二十三片 余夏の花
花梨が青白と別れた後の菖蒲目線のエピソードです。
「青白、私はこの子を花仕にしようと思う」
菖蒲の言葉が予想外だったのだろう。青白の美しい顔が暗く歪んだ。
「突然何を? この者は十も満たない子供ですよ?」
「だってお前、この子を預かる事にしたんだろう? お前の傍に置くという事は、私の傍に置くも同じ。それに夜叉が男を育てるなど知れたら、色々と厄介じゃないか? それともこの子を家族の元にかえすか?」
「それは……」
「ふふ、夜叉のくせにお前は情が深いの。だが、そこが良い」
菖蒲はそう言うと、畳の上ですやすやと眠る少年の頬を、優しく撫でた。その指先を見た青白が、黙ったまま、ピクリと美麗な眉を引きつらせる。
「怒るな怒るな。そんなに花仕が嫌か? だが花守にするわけにもいくまい。試験があるからな。神力のない者が、花守になれるとは思えぬ。よほど武術に長けた者なら別やもしれぬが」
「私が鍛えます」
「無理だ……私に残された時間は少ない。だから花仕にするのだ。さすれは冬織が後ろ盾になってくれよう。あの者は私の忠実な花仕だ。呪いのように私を愛してくれる」
青白の手がビクと震え、歯を噛めた。
「姫……菖蒲様、後生です、腹の子を堕ろしてください。今なら薬で堕ろせます……私は姫を失いたくない。主のおかげで、今度は魂を削らずにすんだのです。今なら変えれます」
「おや? お前なら必要とされぬ子の気持ちが分かると思ったが? この子と腹の子は私と同じだ。何の罪もないのに不要と言われる。いや、違うか……私は罪人だったな」
青白が大きく首を振る。
「姫は罪人ではありません。姫はそのお力を誰にも言わず、一人、抱え込まれてきた。そうやって多くの人命を守ってきたではないですか? 一度ぐらい……その力を自分の為に使っても」
「何を言う? 私はこの力を全部自分の為に使ってきた。他人を助けてきたのも、ただの罪悪感だ。この先、私のせいで死ぬ者は救った数より多くなるだろう。それでも自分の望みを変える気はない。自己中心だとは思わぬか? 自分の為に禁を犯し、愛する人すら騙した。そんな私を憐れむ者すら弄ぶのだ。あげくに夏行まで利用しようと考えている。ふむ、なかなかの悪女だ」
ほほほと菖蒲が高笑いをする。
「さてどうしよう。目を覚ましたら私があの娘でないと、この者は気づくだろう。絶望して死ぬだろうか? それは困るな。ちゃんと教えてやらねば。また戻ってくると。この子は偏見なく我が子を守ってくれる大切な子だ。今度こそ上手くやらねば」
「姫……どうして変えないのですか? わかっていてどうして」
青白がはらはらと泣く。菖蒲は微笑むと青白の瞳から落ちる涙を、長い指で優しく拭った。
「愛しているから変えないのだ……はぁ、泣くな。悪夢が一つ消えた思ったらこれだ。お前の涙は綺麗だが、心が痛い」
菖蒲はそう言うと、ふらりと立ち上がり、裸足のまま庭にでた。青白が慌てて草履を持って後を追う。
「姫、いけませぬ。御足が……」
「なに、あの娘の真似をしてみたのだ。痛いな……この痛みも忘れ、少年を見に行ったのか。ふふ、よいよい。これなら託せる。そうだろう、我が子よ?」
愛しそうに、菖蒲は腹を撫でると、突如、強い風が吹いた。淡い桃色の花びらが攫われるように舞い上がる。
「驚いた、桜か……? もう夏だというに残っていたとは」
そう言い、舞い落ちた一枚の花びらを、菖蒲が拾う。
「生命とは不思議よの」
「……菖蒲様、御体に障ります。そろそろ東屋に戻りましょう」
青白が心配そうに声を掛ける。
「あぁ、わかっている」
菖蒲は手のひらの花びらを手放した。ひらひらと一枚の花弁が地面へと落ちる。その様を菖蒲は悲し気に見つめると、ふっと笑みを零した。
「これが最後の悪夢となればよいが。もう見るのは御免だからな」
その声は小さくて、青白にすら聞こえなかった。
一章終了。
以上で1章終了です。




