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恋と打算と吸血鬼  作者: 吾亦紅
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10/23

9 約束

『熱〜青春を燃やしつくせ!〜』


 そんな体育大会に向けたスローガンが昇降口の辺りに貼られたのは、体育大会まであと2週間程となった日の事だった。

 大きく目立つ字体で書かれたそれを見て、桃火は隣に立っている正河に何となく尋ねてみる。


「去年は絆だっけ?」

「いや、繋ぐじゃなかったか?」

「どうだったかな。まあどうでもいいけど」


 自分で振っておいた話題に桃火が興味なさげな言葉を返す。

 桃火にとって今年の体育大会は2回目だが、今年もきっと自分の記憶に残らないスローガンだったのだからどうせその前も代わり映えのないスローガンだったのだろうと勝手に決めつけて階段を上る。

 行事にこれといって関心のない桃火や走る事しか考えていないような正河――この男もバレーに出場するのだが――以外のクラスメイトたちは、体育大会に向けて意欲を燃やしていた。

 とはいえそれが桃火のクラス限定というわけではない。3年生に至っては最後の体育大会だからか、全クラス合同で練習をしているとか。そんな姿を見ていると、そんなに優勝したいのか、と桃火は思ってしまうが勿論口には出さない。

 階段を上りきり、開け放たれたままの入り口から自身のクラスへ登校を果たした桃火は、彼の席の隣――最早恒例行事となったその光景に苦笑を漏らす。

 雫が登校してきて以降、その現実離れした容姿から彼女のことを詳しく聞こうと毎朝の雫の席の周りは女子生徒で占拠されていた。近くに席がある男子が追いやられるようにして入り口側に立ち尽くしているのを見て思わず合掌したくなる。

 奇跡的に女子生徒達に侵食されていない自分の席について一息つく。そしてその直後、いつもの雫の声が耳に届いた。


「おはよう、桃火くん」

「おはようございます。俺の事は気にせず話してていいですよ」


 桃火がそう言って頬杖をつき始めると、雫は少しむっとした表情になる。勿論、先ほどの彼女の言葉が「この女子生徒達をどうにかしてくれ」という意味を含んでいた事を知っていてのからかいの言葉だったが、これ以上機嫌を損ねさないように桃火はちょっとした助け舟を出す。


「そういえば、先生に頼み事されてましたよね」

「ん? ああ、そうだった。ごめん、話はまた後でね」


 さも今思い出したというふうに反応した雫は、申し訳なさそうに机の周りの女子生徒達に軽く謝罪する。

 渋々といった様子で離れていく女子生徒達を見送った雫は、立ち上がってから桃火の方を見て、


「じゃあ、少し手伝ってくれるかな?」

「……分かりました」


 〜〜〜


「うーん……。飽きないのかなぁ、あの人達」


 廊下を歩きながら、雫が悩ましげに呟く。

 しかしそれもそのはずで、最近雫への質問責めがヒートアップしているのだ。初めは遠くから眺めるだけだった女子達がいまや机の周りにたかる始末である。雫からすれば憂鬱でしかないだろう。お陰で授業が始まるまで、こうして普段はあまり使われない旧校舎の廊下を散歩するのが日課になってしまった。


「というか、桃火くんが言ってくれれば一発じゃない?」

「俺にそんな事する度胸もメリットもないので嫌です。こうして助け舟出すのも結構勇気いるんですよ」


 桃火も隣から見ていて、確かに度が過ぎている気がするのも確かだ。だが桃火にとって質問責めをする女子達を止めるのはお門違いだと思っている。恐らくあれは、雫自身がきっぱり言わないとダメだろう。

 桃火の何回目かの指摘に雫はため息をついた。


「私も断りたいんだけどね、あそこまでしてくるともう断れない所まできたというか……」

「じゃあ答えれば……って、無理でしたね」

「うん。やっぱり病気のことは隠したい。それで変に避けられてもいやだしね」


 血乏病はまだ発病者自体が少ない。そのこそ物好きな人間が調べなければ分からないくらいに情報が少ないのだ。そんな病気をあの教室の生徒達が知ったら雫が周りから距離を置かれるのは分かり切っていた。なんせ血液しか摂取できないなんて吸血鬼そのものなのだから。


「そろそろ授業始まりますね。戻りましょう」

「そっか。いつも付き合わせて悪いね、桃火くん」

「配達係の延長線ですよ。それに、竹田先生にも見てあげるように言われましたから」


 無論断ることはできたのだが、断る理由も無かった為今もこうして桃火は雫の隣にいる。

 歩きながら腕時計をちらりと見る。時刻は授業開始の五分前。教室を出た時から計算して、15分ほど旧校舎を歩き回ったらしい。

 顔の前にあげた腕を下げて隣を見れば、雪のような白い髪を弄りながら歩く雫の姿。その姿は病室にいたままでは見られなかったものだ。

 視線に気づいたのか、雫の視線が桃火の目に向けられた。


「ん? 私の顔に何かついてる?」

「いや、何も。そういえば、今日の体育大会練習は俺たちのクラスですけど参加するんですか?」


 体育大会練習とは名前だけで、要は放課後に日替わりで各クラスが体育館を使用できるだけである。何をするかも自由で、更に言えば参加は強制ではないので帰っても問題はない。

 すぐに帰宅してベッドにダイブした去年の自分を桃火が思い出していると、雫は桃火の方を見て言った。


「じゃあ桃火くんが行くなら私も行くよ」

「なんで俺なんですか?」

「ほら、バレーってチームプレーだし、私が1人で練習に参加したところで同じバレーに参加する人達とはうまくいかないと思うからさ。それにあの香織って人、私のこと気に入ってないみたいだし」


 苦笑する雫。

 事実、香織は雫と一度も会話をしたことがない。勿論香織以外の生徒が全員雫と会話したことがある訳ではないが、香織はなんというか、意識的に雫と距離を置こうとしている節がある。少なくとも、部外者の桃火が勘付くくらいには。


「すいません、俺の責任です」

「いいよいいよ。お陰で私も参加したい競技に参加できることになったし、いきなり孤立することもなかったからね。で、どう? 一緒に練習しない?」


 その誘いに桃火は一瞬だけ返答に迷う。

 はっきり言って、雫が香織以外の女子生徒を誘えば、彼女達は喜んで練習に付き合ってくれるだろう。桃火以外でも代役は立つのだ。

 しかし桃火もバレーに参加する生徒の一人である。去年とは違って自分1人の行動でチーム全体が不利益を被るのは桃火にとっても損に繋がる。

 考えた末に、桃火は最終的に頷いた。


「俺で良ければ付き合いますよ」

「ありがとう。じゃあ今日の放課後、一緒に行こうか」


 嬉しそうに笑顔を浮かべた雫だったが、その直後に頭上から響いてきた鐘の音に2人の表情が固まる。


「……鳴ったね」

「……走りましょうか」


 結局、2人は揃って授業に遅れる羽目になった。

ご存じでしょうが、血乏病なる病気は存在しません。

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