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『戦国転生剣豪録 ――死ぬ間際の心残りは今期アニメの最終回でしたが、目覚めたら美少女閻魔に戦国転生を勧められたので本能寺の変を覆しに行きます』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第55話 龍之介、京へ下る前の手配

京へ行く。


 言葉にしてしまえば、それだけのことだ。

 だが戦国の、それも信長の近くで“京へ行く”というのは、散歩へ出るのとはわけが違う。


 誰の名で行くのか。

 何の用向きで行くのか。

 誰を連れ、誰を連れぬのか。

 どこへ泊まり、どこへは顔を出し、どこへは出さぬのか。

 先触れはどこまで出し、どこは偶然を装うのか。


 しかも今回は、ただの往来ではない。

 都にくすぶる火を見に行く。

 その一方で、こちらが何を見に来たかを都に見せすぎてはならない。

 柔らかく入り、だが軽くも見せてはならず、しかも明智一本へ都の期待を寄せぬための橋の一つとして立つ。


 やることが多すぎる、と龍之介は本気で思った。


「……行く前が一番面倒だな」


 机へ向かって呟くと、案の定、影鷹が言った。


「今さらでございます」


「おぬし、本当に最後までそれを言うつもりだな」


「便利ですので」


 腹立たしいが、反論しづらい。


 紙の上には、すでに項目が並んでいた。


 表向きの名目

 供回り

 先触れ

 都で会う顔

 都で会わぬ顔

 秀吉に拾わせる器

 光秀に背負わせぬための配置


 もはや書き出した時点で面倒さが増して見える。

 だが、こうして見える形にせねば、信長の近くの政はたいてい誰かの腹の中で絡まる。


「まず名目だな」


 龍之介が言うと、影鷹が頷いた。


「はい」


「都へ火消しに行く、では強すぎる」


「寺社も町も身構えましょうな」


「都の様子見、でも軽すぎる」


「本気が見えませぬ」


「ならば」


 龍之介は紙へ筆を走らせた。


 都筋との段取り確認、および安土との行き来に生じた滞りの見分


「……堅いな」


「ですが、そのくらいでよろしいかと」


 影鷹が言う。


 たしかにそうだ。

 大仰に“鎮撫”だの“調停”だのと言えば、都側は一気に火の大きさを勘繰る。

 軽すぎれば、こちらの本気が伝わらぬ。

 ならば、実務の顔をした名目がよい。

 戦国の政では、実務の顔ほど強いものもない。


「次、供回り」


 これがまた難しい。


 多すぎれば大事に見える。

 少なすぎれば軽く見られる。

 武の顔を濃くすれば寺社と公家が身構える。

 柔らかすぎれば、町と商人に侮られる。


「槍持ちをぞろぞろ連れて行くわけにはいかぬ」


 龍之介が言う。


「はい」


「だが、まったく武の気配がなければ“安土は腰が引けた”とも見られる」


「左様にございます」


「……難儀だな」


 影鷹は、珍しく少しだけ具体に踏み込んだ。


「表には少数でよろしいかと」


「ほう」


「ただし、少数でも“信長公の側近筋が後ろにいる”と分かる顔を一人二人、置く」


 なるほど、と思う。


 人数ではない。

 どういう顔が混じっているか だ。


 たとえば、ただの雑兵だけでは足りぬ。

 だが勝家配下の武辺色が強い顔もきつい。

 蘭丸筋に近い、整っていて無駄に威圧しすぎぬ者。

 あるいは丹羽の手が届くような堅実な顔。

 そういう者が少数いるだけで、表の軽さと裏の重みを両方匂わせられる。


「……丹羽殿向きだな」


 龍之介が言うと、影鷹は頷いた。


「ええ。柴田殿の色では強すぎるかと」


「明智殿の色は」


「いまは避けたいところにございます」


 そこもまた、その通りだった。

 光秀の人を表へ混ぜれば、都はすぐ“やはり明智が橋だ”へ寄る。

 それを避けるための下向なのに、それでは意味がない。


     ◇


 昼前、丹羽長秀のもとへ行き、供回りと段取りの相談を持ちかけた。


 こういう時、この人は実に助かる。

 表で大きく目立たぬ。

 だが現実に足がついている。

 人を出すなら、誰がちょうどよいか。

 どの程度の重さで見せるべきか。

 その加減をよく分かっている。


「京へ下る形を整えたい」


 龍之介が言うと、丹羽はすぐに本題を受けた。


「供は少なめだな」


「はい」


「だが軽すぎてもいかぬ」


「ええ」


「槍の数ではなく、顔で見せるべきだ」


 やはり同じところへ行き着く。


「三上殿」


 丹羽は紙へ視線を落としながら言う。


「おぬしが前へ出る時、後ろにいる者は“戦うための武”でなく“崩れぬための武”である方がよい」


「……」


「都で必要なのは圧ではない。安土が背後にあると感じさせる重みだ」


 実に丹羽らしい言い方だった。


「では」


「私の方から二人、静かな顔を出す」


「ありがたい」


「礼はよい」


 丹羽は淡々としている。


「ただし、表にはあくまで三上殿の供でよい。こちらの名を前に出すな」


「はい」


「出すのは、最後に効かせる時だけだ」


 そこもまた、戦国らしい段取りだった。

 最初から大きな名を見せれば、相手はそれに備える。

 だが軽く見せておいて、背後の重みだけ感じさせる方が使いやすい。


「泊まりは」


 丹羽が問う。


「寺に近すぎるところは避けたい」


「うむ」


「かといって、町の真ん中すぎるのもよくない」


「そうだな」


「都へ通じるが、寺社の顔だけでも町の顔だけでもない場所がよい」


 丹羽は少し考えたあと、短く答えた。


「商人宿の奥だな」


「……なるほど」


「表では荷と人の行き来がある。だが奥なら、顔を整えれば静かに人も通せる」


 それは実に現実的だった。

 大寺に泊まれば、それだけで寺社寄りの顔になる。

 武家屋敷に詰めれば、今度は圧が強すぎる。

 商人宿の奥なら、物の流れにも、人の流れにも寄れる。

 都と安土の中間の顔として、ちょうどよい。


「やはり、丹羽殿に聞いて正解だった」


 龍之介が言うと、丹羽は少しだけ口元を動かした。


「そのために呼ばれたのであろう」


 まったくその通りだった。


     ◇


 そのあと、蘭丸にも会った。


 蘭丸は、信長の近くにいて、誰をどこまで見せるべきかの勘がするどい。

 それに、安土から人が下る時、どの程度の信長色を匂わせるべきか、たぶん家中でもかなりよく分かっている。


「三上殿」


「少し相談を」


「京下り、にございますか」


「話が早いな」


「上様の近くにおりますので」


 それをこちらが言う側ではなく、おぬしが言うのかと少し思った。


 蘭丸は机の上の走り書きを見て、必要なところだけ拾っていく。


「先触れは多すぎぬ方がよろしいかと」


「やはりそうか」


「都に入る前に、こちらの気負いが見えすぎます」


「では」


「会うべき寺社筋、公家筋へだけ薄く。町には自然に届く程度で」


 それがよいだろう。

 全部へ大げさに先触れを出せば、それだけで“安土が何か大ごとをしに来る”と見える。

 そうではなく、“必要なところには届いているが、町全体には風聞として滲む”くらいがちょうどいい。


「三上殿」


 蘭丸が言う。


「柔らかく入られるのは結構」


「うむ」


「ですが、柔らかいのと、軽く見られるのは違います」


 それは光秀にも似たことを言われた。


「軽く見られぬためには」


「信長公の手が後ろにあると、きちんと感じさせることです」


 蘭丸の言葉は整っていた。


「いちいち上様の御名を振りかざす必要はありませぬ」


「うむ」


「ですが、“あくまで三上殿個人の見分”と都に思わせてもいけない」


「……」


「そのあいだを取るのが大事にございます」


 まことにその通りだった。

 自分個人の柔らかい顔だけで入れば、都はその柔らかさを軽さと見かねない。

 だが信長の名を前へ出しすぎれば、今度は身構える。

 ならば、背後に信長の上意があると感じさせつつ、前へ立つ顔は柔らかくするしかない。


「難しいな」


 龍之介が本音を漏らすと、蘭丸は少しだけ目を細めた。


「そういう役を、お引き受けになったのでしょう」


 その返しが、いかにも蘭丸らしかった。


     ◇


 夕刻、光秀の方から珍しく声がかかった。


 部屋へ行くと、光秀は文を前にしていたが、明らかに別のことを考えていた顔だった。


「龍之介殿」


「日向守殿」


「都へ下る準備をしておるな」


 やはり、そこは隠せぬか。


「形を整えております」


「……」


「まだ出立と決まったわけではございませぬ」


「だが、その顔だ」


 光秀は静かに言った。


「行けるようにしておく顔をしている」


 たしかにそうかもしれない。


「日向守殿」


「何だ」


「私は、いま前へ出る顔としては軽い」


「うむ」


「だからこそ、先に入る余地がある」


「……」


「ですが、日向守殿が都へ出る方が早い局面もある」


 光秀の目が、少しだけ深くなる。

 やはりこの人も、そのことを考えていたのだ。


「私もそう思っておる」


 やがて光秀は言った。


「都の理は分かる。寺社とも話は通る。行けば早い」


「はい」


「だが、行けば明智の名に全部が寄る」


 そこを本人が分かっているのが、苦いところだった。


「だから今は」


 龍之介は静かに言う。


「行かぬことで持つものもある」


 光秀はしばらく黙っていた。

 その沈黙が、この人の責任感の重さでもある。


「……分かっておる」


 ようやく出た言葉は低かった。


「だが、都が燃えかけておる時に、自分が分かるのに行かぬというのは、気分のよいものではない」


「でしょうな」


「おぬしが行く形になるなら、なおさらだ」


 その言葉には、光秀の複雑な思いが混じっていた。


 自分が行くべきところへ、自分ではなく龍之介が柔らかい顔で入る。

 それは理として分かっても、感情としては簡単ではないだろう。


「だからこそ」


 龍之介は少しだけ前へ身を乗り出した。


「私は、日向守殿の代わりにはなれませぬ」


 光秀が顔を上げる。


「……」


「代わりではなく、橋を分けるために行く」


 その言葉に、光秀はすぐには返さなかった。

 だが、その沈黙は少しだけ柔らかかった。


「そこを違えぬなら、よい」


 やがてそう言った。


 その一言は重かった。

 そしてありがたくもあった。


     ◇


 夜、龍之介は机の上へ、いよいよ明確に書いた。


 京下向の手配


 その下へ、


名目

供回り

先触れ

宿

会う顔

見せる器

羽柴に拾わせる線

明智へ寄せすぎぬための配置


 と並べる。


 もう、“行くかどうか”の段ではない。

 “行ける形を作れるか”の段に入っている。


「とうとう、そこまで」


 影鷹が言った。


「まだ全部は決まっておらぬ」


「ですが、準備は始まっております」


「そうだな」


 龍之介は小さく息を吐いた。


 都へ下る前の手配。

 それだけで一話になるほど、戦国の移動は重い。

 だが重いからこそ、その準備の中へ人の思惑も、役目の差も、全部が出るのだろう。

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