九片:斎の宮と想の花
斎の宮の城門を通ると麓の村とは違い賑やかな町だった。まず人の顔が明るい。周囲の家も板葺きではなく、簡素ながらも土の壁で作った家々が立ち並んでいる。南の城門からまっすぐ北へと伸びた大通りの先には、夏行が言っていた緑天宮があった。城は緑天宮というだけあって屋根や城壁、柱まで緑がかった青色をしている。
「おぉ~城だ!! しかも緑!! 和風だけど、オズの魔法使いにでてくるエメラルドのお城みたい。ふふっ、ファンタジーらしくなってきたじゃないっ」
花梨の目がキラキラと輝きだした。馬上から見る為か目に入る情報が多く、花梨は舞い上がる心が抑えられない。賑やかな都の雰囲気にすっかり同調してしまっている。
「これ以上はおかしなことを言うな。お前のせいで先ほどは大変だったのだからな。目立つ行為は特に控えろ」
同乗する夏行が花梨の耳元で囁いたが、無駄だったらしい。花梨は完全に上の空だ。
「わかってるって。あ! 牛車だ。貴族とかが乗ってるのかな? さすがは都の大通り、牛車があちこちに。城に行くのかな。そういえば城の屋根はなんの宝石なの? エメラルド?」
「えめ……もういい。説明してやるから大声をだすな」
夏行は無駄だと悟ったらしい。花梨にあれこれ聞かれる前に、城について説明をはじめた。
「この城は八百年以上前からあってな──」
夏行が静かな声で話し出した。賑やかな周囲の音に消されぬよう、花梨は夏行の方へと耳を向ける。
話によると、城の屋根は全て『青光石』という青緑の石で、できているらしい。青光石は頑丈で屋根以外に城の柱や梁にも使用されている。八百年過ぎた今も劣化せず存在すると聞き、花梨は驚いた。花梨が向かうのは、その城の南にある朱雀門を抜けた神女院という、巫女姫達が住まう場所だ。ちなみに城門は、この他に東に青龍、西に白虎、北に玄武といった四神を崇める四つの門がある。
(四神の名のおかげで東西南北はわかりやすいけど……)
花梨が脳内で地図を描く横で、夏行が東の政務部署、北の内裏、その奥にある後宮、西門にある医療部や大学寮、南の庭園など次々と口頭で情報を追加してくる。当然ながら花梨の脳はパンクした。
いっそ地図をくれと言ったら、警備上、城内の地図は許可がないと持ち出せず、作成も禁止らしい。まずは神女院がわかればいいと夏行は言ったが、【あの方】を捜したい花梨にとって地図もなく探すのは苦難に等しい。
(どうしよう。マップもなく、自作も禁止なんて。通りすら同じに見えるし……)
斎の宮は賽の目の様に縦横に道が伸びている。綺麗に整備されているとは思うが、言い方を変えると、どこも似たような場所に見えるのだ。そのため通りがてら店や宿屋を覚えるのは難しい。唯一わかりやすいといったら、緑天宮に近づくほど周囲の建物が立派になるという事だ。貴族の館のようだが、身分によって優劣があるのかもしれない。
やがて朱雀門へ着くと、夏行は「降りろ」と花梨に下馬を促した。しかし花梨は動けず眉を潜めて地面を見る事しかできない。慣れない乗馬で花梨の足と尻が限界を迎えていたのだ。
夏行は「最初はそんなものだ」と言い、即座に下馬を手伝ってくれた。おかげで何とか下馬したものの、生まれたばかりの小鹿のように、花梨は立つことすらままならない。
(うぅ、足とお尻がっ)
老女のようにヨロヨロとしていたら、突如、夏行が噴き出し大声で笑いだした。
「ちょっと!! 笑わなくてもいいで……しょ?」
花梨は言葉を失った。夏行の厳つい顔が少年のように幼く見えたからだ。だが見れたのは一瞬だ。花梨と眼が合った途端、いつも通りの不愛想な顔に戻ってしまった。
「なんだ? 人をじろじろと……」
気味悪そうに夏行が目を細める。
「いやぁ、笑うと意外とかわいいなと」
「かわっ……?」
夏行にとって『かわいい』は予想外な言葉だったのだろう。反論よりも驚きの気持ちが勝り、言葉が出ずに固まっている。
「あ、悪い意味じゃないの。ギャップ萌えよ!」
「ぎゃ……ぷも?」
「意外性にキュンてくる感じ」
「……全くわからん」
花梨なりに補足したが夏行には通じなかったらしい。眉を顰めると、首を傾げながら門番に話をつけに行ってしまった。たとえ通じても夏行の性格では、笑顔を心がけるなど難しいかもしれない。
やがて朱雀門の門番から入城許可がおりると、朱雀門が重い音を立て開かれた。だが前に進んで行くのは夏行と花梨のみ、助六達はいってらっしゃいとばかりに門の外で手を振るだけだ。
「えっ? 助六さんたちは一緒に行かないの?」
「この先は許可された者以外通れぬ」
「まってお礼ぐらい」
短い間だったとはいえ一緒に旅した仲間と離れるのは寂しい。しかも突然過ぎてきちんと礼すら花梨は言えてなかった。助六達は宿主のような目で花梨を見たりしなかったし、慣れない花梨に食事や休憩場所、生活用品など色々と手配してくれたのだ。礼の一つでもと戻ろうする花梨を夏行が止める。その間にバタンと門が閉められてしまった。
「どうして止めるのよ? お礼を言うだけしょ」
「礼なら後でいえばいい。ここでは勝手に動くと迷う」
「迷うって目の前の門に行くだけでしょ?」
「それでもだ。よいか、ここから先は某から離れるな。見失うと某には探し出せん。特に庭園には間違っても行くなよ」
「庭園? 罠でもあるの?」
侵入者防止用に城内に罠があるのは不思議な事ではない。だが、その場合【あの方】詮索の難易度は上がる事になる。庭は後回しにしたほうがいいなと、花梨は思った。
「罠はない。だが死ぬ」
「は?」
(どういう庭なのよ?)
「だから単独行動は控えろ」
ぶっきらぼうに言う夏行の眼は助六達とは違い、三白眼で恐ろし気だ。だが尻の痛みで早く歩けない花梨の歩調に、さりげなく合わせてくれている。助六の言う通り夏行は顔が怖いだけで、本当は優しい人なのかもしれない。
(普段から笑顔でいれば見合いも上手くいったのに。もったいないなぁ)
などと思っていたら、正面から夏行の名を呼ぶ声が聞こえた。その声は中性的で、女にしては低く男にしては高い声だ。
「想春、もう任務から戻ったのか?」
想春と呼ぶ夏行の瞳がとても優しい。あの恐ろしげな三白眼に慈愛まで感じる。
「まぁね。で、桔梗様に報告に行こうと思ったら凄い神力を感じてさ。びっくりして来てみれば、夏行がいるんだもの」
想春と呼ばれた者が、花のほころぶような笑顔を夏行に向ける。その肌は陶磁のように白く、飴色の瞳と、まとめた髪からこぼれたくせっ毛がなんとも愛らしい。身長は花梨より少し低く、見た目は15-6歳といったところだろうか。直垂を着ている事から少年だろうが、花梨のように男装した少女に見えなくもない。げんに後髪に挿している簪は女物だ。そんなどちらともつかない外見の為か、神秘的な色香が漂っている。
(すっごくきれいな人だなぁ)
などと思っていたら想春と目が合ってしまった。花梨を見た想春の瞳が大きく開いたが、すぐに甘い笑みへと変わり、流れるように距離を詰めて来た。
「やぁ、かわいい新人さん。初めまして」
(近っ)
「僕は花守の想春だよ。わからない事があったら僕に聞いて。色々と教えてあげるからさ」
蠱惑的な声で囁かれ、花梨の心拍は一気に跳ね上がった。
(うっ、美少年の破壊力っ……落ち着くのよ花梨、やっと女扱いされたんだから、ここは丁寧に挨拶しなきゃ)
「あたしは花梨っていいます。よろしくお願いします」
普段よりワントーン高い声で花梨は自己紹介をした。熊や猿など散々な言われようだった為、ゲーム初の女子扱いに花梨は感激したのだが──
「かりん? 花の名前なんて女みたい──あ、もしかして元、男娼だったりする?」
「ダンショウ……?」
まさかの発言に花梨は戸惑った。彼は花梨を男娼──つまり男とみなし話していたのだ。
「想春、彼女は選定の儀を受けにきた姫だ。花守候補ではないぞ」
「え? てことは女……うげっ、この僕でも男だと思った」
女とわかった途端、想春の甘い瞳が氷のように冷たくなり距離を取られた。その豹変ぶりに花梨は戸惑いしかない。
「男の格好をしておるが嘘ではない。【あの方】の命令で連れてきたのだ」
「阿久……【あいつ】に?! まって、まさか夏行、宮の外に出たの?!」
想春の問に、夏行が気まずそうに眼を逸らす。
「近くの北山だ。あそこの黒獣程度なら某でもなんとかなる」
「北山だって!! あんな危険な場所に!! まさか一人で行ってないよね?」
「助六や見習い達も一緒だったから心配ない」
(あれ? たしか助六さんたちは山の麓にいたはず)
夏行は一緒だと言ったが、花梨が山中で見たのは夏行一人だ。それとも助六達は先に下山していたのだろうか。
「引退爺や見習いじゃかえって足手まといじゃないかっ! くそっ任務がなければついていったのに。他の花守は何をしてたんだよ」
「どなたも用事があるそうでな」
「ふんっ、どうせ【あいつ】の命令だからきかないんだろう? 夏行も夏行だよ! いつも危険な仕事ばかり引き受けて。神気がないって自覚あるの? いつ菖蒲様の加護が途切れるか気が気でないのに。もし……そうなったら僕は……」
想春が苦しそうな顔で言う。加護とはなんだ? といった花梨の視線を、夏行はふぃっと逸らした。
「言うな。近くその日が来る事は話したはず。それに花守なら死地だろうと任務に赴くもの。命の保障など元よりない」
諭すように夏行は言ったが、想春は納得がいかないのだろう。プイとそっぽを向いたままぶつぶつと文句を言っている。
「やれやれ。して婆様は本殿のほうか? 探そうにも変えられたのか全く分からぬ。神気をよめるお前ならわかるだろう? この者を連れていきたいゆえ、案内してくれぬか?」
「はぁ? なんで僕が。そいつ一人でいけばいいじゃないか」
想春が嫌そうに眉を顰める。
「そう言うな。頼む想春、お前だけが頼りなのだ」
夏行が深く頭を下げる。
「う、ずるいなぁ。仕方ない……最近、桔梗様が結界術で構造をちょくちょく変えてるんだ。夏行に迷子になられても困るし。いい? 今回だけだよ?」
「すまぬ。すでに迷っていたので助かった」
(変えるっ……?)
花梨は焦った。宮内の構造が変わるとなると、こっそり【あの方】を探しに行けないからだ。変形にパターンがあるのかもしれないが、ここは壁や柱が統一されていて場所の把握がしづらい。花梨一人で迷わず詮索するのは難しいだろう。
「で、こいつの男はどこ? 夜叉が気配を隠すって事はそういう事でしょ?」
夏行を先導する想春が、訝し気な目で花梨を見る。
「いや、彼女に伴侶はいない」
「は? 夜叉のいない女なんて聞いたことないよ。花紋はあるんだろうね?」
「ある。しかも花冠だ」
「花冠の姫に夜叉が気配を消すってありえ──まさか夏行、彼女の花仕になったんじゃないよね? 」
「違う」
「じゃ、なんで夜叉がいないのさ?」
「それは……」
「ふぅん、言わないんだ。なら確認しないと」
想春はなぜか威圧的な視線を花梨に送ると、夏行の腕にしな垂れるように絡みついた。いきなり何を? と思ったのは花梨だけではないようだ。
「想春? 何をしておる?」
夏行までが、首を傾げている。
「ねぇ、夏行、しばらく会えなくて僕が何を考えていたと思う?」
思わせぶりな想春の問に夏行が、はぁとため息をつく。なんとも情けないといった顔だ。
「──帰ってそうそうお前という奴は。土産なら買ってある」
「そうじゃないよっこの朴念仁!! 寂しかったんだから抱いてくれてもいいだろう?」
「抱っこってお前、もう幼子ではなかろう?」
「なんでそっちになるんだよ。仕方ない」
想春はさらにぎゅっと夏行にしがみついた。その様を「どうだ?」とばかりに花梨に見せつける。だが当の花梨はぽかんとしたまま、二人を見るだけだ。
「ち……こっちも鈍いのか。夏行、今夜は僕と一緒にいてよ。相手ならあいつより断然巧いからさ。今夜は寝かさないよ?」
想春が甘えた口調で夏行に言う。その声がなんとも艶めかしく、さすがの花梨も意図を理解したらしい。思わず「えええ!!」と心の中で声を上げ、一歩、後退した。
「なんだ剣術練習をしたいのか? よかろう、いつでも応じるぞ」
だが夏行には全く通じていないようだ。想春がズゴっとこけそうになった。
「なんで剣術になるんだよ。妓楼で僕と寝た仲でしょ」
「寝た? あぁあの日の事か。ぐずって大変だった」
「わぁぁぁっ、そんな昔の事、言わなくていいだろ!!」
想春が夏行の袖をぐいと強く引っ張る。
(妓楼で寝た? 妓楼って……)
花梨の中で夏行のヒエラルギーが一気に降下した。
花梨はささっと夏行から距離を取ると、背後の大柱の後ろに隠れた。夏行は男に興味はないと言っていたが、相手はとびきりの美少年だ、間違いがないと断言できない。むしろ女が極端に少ない国なら、男色のほうが多いだろう。おまけに想春のしぐさは妙に手馴れてるし、演技とは思えない。花梨が女と知って、想春が冷たくなったのは恋敵とでも思われたのだろうか。花梨にとっては迷惑でしかないが。
(まさかBLゲーだとは………。なんで気が付かなかったんだろう。よく考えたら世界観がBLじゃない。とにかく製作者である大輔に、真意を問い正したい)
「想春君、おじさんとあたしはそういう関係じゃないから安心して」
花梨が強調して言う。助六といい、なぜ勘違いされるか理解できない。
「ふん、僕は女なんか信用しない。特に頭が悪そうなお前はね」
「な……!!」
女が信用ならないなら、なぜ花守をしてるのかと花梨は思う。
「想春、いいかげんにせぬか。それだから実力があっても花仕になれんのだぞ」
「元からなるつもりなんてないよ。特にそこの馬鹿なんて、死んでもごめんだね」
「お前っ、少しは言葉を慎まぬか。さっきから失礼だぞ」
夏行が想春を叱ったが、散々阿呆と言われた花梨の心には響かない。
「慎むべきはおじさんもでしょ。妓楼で寝るって何? いくら想春君が恋人だからって、未成年相手に淫らな行為はだめよ」
柱から顔だけ出して花梨は抗議する。夏行は花梨がストレートに言うまでわかってなかったらしい。あんぐりと口を開けたまま、言葉に詰まっている。
「待て、誤解だ。某は男にそういった感情はないと。おい、先ほどから、なぜ距離を取る? 迷うぞ。万が一迷ったら……」
「夏行、放っておきなよ。あんな馬鹿、迷って死ねばいい」
「馬鹿者!」
ガツンと夏行が想春の頭を拳骨で叩いた。
「花守として……いや、親として今の発言は許さんぞ」
(お、親? まさかの父と子??)
花梨はキョロキョロと二人を見たが、どう見ても似ていない。遺伝子異常と言っていいぐらい、二人の顔のベクトルは異なっている。となると想春は母親似なのだろうか。
「──っぅ~、本気で殴らないでよ!」
想春が叩かれた頭を抑えながら、涙目で夏行に訴える。
「お、おじさんって子持ちだったの?」
(しかもこんな大きい子が? あれ? じゃあ見合い云々は?──あ、奥さんが死別か離婚したから見合いをしたのか。待って……それじゃあ助六さんが言ってた亡くなった『菖蒲様』が奥さんって事? そんな辛い過去があったんだ……)
「想春は
「ご、ごめん。もういい」
(おじさんってば真面目だもん、亡くなった奥様を忘れられないんだ。だから見合いも)
花梨の中で夏行の妓楼疑惑は(勝手にだが)晴れた。だから傷口に塩を塗ってまで説明して欲しくない──そう思った花梨は柱の陰からでると、さっと夏行の傍へと歩み寄った。想春の美顔が不機嫌に歪んだが、夏行に同情するあまり花梨は気が付いていない。
「お前、なにか勘違いを──
「話さなくていいって。でも新しい幸せを見つけたくなったら言ってね。ギャルゲーもいくつか経験あるし。ラブイベントならこの花梨様に任せなさい!」
「らぶ……なんだと??」
いつもなら調子に乗る花梨を一喝する夏行だが、カタカナ用語の連発に目をぱちくりさせている。
「はぁぁ~、ここにも助六二号がっ。初恋を拗らせるから、お節介がふえるんだよ」
想春がうんざりした顔で嘆く。
「某は拗らせてなど……」
「はいは~い。そこまでにしてあげて。恋と女の子に関しては、とっても繊細な子なんだから~」
突如、鈴のような愛らしい声が割り込んできた。花梨はあたりを見渡したが、夏行と想春以外誰もいない。
(え? どこから言ってるの?)
周囲を見渡す花梨の裾を誰かがぐいぐいと引っ張った。
見下ろすと、愛らしい桃色の髪をなびかせた紫瞳の幼女が、ほわりと微笑んだ。




