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砂の異世界  作者: aiyuh
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プロローグ 世界転移と砂の世界

プロローグ 世界転移と砂の世界



   0.人喰いの巨人



 なぜか目の前が、砂の山で満たされていた。


 僕はたったいま、駅の近くででバスに乗ったはずだ。

 だが稲光で何も見えなくなり、それが晴れると、バスの後ろ半分が砂に埋まっていた。

 運転手の人や、ほかの乗客の姿もなくなっている。

 理由はわからないが、僕だけが、バスの中にたったひとりで取り残されていた。


(――何なんだ、さっきの強烈な光も、この砂も……)


 恐る恐る、バスの外に出る。

 外の様子も、駅の近くではありえない状況になっていた。

 岩の壁に囲まれていたのだ。前も後ろも。天井もだ。地面には、砂が積もっている。

 どうやらここは洞窟の中のようだ。壁づたいに外を目指した。

 途中でパトカーを見つけた。近づこうとしたが、すぐに僕は背をむけた。


 パトカーの窓がすべて、血にまみれていたのだ。


 心臓が早鐘を打つ。

 足がガクガクとふるえ、腰を抜かしそうになった。


(うそだろ? いったい何が起こってるんだ……)

 息を切らせ、なるべく速く歩く。すこし広いところに出た。

 僕はそこで立ち止まった。

 何かそこにいる。

 ――怪物だ。

 蟲とトカゲを混ぜ合わせたような怪物がそこにいたのだ。


(何か食ってるぞ。あれは――人の腕?)


 ショックだった。

 腰を抜かしそうになる。

 僕は口を押さえて悲鳴をこらえ、音を立てずに立ち去った。

 すぐに、外の光が見える。

 よく聞こえないが、大勢の人の声も聞こえてきた。


(やった、洞窟から出られ――)


 けど外には、逃げまどう人々と、車列を踏み潰して暴れる砂の巨人の姿があった。


(あの巨人――人を丸呑みしてる!)


 巨人が人を、浴びるようにしてまとめて喰らう。

 すると、砂色の顔が血に染まるのだ。

 僕は恐怖を押さえきれなくなって絶叫した。

 多くの人も、助けを求めて叫んでいる。

 しかし、巨人のサイレンのようなすさまじい咆哮がそれをかき消し、打ち消してしまう。


「――もうだいじょうぶだよ」


 が、誰かが僕にそう言った。

 砂色のロングコート姿の女のひと。

 その人がライフルをかまえ、緋色に光る弾を撃つ。

 弾は次々と巨人に当たり、巨人はすぐに身をひるがえして逃げていった。

 咆哮と悲鳴が収まったからか、あたりがしんと静まり返っている。


「ケガはない?」


 女のひとに助け起こされる。

 いつの間にか、その場に座りこんでいたらしい。

 僕は腰を抜かしてしまっていて、すぐに立つことはできなかった。


「えっと……」

「ここは地球とはべつの世界。私はリン。言ってみれば、キミたちの〝先輩〟だよ」


 その女のひと――リンさんは、顔のマスクとフードを外して顔を見せると、短い緋色の髪をなぜつつそう言った。

























一話 険しい旅路と砂の歌



   0.出発



 巨人が走り去っても、ずっとパニックは続いていた。


 悲鳴や怒声が止むことはなく、動けなくなった人もたくさんいる。

 僕はどうにかしたいとは思ったが、何をすればいいのかわからなかった。


「それ、ちょっと貸してくれない?」


 リンさんが僕のメガホンを指さす。

 彼女はそれを使い、周囲の人に大声で呼びかけた。


「どうか、落ち着いてください! 私は、あなたたちを助けに来ました。

 またあのバケモノは戻ってきます!

 動くクルマにケガ人を乗せ、荷物も積みこんでいってください。

 それから、たくさんクルマがあった方がいいので、できる人は運転をお願いします。

 その後は私についてきてください!」


 そのひと声で、パニックが静まった。

 呆然としていた人たちも動きはじめた。

 それぞれで、手分けして作業をしていく。

 ある人は車が動くかどうかをたしかめていて、ある人はその中に荷物を積んでいった。

 またこわれてしまった車を押してどかしているような人や、ケガ人を診て、近くの車の中に運びこんでいく人もいる。動かない車を直している人もいた。


 僕も、できることを探した。

 動けない人に声をかけたり、ふらついている人に肩を貸したりした。

 大人ほどのことはできないけど、それでもやるべきことはいくらでもあった。

 リンさんはライフルを持ち、白いバンの屋根に乗って、じっと辺りを警戒している。


「リンさん、準備が終わりました!」

「もう出発できる?」

「僕以外、みんな車に乗りました!」


 作業が終わったことを伝えると、彼女は首肯して、それから全員に指示を出した。


「わかった。じゃあ出発するよ!」


 彼女は僕の手を引き、近くのバンへ乗りこんだ。それからすぐにバンを発進させる。

 それに続いてほかの車も走りだした。砂けむりを上げ、ちゃんと後からついてきている。

 もう動かなくなった車と亡くなった人は、あそこに置いていくしかなかった。


「これ、ありがとうね」

「あ、はい」


 運転しながら、こっちを見ずにメガホンを差し出すリンさん。

 受け取ると、険しい表情をすこしゆるめて、軽い口調で話をふってきた。


「でもどうして、メガホンなんか持ってたの?」

「僕の姉さんがアイドルで、その応援に……」


 僕は小学校の卒業と入学の間の長い休みを利用し、姉さんの家と、その会場のある町にむかっていたのだ。

 その姉さんとリンさんはよく似ていて、彼女に姉さんの話をするのはなんだかおかしいような気がした。


「ふーん。とにかく、助かったよ」

「いえ、僕らも助かりました。ありがとうございます。あのままじゃ、どうなってたか」


 お礼を改めて言うと、リンさんは笑みを浮かべて手をのばし、僕の頭をなでてくれた。

 僕の父さんがそうしてくれる時のような、強くて荒っぽい感じだった。



   1.砂嵐



 すこし落ちついたので、ようやく周りを、車の外を観察することができた。


 ここは砂だらけだ。日本の砂浜とはまるで違う。

 植物など何もないし、広さも違っている。

 でもテレビで目にした砂漠と違って、空は青い色じゃない。

 砂けむりを淡くしたような色だ。


「あの、ここは……」

「どこかって? 私もくわしくは知らないんだ。ただ、べつの世界、としかね」


 リンさんは、感情を感じさせない声でそう言った。


「べつの世界……つまり異世界とか異次元とか、そういうやつですか」

「あるいはべつの星かもね。とにかくあれを見たでしょ?」

「……砂の巨人」


 巨人以外にも、蟲か爬虫類かよくわからないような怪物もいたが、あの巨人は別格なのだと思う。

 あれに比べたら、人も虫みたいなものでしかない気もする。


「あいつが地球からヒトを召喚したんだ。自分の腹を満たすためにね」


 僕は恐怖で息をのんだ。

 召喚したの方なのか、腹を満たすの方なのかは判別できない。

 両方、なのかもしれない。


「あの、リンさんは先輩って言ってましたけど」

「ああ、うん。何年か前にね。だからここで生きるすべは教えられる。だけど」

「帰る手段はない、ですか」

「わかんないけどね。私が見つけてないだけかも。でもとにかく生きのびないとね」


 そう言うとリンさんはアクセルを踏みこみ、バンを荒々しく加速させた。

 それから高台の上でバンが停まった。大きな岩から水が湧きだしている。

 これが彼女の目的だったみたいだ。


「みんな水を飲んで、できるだけ持っていって」


 リンさんがそう伝えると、ほかの人たちも水を飲んで、それから何らかの入れ物に水を注いでいく。

 段ボール箱にビニールを張り、そこに入れている人もいた。


「水がおいしい……」


 ペットボトルで水を飲み、僕は思わずそう言った。

 ここは砂漠だが、意外とあまり暑くはなかった。日差しもそんなに強くない。

 でも乾燥しているからか、それとも緊張ゆえか、のどはけっこう渇いていた。


「あれを見ろ!」


 誰かが叫んだ。砂嵐が来ていたのだ。

 離れているのに、それでも大きく、近くに思える。


「やっぱり来たか……」


 何でもないことのように、リンさんはつぶやく。

 だがその砂嵐は、さっきまで僕らがいた場所を直撃していた。

 そこにあった小さな岩山やつぶれた車を呑みこんでしまっている。

 砂嵐が去った後には、人工物は、かけらのひとつさえも残っていなかった。

「……リンさん、もしかしてあれも、巨人みたいな」

「〝砂の怪物〟だよ。蟲やトカゲみたいのと違って、巨人や砂嵐はひとつしかいないけど」

「ほかの怪物は、一体じゃないんですか」

「うん。その中じゃ〝砂の竜〟が最強かな。でも、その砂の竜が群れをなしても、巨人や砂嵐に勝てっこない。そんな程度だよ」

「じゃあ逆に言うと、巨人や嵐はそれほど強いと……」

「うん。ぜったいに戦おうとはしないで。昔、どこかの軍隊が召喚されたこともあった。でも戦車が砲撃をヒットさせても、巨人はケロッとしてたんだ」

「戦車でダメなら、銃じゃどうしようもないか……」

「砂嵐はなおさらだね。巨人より格下みたいだけど、攻撃が通じる気がしないし」


 そもそも、砂嵐が生きていて人を襲う、ということそのものがおかしいのだ。


「異世界にしても、常識が違いすぎる……」

「まあ、すこしずつ説明するよ。ここはほとんど砂漠しかないんだ。だから、水を求めて旅することになる。つまり時間はたっぷりとあるから」


 そう言って僕の頭をなで、水筒に口をつけるリンさん。

 すこし恥ずかしかったけど、いやだとは思わず、僕はそのままじっとしていた。

 彼女はすこし、姉さんに似ている。

 それも、いやだと思わなかった理由かもしれない。



   2.運転



「休憩は終わり。出発するよ!」


 リンさんが呼びかけると、すぐにみんな車に乗った。

 いまここには五十人近くの人がいるが、彼女に異議を唱える人はいなかった。

 彼女しか頼る人がいないのもある。

 だけどそうでなくても、彼女の声にはそうさせるような、不思議な魅力があるようだ。


「えっと、メガホンくん」

「日比木響太です」

「ヒトの名前が覚えられなくてね……ここからは障害物もないし、キミが運転してみなよ」


 リンさんに言われて、僕はハンドルをにぎった。

 まだ免許を取れるような年齢ではない。

 だけど、いまはそれどころではないし、何より僕自身がやってみたいと思ってもいた。

 エンジンをかけ、アクセルを踏むと、バンはゆっくりと走りだした。

 手がふるえる。急に発進したわけでもないのに、心臓が痛いぐらいに高鳴っている。


「だいじょうぶだよ。私がキミを、守ってあげる」


 が、リンさんに頭をなでられながらそう言われると、魔法のように落ち着いた。

 そして落ち着くと、余計なことまでやってしまう。


「あんまり蛇行すると転ぶよ」

「すいません、いろいろ試してみたくて。さっき言われた通り、何もないし」


 さっきまでと違い、大きな砂丘などもない。

 アメリカの荒野みたいな感じで、ときどき草が生えているが、高い木は一本もない。

 それ以外には、はるかむこうに山が見えるだけだ。


「まったく……遊ぶのもほどほどにね」

「あ、やっぱりわかります?」


 車の運転は、やってみると、思った以上に楽しかった。

 僕は勉強も運動も苦手だし、いくら練習しても自転車には乗れなかったのだ。

 でも車は転んだりしないし、ここでは何か障害物にぶつかるということもない。


「そりゃ、そんだけ楽しそうにしてたらね。次はゲンコツだよ?」

「は、はい。もうちょい真面目に運転します……」


 しばらく走ると、周りを見る余裕も生まれた。

 ミラーを見ると、後ろが見える。

 トラックや乗用車が、列をなしてついてきている。

 改造したバイクに旗などを挿している暴走族のような人たちもいる。

 だけどいまのところは、列の左右を大人しく走っているようだった。


(なんだかすごい光景というか、実感がないというか……)


 砂だらけの世界を、たくさんの乗り物が走っていて、自分がその先頭にいる。

 それも乗せてもらっているのではなく、自分で運転している。

 とても不思議な感じだった。



   3.銃



「あの、リンさん」


 運転に慣れてきて、僕は彼女に声をかけた。


「んー?」


 リンさんは銃身の掃除をしながら、顔をあげずに声だけで答える。


「ここって、砂漠しかないんですか」

「そうだね。岩山や湖はあるけど、ほんのわずかだ」

「ほかに、この世界に人は……」

「いるよ。この世界の住人が。人類とは違う姿だけど、〝ヒト〟と呼べる者はいる」

「それは、どんな」

「説明がむずかしいね……砂の怪物とちがって、人のかたちはしてるんだけど。ちゃんと話も通じるし、種族によっては、味方になってくれると思う」

「じゃあ、敵も?」

「うん。人狩りの、奴隷商みたいな連中もいるしね」

「奴隷商……そんなやつらがいるなら、僕らは危ないんじゃ」

「だいじょうぶ、心配しないで」


 リンさんは顔をあげると、僕の目を見て、心配しないでともう一度口にした。




「メガホンくん、今度は銃の練習をするよ」


 二度目の休憩の時、リンさんにそう声をかけられた。

 銃をさわるとは思わず、僕は驚いた。

「運転はあたしに任せといて」


 それからリンさんのとなりにいる、僕より小柄な少女がそう言った。

 その子はとても小柄で顔も幼く、僕の妹だと言っても不思議に思われないような見た目だけど、運転免許も持っているらしい。


「じゃあモフちゃん、私の指示通りに走って」

「あいよー」

(……モフちゃん?)

「ああ、やっぱりヒトの名前が覚えられなくてね」


 でも、たしかにそんなイメージだった。

 着ぐるみみたいな服装もそうだけど、その女の子の雰囲気が、やわらかいぬいぐるみのようなのだ。

 テーマパークやステージの上などにいたら、何かのキャラクターと思うだろう。

 そんな容姿だった。

 その子がなんだか自慢げに名乗る。


「あたしは疵乃希沙だよ。希沙って呼んでね」

「僕は日引響太です。じゃあキサさん、運転をお願いしますね」

「はいはーい」


 さっきまでと違い、いまはなだらかな山を登っている。

 ときどき岩なども転がっているし、見えない崖もあるかもしれない。

 希沙さんに運転を変わってもらったのは、危険が増えたのもあるのだろう。


「モフちゃん、あの高台を目指して。あっちに鹿の群れがいる」

「はーい」

「鹿なんているんですね」

「鹿に似てるから、私がそう呼んでるだけだけどね」


 すぐに、鹿の群れは見えてきた。たしかに鹿に似てはいる。

 ラクダのようにコブがあるし、体がウロコにおおわれているけど、体の形は鹿だった。


「モフちゃん、右から弧を描くように近づいて。銃を撃つから、耳をふさいどいて」


 車列が近づき、鹿の群れが逃げはじめる。

 リンさんは助手席のうしろに座り、窓からライフルを出して撃った。

 最後尾の鹿がたおれる。

 バンがそこに着くと、リンさんはコートの下から短い剣を抜き放って駆けていき、その鹿にとどめを刺した。

 僕もそっちに駆けていく。すると、リンさんにライフルを手渡された。

 それから彼女はそのライフルを指さきで押して、銃口を鹿の群れにむける。

 僕はそうして誘導され、かまえ方や注意事項などを、ひとつひとつ教えてもらった。


「まだ引き金に指はかけないで。いまは無風だけど、獲物とは距離がある……スコープの中央よりも、すこし上を狙うんだ。引き金は引くんじゃなく、絞る感じで」


 ライフルは思ったよりもずっと重く、大きく、硬かった。


「息を止めて、体のゆれをすべてなくして、それから自分のタイミングで――撃つ」


 彼女の声に合わせてライフルの引き金を絞る

 すると、ライフルがけとばされたように跳ねあがった。

 はるかむこうで鹿が転ぶ。

 リンさんは驚いたような顔をしていたが、すぐに切り替え、僕をバンの中に放りこみ、その鹿の元へむかった。


「急所に一発……お見事、だね」

「そうなんですか?」

「この距離だしね。正直、当たるとは思ってなかったんだ。

 私がやったように、近づいてから撃った方が確実だし。

 まずは撃ち方からと思ってたけど、すっとばしちゃったね」


 それからリンさんが、剣を使って鹿の解体をはじめる。

 見ていて気分が悪くなってきたが、その気持ちはぐっとこらえ、作業を手伝った。

 僕が、この手で終わらせた命だからだ。

 希沙さんがバンに積まれていた新聞紙をまるめて焚き火を熾してくれる。

 その上に大きな鉄の網を設置して、解体した肉をそこに並べて焼いた。

 焼けた肉は、みんなでわけあうと、あっという間になくなってしまった。



   4.ライフストーン



 それから、何度か練習をした。

 小石を狙い撃ちしたり、小動物を追いかけて撃ったりしたのだ。


 しっかり狙うと、遠くても当たった。

 だが、接近して駆けながら撃つとまるで当たらなかった。


「難しくても、じっくり狙った方がいいのかな。キミは狙撃兵むきだね」


 リンさんにはそう言われたが、喜んでいいのかどうかわからない。

 けどリンさんは、肉迫して撃つ方が得意なようで、遠くの狙撃はキミに任せると言ってくれた。


「さあ、ここで休憩するよ」


 砂丘の間に、とてもきれいなオアシスがあった。

 みんながはしゃぎながらその透明な湖に駆けより、水を飲んだり汲んだりする。


「メガホンくんはこっちに来て」


 リンさんに引っ張られ、ライフルを手に、大きな砂丘を登っていく。

 希沙さんもついてきてくれた。

 砂丘はとても大きくて、登りきった頃には汗だくになっていた。


「二人とも、あれが見える?」


 リンさんが指さす先には、あの〝砂の怪物〟がいた。

 パトカーのそばにも居たヤツだ。

 エリマキトカゲとサソリを足したような姿で、鹿の死体を貪っている。


「いまからキミに〝ライフストーン〟の使い方を教える」


 リンさんが、胸もとから何かを出した。

 石だ。緋色にぼんやりと光る、宝石。米つぶほどの大きさのそれを、リンさんは小さな布の袋に入れて、僕の首にかけてくれた。


「これが〝ライフストーン〟ですか」

「うん。ごく小さな物だけど、これには魔法の力があるんだ。この力を使いこなせたら、砂の怪物をたおすことができる」


 ライフルをわたされ、教わった通りのかまえをとる。


「想像して……ライフストーンの魔法の力が、キミを通して、銃弾にこもる」

「魔法の力が、ライフルの弾にこもる。いや、こめる……」

「そう。巨人の時のことを思い出して。あの光る弾が、敵をやっつけるんだ」


 イメージが固まった。

 巨人をたおしたリンさんの姿は、強烈な印象としてまだ残っている。

 リンさんの姿も、巨人を追い払った緋色の弾も、くっきりと思い描くことができる。

 それを想像すれば、感じていた恐怖もどこかに行ったようだった。

 怪物が、顔をあげる。

 息を止め、僕はゆっくりと引き金を絞った。

 反動と共に、緋色の弾が飛んでいく。


「よし、やったね」


 弾は怪物の背中に当たって爆ぜた。

 聞いていられないほどおぞましい絶叫を轟かせ、怪物の体が崩れはじめる。

 僕は、腰を抜かしそうになりながら、目線をそらすことができない。


「だいじょうぶ。もうやっつけたよ」

 リンさんにうしろから声をかけられ、僕は跳びあがりそうになったが、なんとか呼吸を整え、落ち着きを取り戻すこともできた。

 リンさんに銃を返し、怪物のいた方へ歩いていく。


「これはキミが持ってなよ。キミがたおしたんだからね」


 怪物がいたところに、砂に混じって、あの緋色の宝石が落ちていた。

「これって……」

「同じライフストーンだ。怪物の〝核(コア)〟で、命の源だよ。ふつうの弾は効かないんだけど、〝ライフストーン〟の力を使えば、こうしてやっつけられるんだ」

「さっきのより大きいですね……いや、こっちのやつが縮んでる?」

「うん、使えば使うほど小さくなって、いずれなくなっちゃうからね」


 それから、リンさんが、僕の首に小さな袋をぶらさげてかけ、そこに先ほど手に入れたライフストーンを入れてくれた。

 ふたつの宝石が当たり、ガラスをぶつけたような音が響く。


「さあ、そろそろ出発しようか」

「あの、リンさん。このライフストーンのこと、教えてもらっていいですか」

「うん。これがいったいどういうものかわかれば、魔法の力も増すからね」


 僕の方から言い出したけど、リンさんははじめからそのつもりだったみたいだ。

 それからすぐバンに乗ると、運転するよと言ってくれた希沙さんに甘えさせてもらい、僕とリンさんはうしろの座席でむかいあって、話の続きをしてもらう。


「さあ、何から説明しようか」

「ライフストーンって、命の石って意味ですよね。つまりあの石が、砂の怪物そのものということですか?」

「ちょっと違うかな。あれは、怪物が蓄えたエネルギーが固形化したものだから」

「つまり、車のガソリンみたいな感じですか?」

「まあ、そんな感じかな。空っぽになれば、さっきみたいに体が崩れて死んじゃうけど」


 袋の中の宝石を見る。

 淡くぼんやりと光ってはいるが、弾として撃った時のような、強烈な光は放っていない。


「ちょっとヤな話になるけどね……」

「なんですか?」

「いや、怪物がライフストーンの力を集める方法なんだけどね」


 リンさんが横をむき、窓の外を見やる。


「いや、想像はできますよ。生き物を食べることでしょう」

「さっきのヤツは、それでいいんだけどね。巨人や砂の竜は、動物には目もくれない……」


 動物には、という言い回しで血の気が引いた。


「ライフストーンをあやつるのに必要なのは、意思。つまり〝心〟だ。その心の力が最も強い生き物……つまり〝ヒト〟が、ヤツらのターゲットなんだよ」

「それで、僕らがこの世界に……」

「うん。〝エサ〟として連れ去られたんだ」


 途中でわかっていたのに、断言されると、衝撃はすごかった。

 こんなにこわいことがあっただろうか。そう思うほどのショックを受けた。


「さっきみたいに、動物の死骸からでも力は集められるんだ。

 けどそれを何百と喰らっても、ヒトのそれには及ばないみたいでね。

 あの〝砂嵐〟が、車の残骸まで喰いつくしたのも、ヒトの思い出や気持ちがこめられた物には、魔法の力が宿るみたいで……」

「そんな……」


 体がガタガタとふるえだす。

 考えないようにして抑えていた恐怖が、不安が、いまになって噴き出してきたのだ。


「帰る方法は、助かる方法はないんですか」

「わからない。聞いた話なんだけど、この世界にも大きな都市や国があったらしいんだ。けどあの怪物がやってきて、またたく間に滅ぼされたんだ。さまざまな都市や国があり、何百万というヒトがいたのに、いまは百人以上の集落はない」

「それで足りなくなって、ということですか」

「たぶん、ね。あの巨人以外に召喚する力はないみたいだけど、逆に言うと、あの巨人をたおす以外に、あっちへ帰る手段はないのかも……」

「リンさんは、あいつを追い払ったけど」

「巨人は砂嵐よりも強いんだよ。怪物の力は、ライフストーンのパワーで決まる。小さな怪物を何千体分集めても、巨人の足もとにも及ばないよ。ほかの獲物でよかっただけだね」


 重い沈黙。それが車内を暗くしている。

 だが明るく茶化したりすることはできなかったし、しようとも思えなかった。


「でも、守ってくれるんですよね。ここで生きることは、できるんですよね」

「ああ。それは約束するよ。この旅で、この中の誰ひとりとして、死なせはしないさ」


 リンさんの肩をつかむと、彼女は僕の手をにぎり返してそう言ってくれた。

 僕は安心からか、それともべつの理由か、なんだか泣きそうになっていた。



   5.慰めの唄声



 埋もれかかった古城があった。


 城壁だけが残っていて、だが半分以上が砂に呑まれ、中に湧き水も溜まっている。


「もう日が暮れる。今日はここで野営しよう」


 またリンさんがメガホンを使い、車を運転している人に指示を出す。

 古城の横で、半円状に車を並べさせたのだ。まるで城壁だった。

 これなら円の内側にいれば安全だろう。


「ここには水がたっぷりある。野草と肉で、スープを作って夕食にしよう」


 リンさんがそう言い、料理の準備をしはじめた。

 それを聞き、何人かが手伝いを申し出る。

 車の中にトラックがあり、コンテナの中には日用品がたくさんあった。

 鍋もいくつかあったが、人数分には足りなくて、一斗缶や金属の工具ケースまでもが、鍋になった。


「ふう……」


 それらを探すための積み下ろしでへとへとになり、僕はその場に座りこんでしまった。

(――僕にしちゃ、がんばった方かな)


 ほかの男の人は、平然としている。疲れた様子の人はいない。


「ほら、できたよ。子どもはいっぱい食べなー」


 ぼーっとしていたら、希沙さんが料理を持ってきてくれた。


「あ、ありがとうございます。いただきまーす」


 ちゃんとした食器はなかったのか、金属のボウルとおたまで食べることになったけど、なんだか変な楽しさがあった。

 希沙さんは、弁当箱としゃもじで食事している。


「意外とうまいですね」

「なんでだろね。調味料とかないし、まんま煮ただけなんだけど」


 けど、体がこれを求めている。そんな感じの味だった。


「あれ、もう食べちゃったね。お代わりはいる?」

「あ、ほしいです……ども、ありがとです」


 希沙さんは僕以外の人にも、お代わりを配って回っていた。

 だがそれが終わると戻ってきて、横からもたれかかってきた。


「……あの、何か?」

「君が深刻なカオをしているからさー。あたしでよければ話を聞くよー。

 そういえば、さっきも深刻な話をしてたねー」

「そりゃまあ、あんな話を聞いちゃったら……」

「軽く考えるってのも手だよー。落ちこんでてもしょーがないじゃん」


 希沙さんは、僕を元気づけてくれているみたいだ。


「ありがとうございます、キサさん。すこし元気が出ましたよ」

「そりゃ重畳」

「おなかがいっぱいになっただけかもしれないですが」

「ひどいなー」


 希沙さんにおなかをぐりぐりとやられ、僕は思わず笑ってしまった。

 それで弱点と気づかれてしまって、さらに攻められるはめになる。

 必死で抵抗するが、希沙さんの攻撃はしつこくて、僕はまたつかれてへとへとになった。


「ふう……さて、洗い物でもしてくるよー」


 そう言って去っていった希沙さんと入れ替わりに、リンさんがやってきた。


「リンさん、夕食は」

「もう食べたよ。ありがとね」


 リンさんが上をむいたので、僕も同じようにする。

 もう空は真っ暗だけど、砂塵のせいか、月や星はまったく見えない。

 晴れたとしても、それがあるのかどうかはわからないのだろう。


「モフちゃんのおかげかな。キミが持ち直したようでよかった」


 肩に手を置き、リンさんが言う。

 さっきよりも、ずっとくすぐったいような気がした。


「夕ごはんも、よかったですし。なんであれ、あんなにおいしかったんですか」

「そりゃまあ、私がこめた愛情だよ」


 にやりと笑い、リンさんが言い放つ。

 こんな表情もするのかと、僕は軽く驚かされた。


「魔法の力、と言った方がいいかな」

「そう言われると、なんだか真に受けそうですね」


 ついさっき僕は、魔法の力を銃弾にこめ、怪物にむけて撃ったのだ。


「あれは見事だったよ。あの段階に至るには、何日もかかると思ってたんだ」

「きっと、たまたまですよ」

「そう謙遜しなくていいよ。得意なことがある。それは、誇っていいことなんだ」


 なんだか、また泣きそうになってきた。

 なんで自分がそうなっているのか。それも、よくわかっていない。


「キミはけっこうな泣き虫だね。ちょっと待ってて。キミを、いまから元気づけてあげるからさ」

「いや、うれしかったんだと思います。僕、自分に自信がなかったから」


「そっか。でもまあ、ちょっと不安定になってるようだしね……ほかの人たちのためにも、いまはサービスしてあげる」


 リンさんはそう言って立ち上がると、梯子を使い、トラックの上へ登りはじめた。

 どうすればいいのかわからず、彼女の様子をじっと見る。

 一度彼女が落ちそうになり、僕は腰を浮かしかけたが、彼女は無事に登り終えた。

 そして二階の窓ほど高いところで、彼女はこちらをむいて立つ。


(――何をする気だろう?)


 夜空が、晴れてきたようだ。

 地球(むこう)のそれよりも大きくて明るい月。

 それがリンさんのうしろに浮かびあがる。

 焚き火やランタンの灯りはあるけど、要らないぐらいに明るくなった。


(きれいだ……あの大きな月も、リンさんも)


 そして、その幻想的な風景の中で、リンさんが歌いはじめた。


 僕はその歌に、思わず聞き惚れてしまった。

 さっきのスープと同じように、身体に沁み入ってくるような、精神(こころ)が求めていたような歌。

 力強くもやさしくて、でもどこかさみしげな感じもする歌だ。


 雑談や笑い声なども、いまはぴたりとやんでいる。

 ここにいる全員が、彼女の歌に聞き入っているのだ。

 彼女が歌い終わると、僕は思わず拍手をしていた。

 ほかの人たちも、歓声を上げ、立ちあがって拍手をしている。

 リンさんは、照れなどまったくないような、すました顔で梯子を下りたが、僕が彼女の名を呼ぶと、よろけて転びそうになっていた。



















二話 傷の戦士と少女の手



   0.異世界人



 朝早く。

 古城から発ってすぐに、大きな峡谷にさしかかった。

 大きな岩の壁が高くそびえ立っていて、左と右を見てもその終わりが見えない。

 峡谷だけがぽっかりとその口を開けている。


「どうすんのー」

「谷に入ろう。ここはたしか抜けられるはずだし」


 リンさんの指示で、峡谷へ入っていく。

 峡谷の中は車が三台並んで走れるほどの幅がある。

 中に入ると、はじめはうす暗くて不気味だったけど、昼になるとすこし明るくなった。


「楽ちんだけど、何もないねー」


 ゆっくり車を走らせながら、希沙さんがそう言った。

 ちなみにリンさんは、谷に入ってから車の後ろの座席を畳むと、そのスペースに布団を広げて入って寝ている。

 きのうの夜、寝ないで見張りをしていたらしい。


「あれはなんだろ?」


 走りつづけて昼も過ぎたころ、希沙さんが何かに気づき、車を停めた。


「あれは……石像かな。真ん中にたおれてますね。どかさないと、後ろの車が危ないな」

「ううん、あれはきっと――」


 車から飛び出していく希沙さん。僕もあわてて後を追う。

 彼女は、石像の横にしゃがんでいる。

 いや――あれは石像じゃない。ここまで近づいてはじめてわかった。

 彼(、)は息をしているし、希沙さんの顔を見てもいる。石のような体の人なのだ。


「起きれるー?」


 希沙さんがそう言い、石の男を引っぱり起こす。

 僕も手伝ったけど、彼の体は尋常じゃなく重かった。

 肌も硬く、ほんとうに石でできているみたいだ。

 ただ体にはヒビが入っていて、小さなかけらがぱらぱらと落ちている。


「すまん。おれはセム。〝石の民〟の戦士だ」

「あたしは希沙。あっちが響太くんで、あの人がリンさんだよ」


 気づかなかったが、リンさんが目をこすりながら、すぐうしろに立っていた。


「乗ってく? ケガしてるなら、移動しながら手当てした方がいいよー」


 セムが小さく首肯すると、希沙さんはすぐにバンに飛び乗り、彼の真横に停車させた。



   1.野戦料理



 リンさんが運転して、希沙さんがセムの傷の手当てをした。

 傷口を洗ってから、ヒビのところに布を当て、上から包帯を巻いていく。

 僕も手伝ったけど、彼女の手つきが速すぎて、ほとんど何もできなかった。


「異世界人の治療は、はじめてやったよー」


 希沙さんは、医療関係の仕事でもしているのだろうか。あまりにも手際がよかった。

 それから希沙さんは、歌を歌いはじめた。

 とても苦しそうにしていたセムの表情がやわらぎ、やがて寝息をたてはじめる。

 希沙さんの歌は、おしゃれなバーとかで流れていそうな雰囲気で、とても静かできれいだった。




 夕方に、小さな滝と滝つぼを見つけた。

 リンさんの指示で、そこで野営の準備をしていると、セムが起きて歩いてきた。


「恩に着る……」


 セムは小声でそう言うと、腰の袋をひとつ外し、希沙さんにそっと渡した。


「なんだこれ? 石みたいだけど」

「食べてみてくれ」

「あ、食べれるんだ……お、あまーい! ケーキ凝縮して一気飲みしたぐらいあまい!」


 希沙さんにわけてもらい、僕もその石みたいなやつを食べた。

 そのお菓子は、表面は硬いが中はとってもやわらかく、とろけそうなほど甘かった。


「手伝わせてほしい」


 セムさんはそう言うと、石を積み上げて窯を作った。

 その中に、紙束やごみを入れると腰の袋から青白い石を取り出し、それをこすって火をつけて設置する。

 その上に鍋を乗せると、燃焼温度が高いのか、あっという間に沸き立った。


(この人、すごい体だな……)


 彼の体が目の前にあり、思わずまじまじと見つめてしまう。


 細身だが背は高い。

 かなり筋肉質で、きたえ上げられているのがわかる。

 上半身は裸で胸や肩に大きな刺青が入れられている。

 下半身には袴のような物をはいていて、腰の帯にはたくさんの袋と道具、そして数本の武器をぶら下げている。

 その腰の袋から、彼は粉のような物を取りだし、鍋の中にふりかけた。


「それなーに?」

「これを料理に入れると、とても香りがよくなるのだ」

「へー。キミは料理が得意なんだね!」


 無邪気な希沙さんにそう言われて、セムもまんざらではなさそうだった。


 セムの料理は、刺激は強いがとてもおいしかった。

 希沙さんが、すごいよとくり返してはしゃぐ。

 それでほかの人が集まってきて、セムの鍋を味見しては歓声を上げていた。

 コックさんまで来て、味をしきりにほめていた。


「野草にくわしいだけだ……」


 セムは口ではそう言っていたが、大事そうなその粉をほかの人にもわけている。


「こんなにおいしいんだからさ、作ったキミも、たっぷり食べなよ」


 希沙さんがクッキーの缶によそった料理を、セムは右手で受け取った。

 だけど左手が動かないようで、身じろぎひとつせず料理をじっと見つめている。


「あ、食べれない? そういえば、ずっと片手で作業してたね。食べさせてあげるよ!」


 希沙さんはレンゲを使い、セムの口に料理を運んでいく。

 やっぱり彼女はこういうことに慣れているようだ。

 手つきにも、その行動にも迷いがないのである。


「すまぬ。もう……」

「おなかいっぱい? ケガしてるもんね、しょーがないよ」


 その残りを僕が食べている間、希沙さんはセムの具合を確認していた。



   2.日暮れ時



 谷底にいるからか、日が暮れると急に気温が下がってきた。

 セムが火をつけた石のおかげか、消えかかった焚き火があたたかい。

 石を積んで囲んであるからかもしれない。

 希沙さんがタオルケットを持ってきて、セムの肩にかけてあげた。

 セムは、おれの世話はじゅうぶんだと言い、その場で横になろうとしたが、希沙さんはバンの中で寝ろと言って、彼を強引に連れていってしまった。


「大変だったね」


 焚き火の前へ戻ってきた希沙さんに、リンさんがねぎらいの言葉をかけた。

 べつになんでもない。

 希沙さんはそう言っていたが、何度かため息をついていた。


「〝石の民〟は強くて誇り高い種族だ。あのイシアタマもなかなか強情でしょ?」

「まー、警戒はするでしょー。ここの世界じゃ、あたしらが異物なんだしね。もしかしてだけどその〝石の民〟と名乗ることって、威嚇に使えることだったりする?」

「うん。昔から数は少なかったけど、強い戦士がとっても多くて、近隣諸国に恐れられていたらしいよ。私が来る前のことだけどね」

「やっぱりか。彼の肌だけど、こまかい傷痕が多かったんだ。けっこう古い戦士みたい」


 希沙さんはさっきのお菓子を串にさし、火であぶって食べはじめた。


「そういえば私も、彼らの寿命とかは知らないな」

「ああ見えて、何百年とか生きてんのかなー。フケた高校生って言われても、信じられるようなカオだけどさ」

「それをキミが言う?」

「あはは、子ども料金で電車乗れそうとかよく言われるよー」


 希沙さんは笑いながら足をのばし、リンさんを何度かつま先で小突いた。


「ところでさー、リンさんはセムのあの刺青って、どういう意味なのか知ってる?」

「いや。考えたこともなかったけど……それがどうしたの?」

「彼、傷痕が多いって言ったでしょ? その傷の上からまた彫りなおしてるみたいでさー」

「またって……傷で刺青の絵が消えた分を、もう一度描きなおしたってこと?」

「よっぽど大切なものなのか、なにか、」そーゆーしきたりでもあるのか……いくらあたしでも、そこまでは踏みこめなかったんだよね。もーすこし彼と、ちゃんとした信頼関係を築きたいんだけど……」

「悪い人じゃないんだよ。私も何度か手を借りた。

 けど彼らは名前ぐらいしか教えてくれない。信頼されることはなかった……」

「むずかしいなー。言ってくれなきゃ、症状もわかんないのになー」


 希沙さんが、焦げ目のついたお菓子をわけてくれた。

 飛びあがるほどおいしかった。

 リンさんもそれを受け取ったが、口をつけようとはせず、ゆれる炎を見つめている。


「モフちゃんはけっこう信頼されたと思うよ。菓子をわけるなんて、はじめて見たしね」

「そうなのかなー。子ども扱いされてるだけの気もする」

「だとしたら、警戒を解くハードルは低くなってるかもしれないよ」

「あー、そう考えるとまあ、悪くはないのかなー」


 希沙さんが石のお菓子を口に入れた。リンさんもそれに倣う。

 希沙さんの様子を見て、それで気がついたような感じだった。


「おいしいね、これ。びっくりしたよ。火であぶると、こんなにおいしくなるんだ」

「でしょ? マシュマロとかクッキーとかもあぶるとおいしいよー」

「ふふ、こういうのも、〝出会い〟ってことなのかな」

「そうかもしれないね。それぞれ、遠いところにあったもの同士が出会って、ずっといいものになった……そうだね、それはとってもいいことだ」


 話が終わったところで、三人で洗い物をして、火も消した。

 それからバンに入ると、僕とリンさんは助手席と運転席で眠り、希沙さんは、うしろのセムのとなりで横になった。

 すぐに寝息が聞こえてきて、僕も時間をおかず、眠りに落ちた。



   3.夜明け



 目覚めると、ほかの三人は起きていた。

 三人で、焚き火を囲んで料理をしている。

 セムも片手で鍋をかきまぜ、ときどき味見をしているようだ。


「おはようございます。すいません、寝過ごして」

「まだ寝ててもいいよ」


 そう言われたが、もう目覚めてしまったし、何もしないというのも居心地がよくない。

 だが、セムの青白い石は長く強く燃えるようで、きのうやったように息を吹いて火力を調整する必要がなく、なんとなく仕事がなくなってしまった。

 仕方ないのでバンに敷いた布団を畳み、ついでに掃除もしておいた。


「メガホンくん、朝ごはんができたよ。こっちにおいで」


 やさしい声でリンさんに呼ばれた。すこしだけ、胸が痛む。

 何でもない顔を保って近づくと、どうしてかセムも、すこし悲しそうな顔をしていた。

 もしかしたら僕と同じで、自分の家を、家族を思い出していたのだろうか。


「響太くん、食べないのー?」

「あ、いただきます……」


 朝食の後は、片づけをしてすぐに出発した。今度は僕が運転する。

 セムがこの近くに砂の怪物がいるかもしれないと言ったので、リンさんが銃をかまえて警戒しているのだ。


「ねーセムー。セムは、旅とか好き?」


 うしろの席では、希沙さんがセムに積極的に話しかけている。

 セムも、返す言葉は少なめだけど、煩わしく思っているようではない。


「旅は、仕事だった」

「ああ、戦士だもんねー。テーサツとか、そーゆーのでしょ?」

「狩りもだ」

「あー、食べ物とか水とか持って帰るため?」

「ライフストーンも探していた」


 そちらの旅は娯楽なのか、とセムが真面目に問い返す。

 希沙さんは旅行がとても好きなようで、あれがいい、これがいいと言いつづけている。


「こっちに花はないんだね。桜やひまわりを、セムに見せてあげたいなー」

「どういうものかは聞いている。興味はある」


 セムの声が、すこしずつ元気になってきている。

 なんとなくだが、そんな風に感じていた。



   4.戦士の慟哭



「おれは、怪物を狩ろうとしたのだ」


 うしろの席で、セムと希沙さんが深刻な話をしはじめた。だが走行音で聞こえにくい。

 僕は運転もおろそかにならないように気をつけつつ、耳を傾ける。


「怪物って、あの砂の?」

「ああ。規格外に大きく、すこしずつ村に近づいていた」

「じゃ、危ないからやっつけなきゃだね」

「そうだ。仕留めなければならなかった。戦士を集め、討伐にむかった。だが、敗れた。屈強な戦士は散り散りになり、ライフストーンは使い果たした」


 それだと、怪物をたおす手段がない。

 僕はそれに気づき、背すじが凍るような恐怖を感じた。

 ライフストーンがなくなり、逃げることができなくなれば〝詰み〟なのだ。


「死ぬことも考えた。だがそなたに出会い、考えを変えた」

「あたし?」

「ああ。勝てぬ戦士は、生きる意味がない。そう思ったが、おれをおれとして、そなたは大事に扱ってくれた。傷を手当てし、めしを食わせて、安らぐ歌まで歌ってくれた……」


 セムの声は上ずっていて、泣いてしまいそうな様子だった。


「そういう〝死にたい気持ち〟って、だいたい一過性だからねー。そうじゃない場合には、とても立ち入れないけど、ほとんどの場合はほんとうは生きたいって思ってるから」


 そして希沙さんの声には、たとえようもない重さが加わっている。


「そうだな。おれは生きたい。この先もだ。村を守りきれなかったとしても、逃げてからまた村はつくれる。そなたらのように、旅をしつづけたっていい」


 そこでリンさんがふりむき、身を乗り出して何かを渡した。


「ようやく前向きになったね、イシアタマ。戦おうとするなら、私も力を貸したげるよ」


 その後、セムの手のひらにあったのは、前に僕も渡してもらった小さな袋だ。


「これは……っ!」

「――勇気があるなら、これをあげるよ。私が背中を押すことはできるけど、決めるのはキミだからね」


 袋の口から、緋色の光がこぼれている。

 さっき、セムが使い果たしたと言った〝ライフストーン〟が入っているのだ。


「そなたは、おれの背中を押してくれるのだな」

「うん。キミといっしょに戦ってあげるよ」


 セムが大声で泣きはじめた。

 彼は小さな袋を握りしめ、涙は流れるに任せている。




   5.戦士の実力



「おれの村へ、むかってくれ」


 セムの言葉をリンさんが了承し、全員でむかうことになった。

 ちょうどお昼どきになったので、昼食を準備しているときに、ほかのみんなにも事情を話し、ちゃんと納得してもらった。

 みんながあっさりと同意してくれたのは、セムが狩ってきた小動物が食卓に並んでいたのも大きかったのだろう。

 物もそうだが、彼の誠意と活躍が、みんなの気持ちを動かしたのだ。


(――リンさんも頼んでたのが、いちばんの理由かもしれないけどね)


 それからは、希沙さんに運転を交代した。

 セムは助手席に移動したがっていたけど、左手が動かせないので却下された。

 代わりにリンさんが、そこで目を光らせている。

 それからセムは砥石で斧を磨いたりして、車に酔ってしまっていた。


「ここからは、道が複雑になる」


 谷が分岐し、わかれ道がいくつも出てきた。

 だがセムは、道をはっきりとおぼえているらしく、迷いなく案内してくれる。

 もう村も近いみたいで、井戸や畑の跡などもあった。

 そこで、怪物が現れた。

 ふいに角から飛びだしてきて、おぞましい咆哮を上げて襲いかかってくる。


「こいつ? イシアタマ」


 リンさんが怒鳴りながらライフルをかまえ、その巨大なサソリのような怪物を狙う。


「違う。もっと大きな、蜘蛛のような奴だ」


 サソリの体躯は自動車ほどもある。

 だがそれでも、セムの宿敵には劣るらしい。


「この程度なら、片づけられる」


 セムはそう言うと、腰につりさげた斧を持つ。

 柄の短い、板みたいな刃の斧だ。

 彼は、動く右手でその斧を持ち、怪物にむかって走っていった。

 怪物が大きな尾を持ち上げ、セムにむかって尖端を繰り出す。

 だがセムは、斧に緋色の光をまとわせ、突きだされた尾を斬りとばした。

 返す刀で、怪物の頭を叩き割る。

 怪物はしばらくのたうちまわって暴れていたが、やがて力尽きて動かなくなり、身体が崩れて砂の山になった。

 リンさんと希沙さんと僕は、セムのところに駆け寄った。

 セムがしゃがみ、やがてビー玉ぐらいの大きなライフストーンを拾い上げた。


「これがあれば、あの強大な怪物にも勝てるだろうか」


 セムの声には、抑えきれない興奮の色が、はっきりとにじみ出ていた。



   6.戦士の村



「ついた。ここだ」


 セムと同時に、僕も立ち上がる。

 石の民の村。

 岩壁をくり抜いた家があり、その入口はツタでおおわれている。

 家の前は広場になっていて、そこで鍛冶や機織りの仕事をしている人が何人かいた。


「ここが、おれの村だ」


 セムがはじめに車から降りた。

 村人たちが、ぞろぞろと集まってくる。

 その中には、仕事で使っていた金づちや斧を後ろ手に持っている人もいた。

 しかしセムが事情を説明すると、僕らに対する彼らの警戒は解けたみたいで、何人かは仕事に戻っていった。


(ここ、僕らよりも数が少ない……)


 僕らは全員で五十人にも満たないが、この村の人たちはもっと少ないようだ。

 戦士が戻っていないにしても、倍になるとも思えない。


「セム、よく戻った……」


 杖をついた人が、セムの前に歩いてきて言った。

 雰囲気で、位の高い人だとわかる。セムと親しいだろうことも。


「セムよ、戦いはどうなったのだ」

「勝てませんでした、村長。ライフストーンは失い、戦士たちは散り散りに」

「おお、なんと……」

「ですが、まだ戦えます。異世界人(びと)の狩人に助力を得、ライフストーンも授かりました」

「まことか! なんとありがたい……」

「私ひとりで持ってても、宝の持ち腐れですから」


 リンさんはそう告げてにっこりと笑む。

 いったいどれだけ持っているのか、

 ふと、それが気になった。


「異世界の戦士よ。命の石を頂戴すること、戦の助力を得ること、まことに感謝を……」


 村長は言う。

 二十年前、小国ながらも彼は〝王〟であり、かつては数千の民がいたのだと。

 村長は言う。

 十四年前に〝砂の怪物〟が現れてから、あらゆる人種が減らされつづけて、いまの石の民は四十にも満たないのだと。


「どうかたのみます。残り少ない我が民を。そして、我が息子のことも」


 リンさんはセムと一瞬目を合わせ、それから無言で頷いた。



   7.決戦



「あまり無理しちゃダメだよ……」


 希沙さんの、めずらしく弱々しい声。

 セムは彼女の肩に手を置いて言う。


「おれは生かすためと、生きるために戦うのだ」


 ほかの人は、地球人も異世界人も、村に残ってもらった。

 バン一台だけで、戦闘にむかう。

 ほんとうは、リンさんとセムだけで行くべきだと思う。

 だけど僕は、リンさんについていきたかった。

 希沙さんもセムから目を離したくないのだと思う。

 いまは平気そうにしているが、きのうは道でたおれていたのだ。

 また迷路のような谷を進む。

 セムが言うには、この地形で怪物が迷い、なかなか村に到達できないでいるらしい。

 けどそれも時間の問題で、しらみつぶしでいつかはたどり着くだろうし、怪物がじれて掘り進んでくるかもしれないとのことだ。

 巨体とはいえ、壁を登る可能性もなくはないようだ。


「つまり、狙われているのは確実なんだ」

「ああ。我々と遭遇しても、仕掛けるまでは無視された」

「強大な怪物にありがちなことだね。大きな獲物……つまり大きな集団しか見てないんだ」

「戦士三人では、興味も引けないということだな」


 音が、聞こえてきた、

 足音のように断続的な、重い何かをぶつける音。

 すこしずつ、それが近づいてきている。


(――いや、僕らが近づいてるのか)


 走るごとに、音が大きくなっていく。

 震動も感じられるようになってきた。



(確実に近づいている感じ……この先にいるんだ!)


 岩の壁から、ぱらぱらと破片が落ちている。

 姿も、すこしずつ見えてきた。


「あれだ……」


 セムが指さすそれは、家屋みたいな体格の、巨大な砂の蜘蛛だった。

 砂の体。その体表を覆いつくす、刺青のような緋色の紋様。

 蜘蛛は、岩の壁にその巨体をぶっつけている。村のある方角だ。

 セムの言ったとおり、じれて突き進もうとしているようだ。


「二人はここで待ってて」

「奴を、たおしてくる」


 リンさんとセムがバンから降り、すばやく攻めこんでいった。

 リンさんが蜘蛛の背後に回ってライフルをかまえる。

 セムが壁を蹴って跳びあがると、光る斧を振り下ろした。

 だが、蜘蛛の頭にはね返される。斧は、効いていないようだ。


「セムの攻撃、効いてないの?」


 飛びだしていこうとする希沙さん。僕はあわてて止めた。

 あまりにも危険すぎるし、僕らができることは、きっと何もない。


「おおおっ!」


 セムはもう一度跳躍し、それから壁を足場にさらに高く昇っていく。

 そして下をむいて壁を蹴り、すさまじい勢いで蜘蛛に突っこむ。

 蜘蛛が、上から斬られる。だが耐えきり、また斧ははじかれてしまった。


「離れろ、イシアタマ!」


 蜘蛛が暴れ出す。リンさんがライフルを撃つが、それもはじき飛ばされている。

 あの緋色に光る不気味な紋様。それが二人の攻撃を阻んでいるのだ。

 蜘蛛が右の足をすべて振り上げ、振り下ろす。

 リンさんはさっと飛びのいてそれをかわしたが、岩の壁が大きくえぐられ、はっきりと痕が残っていた。


「後退しろ!」


 リンさんが叫ぶ。

 だがその声を無視して、セムは果敢に斬りこんでいった。

 今度は頭ではなく、足の細い先端を狙う。が、それも効果はないようだ。

 蜘蛛がセムに突進する。それをセムは、上空に跳びはねてかわした。


「セム……」


 希沙さんがつぶやく。叫んでも、この距離だと届かないだろう。

 リンさんとセムの声が聞こえているのは、二人の声が特別に大きく、また蜘蛛が暴れまわる中でも伝えようとしているからだ。

 けど何もできない僕らは、せめて声だけでも、あの二人に届けたかった。


「がんばれ……っ!」


 僕らの声に応じるように、リンさんがライフルの弾を放った。

 その弾はこれまでよりも、ずっと大きい。

 力強く輝いている。それが蜘蛛に当たると、弾は強くきらめき、爆発した。

 だが蜘蛛は平気そうだった。

 頭を左右に振っているが、目に見えるダメージはない。


「そんな……」



 今度はセムが蜘蛛の頭上に回りこみ、斧で岩壁を何度も叩く。

 そのたびに壁が割れて、岩のかけらが落ちていった。

 それは、蜘蛛には効いていない。

 だがセムは、その中でもひときわ大きくとがった岩を選ぶと、それをかかえて落下していく。

 ライフストーンの力をそこにこめたのだろう、岩が緋色に光りだし、槍の穂先のようになって、蜘蛛の頭に命中する。

 蜘蛛が叫ぶ。

 ――今度こそ。思わず身を乗り出す。

 だが先に岩が砕けた。

 ライフストーンの力がぶつかりあい、でもセムが押し負けた。

 きっとそういうことなのだろう。

 もう手がない。僕はそう思ってしまった。

 いや、リンさんも立ちつくしている。

 セムも壁につかまったままでじっと動かない。

 戦おうにも、攻撃手段が思いつかないのだろう。

 蜘蛛が岩壁に突進する。

 まるで地震のような揺れが起こり、セムが振り落とされそうになっている。

 リンさんは蜘蛛のまわりをうろうろしているが、何もできずにいるようだ。


「下、下だよ!」


 絶望しかけた時、希沙さんがいきなり叫びだした。


「いったい何を」

「だから下だよ。あの蜘蛛の体! 下側には、模様がない!」


 僕はハッとして蜘蛛を見る。

 蜘蛛の体の下側は、その体と足に邪魔されて、直接見ることはできない。

 しかし岩の壁には紋様の光が映っているのに、蜘蛛の下の地面はうす暗い。


「早く伝えて! 伝えないと、セムが!」

「リンさん、下です! 体の下が、そいつの、弱点です!」


 僕は叫んだ。二人で叫んだ。力のかぎり、ありったけの声で叫んだ。

 だが遠すぎて届かない。蜘蛛の暴れる音にもかき消されている。

 近づこうにも、震動でバンがひっくり返りそうで動かせない。

 走っていこうにも、谷の中は壁から砂利が雨のように降りそそいでいて、バンから出ていくこともできない。


(いったいどうすれば……)


 僕はあせり、周囲や自分の体をまさぐる。そして気がつく。


(リンさんが呼んでくれた、これなら――)


 僕は意味なく提げていたメガホンを持った。そして叫ぶ。

 まだ足りない。声が届かない。

 もうひとつライフストーンの袋も持った。

 ライフルを使った時と同じだ。イメージをこめ、そして叫ぶ。


『下です! 胴体の下が、そいつの弱点です!』


 ライフストーンで拡大した声。

 二人が――即座に反応する。

 リンさんが腰の剣を抜き、蜘蛛の下へすべりこんだ。

 その剣で攻撃したのだろう、その攻撃が効いたのだろう、蜘蛛がかん高い悲鳴をあげる。

 そしてセムが、蜘蛛の頭を蹴りあげた。

 巨大な蜘蛛が、すこしだけだが浮き上がる。

 続いてリンさんが両足で蹴りつけ、拳銃を抜いて連射する。だが弾は緋色に光ってない。

 ライフストーンの力はこめていないのだ。蜘蛛にダメージはないはずだ。

 だがその衝撃に押され、蜘蛛はあおむけにひっくり返った。

 その体の上にセムが飛び乗り、何度も斧を振り下ろす。

 蜘蛛が、もがく。

 リンさんがライフルを拾い、蜘蛛の頭を撃つが、蜘蛛はそれでも動きを止めない。

 しかし、セムもそれで止まることはない。

 何度体勢を崩されても立て直し、斧の攻撃をくり返しつづける。


「貸してっ」


 希沙さんがメガホンをつかんで叫ぶ。

 僕はメガホンを持ったまま。ライフストーンも持ったままだ。

 それで希沙さんの声にも、ライフストーンの力がこもった。


『がんばれ、セム!』


 空気が、鼓動を打つようにふるえた。

 セムの体が、緋色の光に包まれる。

 彼が吼えながら斧を振るうと、蜘蛛の巨体はバラバラに砕けて散っていった。



   8.新たなる仲間



 セムが卵ぐらいの石を拾った。

 緋色に光る宝石――ライフストーンだ。

 ライフストーンがあれほど大きいのなら、あんなに強かったのも納得だった

。

「勝ったぞ……帰ろう」


 セムが戻ってきてそう言うと、希沙さんは大声で泣き出してしまった。




 それから、リンさんの運転で村へとむかった。

 日が暮れてから村にたどり着くと、石の民のみんなが笑顔で出迎えてくれた。

 村長が凱旋だと言い、彼らの歌を披露してくれる。

 まるで、お祭りだった。

 広場を取り囲むように石が置かれ、その石がさまざまな色で燃えている。

 たくさんの楽器が打ち鳴らされていて、その光景も音楽も幻想のようにきれいだった。


「希沙。この刺青は、父母や戦友など、大切な者の名なのだ。そなたの名も、刻みたい」


 セムが希沙さんにそう告げた。周囲がどよめき、なんだかざわつく。


「……うん、いいよ。セムの大事な人に、してほしい」


 そして希沙さんの返事で、周りの人が歓声を上げた。

 大きな拍手まで巻き起こり、希沙さんは真っ赤になって、セムも下をむいている。




「リンさん。セムが話したいって」


 僕がリンさんのところへむかうと、それを追うように、希沙さんとセムがやってきた。

 リンさんは村の端にいて、宴の輪からは、すこし遠くにいた。


「うん。どしたの?」

「旅のことだ。まずは礼を言いたい。そなたのおかげで、村の敵を討ち果たせた。それと、もうひとつ。これからの旅にも、同行させてほしい」

「いいよ。理由を聞かせてくれる?」

「ふたつある。ひとつは希沙だ。彼女を守りたい。それと、仲間を探したいのだ」

「散り散りになった戦友だね」

「ああ。石の民はがんじょうだ。村に戻っていないのなら、戻れないほど遠くに行ったのかもしれん。あの辺りには地下水路もあり、流された可能性があるのだ」

「わかった。あまり寄り道はできないけど、それでいいならついてきて」


 セムが深々と頭を下げると、リンさんが彼の頭に手を置き、やさしくなでた。


「よし、セムも言いたいことは言ったし、みんなで宴を楽しもうよ。リンさんもあっちに混ざろうよ。響太くんは、そう言いにきたんでしょ?」

「ええ。あのリンさん、無理はしなくていいですけど」

「ううん。つかれたから休んでただけ。私もあっちに入れてほしいな」

「じゃあ、行きましょうか」


 四人で連れ立ち、宴の広場へ戻っていく。

 そこでリンさんが歌いだした。

 あの月の夜にも披露した歌。

 だがこの世界では知られた歌のようで、石の民の村人たちも、声を合わせて歌っている。

 そこに僕らの仲間たちも合流し――歌は、とんでもない大人数での大合唱になった。




















三話 連なる絆とつながりと



   0.修理



 繰花さんという機械に強い人と、僕はトラックの下にもぐっている。

 トラックが一台、途中で動かなくなった。

 それでのぞきこんでいると、彼女に修理を手伝えといわれて引っ張りこまれたのだ。

 それからは彼女に工具を渡したり、一時的に持って押さえておいたりしている。

 いきなりで面食らったが、作業を間近で見るのは楽しいと思った。


「ふんふふふふんふんふんふふん」


 修理はあまりはかどっていないようだが、彼女はとてもうれしそうだ。

 僕の友達にも何かを作ったり描いたりすることに人生を賭けているような人たちがいる。 

 そういう人は、成功じゃなくてもあまり落ちこまない。

 きっとそれが好きすぎて、失敗ですら次への糧として楽しめるのだと思う。


「こりゃきっついなー。どうにもならん」

「そうなんですか?」

「尖った物が当たった感じで壊れてんだよね。でっかい石でもハネたかな」


 直ったか、とリンさんが、外から声をかけてくる。

 やるだけはやったけどね、と繰花さんは言った。

 それから僕だけが、リンさんに引っぱられて外に出してもらう。

 リンさんはこれ見よがしに、見ておけと言わんばかりにライフストーンを使った。

 ふれた手から力が伝わり、トラックがすこしの間、緋色に光り輝く。


「おお、なおってく。なおってくよ!」


 繰花さんがガサゴソと這い出てくる。

 それから運転席によじ登るとエンジンをかけてみて、トラックを前後に動かした。

 トラックは問題なく動いている。


「すっごいなー。燃料も満タンになってる。どーゆー原理なんだろ」

「原理はわからないんだ。人に使えば、飢餓も治る」

「でも消費が激しいんでしょ? 機械の修理も、やれるだけやった方がよさそうだし」

「そうなんだ。すこしでも修理すれば、それだけ消耗を抑えられるから」


 繰花さんに水を差しだすと、彼女はのどを鳴らして飲みはじめた。

 そんなに暑くはなかったが、彼女は作業服まで汗まみれだ。

 それだけの熱量で、熱意を持って作業をしている。

 旅の仲間は、機械のことではみんな彼女を頼り、また尊敬していると思う。


「じゃあロボちゃん、何かあったらまた頼むね」


 ただリンさんは、その人の名前を覚えていないようだった。




 夜明けに、石の民の村を出た。

 それから谷底の道を進んでいくと、道はやがて坂になり、それから谷の上へ出た。

 そこからは何もない砂漠だった。

 後方にひび割れのように谷があるが、それ以外はすべて平野で、地平線すら見えていた。

 そこでトラックが立ち往生したのだ。

 もともと壊れかけていたトラックが、その坂で限界を迎えたみたいだ。それで、機械に強い繰花さんが修理を試み、直すだけ直して、後はライフストーンに託したのだ。


(――あんなにでかいトラックでも、直すことができるんだな)


 彼女はみんなにとても頼られている。

 それは技だけじゃなく、自分に任せとけ、自分ならできるぞという言外の主張が伝わり、みんなを安心させるからだろう。

 リンさんと同じなのだ。

 彼女は常に先頭に立ち、戦闘でもかならず危険を引き受けるから、皆が信頼して彼女についていく。

 トラックはいま、車列の中央を何の問題もなく走っている。


(――まるで、命を吹きこまれたみたいだ)


 僕はそう思い、うしろの窓からトラックを凝視していた。



   1.休憩



「繰花さん、休憩ですよ」


 声をかけたが、彼女は気づかない。自動拳銃を分解し、整備する作業に熱中している。

 肩をつかんでゆさぶり、それでようやくはじかれたように顔をあげた。


「お、おおお?」

「休憩です。水と朝ごはんを摂ってください」

「ああ――すまん。いま中断できんから、もらっといてくれ。あとおしっこ行っといて」

「作業の方をやりますから、自分で行ってきてください」

「ああ、そうだね。じゃあこのバネがへたってるから、代わりをどっかで探してほしい」


 繰花さんは油で汚れた顔をぬぐいもせず、股を押さえて走っていった。


(――元はきれいなんだけどなあ)


 さらさらとした明るい色の髪に大きめの眼で、洋風の美人だと思う。

 ただ彼女は、自分の容姿に興味がないようで、話すのは機械のことか、その道で有名な人の話ばかりだ。

 ナンパした人たちがとても残念そうにしていたが、その気持ちはわかる気もする。

 彼女の職人としての美点は、女性としての魅力になるとは限らないのだ。

 バネを探すため、僕はトラックのコンテナに入った。


「響太くん、どしたのー」


 中でガサゴソやっていると、希沙さんに声をかけられた。


「えっとキサさん、いまこういうバネを探しているんですが」

「どこかで見たなー。どこだっけ」


 さっきまで希沙さんは、セムといっしょだったらしい。僕は彼の元へむかう。

 セムは料理を作っていた。種から油をしぼりとり、小さな魚などを揚げている。

 その様子をコックさんが眺めていて、火力の調整などもしているようだ。


「そのバネなら、ロボという女性が持っていた」

「あ、その人に頼まれて、これの代わりを探してたんです。一周しちゃいましたね」


 僕は気落ちしかけたが、そのコックさんに肩を掴まれ、顔をあげた。


「ちょっと待ってて」


 コックさんは自分のヘアピンを外すと、それをすこしずつ折り曲げて、バネにした。


「すこし大きいから、何かで切れば、同じようになると思います」

「つ、作っちゃったんですか? すっごいですね……」

「たいしたことはありません。こんなことしか、できませんから」


 コックさんは消え入りそうな、か細い声でそう言った。




 拳銃が直ったといって、繰花さんは跳びはねていた。

 受け取ったリンさんもうれしそうで、ひととおり操作をして確かめてから、くるくると回して格好をつけていた。

 しかし繰花さんはそれからも食事すらせず、今度は誰かのデジカメをいじくりはじめる。


「ちょ、いい加減食べてくださいよ」

「んー、あとで」

「いや、ほかの人はもう食べたんですよ。あとは繰花さんだけです」

「私待ちかー。しゃーないなー」

「揚げた魚は、作業しながらでも食べれるでしょうし、先にスープを食べてください」

「はいはーい。まったく、響太くんはお母さんみたいだな」


 誰でもそうなるだろ、と響太は思った。

 給食も食わずに絵や工作に夢中になってしまう子は学校にもいたが、繰花さんの集中はそれ以上だ。

 何もせずに放っておいたら、ぶったおれてしまうかもしれない。


「んー、やっぱりセムの料理はうまいな」


 繰花さんは、いまは食事に集中しているようで、料理をじっくりと味わっている。



   2.出立



 さっきのコックさんを、リンさんが助手席に乗せた。

 リンさんは運転しながら、彼女から話を聞こうとしている。

 僕はそれをうしろの席で聞いていて、さらにそのうしろで繰花さんが、後部ドアにもたれて機械をいじくっている。


「いきなりゴメンね、コックちゃん」

「飯間舞です。それで、話というのは?」

「うん。キミの話を、聞きたいんだ」


 舞さんはためらっていたが、リンさんがさらに促すと、ぽつぽつと語りはじめた。


「私、自分に自信がなくて」

「うん。料理もイシアタマがやってたね。でも彼より、キミの方がうまそうだよ」

「そ、そうでしょうか」

「彼の本職は戦士だからね。広大な砂漠で野草や動物を見つけて、その中から食べられる物を選んで集める。つまり素材集めは得意なんだけど、その先は本業じゃない」

「ああ、それでやってみろ、と私に言ってくださったんですか」

「キミの強みは、材料ありきだと思ったからね」

「まあ、アウトドアやサバイバルは、まったく経験がありませんが」


 舞さんは、少年っぽい印象の人で、僕は勝手に活発な人だと思っていたが、休日は外に出ないことも多く、旅行の経験もほとんどないらしい。


「リンさんはこうして、全員と面談しているんですか?」

「まさか。必要な時だけだよ。最初はうしろのメガホンくんだったし、次はイシアタマにいつもくっついてる、あのモフちゃんだった」

「セムさんと希沙さんですか。あなた、本当に名を覚えられないんですね……」


 そうなんだ、ごめんよ。

 リンさんはそう言って、頭をかいている。


「私、自分がないのかもしれません」

「だから自信が持てないと?」

「ええ。これが私だ、というものは、何もないような気さえします」


 舞さんが、ちらっとうしろの方を見やる。

 繰花さんはラジカセの修理を終え、今度は蛍光ランタンをバラバラにしている。


「あれは極端な例だけどね」

「でも、なんであんな風にできるんでしょうか。自信があって、自分もあって……」

「キミだって、何かそういうものはあると思うよ」


 リンさんは努めて明るくそう言ったが、舞さんはそれ以降、黙りこんでしまった。



   3.走行中の作業



 舞さんは黙りこんでしまったし、リンさんも何も言わなかった。

 僕は何となく居心地が悪くなり、うしろに行って繰花さんに声をかける。

 作業を手伝うよと申し出てみると、彼女は顔をあげようともせずに、あれこれと指示を出してきた。


(――でもできないと言えば、ていねいに教えてくれるんだよな)


 繰花さんは怪盗キャラが身につけてそうな片眼鏡をつけ、時計を分解して並べている。

 その部品が細かすぎ、また彼女の作業があまりにも速すぎるので、何をしているのかがさっぱりわからない。


「響太くん、作業は見て盗むものだよ」

「目が追いつかないです……それつけて盗むって言うと怪盗みたいですね」

「これつけると、細かいものが見えるんだよ」

「じゃあ怪盗も、お宝の鑑定のためにつけてるんですかね」

「私にとっちゃ、機械やネジがお宝だけどねー」


 さっきの話とつながった気がする。

 これが自分のお宝である、つまり大事で好きなものというのは、自分を表現するものの一種ではないだろうか。

 その人が、何に熱中して夢中になるのか。それは、その人を図る物差しになるはずだ。

 舞さんのお宝は、好きなものは何なのだろう。


「コックちゃんは、何か好きなこととかものはあるかい?」


 話を聞いていたのだろう、リンさんが質問してくれた。


「これと言って……コックになったのも、親も姉もそうだからというだけなんだ。それも親と姉は優秀な人で、私ははっきり言って凡人だ」

「凡人って、すごいことだと思うけどなあ」

「……人一倍努力をしても、ということさ。それに私は、変なところにこだわりすぎて、全体を見れないということも多い」


 その辺りは、繰花さんとも共通していそうだ。

 しかし舞さんは、それを指摘されると謝ってしまいそうだが、その一方で繰花さんは、そこが大事なんだろうと怒鳴りそうに思える。

 あいまいな物事なら、謝った方が悪く思われるかもしれない。


「でもさ、料理がきらいというわけじゃないんだよね」

「ええ。ここに来なければ、わかりませんでしたが」

「きらいになりそうだった?」

「かもしれません。そういう、妬みみたいなものを持ってる自分もいやだった……」


 舞さんは淡々と語っているが、感情を出すまいとしているとしか思えなかった。



   4.死骸に汚染された川



 砂が流れていた。

 水の流れみたいに、砂が川になっているのだ。


「決して入ろうとしないで。近づくのもダメ」


 リンさんは全員に強い口調で伝えると、針路を大きく迂回させた。

 その先に崖があり、砂の川は、その中腹から滝のようになって出てきている。

 その崖の上から、流れる砂にはふれないようにして越えた。

 その間もリンさんは、その砂の川を睨みつけている。


「リンさん。あれも、砂の怪物ですか」


 座席に移り、身を乗り出す。

 リンさんは肩ごしに僕を見やり、質問に答えてくれた。


「ううん。あれは死がいだよ。本物の砂と違って、あれは水に浮くんだ」

「そうなんですか。砂の怪物はライフストーンが本体で、砂がガワだと思ってました」

「はじめはそんな感じだね。体の形を決めてから、すこしずつなじんでいくんだよ」

「形を決めて、なじんでいくんですか」


 舞さんがぽつりと言った。

 小さな声だったのだが、妙に強く残っている。


「リンさんは、砂の怪物に詳しそうですね……」


「そんなことはないよ。戦う機会が多かったから、よく観察もしただけさ」


 リンさんはそう言うが、観察したにしても詳しすぎるような気もする。


「コックちゃんは何か、これなら詳しい、というのはないの?」

「料理なら……といっても小さな洋食屋だったので、家庭料理のようなもので」

「私はその、家庭料理をよく知らないんだよね。いろいろ聞かせてよ」

「そうですか。その店では店長が、揚げ物が得意だったんですけど――」


 二人が話しこんでしまったので、僕は繰花さんのところへ戻る。

 彼女は直す物がなくなったらしく、車内灯を分解して掃除していた。


「すごい、とか思ってるんだろ?」

「ええ。休んだりしないんだな、と」

「ぜんぜん疲れちゃいないからね。テレビゲームみたいなものさ。まっすぐクリアしたらいいのに、ヘンなことにこだわったり、ムダな寄り道をしたりするだろ?」

「そりゃそういうことはありますが」

「私にとっては、機械がそれっていうだけさ。慣れもあって、疲れなんて感じないんだ」


 繰花さんは車内灯を点けたり消したりしていて、目がとてもきらきらとしている。


「響太くん。君の〝好き〟はいったい何?」


 繰花さんにそう言われた僕は、何と答えればいいのかわからなかった。

 もしかしたら舞さんも、同じ状況なのかもしれない。




 棄てられた村だろう、とリンさんは言った。

 廃墟だったが、井戸の水はまだ飲めた。

 建物はほとんど朽ちて崩れていて、壁がひとつ残っていただけだ。

 村の周りには雑草が生いしげっていたが、一部はもともと畑だったらしく、野生化していた穀物をすこしだが刈り取ることができた。

 昼にはまだ早いと言い、リンさんが出発の号令を出した。


「もっと休まなくてよかったんですか?」

「思ったほど、水を得られなかったからね」

「ああ、食料よりも水ですか。それは当たり前ですね……」

「あの雑穀、調理してみたかった?」

「え、ええ。勝手に期待だけしちゃって」

「期待してていいよ。次の昼休憩は長くとって、車の検査をしようと考えてるんだ。その時に、整備する人の力になるようなご飯を作ってほしい」

「人の力になるような……」

「ここしばらく、肉と野草ばかりだったしね。よろしく頼むよ、コックさん(、、)」


 肩を叩かれた舞さんは、何も言わないが、さっきまでとはまったく違う表情をしていた。



   5.大休憩



 昼にはすこし遅い時間に、大きな噴水の広場を見つけた。

 森の木のように石像が立ち並ぶ中、その中央が広場になっていて、その中心には、水が噴き出る噴水がある。

 この辺りは明らかに人工のものだが、壮大すぎてそうとは感じられない。

 石像は四階建ての校舎より大きく、噴水はテニスコートほどもあるのだ。

 巨石を削って作るにしても、どれほどの月日がかかったのだろう。


「ここで昼にしよう。そしてロボちゃんは、車のメンテナンスを頼む」

「はいよー」


 繰花さんがそこらの人をつかまえて、車のボンネットを開けていく。

 その間に舞さんが中心になって、料理の準備をしはじめた。

 石を積んで竈をつくり、火を焚いて鍋を乗せ、その中に水を入れて湯を沸かす。

 何人かがその作業をしている間に、舞さんは雑穀の殻をむいてすりつぶすという作業をしていた。


「響太くん、このすりつぶした粉に水を加え、丹念に練ってほしい」


 舞さんに言われ、粉を練る。

 思ったよりも重労働だが、彼女は汗もかいていない。


「これ、何を作るんですか?」

「すいとんとおまんじゅうだよ。まあ、材料も施設もないからモドキだけどね。つかれた時はあったかいものと、甘いお菓子もほしいと思う」


 セムが、石像をよじ登っている。

 崖の時もそうだった。

 彼は小さなとっかかりに指さきだけでつかまることができるらしい。

 彼は石像に絡まっているツタから小さな果物をかき集めて持ってきてくれた。


「ありがとう。そこに置いといて」


 舞さんがそう言うと、セムは果物の入った籠を作業台に置き、ひとつだけ口に入れた。


「どうですか」

「きついな」

「やっぱりすっぱいですね。野生ですし、仕方ありませんか」


 舞さんもそれを咀嚼し、マンガのような〝すっぱい〟感じの表情を浮かべた。

 その後セムは繰花さんにつかまり、命令されて軽トラを持ち上げている。

 そのまま彼女は軽トラの下部をいじり、なんらかの修理をしているようだ。


「……人間じゃねえ」

「でも味覚は似ているよ」

「そうですね。彼の料理もおいしいです」


 舞さんは練った粉を丸めてかため、その半分ほどを沸いたお湯に入れはじめた。

 残りの半分には、野草やすりつぶした小魚を入れて蒸していく。

 その香りをかいだからか、僕はたまらなくおなかがすいてきた。


「このにおいはヤバい……」


 見ると、車の修理をしていた人がみんなこっちを眺めている。

 繰花さんだけはそんな状況に気づくことなく、修理に没頭したままだ。


「ここには適当な石がたくさんあるし、そこにお皿を並べよう」

「――ああ、テーブルですね。そういえば、そんなことすら忘れてた……」


 僕は自分の家を思い出した。

 お姉ちゃんの家も、あたたかい食事と結びつく。

 泉のところには幕が張られている。

 水がわりとぬくいので、体を洗っている人がいるのだ。

 お風呂に入り、おなかいっぱいご飯を食べて、眠りにつく。

 そんな当たり前ですら、僕はもう忘れかけていた。

 これからのことで、頭がいっぱいだったのかもしれない。


(リンさん――)


 なぜか僕はリンさんの姿を探してしまった。

 彼女は石像の上にいる。

 セムが登ったものよりひときわ高い像の上で、周囲を警戒しているようだ。


「どうしたの?」


 舞さんに覗きこまれ、はっと我に帰る。

 長いこと見つめていたらしい。


「何でもないです。平気です」


 僕はリンさんの姿を遠目に見て、もう気持ちは立ち直っていた。



   6.それぞれの理由



 昼食は、大人気だった。

 泣きはじめた人までいて、舞さんはしきりにほめちぎられ、真っ赤になって照れていた。

 すいとんは五分と経たないうちになくなった。

 まんじゅうも、奪いあいが起きそうなほどの大人気で、みんなが生き返ったようにすら思えた。


「イチゴ大福だーっ! ゲハハハハハハ!」


 そして、さまざまな果物を入れたまんじゅうは、今日車のメンテナンスをしていた人に食べてもらった。

 繰花さんなど、まんじゅうを両手で天高く掲げて、魔王のような笑い方をしている。


「おいしい! おいしいよ相棒!」


 繰花さんは、機械より好きなんじゃないかと思うようなはしゃぎようだった。

 舞さんの腰に抱きついたまま跳びはねている。

 舞さんは困惑しつつも、迷惑そうにはしていない。


「喜んでもらえてよかったよ。というか、こんなに喜ばれることがあるんだ……」


 舞さんの口調からはよそよそしさが消えていて、声はすこし裏返っている。


「私も、おじいちゃんの時計を直したことがきっかけだった。それはひいおじいちゃんの形見だったらしくてね、感情をあんまり出さない人だったのに、あんなに泣くんだ、ってぐらいに泣いて喜んでたんだ」

「私は、両親だったな。とんでもないものができたけど、小食なあの人たちが、すこしも残さず食べきってくれたんだ。次こそはって燃えあがって、ほかのことなど考えなかった」


 舞さんは噴水のふちに腰かけ、大口を開けてまんじゅうをほおばる。

 そして繰花さんが、そのとなりに腰をおろした。


「なあ、最初の衝動って大事だろう? そこに迷いやとまどいなんてあるかい?」

「私の悩みを聞いていたのか」


 舞さんが目を見開いてとなりに目をやる。

 繰花さんは、それを受けてニヤリと笑んだ。


「その時は、聞き流してるんだよ。後になって思い出すんだ」

「あなたは集中しすぎなんだよ」

「君は、周りに気を使いすぎ」


 二人は互いに小突きあって笑う。


「なあ、繰花さん。果物のまんじゅうはどうだった?」

「酸っぱいしベチャベチャだったけど、おいしい味の思い出にふれられたよ」


 繰花さんが、うって変わってしみじみと語る。

 舞さんはそれきり何も言わずに、ゆっくりとかみしめているようだった。



   7.笑顔



「さあ、続きを頑張るぞー」


 うす暗くなってきたころ、繰花さんが立ち上がった。

 彼女につかまった人たちも、彼女に言われるでもなく腰を上げている。

 舞さんは繰花さんを追いかけ、何か手伝うと申し出ていた。


「あのバネは、私が作ったんだぞ」

「本当か! しかしどうして……器用ってレベルじゃないぞ」

「私の店は弁当も作っていてな。いわゆるキャラ弁もやっていたんだぞ」

「キャラクターを描くやつか。どおりですごいと思ったんだぞ」


 話しながら繰花さんは、車の方にはむかわなかった。

 繰花さんの手伝いをしていた人たちが、ボンネットを閉め、車を試しに運転したりしていた。

 彼らは車がちゃんと動くことがわかると、工具や部品を片づけてしまう。


「なあ、何を」

「車の修理は終わってるんだ。これから作るのは、調理器具さ」

「調理器具?」

「ああ。毎回竈を作るのは非効率だろう。うまい飯を、なるべく早く食いたいんだよ」

「――つまり、私のためか」

「いいや。君を含めた、みんなのためだよ」


 繰花さんが地面に絵を描き、作ろうとしているものを説明してくれる。

 その構造は、いたってシンプルだった。

 金属の板で三方を囲み、火の熱が逃げないようにする。

 その上に棒を何本か通し、鍋や網を置く台にするのだ。

 棒の高さを変えられるようになっていて、そうやって鍋を火から遠ざけたり近づけたりすれば、火力の調整も行える。


「でも難しんだよ。大きさや高さをどれぐらいにしたらいいのか」


 考えこむ繰花さんから木の棒を受け取り、舞さんが絵を描き加えていく。


「なるほど。薪がたくさん集まるとは限らないから、わりと小さめでいいと思う。だが、火力の調整はしたい。鍋を置く棒は、高さを変えられるようにできないかな」

「はじめからそのつもりなんだけど、どのぐらいってのがね」

「思いきって離しちゃっていい。コゲる方が問題だし、薪が少なければ、これの周りに砂でも積んで熱を閉じこめればいい」

「なるほど。最悪、薪の下に砂を盛って鍋の方に近づけてもいいか。とにかくサイズは小さめにしたら、持ち運ぶにも便利だし、少ない素材で作りやすいだろ」


 舞さんとの相談で、だいたいの見当がついたらしい。

 繰花さんが本格的な設計図を引きはじめ、部品のサイズなども細かく地面に書いていく。


「金属の棒を切るんだし、糸ノコがいるよね」

「ないよ。私、道具類は全部の車を確認したし」

「えっ、じゃあどうやって作るんだ? いくら君でも、道具もなしに作れないだろう」

「まあ見てなよ。あの人がやってくれるからさ」


 そう言って繰花さんは、トラックから金属の棒と板を持ってくると、希沙さんと遊んでいたセムを呼びだした。

 彼も待っていたらしく、斧を携えて歩いてくる。

 そしてその斧を使うと、硬い金属の棒と板をきれいに断ち斬ってしまった。


「……ええええ!」

「私も最初はびっくりしたんだけどね。さ、すこし大きめに切ってもらったから」

「ヤスリはあるのか。じゃあやろうか」

「僕も手伝いますよ」

「おれもやろう」


 ほかにも人が集まってきて、ヤスリの方が足りなくなった。

 特に急いでもいなかったので、交代で使い、手が空いた時は駄弁っていた。

 そうしてヒマになった繰花さんが、ぽつりとつぶやいた。


「私が偏執的なのは、わかってんだよね」


 舞さんが、顔をあげる。僕はその横で、必死にヤスリを動かしていた。


「いや、わかってるつもりでわかってなかったのかな。言っちゃ悪いけどね、はじめは、君を馬鹿にしていた。うじうじしていて、何の目標もない。そんな風に思ってたんだけど、さっき食べたイチゴのおまんじゅうは、泣きそうになるほどうまかったよ」

「あなたが機械をいじってる間、イチゴだの大福だのと歌ってたからね」

「あ、そうだっけ……とにかく悪かったよ。そんな強さがあるとは思ってなかったんだ」

「私は強くないよ。うじうじしてるってのも、自覚してるさ」

「いや、それは君の強みなのさ。私みたいに敷かれたレールを突っ走っていたら、あんなめしは作れなかったはずだ。私も機械を修理して、喜ばれたり感謝されたりしたけれど、あんな風に感動までされたことはなかった。それも、すごい食材を使ったわけでもないのにさ」


 舞さんは、何も言わない。

 繰花さんはさらにまくしたてる。


「私は機械を修理できるけど、ゼロから創りだせるわけじゃないんだよ。この竈も、車の修理を手伝ってくれた人がこんなのはどうかって言ってくれたんだ。またみんなのために料理をしてほしい。そんな風に、この私が思えたんだよ」


 繰花さんが、舞さんのことをじっと見ている。

 この人は、自分が興味をむけているものから目をそらさない。


「あなたを見てて、いまになってようやくわかったよ。私の〝好き〟は、料理を食べてくれた人の、笑顔だ」


 舞さんがそう言い、彼女自身もにっこりと笑った。

 だができあがった竈を見た時は、もっともっと素敵な笑顔だった。



















四話 互いの強さと誇る牙


   0.敵対部族


 全速力で走れ、とリンさんが叫んでいた。

 人狩り族の使うのろしが、石像のむこうに見えたのだという。

 もともと出発の準備はできていたので、あわてて走りだしたというわけだ。


(――でも、車のスピードに追いつけるのか?)


 希沙さんは、ほとんどアクセルを踏みっぱなしだ。

 一番遅いトラックに合わせてはいるものの、そのトラックも、きのうライフストーンで回復したばかりで、調子が悪いということはない。

 だが、それでも連中は追いついてきた。

 大きなオオカミに乗った、人に似た見た目の種族。

 だがその片腕が、刀や剣になっている。

 動物の毛皮をかぶっていて、骨などを飾りにして吊り下げている。

 ヤツらは左右に数騎ずついて、すこしずつ追い上げてきている。

 こちらの前に出ようとしているみたいだ。


「〝刃の民〟だ! 近づかれると、鋼鉄でも紙みたいに斬られるぞ!」


 リンさんがバンの後部ドアを開け、そこからライフルを三連射した。

 その最後の弾が、敵の頭部をとらえるが、そいつは怒りで歯をむき出しにして、さらに猛って追いかけてくる。


「野郎ども、そいつらを追っ払え!」


 その敵にむかい、四台のバイクが突っこんでいった。

 ずっと大人しくしていた暴走族らしき人たちだ。

 彼らは数台同時でのクラクションで音楽を奏で、爆音をまき散らしながら、右側の敵に突っこんでいった。

 そうして敵を威嚇しているのだ。

 その中の一台のバイクは二人乗りになっていて、後ろの人がギターをかき鳴らし、その音がサイドカーに乗せられたスピーカーから噴出していた。

 その音量の濁流に押し流されるようにして、敵は後退していった。


「いまだ、放て!」


 左からも声がする。学生さんがたくさん乗ったトラックからだ。

 そしてその荷台から一斉に何かが飛んでいった。

 細い棒が、刃の民に突き立っている。

 矢だ。

 弓道部の人たちが、弓矢で攻撃したらしい。

 矢を見たことはあるのだろう、敵は近づきすぎた一騎が負傷したものの、残りは冷静に矢を払いのけながら、統率された動きで撤退していく。

 動物や怪物とも違っている、明確に僕らを狙っている〝敵〟。

 僕は恐怖のあまり、声を出すこともできなかった。



   1.敵対する二つのチーム



 高い岩山に、僕らは逃れていた。

 ここなら周囲を見渡せる上に、敵の接近に早い段階で気づくことができる。

 そういう場所をリンさんが選び、休憩をとっているのだ。

 その休憩中に、リンさんが先ほど活躍した二チームに声をかけていく。


「バイクと弓道のチームは、こっちに集まって!」


 リンさんが、バンの前にさっきの二チームを集合させた。

 いかつい格好の暴走族と、道着を身につけた弓道部の人たちがぞろぞろと集まってくる。


「やあ、助かったよ。声をかけておいてよかった」


 リンさんはこうなることを見越し、二チームにあらかじめ言ってあったらしい。


「いいってことよ。オレらみてえのを頼ってくれて、ありがとな」


 暴走族の頭だろう、ものすごく大きな男がそう言った。

 彼は長身のセムよりさらに背が高く、肩幅もかなりある。

 壁が話しているように思えるほどだ。


「人を撃つとは思いませんでしたが、人狩りが相手なら止むをえませんね」


 弓道部のひとりが出てきてそう語る。

 弓道部の部長らしい。

 彼女も女性にしては背が高く、声もよく通る感じだ。


「連中のナワバリを抜けるまで、それぞれがんばってもらいたいんだ」


 リンさんはそう言っているが、二人は目を合わせない。


(――仲が悪いのかな)


 リンさんもそれを感じ取っているようで、自己紹介をさせようとしている。


「えっと、こっちのトゲメットくんがバイクチームのリーダーで」

「鉄也だ。荒城鉄也という」


 日本人だったのか、と僕は思ってしまった。

 大柄な体躯に、トゲのついたヨロイを着ている様相から、勝手に外国人だと思いこんでいた。


 彼は頭と顔を覆う不気味なヘルメットもつけていて、目の穴からすさまじい目つきで相手を睨んでいる。


「それで、こっちのサムライちゃんが」

「張能結弦(はりのゆずる)だ。此花高校弓道部の部長をさせてもらっている」


 意外にも、鉄也さんの方から手を差し出した。

 結弦さんはその手をじっと見ている。


 鉄也さんは巨漢のため、身をかがめて手をのばしていたが、彼女が手を握らずにいると身を起こして腰に手を当てる。


 その様子を見て、暴走族の人たちが野次を飛ばした。

 だが弓道部の人たちも、いまにも食ってかかりそうな表情をしていた。


「こりゃ大変だなあ」


 リンさんはそんな彼らを見て、すこし困ったように笑っていた。



   2.弓道部



 すこし休んだだけで、すぐに出発することになった。

 僕とリンさんは弓道部の人たちの乗ったトラックの荷台に乗りこんでいる。

 バンにはセムが乗車していて、先導は彼が任されていた。

 さっきまでとうってかわって、弓道部の人たちは明るかった。

 女性ばかりではしゃいでいて、年下の僕はかなりいじられ、すこし苦手な感じだった。


「もうすこし、彼らと仲良くできないかな」


 しかしその明るい空気も、リンさんのひと言で重くなった。

 弓道部の人たちは、はっきりと彼らを嫌悪しているらしい。


「あんな連中に何ができます」

「ろくに学校も行っていないのでしょ? かといって自分を磨くでもなく、仕事や芸事に打ちこむでもなく」

「怠惰なのよ。恵まれた体があるなら、スポーツやボランティアに役立つでしょうに」

「百歩譲ってバイクや走ることが好きだとしても、あのような威圧的な格好をすることに何の意味があるというのです」


(――ボロクソだなあ)


 彼女たちは、いいとこのお嬢さんなのかもしれない。

 生まれもよく、才覚にも環境にも恵まれていて、周りの人もまっすぐ努力家なのだろう。

 自分のルールで生きている人や、能力や環境に恵まれていない人のことは、想像しにくいのかもしれない。


「けどこれから、彼らなしで戦える?」

「それは……」

「好悪の感情は置いとくとして、キミたちも彼らも、五人ずつの合計十人だけだよ。私とイシアタマを足してもたった十二人しか戦える人はいないんだ。さっき来た〝刃の民〟は負傷した一騎を覗いても十三騎。人数だけ考えても、彼らの助力は欠かせないはずだよ」

「……戦力は二乗すると聞きますね。つまり倍の人数なら、四倍の戦力差になる」


 僕も話に口をはさんだ。

 結弦さんたちが口をつぐむ。


「あとでトゲメットたちにも話を聞くし、何かあるなら伝えとくよ? だけどね、いまの話を聞くに、好き嫌い以外にはないんじゃない?」

「……まあ、そうですね。先ほどの態度も、失礼だったと思います」

「握手のことだね。キミがそう言ってたと、私の方から謝っとくよ」


 すいません。お願いします。

 結弦さんはそう言い、リンさんに頭を下げた。

 こういう真面目な人がああまで言うのは、何か理由があるのだろうかと、僕は思った。



   3.暴走族



 小さな谷の中で、お昼の休息を取った。


 敵に対する備えとして、トラック二台を使って、谷の入り口を両方ともふさいだ。

 その後セムがコンテナの上に立ち、荷台の方には弓道部の人たちがいて、敵が来ないか見張っている。


「ねえトゲメット、話はいいかい?」


 リンさんが鉄也さんに声をかける。

 こわかったけど、僕もリンさんにくっついていった。


「なんだよ」

「まずは、サムライちゃんからの伝言。握手のことは、悪かったって」

「まあ、ああいう態度は慣れてるさ。警戒するのも無理はねえ」


 鉄也さんはバイクをいじる手を止め、リンさんの方に向きなおった。

 あのトゲトゲのついているヘルメットは頭から外していたようだが、こっちを向く前にかぶってしまった。


「キミの方は、むこうを悪く思ってないの?」

「ああ? ムカついてはいるんだぜ? 済ました顔しやがってよ」

「それじゃあ、キミの方がすこし大人なだけだったのかな」

「そんなんじゃねえよ。言わしとけっつーだけだ。口ゲンカは苦手だしな」


 そう言って、頭を掻く鉄也さん。

 何となくだが、彼の人柄が見えた気がする。


「ところでリン姐さんよ、あの〝刃の民〟はまだ追ってきてるのか?」

「イシアタマが補足してるよ。十キロほど後方にいるみたいだね」

「ずいぶん目がいいんだな……だがそれだけしか離れてねえのか」

「うん。長距離移動でも、車に劣らないみたいだね」

「このまま攻撃してこないなら、決戦は夜になるかな」

「ここらはむこうのナワバリだ。真っ暗な中で逃げまわるより、戦った方がマシだろうね」


 鉄也さんは舌打ちをして腕を組む。


「勝算があって言ってんのかよ」

「あるよ。こっちの何人かが死んだとして、私が連中の頭を殺ればいい」

「……まさか、本気で言ってねえよな?」

「だったら誰にも言わないよ」

「……クックックッ」

「うふふふ」


 リンさんと鉄也さんが、ひそかに悪だくみしているような感じで笑う。

 それから鉄也さんが結弦さんたちの方を見やる。


「気に食わねえが、あいつらの力は欠かせん。だがどうすりゃいいか……」

「むこうが頑なになっちゃってるしね」


 僕らの視線に気づいた結弦さんは、こちらを睨むと、すぐこっちに背中をむけた。



   4.襲撃



 出発してすぐだった。


「刃の民が現れた! 数が増えてる。二十騎はいるぞ!」


 リンさんが叫ぶ。

 それを受けて、左右でそれぞれのチームが戦闘態勢を整える。

 右側では、暴走族がさまざまな音で相手を威圧し、声でも恫喝しはじめた。

 左側では、弓道部の人が一斉に矢を放っていくが、敵が遠くて届いていない。

 敵は、また前に回ろうとしている。

 左右を二つのチームが固めていて、後方からは車列が巻きあげる砂ぼこりと飛び石でとても近づけない。

 だから敵は前方をふさいでしまうことで、こっちを守りやすい地形のない砂漠のド真ん中で止めてしまうつもりなのだろう。

 車同士の事故も、期待しているかもしれない。


 だがそこで、銃声が轟いた。

 リンさんが窓から撃ったのだ。

 右の先頭の一騎が倒れ、そのまま後方に消えていく。

 続いてリンさんは、左の先頭も的確に仕留めた。

 それぞれの先頭がやられ、敵の動きが目に見えて鈍る。

 リンさんと僕らの乗るバンは先頭を走っている。

 近づきたくはないのだろう。


「うぉらあ!」


 それを見て、鉄也さんが突っかけた。

 背たけよりも長い鉄パイプを頭上で振りまわし、敵を威圧して追い散らす。

 だが敵は右だけでも十騎はいて、とても追いきれるものではない。

 まして相手は機動力が高く、突っこむとすぐにパッと散ってしまうのだ。


「このっ……」


 左側も苦戦しているようだ。

 敵が片腕を盾に変異させて近づいてきたのだ。

 それで矢を放っても、ほとんど盾に阻まれているようだ。

 オオカミの方を狙ってもそれはオオカミにかわされている。


 だがオオカミがトラックに接近すると、荷台から火が迸った。

 繰花さんだ。

 彼女が火を噴く道具を持っている。

 火炎放射機でも作ったのだろう。


(敵が火だるまになってるけど……)


 だはそれで敵が本気になった。

 一騎が繰花さんを引きつけている間にほかの敵がトラックに飛びつく。

 そこになぜか、鉄也さんが現れる。

 車列を突っ切り、反対側まで行ったようだ。

 荷台に飛び乗った敵を、オオカミごと鉄パイプで叩き落とす。

 だがその間に右が手薄になった。

 敵が肉迫し、暴走族のひとりが応戦するが、振りまわしたバットをすっぱりと斬られた。

 斬った敵が笑い、刀の右手を振りあげる。


 が、その笑顔に斧が刺さった。

 セムが投げつけ、見事に命中させたらしい。


「全車両、右に曲がれ!」


 リンさんが指示を飛ばした。

 バンを先頭に、すべての車が弧を描いて進路を変える。

 そして彼女がライフルで狙う。

 それに気づき、右の敵が距離を取る。

 左では繰花さんの火炎放射機を利用し、弓道部の人たちが火矢を使いはじめた。

 目に見える効果として、オオカミが慄き、大げさによけて転んだりしている。

 連中が大きく後退していく。

 だが諦めてはいないようで、つかず離れず、見えるぎりぎりをついてきている。


「進路を左に。速度を落として、でも止まらず走るよ!」


 進路を戻して速度もゆるめる。

 そこでバンのところに、鉄也さんが走ってきた。


「ちょっと厳しいぜ。次は防げるかどうか……」

「威嚇だけじゃムリだね。一騎を袋叩きにするとかできない?」

「速度にあまり余裕がない。自在に動くのが難しいんだ」


 弓道部のトラックも寄ってきた。

 結弦さんが身を乗り出してくる。


「このままでは矢がなくなります。また飛び乗られても、打つ手がない!」

「ロボちゃんはどうしてるの?」

「燃料はもともと少なかったし、それに熱くてたまらないんだ!」


 繰花さんの作業着は、そでのところが焦げているようだった。


「おい! こっちの鋼野がやっているように、弓道部をバイクに乗せたらどうだ!」


 鉄也さんが叫ぶ。

 鋼野というのはバイクの後ろの席で背中合わせになって乗り、ギターを弾いている人のことだ。

 こうすれば弓も使える、と言っているのだろう。


「断る! あなたの指示は受けない!」


 が、リンさんが何か言う前に結弦さんが断ってしまった。

 彼女は鉄也さんを睨んでいる。

 歯を食いしばったリンさんが、苛立ちもあらわに命令を飛ばす。


「……仕方ない! イシアタマが、サムライちゃんたちを守ってくれ! トゲメットは、車の中から武器になる物を集めて。何か投げるだけでも、敵を退かせる効果はあるはず」

「よし、わかった。――野郎ども、連中に投げつける物を集めろ! 何でもいい!」


 暴走族の人たちが散り、いろんな車から武器をかき集めていく。


「メガホンくんはこれ持ってて」


 その間に、リンさんに拳銃を手渡された。

 僕は、全身が引き絞られるような恐怖を感じた。

 その時になってようやく僕は、戦いの中にいると実感したのだ。

 リンさんに動かし方を教わったけど、まったく頭に入ってこない。


 ほかの人はどうなんだろう、と視線をめぐらせる。

 ほかの車には頭を抱えてふるえている人も、顔を赤くして泣いている人もいる。


「来たぞ!」


 鉄也さんが怒鳴り、ギターの人が爆音を奏でる。

 刃の民はひとかたまりになり、右から攻めかかってきた。

 彼らの右手はフックになっていて、暴走族の人たちを狙っているのがはっきりとわかる。

 彼らをバイクから引きずり下ろす気なのだ。


「敵は右にかたまってる! 弓道部は援護してやってくれ!」


 リンさんがそう指示するが、結弦さんが運転手に何か言っていて、トラックは暴走族の方へ行かない。

 暴走族は四台で、二十騎以上を相手にすることになってしまった。


「モフちゃん! トゲメットたちの方へ!」

「りょーかい!」


 リンさんはすぐうしろの軽トラに、このまままっすぐ行くよう伝える。

 それから先頭を任せ、暴走族の方へむかった。

 暴走族は、さっき集めた物を投げつけ、敵を追い払おうとしている。

 ゴミや小さな石のほかに、刃物や重い石も投擲しているが、すべて打ち払われている。

 音による威圧も、もう効果はないみたいで、追い払うことはできそうにない。

 バンがヤツらの前方に回り、リンさんが後部ドアを開けてライフルをかまえる。

 が、その瞬間ヤツらは散開して動きまわるようになった。

 これでは狙いはつけられない。


「これじゃトゲメットたちに当たっちゃう……」


 鉄也さんが、鉄パイプを頭上でぐるぐると回す。

 だがそれも、ヤツらがフックをパイプに引っかけて受け止めると、何人かで引っぱって奪い取ってしまった。

 鉄也さんはよろめくが、なんとか体勢を立て直す。

 だがそのスキにヤツらが近づき、鉄也さんをフックで斬りつける。


「ぐうっ!」


 鉄也さんがうめく。

 だがその瞬間、斬った敵に矢が刺さった。

 車列の反対側から結弦さんが射こんだようだ。

 そいつはゆっくりと地面に落下し、そのまま遠ざかっていった。


「そっちに行ったぞ!」


 鉄也さんの苦しそうな声。

 今度はバンが狙われた。

 リンさんの撃つ弾をかわしながら、敵がじりじり接近してくる。


 僕は拳銃を手にしているが、恐怖で動くこともできない。


「リンちゃん、これ!」


 希沙さんが何かを投げた。

 リンさんが受け取る。発煙筒だ。

 リンさんがそれを使うと、うしろの敵が煙に呑まれた。


 つかまって、と希沙さんが叫ぶ。

 すぐにバンが急停止した。

 敵が、何体もぶつかってくる。


 バンが再び走り出す。

 すると敵のひとりだけがフックでつかまり、中に入ろうとしてきたが、リンさんがそいつを蹴り落とした。


 僕は、何もできなかった。

 尿を漏らして、ふるえていただけだ。


「まだ敵は残ってる! 気をつけて!」


 リンさんは、そう言いながら僕の持っていた拳銃を奪うように手に取り、敵にむかって撃ちまくった。

 遠くてダメージは低そうだったが、敵は驚いて距離を取った。


「しっかり! いま、キミが、戦うんだ!」


 リンさんに頬を張られ、両肩をつかまれて叱咤された。

 僕はそれで目が覚めたように動けるようになる。


「戦えるね!」

「――うん。もう、いけるよ」


 ライフルを渡される。

 それからリンさんは拳銃を携え、暴走族のバイクに乗っていった。


 僕はスコープを覗いた。

 敵が、離れた位置から追ってきている。

 この距離では、とても当たらないだろう。


 それから敵は、今度は反対の左側から接近してきた。

 弓道部のトラックの方だ。

 敵は、繰花さんが火をつけると距離を取り、消すと近づく、ということを繰り返した。

 だが彼女は、きのう作った竈に火をつけ、火炎放射機の燃料を節約しようとしている。


 このまま睨みあうかと思ったけど、ヤツらは密集して突進してきた。

 オオカミは火矢を怖がっているものの、密集しているからか、怖がりながらも突撃してくるのをやめようとしない。

 いざ接触する寸前になって、繰花さんが火炎を浴びせようとしたが、敵は砂の詰まった袋を投げつけ、袋が破けて散らばった砂で火炎放射機の火を消してしまった。


 だがそこに、鉄也さんが突っこんだ。

 巨大な男と巨大なバイクの突撃で、敵の密集隊形が砕け散る。

 だが鉄也さんが危ない。

 敵がバイクの後ろに乗って、鉄也さんの首を掻き切ろうとしている。

 僕はスコープを覗いたが、敵は鉄也さんに隠れている。


 だが、そいつの頭に矢が刺さった。

 結弦さんだ。彼女の矢が、鉄也さんを救ったのだ。

 鉄也さんはそいつを振り落として離脱する。

 そこにリンさんの乗ったバイクが来て、隊列の崩れた敵に銃撃を見舞った。

 敵は隊形も崩されて、傷だらけになって後退していく。


「助かったぜ!」


 鉄也さんが叫ぶ。

 リンさんは片手を振って答えたが、結弦さんは意図的に顔をそむけた。


「聞け!」


 そこに鉄也さんが走っていった。

 荷台のふちをつかみ、結弦さんの名を叫ぶ。


「オレらはたしかに落ちこぼれだ! 迷惑をかけてきた自覚もあるさ!」


 みんなの視線が、鉄也さんに集まる。

 結弦さんも、彼を見つめた。


「だがな、まともにできないヤツもいるんだ! 環境、性格、ひねたものの見方でだ! そういうヤツらが集まって慰めあってるだけなんだよ! 人間のすべてがいい子ちゃんじゃねえんだ! ワルどものガス抜きだって必要なんだ!」


 結弦さんが、何かを言っている。だがここまでは届かない。

 しかし鉄也さんには届いたようだ。


「ああ、そうさ! なんにもまともにできずに暴れていただけで、オレらは何も成しちゃいねえ! でもだからこそ、だからこそなんだよ!」


 また結弦さんが話しているが、鉄也さんにしか聞こえていないようだ。


「オレはたしかにワルだよ! むこうに戻れたら、被害者に謝ってまわって、ケーサツに自首もしよう! だがオレは変われた。オレたちは変われたんだ! リン姐さんに会って、オレを認めてもらってな!」


 鉄也さんが荷台をつかむ手を離し、かぶっていた兜をはずした。


「むこうでただの厄介者だったオレらが、いまは、すこしだけは役立ってる。だが足りゃしねえんだ! オレらだけじゃ、ヤツらに勝てねえ! そうなると、罪滅ぼしも、大事な人への恩返しもできねえんだよ! オレらをどれだけ見下しても憎んでもいい。だが頼む。おまえらの力を、貸してくれ!」

 鉄也さんの悲痛な言葉。

 それを受けたからか、弓道部の人が集まってきて、結弦さんに何かを言った。

 それから彼女が頷き、鉄也さんも首肯を返す。


「来たぞ!」


 セムの声。

 刃の民が、再びこちらに迫ってくる。


「リン姐さん! ヤツらもいよいよ決死になるだろうし、ここはいったんオレに任せちゃくれねえか! おそらくはオレの方が、集団戦闘の指揮経験はある!」

「わかった。みんなトゲメットの指示で動いて! サムライちゃんもそれでいいね!」

「了解した! 我々は、荒城鉄也の命令を聞こう!」


 ギターの人が、またリズムを奏ではじめる。

 敵が、次第に近づいてきた。


「戦う者は、全員左側に集まれ! 左に曲がりながら、敵を迎え撃つぞ!」


 バンもバイクも、トラックの走る左側に集まった。

 左カーブを描きながら走っていく。


 敵はまた先回りをもくろみ、こちらのカーブの内側に入った。

 速度にあまり差はない。

 そうするしか追いこすことはできないのだろうが、そこはこっちの正面だった。


「野郎ども、投げつけろ!」


 暴走族の人が、さまざまな物を敵にぶつける。

 ひとりは槍まで投げていた。

 敵はそれを払いのけつつ、時には当たりながらも突撃してくる。


「いまだ、結弦!」

「弓道部、撃て!」


 トラックの荷台から、一斉に矢が放たれた。

 かなり接近してから浴びせかけられ、敵は矢をまともに受けた。

 敵の何騎かが脱落し、残りは十騎ほどになる。


「使え!」


 セムが、トラックの荷台から鉄の網を投げた。

 何度か調理にも使った物だ。

 コタツの天板より大きなそれを、セムでも両腕を使って投げたそれを鉄也さんは片手で引っつかみ、手裏剣のように敵へ投げつけた。

 そのあまりの勢いに、敵が何騎も倒され、うしろの方へ流れていった。


「いまだ、全員攻撃しろ!」


 鉄也さんの声で、みんなが一斉に攻撃を開始した。

 トラックからの矢の一斉射撃。

 暴走族とセムの投石攻撃。

 リンさんがもう一度銃撃を浴びせ、僕も一発だけだが撃った。

 敵は、密集隊形を一度解いて散らばることで、こちらの集中攻撃をかわそうとしたが、そうなるとオオカミが火矢で混乱し、転倒したり衝突したりで脱落していく。

 敵は最後の一騎まで戦おうとしていたが、全員の一斉攻撃を受けたところで鉄也さんに体当たりされ、オオカミごとなぎ倒された。



   5.和解



 夜になる前に、連中の縄張りを抜けられた。

 起伏のない砂漠を抜け、けわしい岩山の中へ入っていく。

 それから、すこし広くなっているところを見つけ、そこでリンさんは休止を命じた。

 そこには小さな滝もあり、野営をするにはもってこいの場所だった。


「着替えた方がいいよー」


 希沙さんに言われ、僕は思いだして真っ赤になる。

 手伝おうかとリンさんも言い出し、僕は恥ずかしくて消えたくなってしまう。

 こんなことは幼稚園以来だった。


(――けど、乗りこえた気がする)


 こわいのはこわい。

 だがそれは、意思の力で抑えられるのだ。

 それを僕は、はじめて知った。

 というより、リンさんのビンタと叱咤で叩きこまれたのだ。


 そして、乗りこえたのは僕だけではなかった。

 結弦さんが鉄也さんと握手していたのだ。

 リンさんと鉄也さんが話してるところにやってきて、無言で頭を下げ、手を差し出した。

 たったそれだけのことだが、そうした意味はとても大きかったと思う。


 それから二人は、リンさんと一緒に鍋を囲み、話をした。

 いつもリンさんにくっついている僕も、同じ鍋で食事をすることになった。


「私は最初、あなたたちみたいな人を見下していた」


 結弦さんが、重い口調で切り出した。

 鉄也さんはあのヘルメットを外していて、意外に端整な素顔が見えてしまっている。


「なぜ、ちゃんとできないのかと思っていてな」

「そりゃ仕方ねーだろ。はみだし者ではあるからな」


 鍋ができると、リンさんが全員に中身をよそってくれた。

 二人はそれを同時に受け取って、そして同時に口をつけた。


「あなたたちは自分を貫いて生きているのだと、今日は見せつけられたんだよ。弓道部の方は、命令されなければ動けなかった。途中からは、セムが指揮してくれたけど」

「ケンカ慣れってのもあるかもしれねえな。ここに来れた兵隊は四人だけだが、もともとおれの兵隊は、二百人以上いたんだからな。んで同数のゾクと、何度かやりあいもした」

「そうだったのか。古武道の試合は経験があるが、実戦は初めてだったんだ」

「まあおれらの抗争も、誰かが死ぬようなことも、もちろん殺すってこともなかったが」

「でも、慣れというのは見ていて感じたぞ。立ちまわりとか、そういうところで」


 思い返してみると、鉄也さんは明らかに戦闘に慣れてはいた。

 直接殴りあったり、いきなり飛び道具で仕留めたりするだけではなく、敵に圧力をかけ、威圧して追い払おうとしていた。

 戦闘が激化してからも、その圧力で敵の足並みが乱れ、攻撃が鈍くなっていた。

 そういった敵に与える圧力を、彼は使いこなしていたのだ。


 だが結弦さんもすごかった。

 刃の民が鉄也さんの背中に取りついた時は、敵の姿が鉄也さんの体で隠れてしまった。

 だから僕にはどうしようもなかったのが、彼女はすこし見えていただけの刃の民の頭を正確に射抜くことで、鉄也さんの窮地を救ったのだ。


「努力にまさるものはない。私はそう思っていた。いや、思いたかったのかもしれん」


 空になったお椀を置いて、結弦さんがつぶやくように言う。


「そりゃそーだろ。おれらがいくら暴れたところで、警察や自衛隊には勝てねーし」

「いや、努力は万能ではないのさ。それに、人に対して優位に立つためのものでもない」


 結弦さんがふっと笑う。

 ここにきて、はじめて笑顔を見た気がする。


「あー、それがムカついてたのかな。なんか見下しやがるってことで」


 鉄也さんも、ニヤリと笑った。

 仮面で見えてはいなかったけど、これまでも笑ってなかったような気がする。


「何というかな、そういう強さもある、と思っただけだ。いくら武術を磨いても、一日中寝ているライオンに勝てないしな」

「オレらは動物かよ。だがまあ、性質は似てなくもない」

「君らは肉食獣ぽいな。ずっと動き続ける草食獣とは、何かが合わないのだろうな」

「それっておまえらのことか?」

「さあな。ふふふふふ」


 結弦さんは鉄也さんと小突きあい、楽しそうに笑っていた。




















五話 戸惑い迷い彷徨って



   0.はぐれた




 僕はいま、ひとりだった。


 先の戦いで何もできなかったので、慣れが必要だとリンさんに言われた。

 岩山に入って、地形がけわしくなっていたのもあり、車列が通れるかどうかを探るのも兼ね、狩りをしながらリンさんと二人で歩いていた。

 だが細い道を通った時に、崖が崩れた。

 不幸中の幸いか、落ちたのは僕だけだったし、落ちたのも川でケガはしなかった。


 だが川に落ちたせいで僕は流されてしまった。

 途中で砂浜に引っかかって、なんとか陸に上がることができたが、どこまで来たのかがわからくなってしまった。

 崖はかなり高かったし、壁は切り立っていて垂直に近い。登るのは不可能だった。

 そうして僕は、ひとりきりになってしまったのだ。

 この世界に来て、はじめてひとりになったと気づいた。

 いつもはリンさんが、こわがる僕と居てくれたからだ。

 それは、最初に出会った時からずっとだ。


(――戻れないし、ひとりきりだ。こわい。こわいよ……)


「リンさーん!」


 メガホンも、ライフストーンも使って叫んだ。

 それからしばらくの間、メガホンを耳に当てていたが、返事の声は聞こえてこなかった。

 崖がいくら高かったとしても、声さえも聞こえないとは考えにくい。

 僕が考えている距離より遠方に流されて遠ざかってしまった、ということだろう。


 だがふるえているわけにもいかない。

 僕は、ひとつずつ現状を分析する。

 狩りに出たのは朝だったし、日が暮れるまでには時間がある。

 食糧はないけど、朝ごはんをしっかり食べたので、まだしばらくはもつはず。

 水ならいやというほどあるし、狩猟のためにと背負っていたライフルもある。

 どうにか落とさずにすんだらしい。


(ライフルだけだけど……でもこれだけで、安心感が全然違う)


 武器がある。

 それでこうも安心するとは思わなかった。

 弾はあまりないが、人が相手ならおどかせるし、最後はこん棒としても使えるだろう。


(――よし、行こう)


 僕はライフルをかまえ、岩の亀裂に入った。

 浜は小さく、どこにもつながってなくて、そこしか行けるところはない。



   1.出会い



 それからは、亀裂の迷路をさまよった。

 ここには日が当たらない上に、全身が濡れたままだったので、とても寒かった。

 とてもトイレに行きたかったけど、暗くて静かなこの場所で、ひとりきりの不安な中で、服を脱ぐ気になれなかった。


「ねえねえ」


 突然、背後から声をかけられた。

 僕はひっ、と悲鳴を上げた。

 下着の中があたたかくなり、足の間を流れていく。


「な、何だ……」


 恐怖をこらえつつ、おそるおそる振り返った。

 おどろおどろしい化け物を想像していた。

 だがそこにいたのは、光り輝く少女だった。

 光を反射しているのではなく、その少女が光の源なのだ。


「えっ……」


 ほんとうに光っていた。

 ぼんやりと光る、真っ白な少女。

 子どものように小さいが、年などはわからなかった。

 まぶしく光っていて目や口などが何も見えず、輪郭ぐらいしかわからないのだ。


 だがなぜか、その子に恐怖を感じなかった。

 なんだか力が抜けてしまい、僕はその場にすわりこむ。


「きみ、まいご?」


 僕を覗きこみ、少女は訊いてきた。

 口がどこかもよくわからないが、この子が話していることは、はっきりとわかった。

 僕が返事できずにいると、少女はさらに言葉を重ねる。


「きみはべつの世界のヒトでしょ?」

「――うん。僕はべつの世界から来て、いま迷子になってるんだ」


 僕は、少女を信用することにした。

 この子の言葉に、悪意も打算も何もない。はっきりと、そう思うことができたからだ。


「たすけてほしい?」

「う、うん。さっき崖から川に落ちて、ここに流されちゃったんだ。そこにいる仲間と、早く合流したいんだけど……」

「わかった。このお山はあたしたちのおうちだし、みちあんないしたげるよ」


 少女が光る手を差し出す。

 なるべくそっと触れてみると、感触は人の肌と変わりなく、たしかな温度も感じられた。

 それから僕は、少女に連れられて歩いた。

 ひとりで歩いていた時には見つからなかった、死角になっていた道を通り、すこしずつ山の上の方に登っていった。

 少女の足取りは軽く、ついていくと汗をかいたし、そうしているうちに服もかわいた。


「あーしはスイ。こうみえても、〝光の民〟の王女なんだよー」

「あっ、僕は響太です。日引響太という名前です」


 かなり長く歩いたのに、お互いに自己紹介もしてなかった。

 スイが言い出すまで、僕はそのことにまったく気づかなかったのだ。

 思った以上に、疲れているのかもしれない。


「ヒビキ? キョーター?」

「日引が名字で、響太が名前です」

「……?」


 名字というのを知らないらしいので、家族の名だと説明した。


「なるほどー。べつの世界のヒトの、日引さんちのキョーターくんなんだね」

「響太ね。きょうた」


 スイはなんだかゆるいというか、おっとりとした感じだが、かなり頭はいいと思う。

 体格はかなり小さいけど、年も上なのかもしれない。


(――希沙さんにすこし似てる?)


「あーしたちには、そういうのないなー」

「名字が?」

「うん。そんなにたくさんいないからね。お名前だけでいいかんじ」


 あまりふれない方がいいのだろうか。

 スイは顔が見えない。

 表情をうかがい知ることもできない。

 つまりなにか言ってはならないことを言ってしまい、彼女を傷つけてしまったとしても、それに気づけないかもしれないのだ。


「みーちあーんなーい、みーちあーんなーい」


 歩いているうちに、次第に視界が開けてきた。

 亀裂の幅が大きくなり、壁が低くなってきて、片側だけになったりもした。

 おそらくだが、山頂の方に近づいている。

 そして。


「さあ、とーちゃくしましたー」


 スイが、手を広げて跳びはねる。

 そこは、花畑だった。

 色とりどりの花の中で、白い子どもがたくさんいる。

 光の国にようこそ。

 スイはそう言い、僕を迎え入れてくれた。



   2.光の民の国




「このコね、べつの世界のヒトなんだってー」

「へー」

「ずっとまえにきたよねー」

「あれっていつだっけー」

「ひゃくねんまえぐらい?」

「そんなわけあるかー」


 スイの仲間がたくさん集まってきた。


 みんな光っているので、誰が誰だか、というより境目がどこなのかもよくわからない。


「このコ、おともだちとはぐれちゃったんだってー」

「おともだち?」

「それもべつの世界のヒトかなー」

「ぼくそれっぽいのみたよー」

「な、なんだってー」

「えっ、見たって……それ、どこで?」


 彼らのひとりが、それらしいものを見たようだ。

 だが誰が見たのか判別できない。


「んーとねー、朝日のほーから歩いてきたー」


 この世界は、地球と同じく、東から太陽が昇る。

 そして僕とリンさんは、東南からこの山に入ったはずだ。


「それって、こんな格好だった?」


 コートがうまく伝わらないので、地面に絵を描いてみた。

 彼女を見たと言っていた子は、その絵に何かをつけ加える。


「あたまにねー、こんなやつをかぶってたー」


 その子が描いたのはフードだった。


 ずっとつけていなかったので忘れていたが、はじめて会った時に、リンさんはフードをわざわざはずして、僕に顔を見せてくれたのだった。


「たぶん、その人です。場所を、行き方を教えてもらえますか」

「いーよー。でもねー、そこまで行くのはたいへんだよー」


 話を聞くと、光の民はとても体重が軽いらしく、岩壁も平気で登れるし、十メートルの距離を飛び越えることもできるそうだ。


 僕には、とても不可能である。


「きょーたー、きょーたーでも、遠まわりしたらいけるよー」

「え、ほんとに? じゃあ、また道案内してもらえるかな」


 スイにお願いしてみると、彼女は何のためらいもなく、じゃあ行こうと言ってくれた。



   3.光の民の習性



 また、スイに手を引かれて歩いた。


 きつい坂や、大きな段差などもあったけど、どうにか乗りこえることができた。

 時間をかけて越えている間、スイはじれた様子もなく、がんばる僕を見守ってくれた。


「ごめんね、時間がかかっちゃって」

「なんでー?」

「待つのって、たいへんだろ? 僕の用事で、案内してもらってるんだし」

「きみをつれてくってきめたのはあーしだよー」

「そうだけど……」


 ずっと感じていたことだけど、スイには独特の考え方があるようだ。

 それは光の民がみんな持っている考え方なのかもしれない。

 彼女は僕をいろいろ気遣ってくれるし、こうして手助けもしてくれる。

 だがそれでいて、お礼も見返りも、まったく求めようとしないのだ。


 自分が決めたのだから、そうするだけ。

 そういった矜持を持っていて、そこは変えることができないように思える。


「人間はね、何かしてもらったらお礼をするんだ」

「うん、そうだねー」


 やはり、人を知っているようだ。

 お礼の概念も、わかってはいるらしい。

 百年前なんて言っている人もいた。

 その年代の真偽はともかく、前に人と出会っているのは間違いなさそうだ。


「僕も、スイにお礼がしたい。君は、何かしてもらいたいことはない?」

「んー」


 スイは首をかしげ、立ち止まって動かなくなってしまう。 

 いま、何かを考えこんでいるのだろうか。

 それからしばらく彼女は考えつづけ、それから身をよじったり頭を抱えたりした後に、ふいに僕に顔をむけて、いかしにもうれしそうにこう言った。


「あとでいうよー」

「……? いまじゃだめなの?」

「きみのともだちにもしてほしいんだよー」

「ああ、それじゃあ、僕ひとりで決められないよな。お気遣いどーも」

「あいー」


 礼をするはずだったのに、また彼女に、気を使われてしまった。

 だが彼女の願いがあるのなら、それを叶えられるのなら、それでいいと僕は思った。




「それなーにー」


 せまい穴をくぐった時、背負っていたライフルがつっかえた。

 それで気になったのだろう、スイが無邪気に訊いてきたのだ。


「銃だよ……爆発で弾を飛ばして、遠くに当てる武器だ」

「ぶき? ぶきってなーにー」


 僕は、言葉に詰まる。

 説明ができなかったのではない。

 武器どころか、戦いの概念すら知らないのではないか。

 そう思い、いざ教えてしまうと彼女の認識というか世界を変えてしまうことになる気がして、踏みだすことができなかったのだ。


「おーしーえーてーよー」


 スイと話していると、わからなくなる。

 親のように、僕のがんばりを見守ってくれる。

 けど小さな子どものように、無邪気に僕を慕い、さまざまなものをねだってくることもある。


「それって、きいちゃだめなこと?」

「教えていいのか、わからないんだ」


 混乱したまま、僕は答えた。

 それを受けて、スイは笑った。

 ほほ笑んだことが、なぜだかわかった。


「あーしね、このお山からでたことがないんだ」


 先を歩きながら、スイが語りはじめる。


「だからしりたいの。お山のそとを。あーしがまだしらないことを」


 そう語っているスイは、遠い目をしているように感じる。


「スイは、この山から外に出たいの?」

「うん。さっきもね、つれていってっておねがいしようとおもってたんだ」

「それで、後でって言っていたのか。僕の仲間にも聞くために」


 それならたしかに、僕がいま答えられることではない。


「もうよんひゃくねんもここにいるんだよー。このお山のまもりてとして。ずっとずっと、まもってきたんだ」

「……さっきの百年って言葉、冗談じゃなかったのか」

「うん。ひゃくねんどころじゃないんだよー」


 スイがよくわからないのも当然だった。

 それだけ長くを生きた人を、僕みたいな子どもがたやすく推しはかれるはずがなかったのだ。


「君はここで、いったい何を守っていたの?」


 何のために、何から何を、彼女はずっと守ってきたのか。


「せかいだよ。このせかいを、あーしはこのてでまもってきた」


 スイはふっと、横道に入った。

 そこから、木の枝でできたトンネルを抜ける。

 するとそこには、ひどくさびれたお城があった。

 スイは朽ちた門から中に入り、やがて中庭らしき場所へたどり着く。


「ここは」

「おはか、だよ。ごせんぞたちが、ここでねてる」


 墓標らしきものはない。

 いや――あった。

 大きすぎて、壁と思いこんでしまっていた。

 とてつもなく巨大な石碑が、彼らの墓標で、歴史だったのだ。


「このばしょは、この世界のまんなかなんだ」

「世界の中心ってこと?」

「うん。くわしいことはわからないけど、ここから世界がつくられていった……」


 石碑には、不思議な紋様や文字が刻まれている。

 それらはスイが指さきでふれると、淡く白く光りはじめた。


「でもね、世界がすこしずつこわれていった」


 スイがはじめて、下をむいた。

 悲しそうな声で言った。


「あーしはここをずっとまもってる。ここのことは、よくわかる。だからここがげんいんじゃない。ここのそとで、世界でなにかがおこってる」


 思い当たることはある。

 あの〝砂の怪物〟である。


 彼らが来る前は、この世界はとても豊かで、緑にあふれていたらしい。

 けれどいまは、この世界は砂漠と化してしまっている。


 しかも砂の巨人は、そこまでして命を喰い荒らしてもまだ足りず、僕たち異世界人までこの世界に呼び寄せている。

 さらに砂嵐は、こわれた車まで喰いつくすというありさまだ。


 スイは、ここから出る気でいるようだ。

 それなら、戦いを避けることはできないだろう。

 砂の怪物以外にも、凶悪な種族は存在している。

 怪物に世界が荒らされ、やむなくそうしている人たちもいるのだろう。

 そういう連中にとって、備えすらしていない相手は、格好の獲物でしかない。


「ねー。ぶきって、そとでひつようなものなんでしょ?」

「……うん。僕もこの世界に来て、はじめてさわった。ここだと、絶対に必要なものだ」

「なんのために、ひつようなの?」

「それは――戦うためだ」


 戦いが何か。

 それも僕は説明した。


 相手に危害を加えるため、威嚇したり負傷させたりして降伏を促し、ときには命さえも奪って終わらせることで、目的を達しようとする者がいる。


 それに抗うことで戦いが起こり、戦わなければ何をされるか、予想はできない。


「じゃあ、いきることは、たたかうことでもあるんだね」


 ひと通り説明を終えると、なんだか悟ったようなことをスイは言っていた。


「戦うのは、こわいけどね」

「きみ、おもらししてたもんねー」

「……知ってたの」


 気づいていて、素知らぬ顔をしてくれていたのか。

 頭を抱え、暴れたくなってしまう。


「へーきへーき。だれにもいわないよー」

「……そうして」

「だれにだって、はずかしいことはあるもんねー」


 スイにそうなぐさめられて、僕はいっそう恥ずかしくなった。



   4.たったひとりの戦い



 必要だと思い、スイに戦いのことを説明した。

 だがその日のうちに見せることになるとは思いもしなかった。

 それも猛獣や敵対的な種族が相手ではない。〝砂の怪物〟と遭遇してしまったのだ。


(――まだ離れてるし、見つかってもない……けど、どうすれば)


 敵は、巨大なアリの頭部にヒトの上半身が乗っかったような体形だ。

 はたしてどっちが本体なのだろう。

 どっちを狙えば、たおすことができるのだろう。

 ヒトの部分は僕と変わりないが、アリの部分はスポーツカーみたいな大きさだ。


(――動きは速いかも。それに、壁でもたやすく登れそうだ)


「たたかうの?」


 スイの声は棒読みじみていて、機械音声のようだった。


「……うん。あいつは人を襲うんだ」

「じゃあやっつけないと、みんながあぶないんだね」


 みんなが危ない。

 改めて言葉として聞くと、とてつもなく重く感じた。


「スイ。君たちは、戦えないよね」

「うん。そんなこと、かんがえたこともないよ」


 ――自分がやるしか、戦うしかない。


 そう思うと、不思議にこわいと思わなかった。




 アリが、動いた。

 あの花畑へ、光の民がたくさんいた場所へむかっている。

 迷っている時間はなさそうだ。


「スイ」

「あーしはにげないよ。きみがまもってくれるもん」

「……わかった。あの岩の上に登ろう。あそこなら、高さを生かして防衛できる」


 僕とスイは、あのバンぐらいの岩によじ登った。

 そして僕は――ライフルをかまえる。


「大きな音がするから、耳をふさいでて」

「あいー」


 僕から見て、左から右へ駆けるアリ。

 僕はその胴体を狙って撃った。


(初撃でたおせるとは限らない……まずは当てないと)


 ライフストーンの力をイメージする。

 緋色の弾は、ちゃんと狙いどおりの場所に当たった。

 アリが立ち止まり、こちらを見つけて怒りの咆哮を解き放つ。


 そこに二発目をお見舞いする。

 緋色の弾が、人型のほうの頭部に当たると、アリは不気味な声で叫びながら、こわれて砂に還っていった。


(僕ひとりで――怪物をたおした?)


 だが感傷に浸ってもいられなかった。

 新たな怪物が三体、死んだ怪物のむこうから現れ、こちらのむかって吠えてきたのだ。


(――巨人と嵐以外は、群れをなすんだっけ)


 セムがたおした蜘蛛のように、群れの中から規格外の個体が現れることもあるらしい。

 だがそういう現象は非常にめずらしいらしく、はぐれ者でもなければ砂の怪物は群れでいるのが基本らしい。


 つまり、一匹たおしただけで気を抜くことはできないのだ。

 緋色に光る弾を撃つ。

 中央の個体に当たった。

 ヤツらはさっきの個体と同じような、アリからヒトが生えたような体型で、その弱点も同じだった。

 ヒトの頭部か胴体に当たれば、ほとんど苦もなく仕留められる。


 だが、また怪物が現れた。

 今度は六体。

 弾の数より、相手が多い。

 すがりたいのか、それとも逃避か。

 リンさんの顔が強く頭をよぎっていく。

 むこうの世界の家族ではなく、リンさんのことばかりに、僕は想いをめぐらせていた。


 一体につき、一発で仕留めた。

 最後の一発は、一体を貫通してうしろのもう一体に命中した。

 だがアリはまだ一体だけ残っている。

 僕とスイにむかってきている。


 怪物が、岩の真下にきた。

 僕はライフルの先端の方を握ると、叫びながら飛び降り、肩に押し当てる太いところをアリの人型の頭部に振り下ろした。



   5.守るべきもの



 怪物が、すべて砂の山になった。

 僕は荒い息をつきながらすわりこんだ。

 着地など考えずに突っこんだので、すこしだけど足が痛む。

 ライフルをにぎっていた手は硬直していて、自分ではずすことができなかった。


「きょーたー、ありがとう。ほんとに、ありがとう」


 スイが駆け寄ってきて、僕の指をやさしく解きほぐしてくれる。

 一本ずつやっていって、それでようやく僕はライフルを手放すことができた。


「外に行きたいって、言ってたからね」


 砂の上は避けて寝転んだ。

 怪物の死体。

 あまり気持ちのいいものではないからだ。

 それに川のときなど、リンさんは怪物の死体を避けていた。

 ふれないほうがいい。

 そんなものも、きっとあるのだろう。


「外にはこわいものもあるけど、楽しいこともたくさんあるよ」

「どんなことがあるの?」

「リンさん……僕らの仲間のリーダーのひとがね、夜になると歌を披露してくれるんだ。舞さんというコックさんは、いろんな料理を作ってくれる」

「うたは、あーしもじょうずなんだよ」

「それじゃあいつか、僕にも聞かせてほしいな」


 先の戦いで僕は見た。

 鉄也さんの猛獣のような荒々しい強さを。

 結弦さんの名刀のように磨き上げられた強さを。

 セムのような、固い意思に支えられた強さを。

 そして、リンさんのような、誰かを守るやさしい強さを。


(希沙さんもわりとエグいことしてたし、繰花さんもヤバい武器作ってたな……)


 それぞれが、それぞれの強さを出しあっていた。

 その強さを合わせ、みんなの力を合わせたからこそ、人狩りという恐ろしい敵に勝てたのだ。


 今回もそうだ。

 リンさんにきたえられて見出された、狙撃という僕の強みで、敵に勝利できたのだ。

 それはリンさんから僕に分け与えられた、リンさんの強さだと言えた。


「スイ。ここに敵が、砂の怪物が来たことはなかったの?」

「いちどだけ。まえに〝ヒト〟がここにきたとき。そのときは、そのヒトがなにしていたのか、よくわかってなかったんだ」

「……戦ってたんだね」

「そのヒトは〝ナモナキアシガル〟ってなまえだった。そのぶきとけんで、たたかってた」


 名も無き足軽、だろうか。

 四百年前なら、武器は火縄銃と太刀だろう。

 彼が守ったものはいまでもここに残っていた。


 そして僕が戦ったことで、また守りとおすことができたのだ。



   6.涙




「メガホンくん!」


 その呼び方と声で、誰に呼ばれているのかすぐにわかった。

 リンさんだ。

 僕はあわてて身を起こす。


 やっぱり彼女が、むこうの方から走って来ていた。

「リンさ――ぐはっ!」

「心配したじゃないか!」


 リンさんにつかみかかられ、頭突きを喰らった。

 以前のビンタは痛かったが、頭突きはむしろくらくらして感覚がにぶくなった気がする。


 だけど僕は、その後ぎゅっと抱きしめられた。

 リンさんが小刻みにふるえている。

 それがじかに伝わってきて、僕も気持ちがこみ上げてくる。


「心配、したんだよ」

「ごめんなさい……」

「もう、いなくならないで」

「気をつけます。もう二度と、離れたりしません」


 リンさんはいまにも泣きだしそうだった。

 こんなにも大事にされている。

 こんなにも、僕は想われている。

 それがはっきり感じられて、僕から先に泣きはじめてしまった。



   7.旅の仲間



 二人の紹介をしてから、三人でみんなのところへ戻っていく。

 やはりかなりの距離を流されていたらしく、長いこと歩かなければ帰りつけないらしい。


「僕の居場所が、よくわかりましたね」

「銃声がしたからね。だからあわてて行ったんだよ」


 その戦いを経て、ライフストーンをたくさん手に入れた。

 そのひとつを、お詫びとしてリンさんに渡すと、彼女は嬉々として受け取ってくれた。


「うふふふ。メガホンくんに指輪をもらっちゃった」

「たまたま輪っかだっただけです」

「私の薬指にぴったりなんだよね」


 誤解されるからやめてといくら言っても、リンさんは結局、外そうとはしなかった。


「けどメガホンくん、思ったよりも平気そうだね」

「スイがいたから。ひとりの時は、こわくてたまらなかったですね」


 彼女に話しかけられた時のことは、記憶から消し去った。消し去ったとも。


「道案内もしてもらって、なんというか、安心も彼女からもらいました」


 スイは得意げに、腰に手を当てている。


「だから、怪物と戦ったんだね。戦えたんだね」


 リンさんに、頭をなでてもらえた。

 苦労したという記憶が、やり遂げたというものに変わった気がする。


「ねーねー、ほんとにあーし、ついていってもいいの? あーし、たたかえないよ」

「うん、いいよ。仲間の全員が戦えるわけじゃないしね。それにキミはメガホンくんを助けてくれたし。キミができることで、力になってくれればいいんだよ」

「そう? じゃああーし、いろんなことでおたすけするねー」


 感情が高ぶったのだろうか、スイの体の光がより強くなって輝きだした。

























六話 描いて奏でて足掻いたら



   0.人狩りの種族



 ヤツらは姿も見せず、足音も立てずに忍び寄ってきた。


 光の民が住んでいる岩山を越え、そこで僕らは野営した。

 夜明け前に僕は見張りをしていて、希沙さんが交代のためにこっちにむかってくる。


 そんな時だった。

 その希沙さんが、いきなり宙に浮きあがった。

 何が起こっているのか理解できない。


「ちょ、あたし持ちあげられてる!」


 希沙さんの声で状況を察した。

 僕はライフルを持ち、真上にむかって一発撃つ。


「うっ」


 希沙さんが地面に落ちた。

 大きな音がすれば、みんな集まってくる。

 それはこの見えない何かもわかっているようだ。

 それで即座に彼女の誘拐をあきらめ、手放したのだろう。


「どうしたの……わっ!」


 リンさんが飛び出してきたが、何かに驚き、よろめいている。

 希沙さんをかつぎあげた何かが音もなく逃げ、偶然リンさんと衝突したのだろう。


「な、なに?」

「見えない何かがやってきて、希沙さんがかつがれました!」


 おそらく彼女はさらわれかけた。

 たまたま僕が見ていなかったら、気づくのは不可能だっただろう。

 狙撃と見張りがしやすい位置にいて、その瞬間を目撃した。

 とてつもなく幸運だったのだ。


「見えない敵が、また人狩りの種族がやってきたのでしょう」

「見えない種族……ウワサでは聞いてたけど、ウワサだと思ってたな」


 僕とリンさんで、混乱している希沙さんを助け起こす。


「早く出発しましょう。見えないんじゃ、何の対策も――」


 砂漠では、日が差していないととても寒い。

 そして今朝は、いつになく冷えこんだ。

 白く染まった僕らの吐息が、何かをよけて流れていく。


「リンさん!」


 気づいたのは同時だった。

 リンさんが腰のうしろの剣を抜き、逆手のままで一閃する。

 カラスの鳴き声のような悲鳴。

 青い水が、おそらく血が噴き出している。

 だがその血はすぐに止まってしまった。

 血でぬれていたそいつの体も、空中にとけるように見えなくなっていく。


「くそっ、どこだ!」


 リンさんが砂をけりあげる。だが何にも当たらない。

 ヤツが、いるのかいないのかもわからない。


「希沙さん、手を」


 手を差し出すが、彼女が腰に飛びついてきた。

 とてもこわかったのだろう。

 僕もこわくないわけじゃない。

 自分が戦わなければならないという使命感とか、逃したらまずいとかの打算がまさっているだけだ。でなければとうに逃げ出している状況だ。


「このままくっついててください。まだ狙われてるかも」

「あたしが、小さいからかな」

「ああそれで――」


 僕は血の気が引いた。

 希沙さんより小柄な人が、仲間のうちにひとりだけいる。


「スイ!」


 僕は希沙さんの手を引き、彼女の元へ走った。

 リンさんも後を追ってくる。


「スイ、どこだ!」

「どしたのー」


 スイは椅子にすわっていた。

 絵描きの人が、彼女をスケッチしているようだ。


「敵だ。たったいま、希沙さんがさらわれかけた」

「さらわれ――んん?」

「物で言うなら、盗られそうになったってことだよ」

「ああ、それであーしをしんぱいしてくれたんだねー」

「うん。無事でよかったよ。二人は、安全な場所にいてもらおうかな」


 彼女と希沙さんをバンに乗せた。

 中に何にもいないのを確認すると、それからロックをかけてもらう。


『見えない敵がやってきました! いますぐ出発します!』


 リンさんがメガホンで呼びかける。

 仲間たちが、あわただしく動きはじめた。

 だがその中で、なぜかバイオリンを弾いている人がいた。


(……なにやってんだ?)


 だがその人はすぐに演奏を止め、近くの石をつかんでいきなり投げた。

 カラスが鳴くような悲鳴。

 何かに当たって、石は途中で不自然に落ちた。

 そこか、とリンさんが剣を振った。

 また青いものが、おそらく血が噴き出す。


 何かがたおれる音。

 ヤツの姿が見えてきた。

 やせこけた宇宙人みたいなやつが、そこに横たわっていた。


「……死んだのか?」

「そうみたいですね。死ねば、透明化も解けるらしい」


 傷は、腹部と胸部の二ヶ所ある。

 はじめに襲ってきたのと同じ個体のようだ。

 さっきの一撃では死んでいなかったらしい。


「はじめの出血も拭いたりしてない。体が透明なのではなく、姿を隠せる能力なのか」

「思ったより、ずっと小さいですね……体格的に、希沙さんしか持ち上げられなかったのかもしれませんね。一体だけなら、さらえる相手もそういないのかも」

 話していると、さっきの人がやってきた。

 彼女はいかにも音楽家という格好をしていて、ニコニコしながら話しかけてくる。


「やあ。すこしはお役に立てたかい?」

「いや、助かったよ。すごいね……こいつの位置がわかったのは〝音〟かな?」

「うん、そうだよ。見えないなにかがいるようだから、バイオリンを弾いてみたら、また見えない何かに反響していたんだ。だからボクは、そこにいると思ったわけさ」


 彼女は簡単そうに言っているが、とんでもないことをしている。

 周囲が静まりかえっているのならともかく、多くの人があわただしく動きまわっている状況なのだ。


「じゃあ楽器ちゃん、ほかにいるかどうかはわかる?」

「ボクは津麦遊歌だ。いまのところ、この辺りにはいないと思う」


 彼女が目を閉じ、耳に手を当てる。


「そう。これからも頼りにしていいかな」

「ぜひそうしてほしい。ボクは、戦うことはできないからね」

「そうかなあ。さっきの投石は、なかなかだったけど」

「ハンドボール部だったんだ。けどモノにならなくてね。典型的な運動音痴なのさ」


 両手を広げ、やれやれといった感じで首を振る遊歌さん。

 しぐさが大げさな人らしい。


「こいつがはぐれ者じゃなければ、ヤツらはまたやってくると思う」

「わかった、気をつけているよ」

「キミが音を探る時は、静かにしてた方がいいのかな」

「いや、ヤツらは何の音もしないんだ。姿と同じように、認識させない何かがあるんだろう。でもほかの音があると、ヤツらの居場所に空白のようなものが生じるんだよ。だから、一定のリズムで何かを鳴らしてくれたらうれしい」

「一定のリズムで……あっ」


 僕とリンさんは、同時に同じものに目をやった。

 僕らの視線の先では、暴走族の人らが次々と走りだしている。

 その中にはあのギターの人もいて、ギターの弦を調整しているようだった。



   1.演奏



 ギターの人の爆音の中、僕らは砂漠を走りだした。


 スピーカーから流れる音の中には、彼の歌声もまじっている。

 低い声のラップだった。


「歌う必要はないのに……」


 遊歌さんが苦笑する。

 ギターの人はずっと地声で歌っていて、それがちゃんと聞こえているのだ。


「スピーカーの大音量の中で……すっごい声」


 リンさんはあきれるというより、唖然としている。

 僕らはトラックの荷台に乗っていた。

 屋根のない方のトラックで、ここなら遊歌さんが周囲の音を聞きとれるからだ。

 ちなみにバンにはセムが乗っていて、旅の先導は彼がやってくれている。


「というか、走ってる間は必要ないのでは?」

「ボクはそう言ったんだけど、なんだかはりきっちゃったんだよ」

「まあギターくんが楽しそうだし、それでいいんじゃないかな」


 そのギターの人はずっと歌いつづけているが、息切れする様子もなく、砂ぼこりの中で時折せきこみながら、ずっと楽しそうに歌いつづけている。


「負けてられないな」


 遊歌さんはいきなりそう言うと、ケースからいそいそとバイオリンを取り出し、すぐに演奏しはじめた。


「わお」


 リンさんが感嘆の声をもらす。

 僕も驚いていた。

 バイオリンの音はもっとゆったりとしたものと思っていた。

 こんなに激しいリズムで鳴らせるとは思いもしなかったのだ。

 続いて彼女は、その歌声も解き放った。

 とても高い、悲鳴のような声だけど、不思議とラップと合っている。


(……目的が変わってない?)


 ギターの人が、こっちを見て笑っている。

 そしてさらに激しく、力強く歌いはじめた。

 音の中に潜ったような感覚に陥る。


「よーし、私も」


 今度はリンさんも歌いはじめた。

 耳もとでささやかれるような、聞いていてくすぐったくなるような歌声だ。

 三人ともまったくべつの曲を歌っているのに、なぜか一体となっていた。



   2.絵描き



 しばらくすると、三人ともぐったりとして動かなくなってしまった。


「ヘトヘトだけど、ちゃんと聞いてはいるからね」


 遊歌さんはそう言っているものの、大の字になって言われても説得力がない。

 ギターの人もだらんとしていて突っぷしている。


 ギター音の代わりだろう、ほかの暴走族の人たちがバイクをふかしたりクラクションを鳴らしたりして、無音にはならないようにしてくれている。


「馬鹿じゃないの」


 ぼそりとそう呟いたのは、さっきの絵描きの人だった。

 ずっとスケッチブックを持っていて、いまは地図を描いているようだ。


「……その地図、見せてもらっていいですか」

「ん」


 渡してはもらえなかったが、見せてもらうことはできた。

 その地図は上空からの視点で描写されているようで、いつごろどこを通過したかという僕らの軌跡も、小さな文字で書きこまれている。


「うわ、すごいですね……これ、どれぐらいの距離なんですか」

「百キロぐらい」


 朝からひたすら走りつづけていて、もう三時間になる。

 もっと走っていると思っていたが、舗装されていないどころか、道すらない状況だと、そのぐらいが限界なのだろう。

 トラックの運転手にも聞いてみたけど、メーターでは百一キロとのことだった。


「ほとんど正確じゃないですか。というより、しゃべってる間に動いたかな」

「こんなことしか、私はできんから」

「こんなことって……すごいと思いますよ。絵のうまさとか、空間を把握する力とか」


 ほめたつもりだったけど、彼女はうつむき、黙りこんでしまった。


(――なんだか、最初の舞さんたちを思い出すな)


「あの、僕は日引響太と言います。名前を教えてもらっても」

「白篠絵描」

「絵描きの絵描さんですね。よろしくお願いします」


 地図の下にも絵があって、地図のページが風でめくれて見えていた。


 なんだか神々しいというか、極端に美化された遊歌さんの横顔がある。


(やっぱり似てる――自信満々の人と、その人を意識してる自信のない人とが……)


 絵描さんと遊歌さんの二人が、舞さんと繰花さんに重なっていると僕は思った。



   3.絵描の絵



 無理を言って、ほかのページも見せてもらった。

 絵描さんは、自分の顔の前にスケッチブックを立てて、紙芝居のようにして自分の絵を見せてくれた。

 何枚か遊歌さんの絵もあったが、そのページは飛ばされた。

 絵はいろんなものがあった。

 人物も風景も、小物や食べ物などもえがかれていて、ほとんどこの旅の総集編だった。ながめているだけでとても楽しく、身を乗り出しすぎて絵描さんがのけぞっている。


「好きなもの描いてただけ」

「じゃあ絵描さんって、いろんな人や物が好きなんですね」

「…………」


 ほめた方が、彼女は言葉に詰まるようだ。

 あまり言わない方がいいのだろうか。

 だが黙っていても手は止めず、いろんな絵を楽しませてくれる。


 刃の民の時の陣形図もある。

 ほぼ想像と彼女は言うが、間違っている個所はないと思う。


「ほんとうに、こんなのだったと思いますよ。僕はずうっと先頭にいたので、だいたいの動きは見えてたつもりですし」


 こうして観察すると、何がどうしてそうなったという戦闘の流れがよくわかった。

 そして、鉄也さんの動きのひとつひとつが、ここという瞬間の助けになっているということも。

 彼も絵描さんと同じく、全体が俯瞰で見えているのだろう。


(これ――何かの役に立つんじゃないか)


 それは、旅の仲間に新たな武器が加わるというだけじゃないのだ。

 誰かに貢献できるという事実は、自信を持てない人にとっての助けになるかもしれない。

 舞さんがいま活き活きとしているように、それが自信になるかもしれない。

 これでおしまい、と絵描さんがスケッチブックを閉じた。

 最後に見せてもらった絵、つまりスケッチブックの最初のページは、あの夜の月の中で歌うリンさんだった。


「あの歌は感動しましたね。あれで僕は、この世界も悪くないと思えましたよ」

「私の絵には、あんな力はない……」

「えっ、そんなことないですよ。僕はいま、夢中になってましたから。何ページ目に何の絵があるか、きっと言えると思います」

「……六ページ」

「大きな石像の足もとで眠る、セムと希沙さんだったかと」


 正解、と絵描さんは、か細い声で答えてくれた。



   4.衝突



「危ない!」


 遊歌さんが突然叫んだ。

 次の瞬間、すさまじい衝撃が走った。

 僕たちの乗ったトラックが、何かに衝突したらしい。


 トラックは何かに乗り上げたらしく、かたむいて走れなくなっている。


「見えなかった……見えない何かにぶつかった」


 運転手さんがそうこぼす。

 それから、トラックから飛び降りると、車体の下には大きな岩があり、その横には例の宇宙人みたいな敵がいた。


「敵です! 見えない敵が、ここで待ち構えていたようです!」


 敵が姿を消す。

 ライフルをかまえるが、間に合わない。


 敵はさっきと違って裸ではなく、ヨロイを着ていたが、ヤツはそれごと姿を消した。


「あ、リンさん。敵はヨロイごと消えました。岩も見えないようにしたのかも」

「そう。楽器ちゃんも気づかなかったみたいだね」

「いえ、岩があるとは思っていたんです。ただ、運転手さんにも見えていると思いこんでいて」


 遊歌さんは音でのみ、周囲を探っていた。

 それゆえ、岩があることはわかっていても、それが見えてないことには気づかなかったらしい。


「トラックはすぐに動かせない! ここで防衛戦をするよ!」


 異変を察知して戻ってきた車に、リンさんが大きな声で呼びかける。


「うわ」


 繰花さんが駆けてきて、口を覆った。

 故障と思っていたらしい。


「こりゃダメだな。何トンもあるから持ち上がらんし、故障してるかもしれん」

「ああ、ロボちゃんか。岩のまわりを掘るのは?」

「掘った人がつぶされちゃうね。すぐにはどうにもならないよ」


 鉄也さんとセムが走ってくるが、その二人でもさすがにトラックは持ちあがらなかった。


「やっぱりここで戦うしかないよ。トゲメット、またみんなに指示してほしい」

「こんな場所でか。小さな丘すらありゃしねえぞ」

「車でぐるっと囲んでしまおう。それを城壁にして守る」

「それしかねえか。このトラックも壁にしよう。オレはその外で駆けまわるぜ」

「お願い。城壁の外で動ける兵がまったくいないと、それはそれでまずいからね」


 車を使って輪を描く。

 車体の下は、砂を盛った。


 それから各々で武器を持って、車の上にずらっと並んだ。

 僕はもう一台のトラックに乗り、コンテナの上でライフルをかまえた。


(――けど見えないってのは不利すぎる)


 僕の横に遊歌さんも来た。

 ギターの人も、また大音量で演奏しだす。


 すると遊歌さんが、さまざまな場所を指し示した。


 そのうちの一ヶ所をめがけて撃つ。

 すぐにあの宇宙人みたいのが現れた。


「かなりの数がいる……こっちの人数より多いみたいだ」


 刃の民は騎兵だったが、それでも二十騎ほどだった。

 今回は百に近いらしく、それもヤツらがどこにいるかは、遊歌さんしか察知できない。


「まずいな……ボクには位置がわかっていても、それをみんなに伝えきれない」


 下の方で、繰花さんが新聞を配りはじめた。

 みんなが力を合わせ、車のまわりに敷いていく。

 それを踏めば位置がわかるというしかけだろう。

 だがしばらくすると、一斉に新聞紙が持ち去られた。


「持ち物まで消える……それがあまりにも厄介だね」


 リンさんもここに登ってきた。

 彼女も打つ手がないようで、それが顔に表れている。


「鉄也さんたちに、砂ぼこりを撒いてもらうのはどうでしょう」

「それじゃ何も見えなくなるよ」

「もういっそ、あのトラックを置いていくのは」

「大人数が乗ってたからね。分乗しても、厳しいだろう」

「せめてほかの車だったら……」

「よりによって、十五人も乗ってた車がやられちゃったね」


 その時だった。

 いきなり石が現れた。

 空中に石が出てきたのだ。もう目の前だ。

 リンさんにかばわれた。

 僕と遊歌さんにケガはないが、リンさんが頭を押さえている。


「リンさん!」

「私は平気……二人は?」

「僕は無傷です。リンさんのおかげで」

「ボクもだよ。けどまずいね。見えない敵に見えないものを投げられると、防ぐことすらできないよ」


 遊歌さんが頭を抱える。

 いよいよどうしようもない。

 そんな空気が漂ってきた。


「野郎ども、突っこむぞ!」


 敵が石を投げただいたいの位置に、鉄也さんたちが突っこんでいく。

 鉄也さんたちはロープをのばし、二台で引っぱりあったままで走っていった。

 だが、出てきた敵は一体だけだった。

 ほかにも何人か巻きこんではいるが、即死しなければ見えないらしい。

 そして近くから石を投げつけられ、ギターの人が負傷している。

 ギターの人は、血を流しながらも演奏をやめない。

 その反響を聞きとった遊歌さんの指示で、僕はその地点を撃つ。

 しかし、彼女が位置を示していると敵に気づかれたようで、二体を射殺した後は、まったく当たらなくなってしまった。


「ああ、そうか。ボクが指さしたヤツが、伏せたり横に飛びのいているんだ」

「くそ、それじゃあどうしようも」

「……そもそも一体ずつってのも効率が悪い。弾も足りないしね」


 そして。

 話をしていると。

 その横で、リンさんが腰の剣を抜いた。

 左手で拳銃をにぎり、右手に逆手で剣を持つ。


 僕は彼女の肩をつかんだ。

 ひとりで斬りこむ。

 彼女がそうしようとしているのだと、僕はわかってしまったのだ。

 だが彼女は、その僕の手を振り払った。


「だいじょうぶだよ。私は死なない。そういう秘密があるんだよ」

「痛みも苦しみも、あなたは感じているはずです」

「キミたちを喪(うしな)う、心の苦痛。それよりはずっと軽いはずさ」

「……待ってください。何かあるはずです。何かが……」


 当てなどなかった。

 もう一度リンさんの肩をつかみ、周囲に視線をめぐらす。

 そうすると、たまたま彼女の姿が目に入った。

 彼女はふるえながら、手製のヤリをにぎっている。

 だが彼女の力は、そんなことでは発揮されないはずだ。


「絵描さん! こっちに来てもらえますか!」


 僕は叫んだ。

 絵描さんがビクッとしている。

 だがこわがりながらも動いてくれた。

 近くにいたセムに頼み、ここに持ち上げてもらう。


「絵描さん、いまの状況を描けますか」

「できるけど……」


 それがはたして何になるのか。

 絵描さんは、そんな顔を浮かべている。


「いいですか。いま僕たちは、敵の姿が見えてません。遊歌さんだけが、敵の位置を耳で察知してるんです。だけど敵が多すぎて、すべてを伝えるすべがない」


「……そうか。私の絵で」

「ええ。二人で、レーダーの役ができるはずです」


 絵描さんと遊歌さんが互いに顔を見合わせる。

 僕はどうだという気持ちになり、リンさんの顔を見やる。

 驚いているかと思ったけど、彼女は涙ぐみつつほほ笑んでいた。


「どうしたんですか、リンさん」

「ううん。ちょっと感動しちゃって。キミも、成長したなあって」


 思えば、僕はリンさんに育てられていた。

 はじめの狩りでも、ライフストーンの練習でも。

 僕はリンさんに導かれてのばしてもらって、やっとできるようになったのだ。


「リンさんのおかげですよ。舞さんの時と、同じことをしただけです」

「誰でもかんたんに真似できるなら、できずに苦しむ人はいないよ」


「それも、リンさんのおかげです。僕にできることを見きわめ、僕ならできる、やれると言ってくれた……だから僕も、僕だってできるんだと思えたんですよ」


 僕も感極まって、涙が出そうになってきた。


「おい、イチャついてないで見てくれ。だいたいの、敵の位置を書き記した。敵は長くは走れないらしく、ほとんどは歩くか立ち止まっている。動いても、そんなに足は速くない。だから敵の位置に、そう変化はないはずだ」


 遊歌さんに言われて、スケッチブックを覗きこむ。

 そこには、敵や味方の位置や動きが細かく書きこまれていて、それらがすべて手に取るようにわかってしまう。


「イチャついてはないです。リンさん、僕が撃てばいいですか」

「いや、ここまで位置がわかってるなら、トゲメットたちに任せよう」


 リンさんが、鉄也さんに指示を出す。

 二台がロープを張って走っていき、引っかかったら後続が攻撃する。

 それをくり返すだけで次々と敵をたおしていけた。

 敵はろくに反撃できず、周囲がたおれた敵だらけになった。


「待って。敵が一ヶ所に集まりはじめた。この位置だ」

「なるほどね。ねえトゲメット! そこから十時の方角、二十メートルのあたりに、敵がたくさん集まってるよ!」


 リンさんの指示で、鉄也さんたちが突撃する。

 張ったロープに敵がかかった。

 ロープが不自然に曲がっている位置に、四人で新聞紙を投げてかぶせる。


 敵が能力を使ったのだろう、新聞紙が消えていくが、そこに、鉄也さんがマッチに火をつけて投げた。

 何もないところが燃え上がり、やがて敵が次々と姿を現した。


(あんなに早く死んでいる……かなりもろい連中なんだな)


 鉄也さんたちはすでに討ち洩らしの掃討に入っている。

 恐怖やパニックになり、姿を見せてしまった敵もたくさんいるようだ。

 それらを狩りつくしたところで、遊歌さんが再び叫ぶ。


「もうひとかたまり、こっちに来ている。動かないトラックの正面だ!」


 距離を、遊歌さんがカウントする。

 三十メートル。

 二十メートル。

 じれったいと感じるのは、僕があせっているという理由だけではないのだろう。

 遊歌さんが言ったとおり、敵の足がおそいのだ。

 そして、十メートルまで迫ったところで、リンさんが一斉射撃の指示を出した。

 次々と矢を浴び、たおれた敵が出現する。


 それから遊歌さんが、残っている敵の位置を伝えようとするが、その前に結弦さんが、敵を正確に仕留めていった。

 敵が少数でかつ近い距離なら、彼女も耳で探れるらしい。


「すごい……もう敵が残っていない」


 遊歌さんがそうこぼす。

 それから絵描さんの方をむき、彼女ににっこり笑ってみせた。


「ありがとう。君の絵図があったから、ボクの力を発揮できた」

「…………こちらこそ」

「照れなくていいよ。そうだ。君の名前を、ボクにも教えてくれるかい」

「白篠絵描……」

「そう。名前の通りだね。すばらしい絵を、ありがとう」


 絵描さんは遊歌さんをじっと見つめて、真っ赤になって呆けている。

 なんだか見ちゃいけないものを見た気がして、僕はそっとその場を離れた。



   5.合唱



 乗りあげたトラックは、下に砂を盛ってから岩を抜いた。


「こりゃダメだな。直さないと」


 繰花さんが下にもぐりこんで言う。

 手伝いはいらないと言われ、僕はリンさんのところにむかった。

 彼女とセムが、敵の死体を検分している。


「見ろ。懐中電灯なんか持ってる」

「これで長距離で通信したから、待ち伏せができたんだね。車で急いで走れば、安全だと思ってたよ。追いつかれずとも、通信して待たれたら厄介だよ」


「おれたちも慢心していた。もしかしたら、通信をしていたことすらごまかされたか」


 死体をけりつけるセム。

 伝説の石像みたいな、彼が宇宙人みたいな敵をけっ飛ばしているのは、なんだかとてもシュールだった。


「でも光が見えてるのなら、透明化じゃないんだね。透明なら、目まで透けちゃうし」

「音も聞こえんし、姿を見せると体臭も感じられる。こちらの認識を阻害するものだろう」

「カメラで撮れば、写ったりするのかな」

「機械を通すか。ほかにも、鏡などはどうなのだろうな」


 そこで繰花さんが、直せたよと大声で言ってきた。

 すこし部品がゆがんでいたようだが、ライフストーンの力もほとんど使うこともなく、直せたようだ。


 それからすぐに僕らは出発した。

 連中の縄張りから抜け出すためだ。


「やあ。お話していいかな」


 バンのうしろで寝ころんでいると、リンさんが声をかけていた。

 眠っていたわけではないので、僕はすぐに体を起こす。


「ちゃんと言っておきたくてね。キミが成長して、私もうれしい」

「もっかい言います。リンさんのおかげです。僕なりのやり方を、戦い方を教えてくれた」


 リンさんのように、果敢に斬りこむ。

 セムのように、その体を砲弾のようにしてぶつかっていく。

 あるいは鉄也さんや結弦さんのように、それぞれの力を発揮し、チームを統率する。


 そういった戦いは僕にはできない。

 だが狙撃の才能を、リンさんが見つけて見出してくれた。

 だから僕は、それがあるから戦える。

 できるから、そうすればいいと知っているから、戦うことができるのだ。


「僕はこれまで、何もできないと思ってたから」

「そんなことはないよ。私は知ってる。キミを、キミができることを知ってる」

「その言葉で、僕は掬われて救われたんですよ」


 車の外から、音楽が聞こえてきている。

 またバイクとトラックで、二人が演奏合戦をしているようだ。

 そしてその光景を、絵描さんがスケッチして、後で見られるようにしてくれている。


「なんだかいい感じだね」

「そうですね。でも僕は、リンさんの歌がいちばん好きです」

「――そんな風に言われたら、またサービスしたくなるね」


 僕のとなりから、歌が聞こえてくる。

 リンさんが言葉を音楽に乗せ、僕に聞かせてくれているのだ。

 僕はリンさんとはじめて出会った日の夜を思い出し、今日までの時間に思いをめぐらせ、こみあげるものをこらえずに、ただ流れるに任せていた。





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