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花の巫女姫  作者: 七海 夕梨
巫女姫はゲームだと信じたい
15/24

十四片:試練の始まり

「庭園ですって……」


 青い顔で言う椿に続き、貴族たちまで顔を凍らせた。


(そこってたしか危険な場所って)


 夏行に強く言われていた事を花梨は思い出す。


「おやおや? あれほど処刑だと言っておいて、今更、可哀想と? 実益のわからぬ姫君に、国の命運はかけられないと言ったのは君じゃないか」


 冬織が優しげな瞳のまま、楽しそうに目を細めて言う。


「そうですけれど……庭園は桔梗姉様ですら浄化ができなかった場所。あの死鬼ですら片足を失い、穢れで死にかけましたわ。処刑は国を思い言っただけの事、妾は惨殺を望んでいるわけではありません」

「冬織、余も許す事は出来ぬ。そなたが言うことは、この少女を黒獣の餌にせよと申すも同じぞ」


 二人のやり取りを聞いていた帝が、強い口調で言う。


「おそれながら、家臣たちを納得させる方法が他にございますか? たとえ主上が守護されても、国の為と彼女の命を狙う者は絶えないでしょう。いつ、誰に殺されるか……わたしならそちらのほうが地獄だ」

「……しかし」

「庭園の瘴気は最近になって、より強くなっています。このまま放置すれば、桔梗殿の結界が破れ、真っ先に宮が落ちるでしょう。国の為、民の為、利用できるものを利用して何がいけないのです? 彼女にとっても価値の証明になりますし、双方に損はないと思いますがね?」


 爽やかに微笑みながら、花梨を駒同然に言う冬織に皆が引いた顔になる。


「冬織ちゃん、だからっていきなり庭園なんて酷すぎるわ! 強さなら花守との手合わせでも、じゅうぶんに示せるはずよ」


 桔梗の訴えに冬織が首を横に降る。


「桔梗様? 花守程度に勝って納得するほど、周りの方々はお優しくありませんよ。堕ち神を倒すには浄化の力と剣技が必要です──それも圧倒的な。周囲の理解を得ず、彼女を神女院(しんじょいん)に留め置けばどうなるか。【あの子】をお育てになって貴女が、一番知っておられるのでは?」

「それは……」


 桔梗が目を伏せて俯く。


「まぁ、我々がどうこう言うよりも、彼女の意思を聞きませんかね?」


 冬織が花梨の眼をじっと見る。


()()()()()()()()? なんせ堕ち神を倒すと言ったぐらいだ」


 にこにこと冬織がほほ笑む。それはとても甘く優しい笑顔だが、花梨にとってこの上なく冷たい。


「あ、あたしは」


(だ、大丈夫よ。これはゲーム。しかもファーストダンジョンなんてレベル99のあたしにはチョロイ場所じゃない)


「い、いいわ。倒せばいいんでしょう? その代り倒したら巫女姫と認める事。あと、処刑と暗殺も禁止。加えてあたしの要求も呑んでもらうわっ」

「要求ですって! 下民が生意気ですわっ!!」


 要求という言葉に椿が過剰に反応する。


「まぁまぁ椿殿、内容ぐらい聞いてあげようじゃないか。それから判断しても遅くはあるまい」


 椿を宥めながら冬織が楽しそうに微笑む。何がそんなに楽しいのか? 花梨は困惑したが、だからと要求を下げる気はない。


「攻略した場合の要求は三つよ。一つ、花仕の指名権。二つ、住居など生活環境の保障。三つ、出産に繋がるような、あ、アレの強要は禁止……というか出産なんてお断り。以上よ」


 危険な場所に行くのだから、これぐらいの要求は当然と花梨は思ったのだが、周囲は違ったらしい。ぽかんと口を開け花梨を見ている──肩を震わせ笑いを堪えている冬織をのぞいて、だが。


「くくくっ、巫女姫が出産を拒否?……ふふっ。主上、本人の了解は得ましたが、要求の可否はいかに?」

「……」

「主上?」

「花梨の姫よ──本気で試練を受けるつもりか? 庭園は斎国で最も黒獣を倒している【あの者】ですら、一掃できなかった。無理をせず冬織の申し出を断ってくれぬか。このような事で姫を失いたくはない」

「あたしは……」


 帝の言は最もだ。これが()()()()花梨だって庭園に行きたくない。結果、暗殺されるかもしれないが、それはあくまで可能性で絶対ではない。


 だがここは『ゲームの世界』だ──本当の痛みや死とは、花梨にとって無縁の世界。


 庭園ルートは危険だが、花梨のレベルは99でカンスト。クリアー出来る可能性のほうが高い。信頼を勝ち得れば、仲間だって増やしやすいだろう。万が一死んでもやり直しがきくし、その時はログアウトができるかもしれない。


(ここは頑張るしかない。あたしは主人公なんだもの)


「大丈夫よ帝、()()()が必ず何とかしてみせるわ!」 


 自分を鼓舞するかのように、胸に手を当て花梨が答える。御簾先の主は花梨の声を聞いてもしばらく黙り込んでいたが、やがて大きなため息をつくと、

「──わかった。無事、試練をこなせば、そなたの要求を認めよう。ただし危険だと思ったら、即、引き返すのだ。無理は許さぬ」

  低く強い口調で返す。


弥格(びかく)ちゃんダメよ!! あそこで何人死んだと思っているの‼ 私でも浄化できなかったのに。結界なら私が頑張れば問題ないわ! 花梨ちゃんが行く必要なんてないはずよ」


 帝の決意を悟った桔梗が涙を浮かべ叫んだが、御簾先に映る影には響かない。


「そなたに限界がきていることを余が知らぬとでも?」

「……っ」

「そなたのせいではない。庭園の穢れは余の責任だ。守護してやりたいのはやまやまだが……【あの者】の姫ならば、余でも配下を抑える事は難しいだろう。いつ堕ち神が目覚めるかわからぬ今、内部抗争だけは避けねばならぬ。【あの者】の存在と姫……これも神が我々に与えた試練なのやもしれんな。冬織、そなたが花梨の姫に着く手練れの従者を選べ。最悪の場合、必ず姫を無事に連れ戻すのだ」

「いいえ、従者は不要です」

「なっ」

 

 まさかの発言に帝が絶句する。


「神気のある者が同伴すれば、()()殿()()()と、周囲は認めないでしょう?」

「しかし一人で行かすなど」

「わたしだって同行したいんですよ。彼女の神器は実に興味深いのでね。是非、実践で見てみたい。あぁ想像するだけで、そそられるなぁ。ふふふ……ふふ、ふふふふふ」

「と、冬織?」


 帝が声を掛けても、冬織の耳に入る様子はない。顔をやや紅潮させながら、なにやらぶつぶつと呟いている。その姿ですら悩まし気で美しいのだが、その相手が神器だと思うと、色んな意味で残念だ。


「冬織……神器馬鹿もほどほどにせよ」

「──っあぁ、申し訳ございません。どうしても従者をつけよとおっしゃるなら、そうですねぇ。神力が無い者、神無(かみなし)がよいのでは? 神気は誰しも少なからず持っているものですが、神無は例外だ。神気を持たぬゆえ黒獣の浄化は全く出来ない。ゆえに黒獣を殺せません。だから彼女の浄化に加担したと疑われる事はないでしょう。おまけに共にいるだけで不吉とされる者です。『運が良かっただけ』とほざく者も一掃できていい」


 不敵な笑みを浮かべて、冬織が御簾先を見る。


「そなた、まさかまた」

「そのまさかですよ主上。神力をもたず、剣技だけで花守をやってる者が一人だけいるでしょう? 黒獣は神気に反応する。その特性を考えると潜んでついて行くことも可能です。最悪の事態になっても運がよければ、あの時のように連れ帰れますし」

「それはあまりにも運任せだ。それでも供が一人は──」

「ですから不要と。個人的には一人で行ってもらいたいんですがね。(はく)もついていいですし」

「箔だとっ!! 馬鹿者! そなたは姫を死なせたいのか!!」


 帝の叱責を受けても冬織は涼しい顔のまま──むしろ何に怒っているのか? といった顔だ。


「死なす? わたしは『()()()()()()』に言ってるのです。彼女には英雄になってもらわないと」

「英雄……何を言っておるのだ、冬織」


 帝につられ周囲まで動揺が伝播する。


「彼女の命を狙うのが『貴族だけ』とお思いですか? 民が彼女の存在を知れば……」


 冬織に言われ、帝がはっとした声を漏らした。


「元始の巫女に対する民の印象は最悪です。それを払拭(ふっしょく)するほど、彼女が英雄であれば別ですが──例えば神女院の誰も成しえなかった偉業を成す、とか。民は実績が無い者を、信頼などしてくれませんよ」

「それを命がけでやれと……」

「ええ」


 爽やかな笑顔で冬織がはっきりと答え、

「あとは従者が首を縦に振るだけです。ねぇ、夏行?」

チラリと冬織が夏行の方をみる。


(やっぱり従者はおじさんなんだ……って、なんで隅っこで隠れるように土下座してるの?)


 

 夏行は朝堂の端──むしろ廊下にはみ出す程、なぜか後方に座っていた。まるで亀が甲羅の中に入り身を護るかのように小さく縮こまっている。巨躯な夏行がするとかえって滑稽だ。


「夏行、聞こえなかったのかい? 知らんぷりとは酷いなぁ」


 冬織が再び夏行に問う──が、夏行は額を床につけたまま顔も上げず、答えもしない。


(まぁ……いやだよね)


 わかっていても心が痛い。守ると豪語したのは嘘だったの? と花梨は言いたくなった。だが夏行を責める事は出来ない。これが現実だったら花梨だって嫌だ。


「やれやれ、君ときたら。馬鹿が付くほど律儀というか。椿殿への配慮など不要といっただろう?」

 

 くすりと冬織が微笑む。だがその瞳にはなんら温かみがない。


「だいたい、わたしに頼んでおいて自分はだんまりなんて狡いじゃないか。あの日の誓いはどうした? そのために君は吐くような日々を送り続けたのではないのか?」

「いやっ冬織様!!! これ以上はよしてください。(ごみ)の声など聞きたくありませんわ!」


 夏行ではなく、椿が悲鳴のような声をあげる。感情を抑えきれないのだろう、ぐっと握りしめた小柄な手が怒りのために震えている。


(ごみ)! お前は速やかにでていきなさい。妾の前では存在すら許さぬと言ったはず! 神聖なる朝堂に足を運ぶなど言語道断ですわ」

「まってくれ椿殿、彼を呼んだのはわたしだ」


 冬織の制止に椿が目を見開く。


「正気ですか? この塵は菖蒲(あやめ)姉様の花仕でありながら、姉様を殺し庭園を穢した男なのですよ?」


(おじさんが……菖蒲さんを殺した?)


 花梨の心拍が跳ね上がった。そんなはずないと花梨は思ったが、夏行は花梨に『人を殺せるのか?』と聞いたことがある。そこで覚悟を心配されたが、逆に言えば夏行は『人を殺す覚悟を持つ者』とも言える。


「そのような証拠はどこにもない。憶測(おくそく)で話すには、いささか過激では?」


 感情のない声で冬織が言う。


「憶測? あの日、産気づいた姉様といたのはこの者だけ。しかも神気に満ちた庭園に黒獣が現れたのですよ。神無が怪しげな力で姉様を殺し、夜叉を狂わせたに決まってます。短命な神無が生きてる事が何よりの証拠、昔から言うではありませんか。『黄泉の力を持つ神無は、女の命を喰らい、死へと導く』と!!」


 椿の怒りと涙を見ても花梨は信じられなかった。確かに夏行は花梨を叱ってばかりで、顔も恐ろしい。花梨に人を切る覚悟を聞いたぐらいだ、誰かを切ったことはあるのだろう。だからと愛する人を殺せる人だろうか? 叱られてばかりだったが怒りながらも、そこに思いやりはちゃんとあった。(みの)を着せてくれたり、菓子をくれたり、歩くスピードだってさりげなく合わせてくれた。


(違う。おじさんが殺すわけない)


 だから花梨は違うと言ってあげたかった。


 けれど証拠どころか詳細すら花梨は知らない。おまけに印象の悪い花梨が言えば、事態が悪化するだけだ。悔しかったが花梨は何も言えず、唇をかみしめることしかできなかった。


「たしかにあの日、多数の黒獣が庭園に現れた事は本当だ。だが夏行は殺していない。菖蒲に言われ【彼女の子】を安全な場所に連れて行っただけだ。いいかげん恨みの矛先を夏行に向けるのはやめてくれないか? 恨むならあの日、産婆を呼ぶため傍を離れた、わたしを恨めといったはず」

「そんなもの殺さなかった証拠になりませんわ。事実としてあったのは姉様の死に夜叉が狂い、庭園が穢れたこと。そこから推測できる事は? と問われたら誰でも妾と同じ事を考えますわ」

 

 やれやれと冬織がため息をつく。


「証拠ならある。彼女の夜叉が彼を殺していない。たとえ当時の夏行が、たった八つの子でも夜叉は己の姫を害した者を許さない」

「ふんっ、たとえそれが真実でも、花仕ならば、姉様を死なせた責で、自死すべきですわ。桔梗姉様が懇願せねば、今すぐにでも妾の夜叉で殺してやりますのに。守った【子】だって本当に姉様の子かどうか。おぞましい姿といい……黄泉の子ではありませんの? 姉様とは似ても似つか──

「それは聞き捨てならないな」


 冬織が氷のような目で椿を睨む。


「【彼】は、()()()()()()()()()()だ。君の気持ちを汲んで抑えていたが、いい加減【わが子】への侮辱は慎んでくれまいか?」


 冬織は口調こそ穏やかだったが、放たれる気迫のようなものに、ひぃと椿が声を漏らす。


「そ、そういう意味では……」


 椿ががくがくと震えだした。彼女の背後から、ゆらりと黒い靄のようなものが揺らめき始める。


「椿殿、ここは御前だ。夜叉ぐらい抑えていただかないと」

「わ、わかっていますわ」

「まったく──すまないな夏行、話がそれた」


 椿の事などなかったかのように、優し気な声で冬織が言葉をかける。彼の調につられ、動揺する周囲も流れるように夏行へと視線を戻した。菖蒲を夏行の妻だと思っていた花梨は、冬織の【わが子】発言に頭が混乱した。他の花冠を見ればすぐわかる事であり、国情を考えれば『一妻多夫』が普通だ。だが状況の展開についていけてない。


「夏行? きいているのかい?」


 冬織の声に花梨ははっとなった。夏行はやっと顔を上げたものの、歯を食いしばり、もとより鋭い眼光を釣り上げ冬織を睨んでいる。火花が散りそうな二人を誰も止める様子はない。御簾先の影は動かず、桔梗ですら不安げな顔をしつつも黙ったままだ。周囲の貴族に至っては、巻き込まれたくないとばかりに口を閉ざしている。

 

 皆、夏行がどうでるか静観するつもりらしい。


「冬織殿、後生ですから庭園だけはおやめください」


 とうとう沈黙を破った夏行が、絞るような声をだした。が、冬織は涼しい顔のまま首を横に振る。


「駄目だよ。神器を見せ貴族連中が納得するのなら、わたしもこの手は使わなかったが。まさか自分が死にたくないから言ってるのかな?」

「馬鹿な! この命だけで済むなら喜んでひき受けよう。だが彼女を庭園に行かせるなど、死ねというようなもの」

「だってしょうがないだろう? みんなが納得してくれないんだから。ま、駄目だったら、発案したわたしも責任を取って自害するから。頑張っておいで」


(え? 自害?!)

  

 自身の命に何ら躊躇もない二人に花梨は唖然とする。この世界でやり直しがきくのは花梨だけだ。だが二人はそうではない。


「ちょっと待って」


 我慢できず花梨は大声で叫んでしまった。緊迫した空気は掻き消え、冬織が興味深そうに、対する夏行は眉を顰め花梨を見る。周囲の視線が重い。花梨は息が詰まりそうになった。


「じ、自害とか勝手に決めないでよ」

「馬鹿っ、お前は余計な口をはさむな。ここは某がっ」

「おじさんこそ口を挟まないで。どうにかするつもりなら、()()()()()()()して欲しかったわ」

「それは……」

「──ぷっ、あはははははは。あぁ、ごめん、正論すぎて。しかも夏行をおじさん……おかしすぎ……あはは、くくくっ」


冬織が肩を震わせ笑う。二人を案じて言っても花梨の思いは通じない。国を救いに来たのに処刑と言われ、挙句に怒られ笑われる。


(真面目に言ってるのに!)


「あぁっ、もう! 桔梗様!」

「えっ」


 突如花梨に呼ばれ、桔梗が驚く。


「あたしをすぐ庭園に転送して。ささっと片づけてくるわ。できるでしょう?」

「い……嫌よ! 絶対に転送なんてしないから」


 桔梗が、大きく首を横に振り震えながら拒絶する。


(さすが桔梗様。転送できるんだ……) 


 『出来ない』ではなく『しない』はやれば可能という事だ。

  

「そう……ならこうするしかないわね」


 花梨はふぅと一息吐くと「蛍光刀」と呟き、神器の刀身を首元に当てた。と、同時に、何を?と周囲がどよめく。桔梗に至っては悲鳴を上げたが、花梨は刀身をしまう気などない。


「花梨ちゃん! 何をっ」

「動かないで、止めようとしたらその場で死ぬわ」

 

 花梨の傍に行こうとした桔梗が氷のように固まる。


「神器でなんてことを!!」

「庭園にいかなかったら処刑だなんて怖いもの。それなら自分で死んだほうがましよ」

「──ひっ、やめて!」


 上座にいた帝も驚いたのだろう。御簾先の影が大きく揺らめいた。


「花梨の姫、神器で自傷行為はやめよ! それはっ──

「帝は動かず黙っていて。止めようとしたら速攻で死ぬわよ」

「──っ」


 花梨の声に御簾先の影がピタリと止まる。今、帝が配下に命じれば、花梨に勝ち目はない。


(──早く「転送する」て言って!! VRで自害は怖いよ~)


 蛍光刀では人を切れないと夏行は言っていたが、花梨の内心ヒヤヒヤだ。刀身から出る光がじんわりと熱いし、気のせいか心の臓が痛い。触れたら火傷ぐらいはしそうだ。


「花梨ちゃん、馬鹿な事はやめて。私はこんなことの為に待ってたんじゃない」


 桔梗の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。800歳とはいえ見た目は幼子だ。花梨の良心がズキリと痛む。


「だ、だめよ。転送すると約束するまでやめないわ」

「うう……」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。あたしは強いもの」


 花梨は努めて笑顔で答える。


 だが不安がないわけではない。庭園にクリアーしたところで、貴族達が全面的に花梨を認める保証はない。


 (だからって悩んでも仕方ないわ)


 逃げたらシナリオが進まない、ゲームとはそういうもの──と花梨は自分に言い聞かせる。


「冬織さん、薬や食料をいただけますか? それぐらいはいいでしょう?」


 冬織は「ほぉ」と呟くと目を細め、嬉しそうに花梨を見る。


「もちろんだとも。君が立場を理解できる巫女姫でよかったよ。それとも無意識なのかな? まぁどちらでも構わないがね。知識、そして多くの準備もなく()()()()()()()()()()すれば、誰も君を疑わないだろう。だから安心して頑張っておいで」

「え……うん」


(なんだろう……安心どころか崖っぷちに追いやられた感が。って、今はそんな事を考える時じゃなかった!) 

 

 花梨は冬織から薬と食料が入った包み、水の入った瓢箪を受けとると桔梗の前に立った。もちろん刀身は首に当てたままだ。


「桔梗様、転送をお願い」

「……でも、でも」

「あたしは本気よ」


 決意を変える気のない花梨に、桔梗は抵抗を諦めたのだろう。震える手で藤色の扇を広げ、何やら囁くとパチンと扇を鳴らした。


「わかったわ……でも気が変わったり、危なくなったらすぐに戻るって約束して」

「大丈夫よ──あたしはね。それじゃ帝、あたしとの()()()()()()()()()

「──よかろう」


 帝の返事と同時に体が引っ張られる感覚に陥る。これが転送か──っと思った途端、背後で誰かが花梨の腕を引っ張った。


(──誰!?)



 振り向く暇もなく、花梨の視界は暗転した。





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