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『戦国転生剣豪録 ――死ぬ間際の心残りは今期アニメの最終回でしたが、目覚めたら美少女閻魔に戦国転生を勧められたので本能寺の変を覆しに行きます』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第101話 信長の返書、さらに高い火を指す

 重い文を出した夜ほど、眠りは浅い。


 書いた内容が長かったからではない。

 むしろ逆だ。

 削って、削って、それでもなお残った骨だけを信長へ返した文ほど、その先に生む動きが大きい。

 余計な飾りがないぶん、返る刃もまたまっすぐになる。


 龍之介が安土へ送った文は、まさにそういう類のものだった。


 一つの火は静まりつつある。

 だが、その静まりの先に、もっと高く、もっと深い火が見えてきた。

 光秀ですら軽くは触れられぬと言い、秀吉もまた最初の手を出すには軽いと退いた。

 つまり、ここから先は京の一件では済まぬ。

 信長の理そのものが、さらに濃く問われる段に入るかもしれぬ。


 そこまで書いて返したのだ。

 何も起きぬはずがない。


 夜明け前、龍之介は一度目を覚ました。

 宿の奥はまだ暗い。

 障子の向こうに、わずかな風の気配がある。

 眠れぬわけではない。

 だが眠りきれぬ。

 腹の底で、何かがもう次の形へ動き始めていると分かっているからだ。


「……来るな」


 起き上がって小さく呟くと、闇の端で影鷹が答えた。


「今さらでございます」


「いたのか」


「おります」


「いつからだ」


「ずっと」


 腹立たしいが、ありがたい。

 こういう時、この男の変わらなさだけは妙に心を落ち着かせる。


「返りは」


 龍之介が問うと、影鷹は首を振った。


「まだ」


「だろうな」


「ですが」


「何だ」


「早うございますよ」


 それだけ言って、影鷹はまた気配を薄くした。

 たしかに早いだろう。

 あの文なら、安土で長く寝かされるはずがない。


     ◇


 朝の光が障子へ薄く差し始めた頃、宿の空気が一段だけ変わった。


 表で荷が動き始める前の、あのわずかな時間だ。

 まだ人の声は少ない。

 だが、来るべき者の足音だけが妙にはっきり響くことがある。


 主人が奥へ入ってきた時には、もう顔に出ていた。


「三上様」


「来たか」


「はい」


 短い返事だった。

 だが、それで十分だった。


 文は一通。

 封の結び方を見ただけで、信長からだと分かる。

 蘭丸筋の口ではない。

 丹羽の整えた理でもない。

 もっとまっすぐで、もっと冷たい骨だ。


 龍之介はしばらくその文を手にしたまま動かなかった。


 ここで躊躇ったところで、文字が増えるわけではない。

 それは分かっている。

 だが、封を切る前のこの一拍だけはどうしても要る。

 この一拍で、心のどこかが“まだ読んでいない”側にいられるからだ。


「三上殿」


 影鷹が言う。


「何だ」


「今さらでございます」


「本当に便利だな、それは」


「本当にその通りにございますので」


 龍之介は苦笑し、封を切った。


 文は、思った通り短かった。


 見えたか。

 ならば京を一件として扱うな。

 火の主ではなく、火の流れを見よ。

 朝廷に近き顔へは、まだ理を押しつけるな。

 だが、誰がそこへ先に出たがるかは見張れ。

 次に燃えるのは、京そのものではなく、京を使って己を立てようとする者どもだ。


 龍之介は、読み終えてからもすぐには顔を上げなかった。


 やはり、この人はそう来る。


 一つの高い火がある。

 ではその火をどう消すか――ではない。

 誰がその火を使って自分を立てようとするかを見よ。

 信長は、そこへ目をつけてきた。


「……そうか」


 龍之介が低く言う。


「火そのものより、火へ寄る者か」


 影鷹が頷く。


「上様らしゅうございます」


 まったくその通りだった。


 龍之介も、主人も、光秀も、秀吉も、皆“高い火がある”ことは見ていた。

 だが信長はさらにその先を見る。

 その火があることで、誰が功を焦り、誰が位置を取り、誰が橋を奪おうとするか。

 そこが次の燃えどころだと。


 それは、秀吉が言った

 誰かが功を焦れば器が壊れる

 という見立てとも、ぴたりと重なっていた。


「……嫌なところで全部つながるな」


 龍之介が呟くと、影鷹が静かに言った。


「怪物にございますので」


「それも便利な言い方だ」


「本当にそうですので」


     ◇


 光秀に文を見せた時、この人は最初の二行を読んだだけで空気を変えた。


「京を一件として扱うな、か」


「はい」


「なるほど」


 それだけ言って、最後まで黙って読む。

 読み終わると、文を畳まず、そのまま机の上へ置いた。


「龍之介殿」


「は」


「信長公は、やはり次の火をよく見ておられる」


「そう思います」


「高い火そのものではなく、それに触れて己を立てようとする者どもを見る」


「……」


「そうなれば、京だけの話ではないな」


 そこだ。

 京の理。

 朝廷に近い顔。

 それらはたしかに重い。

 だが、それを“利用して自分の位置を上げる者”が出始めれば、話は京の外へ漏れ、織田家中へも返り、さらに別の火を生む。


 つまり信長は、次の段をもう京の内部だけでは見ていない。

 京を使って動く人の心 を見ている。


「日向守殿」


 龍之介が言う。


「誰が先に出たがると思われます」


 光秀は少しだけ目を細めた。


「決まっておるとは言わぬ」


「はい」


「だが、この種の火は“理に通じる者”だけが欲しがるものではない」


「……」


「むしろ、理へ通じておらぬ者ほど、そこへ一足飛びで触れて功を欲する」


 それは、かなり嫌な真実だった。


 高い火を扱う理そのものではなく、

 “自分がそこへ触れた”

 という事実だけで株を上げようとする者。

 それは家中にいくらでもいる。

 有能無能とは別だ。

 上を知らぬからこそ、怖さも知らずに手を出す者がいる。


「……勝家殿ではないな」


 龍之介が言うと、光秀は頷いた。


「勝家殿は、あのような火を軽く触る人ではない」


「ええ」


「丹羽殿も違う」


「うむ」


「なら」


 龍之介は、そこで少しだけ息を吐いた。


「まだ名の出ぬ者ども、にございますか」


 光秀は即答しなかった。

 だが、否定もしなかった。


     ◇


 秀吉へも同じ文の骨を伝えた時、この男は笑わなかった。


 それだけで珍しい。


「三上殿」


「何だ」


「上様、まことによう見ておられる」


「そうだな」


「高い火そのものより、その火を使いたがる者どもを見る、と」


 秀吉は肩をすくめるでもなく、低く言った。


「その通りにございます」


「おぬしも同じことを言っていたな」


「わしは“功を焦る者が出る”と申しました」


「うむ」


「上様は、その先で“京を使って己を立てようとする者ども”とまで見ておられる」


 嫌になるほど、同じ骨だった。


 秀吉はしばらく考え、それから続けた。


「なら、三上殿」


「何だ」


「いまは高い火へ触れに行くより、火の周りで妙に早足になる者を見た方がよろしい」


「……」


「用人筋へ急に近づく顔。

 京の理を急に知ったふうに語り出す顔。

 明智殿より先にそこへ橋を出したがる顔」


 なるほど。

 そういう兆しから見えるか。


「羽柴殿」


 龍之介が言う。


「何でしょう」


「おぬし、本当に嫌な男だな」


 秀吉は、そこでようやく少しだけ笑った。


「ありがたいことです」


 ありがたくはない。

 だが、この場では頼もしい嫌さだった。


     ◇


 その日の夕方、龍之介は一つ決めた。


 高い火そのものへ、いま深入りはしない。

 その代わり、

 その火の周りで早足になる者

 を拾う。


 寺の下役でも、町の番頭でもない。

 もっと別の顔。

 急に理に近づいたふうをする者。

 用人筋へ口を通したがる者。

 明智や秀吉の橋を飛び越えて、直接そこへ触れたがる者。


 そういう者どもが出れば、それ自体が火の流れになる。


「……橋を架ける前に、渡りたがる者を見よ、か」


 龍之介が呟くと、影鷹が言った。


「今さらでございます」


「いや、今回は少し意味が違うな」


「はい」


 影鷹は珍しく、すぐに頷いた。


「ここからは、火を消すより先に、火へ寄る人を見た方がよろしゅうございます」


 その言い方は、いまの段にぴたりとはまった。


     ◇


 夜、龍之介は改めて信長の文を見直した。


 高い火へ理を押しつけるな。

 だが、誰がそこへ先に出たがるかは見張れ。


 短い。

 だが、これほど次の手を決める文もなかった。


「……面倒だな」


 最後にそう呟くと、影鷹がやはり答えた。


「今さらでございます」


 そして今夜は、その一言が、前より少しだけ先へ進む合図にも聞こえた。

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