世間は、思ってたよりも狭かった…
「し、しし進道、お、おはよう……」
「おはよう姫川さん」
2日連続で姫川さんが話しかけてきてくれた。
これまで何の接点も無かったはずなのに、いったいどうしたというのか……。
(……ん?)
ふと、姫川さんの後ろから不自然な動きをする人影がちらりと見えた。
あれはおそらく、同じクラスメイトの高山さん……。
―――ピーン。
(あっ。多分これ、オレが何かの練習台にされてる奴だ)
オレは悟った。
「……ちら」
「…………」
「……?!! え、えっと……、今日はどうしたの?」
「えと……」
オレは何も見なかった事にした。
一瞬高山さんと目が合ったが、その瞬間、どぎつい目で睨まれた為だ。アレはヤバい。
裏で色々と"ヤッた"事のある、プロの目だ。
正直何のプロかは分からないけど!
「その……」
「うん」
「……〜〜〜っ! や、やっぱ何でもないっ!」
「?!」
姫川さんは、年末に活躍したどこぞの名のある競走馬のごとき神速で走り去ってしまった。
そして、いつの間にかこちらを覗き見ていた高山さんの姿も消えていた。きっと姫川さんを追いかけていったのだろうと思われる。
「はぁ……」
死ぬかと思っ……。
「何してんだ、アカリ……?」
「うぇっ……?!」
唐突に話しかけられ、思わず変な声を上げてしまった。
「今の、姫川さんだよな? いつから仲良くなったんだ?」
「仲良かったように見えたのか……?」
「見えたね」
見えたんかい。
「姫川さん、どうやら相当な人見知りっぽいって噂だぜ? それなのに、勇気を出してお前に話しかけてるんだ、何かあったんだと思うだろうが」
「人見知りなのか、あの人……」
という事は、姫川さんが上手く喋れてないのって……。
……コミュ症なのかな?
「そんな事よりだ」
「何だよ……?」
「お前、放課後俺ん家に来い」
「は?」
何で?
「理由は聞くな。黙って来てくれ、頼む……」
「わかったよ……」
こいつの本気で余裕無さそうな表情はあまり見ない。つまり、いつも通りに出来ない程切羽詰まっいるという事だ。
オレはとりあえず招聘に応じる事にした。
まったく、姫川さんといいコイツといい……。
今日はいったい何なんだ……?
―――なんやかんやで放課後。
オレは、ヒロアキの家にやってきた……。
「いつ見てもデカい……」
目の前にそびえ立つ、5階建ての黒い家。
ここに来る度、コイツがとても裕福な家の生まれだと実感する。
門を潜ると、ほぼ同時に玄関のドアが突然開いた。
そこに現れたのは……。
「やっほー! ようこそ我が家へ、アカリ君♪」
「アユさん?!」
ヒロアキの姉であるアユさんが出迎えに来てくれた。
もしかして……。
「まぁ、そういう事だ」
「どういう事?」
「お前、正月の事覚えて無いのか?」
「お前がアユさんに連れ去られたあの事か?」
「それは忘れろ!」
あれは悲しい出来事だっ……いや、悲しくは無いか。むしろちょっと面白かった。
「そうじゃ無くて……」
「アカリ君、私あの時言ったでしょ? 『今度埋め合わせする』って」
「……ああ、そういえば」
言ってたような、気がする……。
「忘れてたの?」
「いやぁ、ただの社交辞令だとばかり……」
「あれ、本気だったんだからね!」
「すみません……」
あれ、こないだとちょっと性格違くない……?
もうちょっと隙が無い感じだったような……。
「さて、それじゃ遠慮なく上がって上がってー! とびっきりのご馳走も用意してあるからね!」
「お邪魔しまーす」
「相変わらず遠慮がねーな」
勝手知ったる何とやら。
何度か来た事あるし、家に上がるのに今さら躊躇いなどあるものか。
「とりあえずリビングに向かってね」
アユさんの指示通り、オレはリビングへと直行した。
リビングにあるテーブルの上にはいくつもの食器が既に並べられており、キッチンの方からもいい匂いが漂って来ていた。
アユさん、料理出来るんだな……。
「さぁさ、たんと召し上がれ!」
席につくと、目の前にどんどん色んな料理が並べられていった。
「燻製にした和牛のステーキとガーリックライス、それから青椒肉絲にコーンポタージュスープだよ。召し上がれ!」
どれも美味しそうなのだが、何故ステーキと青椒肉絲が一緒にやって来てるんだろう……?
青椒肉絲にも豚肉が入っているはずだけど…………?
(ない……?!)
青椒肉絲の中に、入っているはずのお肉が入っていなかった。
皿に取り分けてみても、やっぱりお肉は見つからなかった。
「ステーキがあるんだから、そっちはお肉要らないでしょ?」
ごもっとだった。
でも、出来れば青椒肉絲にもお肉が入っていて欲しかった……。
これじゃただのピーマン炒めだ……。
「……美味しい」
でも、料理自体はどれも美味しかった。
ステーキは香ばしい匂いで歯ごたえも抜群、青椒肉絲も濃いめの味付けが癖になるし、コーンポタージュもとろっとろに甘くて飲みやすかった。
ガーリックライスも当然ながら美味しかった。もう毎日コレ食べたいくらいだ……。
でも、やっぱりこのラインナップは少しおかしいと思う。単純に、油っこい。
「お前、よくそんなに食えるよな……」
隣では、ヒロアキがステーキを平らげたところでギブアップしていた。ガーリックライスは半分ほど残していて、青椒肉絲に至っては全然食べていなかった。
「学生の胃袋舐めんなよ」
「俺も学生なんだが?!」
「オレの弁当、毎日見てるだろ」
「そりゃ見てるさ。それでも毎回思ってるぞ。お前、よく食うよな……って」
オレの毎日の弁当箱は、2段重ねの重箱だ。
いつからなのかは覚えてないが、気づけば毎日重箱を持って登校している。
そんなオレからすれば、これくらいの量はむしろちょうどいいくらいだ。
「お前の分ももらうぞ」
「頼む、どんどん食ってくれ……」
オレはヒロアキが残した分のガーリックライスを引き継ぎ、残った料理をガツガツと食っていった。
「ご馳走様でした」
「はぁーい、お粗末さまでした」
「嘘だろ……」
時間はそこそこかかったものの、オレは全部完食した。だいたい10人前くらいはあっただろうか。
非常に満足したオレの隣では、ヒロアキが死んだ魚のような目でオレを見ていた。
「お前、バケモンかよ……。大食いファイターにでもなった方が良くないか……?」
「何言ってるんだ?」
「それじゃ、私は食器を片付けるから、ヒロアキはアカリ君の相手よろしくね」
「うぃーっす」
アユさんは手際よく食器をまとめ、キッチンへと向かっていった。
「それで……」
「うん?」
「進捗は、どうよ……?」
ヒロアキが苦しそうな声を出しながら聞いてきた。
苦しいなら休んでいればいいものを……。
「進捗?」
「ユートピアの事に決まってるだろ……」
「ああ、ディストピアの事か」
ゲームタイトルこそユートピアだが、少なくともその世界は理想郷とは程遠い。
おそらくは『ユートピアを目指して戦え』みたいな事だろうとは思うけど、実際のところはどうなんだろうか……。
「とりあえず、レベルは20を超えたところだ」
「お、マジで? 頑張ってるじゃん!」
「まぁな」
我ながら、よくやっているなと思う。
「お? 今ユートピアの話が聞こえてきたんだけど〜?」
洗い物をしているアユさんが、洗い場から会話に混ざってきた。
「アカリの奴、今ユートピアやってるんだよ」
「そうなんだ、良いわねぇ。アレ、面白いわよね〜」
「ん……?」
「えっ……?」
今、とても聞き捨てならない一言を聞いたぞ……。
「姉ちゃん、やってんの……?」
「うん、やってるやってる」
「いつの間に始めてんの?!」
「去年からかな〜? アンタがゲーム没収された時から」
「をおおおい! やってんなァ姉ちゃん?!」
「大丈夫大丈夫。借りてるのはソフトだけで、ギアその他は自分で買ったやつだから」
ユートピアのプレイヤーがまた一人、身近にいた……。
「姉ちゃん、どんなプレイしてんの?」
「私は生産職。戦闘は苦手だし、モノづくりは好きだからね」
「マジかよ! くぅ〜、俺も早く再開してぇ〜っ!」
「アンタはテストで良い点取らなきゃでしょ」
「くそおおおっ!」
「自業自得だろうがよ」
めちゃくちゃ悔しがるな、こいつ……。
もしかしたら姉弟でのゲームプレイに憧れてたのかもしれないな。
頑張れ。
「最近は、お気に入りのプレイヤーを見つけてね」
「プレイヤー?」
「そ。それがめちゃくちゃ可愛い子でね、もうその子に会う為にログインしてるようなものなのよ」
「え……」
「姉ちゃん、ちょっと引くわ……」
「別に良いでしょ。プレイは人それぞれなんだし」
「せめて迷惑はかけんなよ……」
「掛けないわよ。これでも成人だもの、その辺は十分に弁えてますっ!」
「…………」
姉弟で会話しているさなか、オレは少し嫌な予感がしていた。
最近お気に入りのプレイヤーがいる、その子に会う為にプレイしている、そして"生産職"……。
オレのフレンドにも、その条件に合致しているプレイヤーが一人いる……。
これは偶然か?
いや、まさかそんな……。
「……」
「……どうしたアカリ? 急に黙りこくって」
「どうかしたの?」
「……」
オレは真偽を確かめるべく、アユさんの隣にまで寄っていった。
「アカリ君?」
「…………ユリネさんですよね?」
「えっ?! どうしてそれを……、………まさか?!」
「……」
あぁ、やっぱりそうか……。
嫌な予感は見事に的中した。
ユリネさんの正体は、アユさんだった……。
この話を書いてて、自分も油っこいメニューばかりでどぎついなと思いました。




