだいたい狩りつくしたからね。いま残っているヤツは、そこそこ強くて大きいヤツだよ。竜と戦ったあの街には、百を超える怪物がいたよ」
「百ですか……でももしかして、あの竜一匹より弱い?」
「力の量だけならそうだね。ネズミのように、そこかしこに隠れてるから、それはそれで脅威だけどね。えっと、話を戻そうか。とにかく出会ってからは知ってるよね。戦い方を教えたりしながらキミたちをここに連れてきたんだ。結界は破れるだろうと思ってたけど、あの砂嵐が来たのは、結果としてよかったかな」
「あの大きさなら、結界をブチ破れる可能性が高いと」
「私のじゃ、すこし不安だったからね」
僕は思わず、リンさんの肩をつかんでいた。
「……何?」
「リンさんは、自分の〝ライフストーン〟で結界を破るつもりだったんですか」
「…………」
いままで夢にも思わなかった。
とても受け入れられない事実だが、僕の中の冷静な部分では、それしかなかったのだと理解していた。
竜のものを九個すべて使っても、リンさんのそれよりずっと小さいのだ。
「答えてください」
「……そうだったよ。いまはもう、そんな気はない」
「どうしてですか……どうして、会ったばかりの僕らにそこまで」
「はじめからじゃないよ。はじめはあの、スイがいた山を目指してたから。水を探すって、最初にそう言ってたでしょ?」
「ああ、それも本当だったと……」
――あの混乱した状況で、大勢の人を連れて逃げるのに、リンさんは建前すらも使ってなかったらしい。
嘘をつかない。
それは彼女にとって、何か意味のあることなのだろうか。
「だけどキミを平和な世界に帰してあげたくなったんだ。あの山で別れてた時に、それをはっきり自覚した。キミがいなくなった時、私はひどくうろたえてたんだ。それぐらい、私はキミを好きになってた」
頭が重くなってきた。
話題が重いからではない。外部からの何かで、僕はそう感じている。
「リンさん、これって――」
僕は気づいた。
砂の怪物だ。
それも、これはヤツしかあり得ない。
砂嵐よりも強大な――この世界で最強の存在。
「砂の巨人だね。もうここまで来ちゃったか」
巨人がここに迫っている。
車の列を追いこして、ここまでやってきたようだ。
うしろにいると言われていたのに――衝撃的なことが多く、僕はすっかり忘れていた。
「リンさん、逃げましょう」
「心配しなくていい。逃げる必要はないよ」
それより話を聞いてほしい、とリンさんは、いつもどおりの声で言う。
「さっきキミは聞いたよね。なぜ、砂嵐を退治しなかったのかって」
「聞きましたけど――」
「ちゃんと答えるよ。理由は、均衡が崩れてしまうからだ。巨人と砂嵐は、ずっと獲物を取りあってた。私は人を食べないけど、巨人と嵐を狙ってたんだ。その二つが衝突したら、劣勢な方に加担して、両方仕留めるつもりでいたから」
「だから――」
「そう。三すくみの状態だったんだよ」
巨人は最も強いけど、必ず勝てるわけではない。
砂嵐は巨人に力で劣り、第二の地位に甘んじていたが、あらゆるものを根こそぎ喰える。
そしてリンさんは――力はヤツらより弱いけど、その扱いには長けていた。
ほかの怪物を退治して、ライフストーンを集めてもいた。
その三つがからみあって、手が出せない状況だったらしい。
「けどこれで、三すくみが崩れたんだ。その力の差が大きいとはいえ、たおせる可能性はゼロじゃなかったから。特に、砂嵐と私が手を組んだりするか、どっちかと戦ってる間に背後を突かれたりしたら、巨人も危なかったはずだ」
だがその可能性がなくなった。
嵐をたおして、均衡が崩れてしまったのだ。
「どうして――」
「私じゃ、力が足りないかもしれなかった。力の総量が不足するかもしれなかったんだ。小さいライフストーンをいくら集めても、あんまり変わらなかった。その状況で砂嵐には狙われていて、その上進路をふさがれてたんだよ。巨人との距離もあったから、いましかないと賭けたんだよ」
あっさり勝ったように見えたが、意外とギリギリだったのか。
もしこっちが負けていたら、その時は、あんな感じであっさり負けたのかもしれない。
「危険な賭けだったけど、そのバクチに私は勝った。あの砂嵐の強大な力を、巨人に次ぐ力を手に入れたんだ」
それが砂嵐の核から出てきた、ひとりでは抱えられないほどのライフストーンか。
「この辺りなら、世界を分け隔てる結界も薄くなってる。そのライフストーンでも破れるだろう。キミたちは、むこうの世界に帰ればいい。おうちに帰って、平穏な暮らしをしてくれたらいい」
「――リンさんは、どうするんです」
「私は巨人に呼ばれてるんだよ。ずっとずっと、呼ばれているんだ。巨人は大きな三つの力を合わせて、ひとつになろうと言っている。言いつづけてる。もし私がむこうの世界に行ったとしたら、巨人が追ってくるかもしれない。そして、どんな兵器でも、砂の巨人に勝てはしない……」
「そんな、だけど、でもっ!」
「キミは、生きて。ひとりきりは、心が苦しいから。家族と会って、友達を大事にして、キミが幸せになってほしい。私はそれで、それだけでいいから」
いつの間にか、巨人がいる。
敵意や害意は感じられない。
ただじっと、そばにいる。
「たまにでいいから、私のことも思い出して」
巨人が片ひざをつく。
その巨大な腕を、のばしてくる。
「さようなら。キミと会えて、キミを愛せて、うれしかったよ――」
巨人の腕が、落下するかのように接近してくる。
その巨大な右手に、リンさんがつかまった。
リンさんをつかんだ巨人は、ゆっくりと立ち上がって歩きだす。
巨人はそのまま去っていく。
リンさんを連れて、去っていってしまう。
「返せ!」
ライフルを撃つ。
緋色の弾が、巨人を捉える。
だが巨人は、特に抵抗することもなく、すばやく駆け去っていった。
「リンさん! 待って。リンさん!」
叫び声をあげる。
だがリンさんの返事はない。
巨人を追う。
とても追いつけない。
それしかできない。
巨人の姿が、遠ざかっていく。
また声をあげた。
だが何も返ってこない。
ただ中空に、砂漠の空にとけていく。
僕は声も、体力も限界になった。
砂の上に、たおれこむ。
僕は、もう一度彼女を呼んだ。
リンさんの名を、ありったけの声で叫んだ。
だがそれも意味はなかった。
なくなってしまった。
巨人の背中が、リンさんを抱えこんだまま、砂漠の彼方に消えていった。
十一話 君がつないだ想いさえ
0.希沙さんの正体
気づくと、助け起こされていた。
「何があった」
セムの声。
希沙さんも一緒にいる。
心配そうに、僕を覗きこんでいる。
「ねえ、リンさんは?」
「さっき、巨人に……」
二人の顔が青ざめる。
僕は、リンさんから聞かされたことを二人にも伝えた。
リンさんが、ライフストーンを核に持つ〝砂の怪物〟のひとつであること。
巨人は僕に見むきもせずに、リンさんだけをさらっていったこと。
それから砂嵐から奪ったライフストーンを遣えば、世界を分け隔てる結界を破れるかもしれないことも、僕は二人に説明した。
言うべきではない。
そう思っていても語っていた。
口が勝手に動いていた。
「響太くんは、どうするの?」
「巨人をいまから追いかけます」
「待って! ひとりで行く気? 何を考えてるの!」
希沙さんに引きとめられる。
何を言うんだ、と食ってかかりそうになったが、セムに押さえつけられた。
「落ち着いて! いまひとりで行ってどうなるの! 巨人に喰われて終わるだけだよ!」
希沙さんの言葉で、僕はハッと気がついた。
「それに考えてみて。五十人の人間が、旅の仲間がここにいるんだよ。強力なリーダーを失ったいま、いったい何がどうなるか……」
「どうなるんです」
「下手したら、主張や欲のぶつかり合いで、殺し合いがはじまるよ!」
見てきたように、彼女は言う。
そうなるかもと思う部分と、ありえるものかと思う部分が、僕の中で同居している。
「納得しきれない? 何度も見てきたことなんだけどな」
希沙さんはそう言うと、コートのポケットから拳銃を取り出した。
「なっ……えっ?」
希沙さんの手にぴったり合うほど小さな拳銃。
それをかまえる姿はさまになっていて、使いなれていることがわかる。
それも、訓練だけをしてきたようには見えない。
実戦で扱いつづけて培われた技。
そういうものが感じ取れるのだ。
「キサさん、あなたは――」
「あたしはある組織の暗殺者だよ。つまり、殺しがあたしの生業なのさ」
「それで何の仕事か言わずに……」
「見てて。あたしの技を見せたげる」
希沙さんはそう告げると、いきなり服を着替えだした。
モコモコとしたコートを脱ぐと、その下はスーツだった。
髪をまとめ、眼鏡をかけた彼女は別人としか思えない。
すこし小柄な体躯の、何かの仕事をしている大人の女性だ。
「これでハイヒールでも履けば、同じ人とは思わないでしょ」
だが彼女は、スーツの下にはかわいらしいくまがプリントされたトレーナーを着ていた。
いつの間にかスカートも、ひらひらとした物に変わっている。
いまの彼女は、小学生のようにしか見えない。
カチューシャで髪をうしろに流すと、顔の印象まで違って見えた。
「なんだこれ……」
「暗殺者って言ったでしょ? こうして次々と姿を変えてしまえば、相手の真後ろを尾行していても気づけないんだよ。服は棄てて、後から回収すればいいしね」
「そりゃそうだ。これじゃ、同じ人とは思えない」
「こうしてじっくり観察して、仲間割れだと思わせて殺す。それが、あたしのやり方」
そう言いながら彼女はトレーナーを脱ぎ、裏返しにして着こむ。
今度は戦隊ヒーローの模様が現れた。
スカートを脱いでスパッツ姿になり、ニット帽の中に髪を押しこんで入れてしまうと、次は男の子にしか見えなくなった。
「わかったでしょ。あたしの〝職種〟が」
「ええ、信じます……下手したら、仲間内で殺しあうことになるんですね」
「いわゆる内ゲバだね。うまくやれば、一発の銃弾だけで、大きな組織を打ち崩せるよ」
最初のリーダーが強力であればあるほど、失った後の組織はもろい。
希沙さんはそうきっぱりと言い切って、それからうしろの方を見やる。
「あ、ほかの車が来てる……」
いまになって気がついた。バンだけが近くに停まっていて、ほかの車が追ってきている。
希沙さんとセムは、二人だけで先行して来てくれていたらしい。
「君はこのまま動かないで。君が混乱してることにして、すぐに行動できない理由にしておく。主だった仲間には、リンさんの行方も含めて、ほんとのことを伝えるよ」
「……お願いします」
希沙さんはもう一度元の姿へ戻り、車列の方へ駆けていった。
1.衝突
結弦さんに、肩をつかまれて問いつめられた。
希沙さんは、はじめに結弦さんに伝えたらしい。
すると結弦さんが血相を変えて、僕の方に駆けこんできたのだ。
「リンさまがいなくなったというのは本当か!」
彼女に、がくがくとゆすぶられた。
消沈していた僕は、されるがままだ。
「本当です……巨人に呼ばれてるって言って、抵抗もせず」
「呼ばれてるとは、いったいどういうことなんだ」
僕は彼女に、リンさんの正体について話した。
軽い気持ちで話すべきではないと思うが、出てくる言葉を止められない。
「そんな……」
信じられない、とつぶやく結弦さん。
口元を覆い、しゃがみこんでしまう。
僕もじかに見ていなければ、信じきれなかっただろう。
次にこっちに来たのは、鉄也さんだった。
周りを圧倒するような怒りを振りまきつつ、砂を踏み荒らしながら迫ってくる。
「てめえ、黙って見てやがったのか!」
胸ぐらをつかまれ、吊りあげられる。
すぐ目の前に、彼の鋭い目があった。
「なんでリン姐さんを、みすみす敵に渡してやがんだ!」
「…………」
鉄也さんたちはこの世界で更生したようだ。
そのきっかけを作ったのはリンさんで、彼らはその恩から彼女を尊敬していて、崇拝に近い思いも持っているようだった。
「リン姐さんはどこ行った! いったいどっちに行ったんだよ!」
「待ってください。追ったところで、どうするんです」
「うるせえ、これがあれば戦えんだろ!」
ライフストーンの入った袋を、鉄也さんにひったくられた。
僕はその袋をとり返そうとしてつかむ。
放しやがれ、と叫ぶ鉄也さん。
僕は念じた。
ライフストーンの力を使う。
鉄也さんの胸をけっとばす。
だが、軽い僕が吹っ飛んだ。
砂の上をゴロゴロと転がる。
だが目当ての物は、ライフストーンは手の中にある。
寄こせ、と鉄也さんが突進してきた。
両手を広げ、猛スピードで猛然と突っこんでくる。
僕はもう一度ライフストーンを使った。
今度は足を広げてしっかりと踏ん張り、鉄也さんを突き飛ばす。
足が地面にめり込んだが、巨漢の鉄也さんを吹っ飛ばした。
僕は我を忘れ、鉄也さんに追撃しようとした。
だが誰かに止められた。
見ると、希沙さんが僕の足を抱えている。
「何度も言うけど、落ち着いて。彼は敵じゃないし、戦う意味がないんだよ」
「……すいません」
また希沙さんに迷惑をかけた。
僕は、荒い息を吐きながら謝る。
「もう暴れません。鉄也さんは?」
「セムたちがお布団で受け止めたよ。ケガはないみたい」
「それならよかったです。あのままだったら何をしたか……」
(――希望の力ともいえるライフストーンを、こんなことに使うべきじゃなかった)
鉄也さんから手を出してきたけど、僕にむかってではなかった。
彼に害意があったわけではないのだ。
すぐに鉄也さんに謝った。
セムたちにも謝罪して、希沙さんにももう一度頭を下げた。
いまここにはいないけど、リンさんにもちゃんと詫びなければならないだろう。
そして僕の父さんには、いまは何も伝えられない。
(――でもいつか謝るよ。もう使い方は、間違えない)
リンさんにもちゃんと言いたい。
ごめんなさいを聞いてもらいたい。
(いや、どんな理由でもいいんだ――ただリンさんに、僕は会いたい)
「鉄也さん。僕も、リンさんを助けたいです」
「ああ、そうだな。すまなかった。おまえがいちばん、ショックを受けていただろうに」
「それはいいんです。僕は、リンさんを助けたい。だけどひとりじゃ、巨人に勝てない。戦う力が必要なんです。あの巨人を討ち破り、リンさんを助け出す力が……」
「いいぜ。もともと目的は一緒だしな。おれもおまえの力になってやるさ。どのみちさっきのケンカはオレの負けだ。強いヤツがリーダーでいい」
「僕が、リーダー?」
考えてもいなかったことだ。
リンさんの代わりなど、はたして僕に務まるだろうか。
「荒城鉄也が認めたのなら、私もそなたの傘下に入ろう」
だが結弦さんまでそう言いだした。
彼女は芝居がかった大仰なしぐさで、僕の前で片ひざをつく。
鉄也さんも、彼女に倣った。
「〝石の民〟も、そなたを新たな長とする。我らはこの命を懸け、恩義に報いると誓う」
セムまで僕に、ひざまずいた。
戦士たちもひざをつくと、それを見ていた人たちも、同じような姿勢を取る。
やがて仲間の全員が、僕の前で座り、頭を下げていた。
「なんで……」
僕は一番年下だ。
つまり子どもだ。
僕は何かに長けているわけでもないし、人の上に立った経験もない。
それなのにみんなが、大人の人たちが、人の上に立つ人たちが、なぜ僕に頭を下げる。
それが僕にはわからなかった。
「君が言ってたからだよ。リンさんを、助けたいって。――あたしはさっき、内部分裂を心配してた。でも取り消すよ。リンさんを助けることで、みんな気持ちは一致している。ちゃんと全員に聞いてまわったよ。欲や疑念や自己主張より、リンさんへの気持ちの方が強いんだから」
「キサさん……」
「だから君は胸を張って、あたしたちに言えばいい。ただひと言〝行こう〟とね」
希沙さんが笑って告げる。
彼女もそのまま、騎士が忠誠を誓うポーズのままだ。
「――戦うことになるんですよ。いまここで、むこうに帰れるかもしれない」
「帰りたいよ。仲間のみんなで。誰ひとり、欠けることなく。みんな、そうでしょ?」
希沙さんが、みんなの方を振り返って言う。
みんなは拳を突き上げて、地がふるえるほどの雄叫びを放った。
「全員が……」
「そうだよ。みんなが、ひとつの意思でまとまってる。リンさんを助ける、そのために。君を筆頭にしてだ。響太くん。私たちは、君たちを応援していたんだよ? リンさんが、孤独なリーダーにならないように。ひとりぼっちにならないように……」
「だから、僕がリーダーですか」
「うん。彼女と一番親しく近しい、彼女を一番想ってる君が、リーダーになるべきだ」
僕はゆっくりと視線をめぐらす。ひとりひとりを、じっと見た。
「僕がふさわしくないと思う人は、手をあげてください」
誰も動かなかった。
動きそうになった人もいない
。
「――わかりました。リンさんを助け出すまでは、僕がリーダーをやらせてもらいます。みなさん、立ちあがってください。巨人の追跡を、はじめます!」
僕の号令で、みんながあわただしく動きはじめた。
「キサさん、運転をお願いします」
「がってんしょうちい」
希沙さんがバンの運転席に飛び乗る。
僕も〝武器〟をバンに乗せ、助手席にすわった。
それから全員の集合を待って、僕はバンの発進を頼んだ。
2.復讐の鬼
ライフストーンの力を使う。
そうやって僕は、感覚器官を強化した。
頭が重いという感覚で、怪物の場所を探り当てる。
巨人はさっき駆け去った方角にいて、まっすぐむかえば朝までにはたどり着きそうだ。
「こっちでいいんだよね」
「ええ、合ってます……砂の巨人は、この先にいる」
僕はきっぱりと言い切った。
三すくみの状態がなくなり、敵なしになった巨人が、偽装をしているとは考えにくい。
「不思議な力だねー。あたしの居場所とかもわかんの?」
「いえ、強い力を持った、砂の怪物限定です」
「あ、そうなんだ。なんだ、かくれんぼ最強かと思ったよ」
「鬼の方ですか? 隠れる方なら、僕はけっこう強かったですよ」
「あたしもそっちは自信があるよー。密航とか潜入とか得意だしね」
「そんな本格的なかくれんぼ、僕はやったことないです」
それにいまは、僕らは鬼だ。
大切な人を救うために立ちあがった、鬼の集団になるのだ。
3.そのコートの効力
――腑に落ちないことがある。
十年以上も切り抜けてきた彼女が、今日は巨人につかまった。
竜や嵐と連戦し、消耗したせいかとも思ったが、大きなライフストーンを持つ彼女は、その気になれば、力が尽き果てるまで戦えるはずだ。
(けどリンさんは、何の抵抗もしなかった……)
それがいちばん腑に落ちない。
けれども彼女は、僕らを救うことを目的にしていた。
それなら、目的は達成されたから何もしなかったのではないか。
そこまで僕は推測して、そして出発する直前、それが置かれたままなのに気づいた。
(砂嵐のライフストーン――リンさんよりも強い力を、なぜ巨人は見逃した?)
リンさんは、砂嵐や巨人の脅威を、十年以上もかわし続けた。
なぜ、それが可能だったのか。
そして今日、砂の巨人は、リンさんのそれより何倍も大きなライフストーンを見逃したうえ、リンさんだけを連れ去っていった。
なぜ、そうなったのか。
(――リンさんが着ていたあのコート……あれで覆い隠してしまえば、ライフストーンの力が外に漏れない。そんなところじゃないか?)
ずっとコートを身に着けていて、だから発見されなかった。
彼女のコートに包まれていて、だから発見されなかった。
そしてコートを脱いでしまって、だから巨人に発見された。
そんなところではないのか。
(――現にいまも僕は、うしろに積んだ砂嵐のライフストーンを探知できない。こんなに近いところにあるのに……)
砂嵐は死んでいて、ライフストーンに意思がない。
だから探知できないのかと思ったが、小さなカケラを鉄也さんに渡して、バンの近くを走りまわってもらったら、ちゃんとその位置は探りだせた。
こちらから探し出そうとすれば、ライフストーンに意思がなくても見つけ出せるようだ。
それは、リンさんがくれた小さな巾着袋も同じで、中のライフストーンは感知できず、中から取り出すとすぐに位置はつかめた。
もしかしたら、同じ素材でできているのかもしれない。
(つまりコートと袋でライフストーンを包んでしまえば、巨人に見つかることはないはず。それなら奇襲ができるかも。少なくとも、待ち伏せされるリスクは減らせる……)
僕はそうして思考をめぐらせ、戦いの準備をしつづけていた。
4.夜明けの咆哮
どうやって戦うのと、希沙さんに尋ねられた。
「あたしは暗殺専門だし、戦闘力はお察しだよ。スキをついて殺すなんて、巨人にできるとは思えないしー」
「秘策はあります。後で全員に説明します。その時に……」
「わかった。無謀ではないんだね」
「危険ですけど、勝算はあります。旅の仲間の全員で、あの巨人に打ち勝つんです」
車はひと晩中走った。
きっと、誰も眠っていない。
僕も眠るわけにはいかないだろう。
希沙さんには、何度か運転の交代を申し出たが、いいから寝ててと突っぱねられた。
(けど眠れないな――立場的にも、緊張感でも)
走り続けて、夜が更けていく。
車のライトが煌々と光り、それが何台分もの数が集まっている。
その光で、辺りはまるで昼間のようになっている。
だがそれは、僕らの車列のそばだけだ。
いまは星灯りもなく、光を拒絶するかのような暗やみが世界を覆い尽くしている。
闇を見つめているのがこわくて、僕は車内に何度も目をむけたり、無意味に希沙さんの方を見つめたりしていた。
夜明けごろに、ようやく巨人の近くに着いた。大きな丘を、ひとつ越えた。
その頂上から降りた先、長い斜面のその先に僕は巨人の姿を見つけた。
丘の上から、巨人の姿を見下ろしているのだ。
(――あれは、なんだ?)
おかしな物が、そこにあった。
巨人は地面にすわっている。
その傍らには岩があった。
上の面が平らな岩で、巨人と並ぶとテーブルのようにも見える。
その岩の上には、さまざまなものがある。
それは巨人に合わせて作られた、巨大な日用品に見える。
(なんだ、これは。まるで、人の真似をしているような――)
ドラム缶は、まるで巨人のコップみたいだ。貯水槽は、お椀のようだ。
ミニチュアでおままごとをしているような、それを巨人にぴったり合うように拡大しているような、奇妙な光景がそこにあった。
(――いや、関係ない。あいつは敵で、人殺しの怪物だ)
リンさんを探す。
物が多くて見つけにくい。
だがひとつ、それらしい物に気づいた。
テーブル岩の横に置かれた、垂直に立てられているコンテナ。
トレーラーに積むための物だが、それは縦むきになっていて、扉が真上の位置にある。
その側面には無数の切れ目が刻まれていて、それは檻の鉄格子に似ていた。
(あそこだ――探知できたぞ。見つけたぞ!)
巨人がこちらに気づいた。
サイレンの音のような、轟音で世界を圧し潰すかのような咆哮を放つ。
僕も叫んだ。
すさまじい音圧の中で、自分の声すら聞こえない。
それでも僕は、彼女に聞こえているはずと信じて、ありったけの全力で咆哮した。
「リンさん、待っててください! いま助けに行きますから!」
十二話 果てなき旅路と君の歌
0.月と太陽の歌
僕はバンからすばやく降りた。
だがブレーキはかけたりせずに、ライフストーンをひとつだけ乗せて、そのまま斜面を駆け下らせる。
巨人が囮に喰いついた。
無人の車を追いかけていく。
その間に、僕は走った。
空は明るくなってきた。だが足もとはまだ暗い。
そのうえ、巨人から見ると僕はずっと小さいはず。
見つからないことに期待したのだ。
だが僕も、足もとは見えていなかった。
落ちていた木箱をけとばしてしまう。
その音で巨人に気づかれた。
巨人が再び咆哮を放つ。
ライフルを使った。ライフストーンの力を使い、緋色の弾を巨人に撃つ。
(ダメだな、あまり効いてない……)
僕は撃ちながら後退していく。
巨人は僕を逃さないためか、ゆっくりと歩きながら、じりじりと距離を詰めてくる。
(いまなら――)
巨人はいま、僕に食いついている。
その間に希沙さんがコンテナの方へむかう手はずだ。
見つからないに越したことはなかったが、見つかったとしても囮になれる。
そういう二重の策だったのだ。
巨人は僕の撃った弾を受けながら、すこしずつ迫ってくる。
だがその背後で希沙さんがコンテナの横に到着した。
そこで何か話をしている。リンさんがいる。彼女がそこに囚われているのだ。
(早くして――もうつかまる!)
その瞬間、緋色の光がコンテナを裂いた。
希沙さんが策を成功させた。
リンさんに銃剣を手渡したのだ。
リンさんはその銃剣を強化し、がんじょうなコンテナを紙のように斬り裂いたのだ。
(――よし、合図だ)
希沙さんの拳銃で二発。
ライフストーンの力を使わずに撃ったそれが、鉄也さんへの合図だった。
これなら遠くにも伝えられるし、銃口の炎でだいたいの位置も知らせることができる。
鉄也さんたちが、バイクでこっちに走ってくる。
巨人の近くを駆け抜けると、希沙さんとリンさんを拾い上げた。
僕も鉄也さんに拾われる。
バイクの後ろに乗せられたままで、僕は、リンさんと見つめあった。
「リンさん、無事ですか!」
「――なぜ来たんだ。なぜ帰らなかったんだ!」
「みんなで決めたんです! 誰ひとり欠けることなく、全員で帰ろうって!」
「――っ!」
リンさんが、涙を流しはじめる。
泣きそうな顔は何度も見てきた。
だがほんとうに泣いているのは、見たのははじめてだった。
リンさんは消え入りそうなか細い声で、ありがとうとつぶやいていた。
「おい、巨人が!」
鉄也さんが叫ぶ。
いつの間にか、巨人がうしろにいなくなった。
このままバイクで疾駆して、丘の上にいる仲間の元へと逃げ去る算段だった。
だが巨人は、大きく跳躍して僕らを飛び越え、僕らと丘の間に着地した。
(間に割りこまれた――だけど、まだだ!)
希沙さんが拳銃を三発撃つ。これも合図だ。
リンさんに作戦を説明する。
「リンさん。あのコートで包んでたので、砂嵐のライフストーンは巨人に探知されてないはずです。むこうでその力を使い、いまからリンさんを強化してもらいます。遠隔操作で人や物を強化できるのは、セムと蜘蛛の戦いで実証済みです」
「――なるほど。わかったよ。力を感じ取ったら、私が巨人を攻撃する」
巨人がこっちにむかってくる。
だがその背後で、大きな緋色の光がきらめく。
同時に、リンさんの体も光に包まれた。
リンさんはその光を一点に、手に持つ銃剣に収束させた。
「はあっ!」
呼気を放ち、リンさんが銃剣を突き出した。
緋色の光に包まれて、数十倍に巨大化した刃が、巨人の胸に突き立つ。
巨人が、絶叫する。
さっきの咆哮とは明らかに違う、かん高い悲痛な悲鳴だった。
「効いた?」
「効いたけど……反撃される!」
リンさんが叫び、バイクから飛び降りてひた走る。
こっちだ、と彼女は僕らから遠い方へと駆けていった。
「リンさん、待って!」
そのリンさんにむかい、巨人が再び跳躍する。
着地点がさっきよりずっとリンさんに近い。
リンさんは、その直後に振り下ろされた巨人の腕をまともに食らった。
その巨大な腕に、リンさんが呑まれる。
「そんな……」
巨人の腕から、リンさんの手が見えている。
それは、腕から肩の方に移動していった。
(リンさんがまたつかまった。いや、呑まれた――)
巨人が笑い出す。
歓びの感情を哄笑に変え、濁流のような大音声で笑っている。
「くそっ、リン姐さんがやられた! 作戦は失敗だ!」
「――いや、まだです! あの砂嵐のライフストーンを使って、僕が巨人を狙撃する!」
「だったらいまのうちに丘の上に、そのライフストーンのところへ行くぞ!」
リンさんを追い、巨人が丘の上から離れている。
距離があり、ヤツが油断しているスキに、僕らは丘の上へと戻れた。
丘の上では、スイがみんなの中心になり、ライフストーンを扱っている。
「スイ。リンさんが巨人に呑まれた。僕がライフルを強化して、巨人を攻撃してたおす」
「さくせんをかえるの? まだリンは、巨人のなかでがんばってるよ」
「リンさんが――まだ?」
「うん。こっちのきょうかのちからをうけてる。ねてたらそれはできないよ」
「…………っ!」
リンさんは、まだ巨人の体内で抗っているのか。
あの状態でもいまだに意識を保ち続けていて、砂嵐のライフストーンの遠隔での強化も、いまだに途切れてはいないようだ。
(よく見ると、巨人の胸から人の手らしきものが見えてる――まさかリンさんが、こっちからの強化を途切れさせないために?)
まだリンさんの強化は続いている。
まだリンさんは戦っているのだ。
「作戦は変えない。リンさんを強化し、彼女に戦って勝ってもらう」
「わかったよー。だけどこれ、まだまだちからがあまってる」
「ああ。強い力を使うなら、強い想いが必要なはずだ……みんなここに集まって! このライフストーンの力を引き出し、リンさんをできるだけ強化するんだ!」
みんなが集まってきて、ライフストーンに想いをこめる。
強いリンさんのイメージは、全員が共有しているはずだ。
「リンさん……!」
みんながリンさんのために祈った。
力が抜け、開かれていたリンさんの手がかたく握られる。
消えかけていた緋色の光が、再びリンさんの拳からきらめく。
「もっときもちをこめないと、もっと心をひとつにしないとたりないー」
だが、まだ足りていないようだ。
リンさんはそれ以上動けないようだし、状況は何も好転してない。
(どうにかならないか。どうにか……)
空が明るくなりかけている。
沈みかけている月が、巨人の背後に浮かんでいる。
――いつかの記憶と重なる光景。
僕はあの神秘的な光景を――歌っていたリンさんの姿を、思い出した。
「歌だ……」
歌おう、と僕は言った。
反対する声はない。
僕らは周囲と頷きあい、歌いはじめた。
みんなが思い浮かぶ歌を、リンさんが聞かせてくれた歌を、声と想いを合わせて歌った。
祈りの力が、増していく。
みんなのイメージがより強く、ひとつになり、リンさんがこれまでになく強化される。
リンさんの手が、きらりと光った。
巨人の体にヒビが入り、胸のところが大きく爆ぜた。
そこからリンさんが飛び出してきて、呑まれていたとは感じさせない力強さで着地する。
リンさんは無事だ。力を感じる。
ここから伝えている力と、彼女自身の強い力を感じとれる。
「それっ!」
リンさんが吠えた。
再び巨大化した銃剣での刺突を繰り出す。
それを食らった巨人が叫ぶ。
それはいかにも苦しそうな、悲しみも交えていそうな声だった。
だが巨人はよろめいただけで、リンさんにむかって両腕を振りあげている。
今度は呑みこむつもりではないだろう。
きっと、叩き潰すつもりなのだ。
「このっ!」
リンさんが巨大な銃剣を真横に一閃、巨人の胸を斬りつける。
巨人の胸の傷が広がり、中のライフストーンが見えた。
巨人は片腕でその傷の穴を隠し、片腕でリンさんを狙っている。
だが片腕ではうまくいかない。
片腕で傷を隠しつづけているから、片腕しか使えないようだ。
(もしかして――いまならできるか?)
「リンさん、僕たちと一緒にイメージしてください! みんな、歌はそのままで、祈りの対象を変える! ――巨人のライフストーンを使うんだ!」
砂嵐の方ではなく、巨人のライフストーンに想いをこめる。
一瞬だけだが、効果はあった。
巨人が胸を両手で押さえてうずくまる。
まるで処刑の直前みたいだ。
(――隠さないと、僕らが干渉できるんだな)
巨人は動かない。
リンさんが巨大化した剣を振りかぶっても、その瞬間まで微動だにしない。
「トドメだ!」
叫び、巨大な剣を振り下ろす。
巨人は抵抗することなく斬られた。
巨人の体が崩壊する。
その跡には巨大な砂の山と、巨大な人型のライフストーンが残されていた。
「リンさん!」
僕は駆けた。リンさんのところまで駆けた。
リンさんは、僕を見て手を広げていてくれる。
その胸の中に飛びつくと、リンさんは僕を受けとめてくれた。
「リンさん、よかったです。助かってよかったです、リンさん……」
「キミのおかげだよ。ほんとうに、ありがとう。みんなで私を助けてくれた……」
僕とリンさんは抱きあっている。
たしかな温度を、感触を感じる。
「リンさん、リンさん」
「何度も呼ばなくても、私はここにいるよ。キミの傍に、ずっといるよ」
「うう……」
僕はこれまで抑えていた気持ちが爆ぜて、大声で泣きはじめしてしまった。
小さい子のように泣きじゃくる僕を、リンさんはゆっくりと背中をなでて、なぐさめてくれる。
「しょうがないなあ、キミは」
それから、リンさんは歌ってくれた。
最初の夜に聞かせてくれた、いまもみんなで歌った歌。
ゆりかごのようにやさしくて、でも果てなく旅をするような力強さにあふれている歌。
それを子守唄のように、リンさんは歌い聞かせてくれた。
エピローグ 世界転移と砂の異世界
0.帰還
「手を放さないでね」
リンさんにそう言われて、僕はより強く、彼女の手をにぎりなおした。
いまここには二つのライフストーンがある。
砂嵐の球状のライフストーンと、巨人の人型のライフストーンだ。
人型の方は、まるで自動車みたいな巨大さだった。
僕らはいよいよ帰還する。
このライフストーンの力を使って、むこうの世界に帰るのだ。
「だいじょうぶですよ、リンさん」
ここに残りたくない、とリンさんは言った。
一緒に行こうと僕は言った。
けれど彼女はこわいようで、僕の手を取り、ふるえているのだ。
「リンさん。行きましょう。だいじょうぶですから。僕が、ずっとついてます」
「わかったよ……ふふ、こわいね、べつの世界って」
「そうですね。僕にとっては、こっちが異世界なんですが」
「砂にとっては、キミの世界が異世界なんだ」
だいじょうぶ、だいじょうぶと、くり返して僕は言う。
リンさんが、ずっとそうしてくれたように。
それでようやく、リンさんのふるえは止まった。
「じゃあ、行きますよ!」
僕はリンさんと、うしろに並ぶみんなに行った。
そしてライフストーンを使う。
紫色の稲妻が走り、そこの空間に穴が開いた。
その穴のむこうに、アスファルトの道路が見えている。
そこに僕らは入っていった。
僕らの世界で、彼女の異世界となる場所に、僕らは一緒に踏みこんでいった。
(おしまい)




