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恋と打算と吸血鬼  作者: 吾亦紅
9/23

8 ささやかな抵抗

「では、体育大会で参加したい種目を今日で正式に決定したいと思います」


 そんな奏の言葉で、放課後のクラス会議が始まった。

 誰かサボるんじゃないかと危惧した桃火だったが、どうやらそれは杞憂だったようで1人も欠けていないクラスメイト達を見て改めて奏という人物の能力の高さを実感する。


「じゃあ初めに、雫さんが出る種目を決めたいんだけど……。雫さん、決めた?」


 その言葉でクラス中の視線が雫に集まる。とはいえ雫はそれを意に介することなく滑らかな口調で答える。


「空いてる種目は?」

「空いてるのは二人三脚リレーくらいかなぁ。他にもバレーとかサッカーもまだ空いてるよ。私たちのクラス、運動できる人少なくて」


 奏がそう言うと、クラスの各所から笑いが漏れる。香織が参加した種目以外が惨敗に終わった去年の大会の様子を思い出しているのだろう。

 雫は少し考えた末に、


「じゃあバレーに――」

「うちは二人三脚リレーにして欲しいんだけどなぁ」


 直後、雫の言葉を遮るようにして口を挟んできた人物が1人。言わずもがな香織である。

 香織はこちらに視線が集まった事を確認するように一度視線を周囲に巡らせると、改めて口を開く。


「やっぱ今年は前より良い成績にしたいんだよね、私。私もバレー出るんだけど去年は結構良いところまでいったからさ、今年は優勝したいんだ」


 気怠げに言う香織だが、その言葉に偽りはない。もしかするとクラスで数少ない運動が得意な者としての責任のようなものを感じての発言かもしれない。

 とはいえ、その発言は側からみれば雫に「降りろ」と言っているものであって、案の定、奏がやんわりとその言葉を押し返す。


「うーん、でも雫さんも出たいって言ってるから。それに、体育大会はやったことのない種目に挑戦するのもいいんじゃないかな」

「……まあ、無理にとは言ってないけどね」


 香織も自分の意見を強引に押し通す気はないようで、奏の言葉に適当に返事をすると怠そうに背もたれによりかかった。

 奏の顔が再度雫に向く。


「雫さん、出る種目はバレーって事でいい?」

「……んー、参考程度に聞くんだけど、桃火くんってどの種目に出てる?」


 自身の名前を呼ばれ、桃火は思わずぎょっとしてしまう。視線を右へ。雫の顔は奏の方を向いていてよく見えないが、その横顔に冗談の類は見られない。

 雫の質問に、奏は手元のノートのページをめくりながらスムーズに回答する。


「桃火くんは二人三脚リレーだよ。桃火くんが保健室にいた時に決めちゃったんだけど、人数が足りなくて」


 分かり切ってはいたが枠埋めの為に起用した事をさらりと白状する雫。

 雫はその言葉で桃火がサボった事をなんとなく感じ取ったのか、ちらりと桃火に視線を送ってから、


「じゃあ私も二人三脚リレーに行くよ」

「え、いいの? バレーでも大丈夫だよ?」


 いきなりの変更に戸惑う奏。しかしそれに答えたのは雫ではなく香織だった。


「本人が言ってるんだから別にいいじゃない? 立花って確か雫さんにプリント届けに病院行ってたよね。仲が良い人と同じ種目の方が楽しいでしょ。 ね?」


 よく覚えてるなぁ。 


 他人事のようにぼんやりと思う桃火をよそに、香織が他の生徒達に問いかけるように視線を動かす。事実、香織の意見は正論だった為、視線を向けられた生徒達が首を縦に振るまでにそう時間はかからなかった。


「ほら、みんなもこう言ってるし」

「う、うん……。雫さんも、それでいい?」

「うん、大丈夫。このクラスの知り合いが桃火くんしかいないから、まずは桃火くんについていくよ」


 そう言い切った雫に、桃火は小さな声で問いかける。


「本当に良いんですか?」

「良いんだよ。バレーはチームワークが大事だから、私がいたら乱れちゃう」

「……それは、みんなに嫌われないようにする為ですか?」


 まだみんなの事を知らないから、輪を乱してしまうから、一歩身を引いたところでその光景を見つめる。

 その選択は正しいのかもしれない。しかし一つ言えることは、そうした場合自分から交流を絶つことになりいつまでも孤立してしまう可能性があるということだ。

 雫は少しの沈黙の後に、


「……うん、やっぱりここはみんなを優先するよ」


 まるでこのクラスを俯瞰しているかのように答える雫。

 ダメだ、とはいえない。彼女が決めたことに他人がどうこう言う権利はないのだから。

 だが、


(今は例外だ)


 損得で物事を判断する機械のような人間。普段の桃火であればこの状況は何もせずにクラス会議が終わるまでただボーッとしていただろう。

 しかし今の桃火は配達係だ。そこには打算云々の前に義務と責任が生じる。

 もし種目の変更が雫の意志だけで決めたものであれば桃火も別に良かったのだ。だが雫はみんなを優先、もとい自身の孤立を選択した。

 その答えを聞いた瞬間、ここでの桃火の行動は必然的なものだった。


 枕代わりに使っていた右腕を上げる。いつも机に這わせてある腕がクラスメイトの頭より高い場所にあり、少しだけ肌寒く感じる。挙手をするのはこんな気分なのか、と場に相応しくない気の抜けた感想が漏れた。


「桃火くん、どうしたの?」

「委員長、悪いんだけどやっぱり俺バレーにいきたんだ。ついでに雫さんも」


 桃火の言葉にクラスメイトが、香織が、更には雫でさえ驚いた表情を浮かべる。当然だ、桃火でさえ以前であれば驚いていたのだから。

 その状況で一番最初に声を発したのは奏だった。


「で、でも、二人三脚リレーも人数が少なくて……」

「じゃあどっちもでるからバレーにいかせてよ」


 体育大会のルール改正によって最低1人1種目の出場が義務付けられたが、人数が足りない、または立候補者がいなければ最高2種目までの掛け持ちは許されている。現に香織も2種目掛け持ちしているのだ。

 ルールに抵触はしていない。それは奏自身が一番分かっている。彼女はどうしようかと頭を唸らせていたが、そんな奏より先に香織が反応した。その表情に驚きと一緒に少しの苛立ちが混じって見えるのは気のせいではないだろう。


「立花はいいとしてさ、なんで雫さんもなの?」

「雫さんが俺について行くって言ったんだから、俺が違う種目に行けば当然雫さんもついてくるでしょ。ね?」


 先程の香織のように桃火は雫へ同意を求める。

 雫は呆気に取られていたようだが、やがて頷いて、


「え……うん、そうだね」

「だってさ。確かバレーの枠まだ余ってたよね。委員長、問題ある?」

「い、いや、問題ないよ。じゃあ桃火くんと雫さんは、リレーとバレーの掛け持ちという事で運営に報告するね」

「ありがとう」


 先程の反応からして奏はあまり掛け持ちはやらせたくなかったようだが、話のわかる人で助かった、と桃火は胸を撫で下ろした。


 〜〜〜


 その後はとんとん拍子で会議は進み、数分後には解散という形になった。


「……ん、ん」


 生徒がいなくなった教室内で桃火は腕を上げて伸びをする。慣れない事をしたせいで余計に疲れた気がしてならない。

 そして帰宅しようと机脇の鞄を掴みながら、桃火は下校していく生徒たちが自身に向けていった視線の質について考える。雫に向けられた視線の巻き添えではなく、桃火自身に向けられた視線。

 混ざっているのは疑問。確かに、いつもおとなしい人物がいきなり積極的になれば誰しも驚く。桃火もそれの例外ではない。


(ま、義務は果たしたし)


 復帰早々雫がクラスから孤立してしまえば、配達係の意味が無くなってしまう。今回の主張は必要な主張だったのだ。とはいえ香織は最後まで納得していなかったようで終始ため息をついていたが。

 いつもより重い気がする鞄を持ち、疲労した体を引きずりながら桃火が下校するために教室を出ようとすると、


「桃火くん」

「どうしました? 雫さん」


 腕を掴まれて、桃火は自分以外に唯一教室に残っていた彼女の名前を呼ぶ。

 雫は桃火を正面から見つめる。顔には疑問が。他の生徒達と同じ事を思っている事は理解できた。

 秒針が円を半周する程の時間が過ぎた後で、やっと雫が声を発した。


「今日は、ありがとう」

「いえ、配達係の役目を果たしただけなので」

「それでもだよ。君、竹田先生から私のこと聞いてたんでしょ?」


 バレたか、とは思わない。あの時彼女にした質問である程度勘づかれるのは桃火の予想内だ。

 桃火は隠すことなく頷いて、


「苦情は竹田先生に言ってください」

「別に悪くは思ってないよ。少し以外だったんだ」

「以外?」

「うん。きっと君は竹田先生との会話の中で何気なくその事を聞いたんだろうけど、まさかそれを覚えていて、なおかつあの時手を挙げるとは思わなかった。打算的な性格は外側だけなの?」

「打算以前に配達係だったからです。自分がやろうと思ったことくらいはちゃんとやり遂げますよ」


 桃火の答えに、雫は少し驚いたような顔をする。


「自分から配達係になったの? ならそれも打算的な行動?」

「……いや、多分違います」


 なぜ配達係に自分からなったのか。その質問を自分自身に投げかけるたびに桃火の口は鉛のように重くなる。

 一度押し付けられた仕事を了承してしまったから? 雫のあの時の言葉の意味に納得してしまったから?

 否だ、と桃火はその全てを否定する。

 桃火は頭が悪いわけじゃない。むしろ物事を直ぐに損得で切り捨てる事ができるほどの決断力と、自分がした選択全てに見合う能力を持っている。

 だから何となくは分かっているのだ。理由を考えた時に初めて会った時の雫の顔が真っ先に浮かぶ理由も、その事を言おうとしない桃火自身の心の理由も。

 生まれてこの方そんな経験が無かったが故に言語化できないこの気持ちに、桃火は取り敢えず「秘密」という言葉をつけた。

 雫が首を傾げる。


「秘密にする必要ある?」

「俺にはあるんです。確定してないことは言いたくないので」

「……そっか。とはいえ、今日はもう学校も終わりだし、帰ろうか」

「帰る方向が同じなら良いですよ」

「そういうときは頷くだけで良いんだよ」


 桃火が鞄を持ってすぐに歩き出すと、それを見計らったように雫も後からついてくる。

 静まりかえった廊下に、不意に雫の声が響いた。


「桃花くん、これからよろしく」

「はい、よろしくおねがいします」


 病院にいた彼女よりずっといいと桃火は思った。

体育大会の種目のメンバーには、本メンバーの他に補欠の枠があります。この枠は必ず決めなければならず、去年のバレーは香織含めた本メンバーの他に半強制的に補欠に突っ込まれた生徒達でチームを組んでいます。

……これ補足になってるんですかね。

次は補足なしで理解できる文章を心がけます。

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