ユートピアの風
「ひとりだけ、心当たりがあるのだけれど。どうする?」
2人の様子を見かねたユリネが、ひとつの道を示した。
「え……?」
「ど、どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味よ。お眼鏡に適うかどうかは分からないけど、あなたたちの理想に一番近い前衛職のプレイヤーをひとり、知っているわ」
「「……!」」
「といっても、"将来的には"だけどね」
行き詰まりかけていた2人に、一筋の光明が見えた瞬間だった。
「ど、どんな人なんですか?!」
「とっても可愛らしいプレイヤーよ。武器はナックルだけど、とにかく"頑丈"なの」
「「頑丈……!」」
とにかく頑丈。
これまで2人が出会った、どのプレイヤーとも当てはまらなかった要素を、そのプレイヤーは持っているという。
ユリネの話を聞いた2人は、すぐにでもそのプレイヤーに会いたいと思った。
「そ、そのプレイヤーさんとは、何処で会えるんですかっ?!」
「ぜ、是非会ってみたいですっ!」
「その子は最近、西の採掘場跡に毎日通っているみたいよ。でも今はまだログインしていないから、行っても会えないわ。だから落ち着きなさい」
「え?」
「ログインしてないって、分かるんですか?」
「もちろん。私、あの子とフレンド登録してるから」
「「ええーーー?!」」
予想外の事実に、思わず叫んでしまう2人。
「あの子はいつも、だいたい夜にログインしているみたいだから、あと2時間は待たないと会えないわ。だから一旦ログアウトして、少し休憩してきたらどう? どうせさっきまでレベリングでもしていたのでしょう?」
「お姉ちゃん……」
「……そうですね。スミレ、ちょっと休憩しよっか?」
「うん」
ユリネの勧めで、2人は一旦ログアウトする事にした。
2人がログアウトしたのを見届けたユリネは、小さくため息を吐いた。
「はぁ……。まったく、何か周囲を動かす力でもあるのかしらね、フリント君は……」
◇◇◇
時刻は19時30分。
休憩を終え、ついでに夕食まで済ませたサクラとスミレの2人は、ユリネから教えて貰った通り西の採掘場跡へとやってきた。
辺りは魔物がちらほらといる程度で、プレイヤーの姿は何処にも無かった。
「誰もいないね、お姉ちゃん」
「そりゃあそうよ。鉄鉱石の収集場所とはいえ、ここの魔物はドロップ率が激渋だもん」
「だよね。第2階層の方が効率良いもんね」
「そういう事」
「「…………」」
ここまで話していて、2人の脳内にはある疑惑が浮かんできた。
「もしかして、そのプレイヤーさんって……」
「多分、何も知らない初心者さんかも……」
一抹の不安を抱えながらも、2人は周囲を探索していく。
「…………ふっ!」
そこへ、招かれざる客が現れた。
「「!!!」」
「目当てのやつとは違うが、プレイヤーがこんなところに来るとはな……」
「誰!?」
「私たちに何か用!?」
「ふふ……」
そのプレイヤーの男はニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべ、2本の短剣を引き抜いた。
「さぁ、俺の経験値になってもらうぜっ!」
「「っ!」」
男は2人に襲いかかり、戦闘が始まった。
「まずは、お前からだ!」
「!」
「やらせないっ!」
男は弓使いのスミレに向かって距離を詰めていくが、サクラが間に割って入ってメイスで短剣を受け止める。
「回復職の癖に、中々やるじゃねえか」
「うっさい!」
「けど、まだ素早さが足りねえな!」
男は手数で上回り、サクラを蹴り飛ばした。
「あうっ!」
「とどめを……、っ!」
「させないっ!」
とどめを刺そうとしたところでスミレが矢を連続で放ち、男は不本意そうに後方へと距離を取った。
「お姉ちゃん、大丈夫?!」
「何とかね……。ありがと、スミレ」
「ちっ、それなりに連携取れてやがるな。面倒くせぇ……」
「あなた、どうして襲いかかってくるんですか?!」
「あん? そんなもん決まってんだろ」
「?」
「PKする方が効率が良いってこった。小遣い稼ぎって意味ではな」
「なっ……!」
男の言い分は、正しいものだった。
このゲームでは基本、魔物を倒してもお金は手に入らない。
資金の調達は、素材などのドロップ品の売却や生産職による武具や道具などの販売、後はログインボーナスやデイリーミッションの達成報酬などがある。
生産職はともかく、通常のプレイヤーは資金稼ぎに難儀する事になる。
そして、売却して最も儲かるものは、武具などの装備品である。
装備品をドロップする魔物もいるにはいるが、ドロップ率は低いので効率が良いとは言えない。
だが、プレイヤーが相手なら話は別である。
プレイヤーのデスペナルティは、〈所持金の半額〉と〈ランダムの装備品をひとつ〉である。
つまり、プレイヤーを撃破すれば経験値だけでなく、資金と装備品が確定で手に入るのである。
その為、PKは狙う相手さえ吟味すれば、資金稼ぎの効率は比較的高いのである。
故に、PKを狙うプレイヤーは一定数存在する。
ちなみに、フリントはそういった理由から、このゲームの事を〈ディストピア〉と称している。ユートピアというこのゲームのタイトル名を考えると、実に言い得て妙である。
「ってな訳だ。こっちにも別件の用があるんでな、さっさと終わらせてや…………あ?」
「「……?」」
男は台詞を途中で止めた。
その首には、赤い大バサミが背後から食い付いていた。
「……何してるんだ、てめぇ?」
「てめぇは……っ?!」
男の首を、大バサミがギリギリと締め上げる。持続ダメージが入り、その量は徐々に増えていって男のHPをじわじわと削っていく。
「確かに、PKは効率良いもんなぁ。ならお前も、PKされても文句は言わねえよな?」
「てめ……っ!」
「命乞いをしてみるか? もしかしたら、助かるかも分からんぞ?」
「ふっ……!」
「さぁ、命を願え!」
「っざけんな、クソが……ッ!」
やがて男のHPはゼロになり、消滅。同時に男の宝箱がゴトリと出現した。
「ったく、腐れ外道が。やっぱりディストピアじゃねえかこのゲーム……」
「「……」」
そのプレイヤーの姿に、2人は目を奪われた。
正確に言えは、その左手の大バサミに、である。
「大丈夫か2人とも?」
「は、はい……」
「えっと、あなたは……?」
2人の問いかけに、プレイヤーは応えた。
「オレはフリント、君らの事は聞いてるよ。とりあえずよろしく」
個人的に、持続ダメージって割と強いと思ってます。
ちなみに、ポ○モンでは「ほのおのうず」派です(笑)




