18 弱音
(まずいな。凄くまずい)
三回戦目の試合中、相手コートから飛んできたボールを前方の香織に送ってから、桃火は内心で苦虫を噛み潰したような表情をした。
現在の桃火の体調は、絶不調もいっても過言ではない。
理由は明白だ。感覚を忘れない為に昼夜問わず続けたバレーの練習である。
慣れない練習を続けていたしっぺ返しだということは理解できた。しかしタイミング最悪だ。ここでダウンしてましえば、香織と約束したバレーの優勝が果たせなくなる可能性がある。
桃火はこれまでの練習から、それなりにこのチームの戦力になると自負している。故に、自身が抜けたチームの勝率もまた予想はできた。
「おお、準決勝進出!」
「やったね、香織!」
ホイッスルが聞こえたと同時にそんな声が聞こえてくる。どうやら無心でボールを返していたら試合が終わっていたらしい。
ずっと握っていた拳を解く。手汗が風に当たってひんやりとした冷たさが掌を包む。今の桃火はそれだけても心地よい気分になれる自信があった。
「……、桃火くん?」
「――え? あ、なんですか? 雫さん」
背後から肩を叩かれ、桃火が一拍遅れて返事をする。
その姿に雫は少しだけ疑問符を浮かべたが、やがてコートの端を指差す。そこには整列しているチームメイトの姿。
「ほら、挨拶しなきゃ」
「あ、ああ、そうですね」
「……ねぇ、大丈夫?」
覚束ない桃火の返事に流石に違和感を感じ取ったのか、雫は桃火の顔を覗き込みながら尋ねた。
「大丈夫ですよ。さ、行きましょう」
「……そう」
いくら隠しているとはいえ、顔色の悪さは時間が経つごとに悪くなっている。
至近距離にある雫の顔に少し気恥ずかしい気分になりながら出来るだけ平静を保ちながら答えた桃火に、雫はやや訝しげな表情を見せたが、渋々といった様子で頷いた。
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一悶着あったのは、準決勝と決勝を午後に控えた昼休みのことだった。
「あんた、具合悪いでしょ」
教室でサンドイッチを頬張っている時に窓際によりかかってきた香織にそう言われ、桃火は口元に運んでいたサンドイッチを一度置いてから答える。
「いや全く。これっぽっちも」
「下手の嘘つかなくていいから。今までの試合全部、あんただけ動きが鈍かった。練習の時の方が動けてるし」
「……よく見てるね」
やはりダメか、という風にに桃火がため息を漏らす。
香織はバレーチームのリーダーだ。そんな彼女がチームメイトの事を見ていない筈がない。
なんと答えようかと桃火が言葉を選んでいる間に、香織は彼に向かってあらかじめ用意していたらしい言葉を言い放った。
「次の試合、あんた出なくていいから」
「え、それじゃあ……」
「対戦相手のメンバーが1人足りないからこっちが合わせることになった。だから、あんたは休み」
体育大会では、試合時にメンバーが欠けていた場合、人数の多いチームが少ないチームに合わせるルールになっている。
つまり桃火はただ無意味に休むのではなく、必要だから休むのだ。しかし、
「でも準決勝だし、相手も強いでしょ?」
「1人くらい私がカバーするから。どうせ雫に弱った所見せないようにしてんでしょ? そもそも体調不良のまま決勝に出られても困るの」
香織の視線が前を向く。その先には雫。
香織の視線に気づいた雫は、話していた女子生徒に手を振ってから桃火の席へと近づいてきた。
「どうしたの?」
「次の試合、相手の人数が少ないからそれに合わせることになったから、桃火を下げることにした」
「そうなんだ。うん、大丈夫」
「い、いや、俺はまだ――」
「大丈夫だよ、桃火くん。1人くらい私がカバーするし、ちゃんと勝つからさ」
香織のような事を言い出す雫に、桃火は用意していた反論を全て没にせざるを得なかった。
桃火の沈黙を肯定と取ったのか、香織が「決まりね」と彼の肩を叩くと同時、準決勝まで残り十分をきったことを知らせるアナウンスが鳴る。
「そろそろ行こ、雫」
「うん。じゃあ桃火くん、待っててね」
「……はい。頑張ってください」
笑う雫に、迷いつつもいつも通りひらひらと手を振った桃火。
周りから声援を受けながら出場する生徒達が教室を後にしていく。
そして最後の一人が教室を出て行ったことを確認した桃火は、
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
体から力が抜ける。代わりに抑えていた倦怠感が体を包み、桃火は一瞬意識を失いかけた。
五分だけなら眠っても大丈夫だろうか。いや十分。いや十五分。
そんな事を考えているうちに大半の生徒がバレーの応援に出て行ってしまい、桃火は熱気だけを残した教室内を眺めて息を吐いた。
「……保健室行くか」
きっと竹田先生なら分かってくれるだろう。
そんな今日初めての桃火の弱音は、無人の教室に小さく響いた。




