四片:唯一無二の勘違い
「夏行様!」
「夏行様が無事、戻られたぞ!!」
下山すると、麓に和装姿の若い男達が、夏行の名を呼び集まってきた。しかも皆、夏行の事を様付けかつ、敬語で話しかけている。日がくれる前だからか、雪山の麓には夏行の部下らしき人以外は見当たらない。どうやら彼の帰りを麓で待っていたようだ。
(夏行様?? もしかしておじさんって偉い人だったの? よく考えれば帝に会せるって言ってたわね、となると……)
ため口で話していた花梨はひやりと背筋が冷えた。不敬罪で訴えられ、ゲームオーバーになったら笑えない。ここはおとなしくしようと花梨は笑顔のまま様子を見る事にした。
「皆の者、待たせたな。日が暮れる前に、急ぎ宿の手配をするぞ。助六、この者に服を。男物……いや童子用でよい」
助六と呼ばれた年配の男が、花梨を見るや否や「女子ではないですか!!」と大声で叫んだ。夏行が慌てたように助六の口を塞いだが遅く、周囲の注目が花梨へと集中する。
(ふっ、美少女ってのは罪ね。早速、注目の的になってしまったわ)
と花梨は呑気に考えていたのだが、「女……なのか?」「たしかに男にしては華奢だが……信じられぬ」「だよな。夏行様の強面に耐えれる女子は少ない。猿か熊が化けておるやもしれぬ」と口々に酷い事を騒いでいる。
(まさかの猿&熊扱い……)
文句を言いたい気持ちを花梨は必死に抑え込んだ。夏行が口にした【宿】にセーブポイントがあるかもしれず、ここで騒ぎ、ふいにしては意味がない。
「騒ぐな。今は職務中だぞ。ところで一つ聞きたいんだが……この者から夜叉の気配はするか?」
夏行の質問に周囲はピタリと黙り込んだ途端、
「えええええっ」「では唯一無二とはそういう」「助六様の言っていた事は本当だったのか!」
と騒ぎだした。
「お前たち、なにを騒いで……?」
「若様!!! 爺は嬉しゅうございます。ううぅ~~」
とつじょ助六が、夏行の言葉を遮って泣き出した。助六の涙が伝播したのか周りの男達まで瞳を潤わせている。とうとう「今宵は宴じゃ! ううっ」「祝杯の酒を用意せねばなぁ」と号泣する者まで現れた。
「祝杯だと? 何を言って……というか泣くな。助六、お前まで泣いてどうする!」
夏行は皆に泣かれる理由がわからないようだ。当然、花梨にもわからない。
「泣かずにいられましょうか! ほれっ、皆の者、さっさと宴の準備をするのじゃ!」
「「ははーーっ!!」」
「……あ、待て! お前たち!! こら!!」
男達は夏行の制止も聞かず、助六に言われ、急ぎ村へと走り去っていった。
「全く、選定の儀もすんでおらぬのに祝いとは。白縫の婆様に叱られても知らぬぞ」
「へ? 若様の探す者とは、巫女姫候補だったのですか?」
先程までオイオイと泣いていた助六の涙がピタリと止まる。
「……お前は某が何を探していると思ったのだ」
温度のない目で言う夏行に、助六は項垂れた。花梨は何が何だかわからず、唖然とするばかりだ。
「若様の嫁です」
(嫁ぇぇぇ!!)
いやいや、違いますよと花梨は首を横に思いっきり振ったが、助六の視界にはフィルターがかかっているらしい。花梨の拒絶をみても動じることなく、にこやかにほほ笑えんでいる。
「愚か者!! 黒獣がいる山へ、嫁探しする馬鹿がどこにおるのだ!」
「しかし【あの方】の予言は唯一無二の者が現れる、必ず連れ帰れ、という御言葉と聞きましたぞ。唯一無二といえば嫁に決まってます!」
「阿保……唯一無二とはそういう意味ではない」
「ならば彼女の花仕になりなされ。若様を見ても動じぬ、心の強いお方ではないですか。若様は菖蒲様にとらわれすぎです。菖蒲様が亡くなって何年たっ──
「黙れ! 某はもう誰の花仕にもならぬ。これ以上の発言は──
「いいえ! 言わせていただきます!」
夏行の怒声にも、助六は怯む様子はない。
「だいたい男がいて夜叉が気配を隠す事などありますか? これは夜伽を許されたも同然! ここは年寄り孝行と思うて、すぐに祝言し今夜にも!!」
「馬鹿!! 子供の前で何を言うかっ!」
「ならばいつ嫁をもろうてくださるのです? 無理矢理見合いをさせても、相手に悲鳴をあげられ……その度に爺がお相手や夜叉にとりなすも、結果は結ばず。これが五度も続くとなると……この爺、情けのうて情けのうて。このままでは、阿呆が当主になってしまいます。誉高い黄幻がそのようになっては……安心して冥途に逝けませぬ」
「その話はやめよ。某はもう黄幻の者ではない。生涯、白縫に仕えると申したはず。よいか二度と見合いの準備をするな。神無に嫁ぐ女子など存在せぬと何度言ったらわかるのだ」
疲労困憊な顔で夏行が言う。
「ぐぬぬぅっ女子どもはわかっておらぬだけじゃ。若様はお優しく笑顔が素敵なお方なのに。花街じゃ男娼から『もっとも抱かれたい男』として有名なのにぃぃ~~~!!」
花梨が目を見開く。どうやら夏行は男にもてるらしい。
「いいかげんにせぬか!!!」
夏行が近くにあった針葉樹に拳を思いっきりたたきつけた。バキバキっときしむ音がし、樹木にヒビがはいると、枝に積もっていた雪が振動でバサリと落ちた。ただならぬ殺気に、花梨は焦った。
「まぁまぁ、人外扱いされる、あたしよりましじゃない」
「なに!!」
花梨の失礼な宥めに夏行の顔が、仁王の如く変化した──といっても元々怖い顔なので違いといったら顔が赤くなったぐらいだが。
「某は男にそのような感情はない!! 子供は黙っていろ」
(子供、子供って……。あたしの足を見て赤くなってたくせに)
「そりゃあ、おじさんからしたら十七の娘なんて子供かもしれないけどさ」
「……十七? 嘘をつくな。十二、三だろ?」
花梨が首を横に振ると、夏行が嘘だろう? という顔をした。夏行は花梨の事をずいぶんと幼く思っていたようだ。
「……十七にもなってあのような無防備な格好で山に? だから猿と言われるのだ」
「猿は関係ないでしょ? 別に好きで山にいたんじゃないの。気が付いたら山だったの!」
(このゲームの人たちってなんなのよ!!)
「気が付いたら山にいた? そんな怪しい言い分があるかっ」
「怪しくない。本当なの」
「わかった……(だが、あとで説明してもらうからな)」
助六に聞かれたくないのか、夏行が小声で耳打ちする。
「(説明って……あたしが聞きたいわよ)」
『やしゃ』や『はなづかえ』など、このゲームは花梨の知らないワードばかりだ。
「ほっほっほ。もう耳打ちで話す仲とは、熱いですなぁ」
「「違う!!」」
花梨と夏行は全否定したが、フィルター加工された助六に届く事はなかった。