三片:仁王のような男
「くくくっ! お前たちなど敵ではないわ」
花梨は高笑いしながら最後の黒獣をぶった切った。傍から見たらアホだとわかっていても、気分を高揚せねばやってられない。
「ふふん、あたしってば強……(ぐ~きゅるるるる) ほぐぅ」
(駄目だ、お腹が……もう大輔ってば)
「いつまで知らんぷりするつもりよ!! 本当は見てるんでしょう!」
「気づいていたのか」
「へ?」
背後から見知らぬ声が聞こえ花梨は驚いた。振り向くと、すげ傘をかぶった背の高い男が、バツが悪そうにこちらを見ている。服装は花梨が身に着けている現代のものとは違い、平安時代のような和装だ。変わった形の刀を帯刀し、紺色の直垂に、防寒の為か胴蓑を纏い、藁沓を履いている。その姿に花梨は息を呑んだ。学生がつくったゲームにしては精巧すぎたからだ。
「めっちゃリアルなおじさんだ」
「おじ・・・すまぬあまりの強さに入る隙がなかった」
男は俯むくと申し訳なさそうに視線を逸らした。確かに男は背が高く威圧感がある。顔など仁王のように強面だ。おまけに顔色も悪く、鋭い三白眼の下には酷い隈まである。一般人が暗がりで遭遇したら悲鳴をあげただろう。
だが花梨は不思議と男を恐ろしいとは思わなかった。なぜか既視感すら感じる。
(変ね……知り合いでもないのに。ま、丁度いいわ。情報収集させてもらおう)
なんせ最初に会ったNPCだ。世界観を説明する重役を担っているかもしれない。
「ええと……こ、こんにちは?」
(うう、ゲームなのになんか緊張する)
「すまぬ、怖がらせてしまったか?」
男は花梨の緊張を恐怖と捉えたらしい。花梨は違うと首を大きく横に振った。
「怖いんじゃなくて、NPCとVRで会話とか初めてで」
「えぬ?……某はそのような珍妙な名ではない、夏行という名だ。これでも一応、花守をしている」
「はなもり?」
職の事か? と花梨は首を傾げる。
「知らぬのか?? 花守とは巫女姫を守護する者の事だ」
「ええ~~!! お姫様の護衛なの?」
(護衛というより『地獄の門番』では? 前髪は逆立ってるし眉毛なんて稲妻みたいだし)
花梨の心を読んだかのように、夏行の眉がぴくっと動いた。
「やはり神気がよめたか? 疑う気持ちはわかるが本当だ」
(神気?)
「任務ゆえここにいた。気分を害したのなら申し訳ない」
そう言って夏行が深く頭を下げた。なぜここで頭を下げるのか? 花梨にはわからない。失言をしたのは花梨だ。
「待って!! 謝るのはあたしでしょ? 失礼な事を言って、ごめんなさい!!」
花梨もペコリと頭を下げた。その様を見た夏行が怪訝そうに眼を細める。
「なぜお前が謝る?」
「だってお姫様の護衛に見えないって言ったから」
「そう思うのは当然だ。だれも神無が花守とは思わぬだろう」
「髪なし………?(え?? 髪の毛がないと護衛できないの? じゃあ、あの怒髪天はヅラ?)や、やだなぁ、髪の毛がないからってそんな……」
後半になるほど、花梨の声は小さく細くなった。夏行の眉間の皺が濃くなったからだ。
「神無とは毛髪の有無ではない」
「え?」
「知らぬのか? 神無とは神力を持たぬ者の事だ。たいていが赤子で死ぬ故、珍しいのはわかるが」
「なるほど、神力がないから神無か」
「理解したわりに怯えんのだな」
「なんで?」
夏行がまた黙り込んだ。
(き、気まずい)
「それよりもさ、セーブポイントって何処か知ってる?」
花梨は話題を無理矢理、替える事にした。
「せいぶ? 聞いた事のない地名だが……」
夏行が不思議そうな顔で、首を傾げる。
「地名じゃないよ。セーブポイント! 知ってるでしょう?」
花梨の大声に、夏行が煩そうに耳をふさいだ。
「なんとやかましい子供だ。そのようなものは知らぬ!」
「えええ!」
(なんで?? あぁそっか。この人は和装だし世界観からしてセーブポイントって名前じゃないのかも)
「セーブってのは今までの行動を記録する場所や物なんだけど?」
「行動の記録? 歴史の本でも探しているのか? 本は貴重ゆえ、なかなか手にはいらん。斎の宮に行けばあるだろうが」
「いつくのみや?」
「帝が御居す、斎国の首都だ」
(つまりここは帝が治める『斎国』って国で、首都が『斎の宮』ってわけね)
「その帝って人に会いたいんだけど、どうやったら会えるの?」
(王様ならセーブポイントを知ってるよね?)
「馬鹿言うな。帝は簡単に会える相手ではない」
「大丈夫! あたしは主人公──じゃなくて巫女姫だから」
「馬鹿者、某は花守だぞ。巫女姫の顔ぐらい把握──まて……お前、女なのか?」
あまりの発言に花梨は固まった。だが夏行の目はいたって真面目だ。
「酷っ、どう見ても女でしょ? この可愛い顔と美脚をみれば一目瞭然じゃない!!」
どうよ、とばかりに花梨はスカートの丈を少しだけ持ち上げると、夏行はピタリと固まった。どうやら刺激が強かったらしい。赤く染まった両頬をバチンと叩いては首を左右に振っている。
「なんとふしだらなっ。さては某を誘惑し、夜叉で八つ裂きにする気だな!!」
「しないわよ。だいたいヤシャってなに?」
「なっ、夜叉がおらぬ女子などおるも──まさか」
「ん?」
「……いや、それよりも」
夏行はチラリと花梨をみては、視線を逸らした。
「さっさと足を隠さぬかっ!」
夏行は着ていた蓑を脱ぐと、押し付けるように花梨の肩にかけた。この程度で? と花梨は思ったが、夏行の体格に合わせ大きく作られた蓑は足元まで隠れる為、確かに温かい。よってありがたく借りることにした。
「どうもありがとう。でも、おじさんは大丈夫なの? 顔色も悪いし」
「おじ……某はそのような軟弱な鍛え方はしておらん。それより一つ確かめたいことがある。右手をみせてはくれぬか? 職務上、お前が予言の者か確かめねばならぬ」
「右手?」
いきなり手を出せと言われ花梨は身構えたが、夏行の顔は真剣だ。
(そういえば、巫女姫って手に花紋があるんだっけ? だから確かめたいのね。まぁ突然現れた女に、巫女姫だって言われても信じられないか)
納得した花梨は夏行に言われ、素直に右手を差し出した──が、花梨の手を見ても夏行の顔は暗くなる一方だ。
(なに? この反応。「おお! あなたは神に選ばれた~」とかそういう流れじゃないの? なんでがっかりな顔をするのよ)
「菖蒲……ではないのか」
「あやめ?」
「いや、なんでもない」
(何なの? まさか菖蒲ってランクが高いの?)
大輔はいくつかの花を選択肢として花梨に提示していた。その中には菖蒲もあったはずだ。花により能力に違いがあった可能性もある。それを『自分の名前と同じ花だから』という単純な理由で選んだ事を、花梨は後悔した。
「菖蒲の方がいいの?」
「そういう意味ではない。花紋で大事なのは花の種類ではなく花弁の数だ。お前は花冠だからむしろ良い」
「かかん?」
「花冠とは全花弁がそろった花紋を持つ姫の事だ。巫女姫の階級では最上級にあたる」
「だったらもっと嬉しそうにしてくれてもいいのに」
「いや……こんな子供とは思わなくてな」
夏行が苦渋に満ちた顔で花梨を見る。まるで可哀そうな人でも見るかのようだ。
「子供じゃない。巫女姫だって言ってるでしょ」
「花守も知らん奴が、巫女姫になりたいとは。世間知らずもいいところだ」
「違う。『なりたい』んじゃなくて、『巫女姫』なの」
「そこまでいうか」
夏行は深く息を吐くと、ギロリと花梨を見た。鋭い眼光に、花梨がうっとなっても緩める気配はない。
「ならば問うが……お前は過酷な未来に耐える覚悟はあるか?」
「覚悟?」
「周りは敵だらけだ。いつ死んでもおかしくない。お前を帝に会せるのは構わんが、覚悟がなければだめだ。逃げたいのなら……それでもいい。捜し人はいなかったと伝える」
(そっか、黒獣と戦うって普通だったら死と隣り合わせよね。ゲームじゃなきゃ簡単に「うん」って言えることじゃないし。でも、いいわね、この展開。これぞRPGじゃない! ここはばっちり決めちゃうわよ。ファーストインプレッションは大切だもの)
「あたしは逃げないわ。巫女姫だって言ったでしょ」
キリリと表情を引き締め花梨は言う。
「『本気』で言ってるのか?」
「もちろんよ!」
花梨は微笑みながら蓑をふぁさ~となびかせると、腰に手を当てキメポーズをとった。戸惑う夏行をみて、花梨はちょっと恥ずかしくなったが、やめるわけにはいかない。主人公なら、ここで引いたりしないと花梨は思うからだ。
「あたしはレヴェ~ル99のパーフェクツ巫女姫『花梨』よ。巫女姫の職務なんて余裕でこなしてみせるわ。黒獣だってこの剣で……あれ? いつの間にか刀身が消えてる? 自動で消えるんだこれ。って、あ……」
「……」
夏行の沈黙に花梨は失敗を悟った。そもそも最初から成功するはずもないのだが。
「ちょっとまって。今のなし! もう一度、やり直しをさせて」
「……阿保だ」
「あほうとはなによ!」
「もしや予言が間違っていたのでは。こんな子供に職務をこなせるわけが」
「子供じゃない!」
「いや、子供だろ?」
どうやら夏行は巫女姫と認めたくないらしい。それも仕方がないだろう。
「違うって言ってるでしょ!」
「わかった、わかった。お前の覚悟は認める。だが、少しは節度を持て。野獣の餌になるぞ」
「はぁ? 黒獣なんて余裕よ。むしろあたしがおじさんを守ってあげるわ」
自信気に花梨はポンと胸を叩く。だが夏行は呆れた顔のままだ。
「よいか? お前は子供でも女だ。足の事といい、無防備すぎる……」
「大丈夫よ。あたしは強いもの」
「強さだけでは駄目だ。お前が会いたい帝は、蛇の巣窟のような場所にいるのだ。死にたくなくば、某の指示に必ず従え。勝手な行動だけはせぬように」
「なんでそこまで言われなきゃいけないのよ」
「某は子守ではない。指示に従えぬなら帝には会わせられん」
夏行の雷眉がキリリと吊り上がり、花梨は雷にうたれようにビクリと竦んだ。強面も相まって威圧感が半端ない。
だが花梨を見る夏行の目はまっすぐだ。その目に悪意は感じられない。
(この人……本気であたしの為に言ってる気がする)
花梨は自分の直感を信じる事にした。それにこのまま喧嘩して、帝に会えないでは困る。
「わかった、従えばいいんでしょ。そのかわり帝に絶対、会わせてよね?」
「約束する」
花梨はすいた腹に手をやると、大きく息を吐き、長期戦になる覚悟を決めた。




