19 手に残った温度
香織率いる2年1組のチームは、強敵の三年が相手の準決勝でもそのチームワークを余すことなく見せつけた。
それは香織や正河という存在がチーム全体に影響を与えていたのも一つの要因ではあるが、それと合わせて雫の加入によってチーム全体の練度が上がったのが大きな要因だろう。
かくして午前の熱気が覚めやらぬ体育館での準決勝は、一点差という勝負に競り勝ち香織のチームが決勝へと無事駒を進めたのである。
その結果はすぐさま二学年全体へと伝播し、上の学年さえ降して決勝戦への資格を得た唯一の2年クラスの前には、ちょっとした人だかりができていた。
「決勝進出おめでとう!」
「期待してるぜ! 今年こそ優勝してくれよ!」
「あ、あの、雫さん! 頑張ってください!」
各所から応援の言葉が飛び出す中、決勝までの二十分休憩をクラスでは有意義に過ごせないと悟った香織がため息をつく。
「うっさいなぁ」
「ま、まあ、応援してくれてるんだしいいんじゃない?」
他学年のクラスの生徒が入り混じる教室内を窓際から見つめる。そこには嫉妬や恨みはなく、みな純粋に決勝を楽しみにしている様子が窺えた。
口元を緩める雫を見ていた香織だったが、ふと思い立ったように声を上げる。
「ああ、そういえば」
「なに?」
「雫って桃火の事好きなの?」
「……え?」
「え?」
予想外の反応だったのか、香織は気付いていなかったのかと言わんばかりに雫に尋ねた。
「え、桃火に待ってて欲しいって言われたんだよね?」
「う、うん」
「だったら多少なりとも気づくよね?」
「なにが?」
「いやだから、桃火が雫のことを好きなのがさ」
「…………い、いやいやいや」
雫は手をぶんぶんと振る。衝撃の事実に耳や頬が赤くなる。
実際、雫は桃火の熱意に少しだけ疑問に思っていたところがあった。
なぜ自分のためにそこまでやってくれるのか。
しかしその疑問が彼の好意に直結することはなかった。その理由として、病気によって変わってしまった自分の容姿があげられる。
嫌われないように振舞っていた雫にとって、その他大勢とは違う自分の容姿がコンプレックスだった節がある。それが雫の疑問が桃火の好意へと直結するのを邪魔していたのだ。
だが、指摘されれば話は別で。
「と、桃火くんが私のことを、す、好きだなんて絶対……」
「いやありえるから。1人の女子の為にクラス動かした奴なら尚更」
「……そうなの?」
「そう」
「じゃ、じゃあ1日目が終わった後に話があるっていうのは」
「多分告白じゃない? よかったね」
他人事のように祝ってくる香織を横間に雫は混乱した頭を必死に整理していた。とはいえ、雫が知りたいことは一つに尽きる。
「い、いつから?」
「さあね。まあでもあんな奴だし、あっちも自覚したのは結構最近じゃない?」
雫の中で桃火は少し前まで打算的な人間だったはずだ。そして打算的な彼なら恋愛なんてものに興味は示さないだろう。
(桃火くんから打算が消えた時……)
そう考えた時、あの日、自分の手を握ってきた桃火を思い出す。
あの時の桃火は明らかに打算では動いていなかった。
つまり、桃火が雫の家に来る少し前に彼は彼なりに好意を自覚したのだろう。
呆然としている雫の肩を香織が叩く。
「悩むのはいいけど、まずは決勝に集中して。後のことは後に考える」
「そ、そうだね」
決勝の時刻はゆっくり近づいてきている。緊張したまま休憩時間を消費するのは賢い選択とはいえないだろう。
(優勝……)
桃火が香織と交わしたという交換条件。
その条件の達成まで後一歩の所まで来たのだ。考えたいことは山ほどあるが今は桃火に助けられた身として、雫も全力を出そうと拳を握った。
(そういえば、桃火くんは……?)
しかしその張本人である桃火がいないことに雫は少しの疑問を覚えたが、それに答えるものは誰もいなかった。
今週中に終わりそうです。




