第34話 不死の零番
ノアと間宮時雨の戦闘が始まって、少し後。
午前零時を過ぎて、俺は身体の調子を確かめた。
「……慣れてきた」
順応力が俺の強み。
二度目の感覚でも、思い出すのは早い。
「レイジ、無理しなくていいんだからな」
みつめが心配そうにする。
無理もない。俺の言動は突飛すぎた。
「……みつめ。間宮時雨とノアはどうなっている?」
先程から轟音が途切れない。
地面は揺れ、爆炎が夜空を照らす。
あの間宮時雨が負けるとは思えない。
それでも、嫌な予感がした。
「あ、ああ。待ってろ」
みつめは目を閉じる。
そして、震える声を出した。
「レイジ……これはまずい」
「どうした」
「今、分かった。俺の視界は見えてるんじゃねえ。見せられてる」
みつめは目を開き、言葉を継ぐ。
「島中に能力者が潜伏してる。島の連中じゃない、裏の奴らだ。俺が見えるのは、時雨とそいつらがいる場所だけだ」
「……誘導されてるな」
ノアの声が、脳裏で再生される。
『主役』
俺に投げられた言葉。
「戻るぞ」
俺は歩き出した。
「お、おい! どうする気だよ……!」
みつめが慌てて追いすがる。
「鷺森伽耶。あいつの力を借りる」
そこまでして俺を裏へ引っ張りたいのなら、お望み通り行ってやる。
ついでに、過去の清算まで済ませてやればいい。
「シオン、みつめ。今から俺の身に何があっても、動揺するな」
みつめは疑問を挟まない。
ただ俺の目を見た。
シオンが小さく呟く。
「大丈夫。レイジは死なない」
何度か聞いた覚えのある言葉。
その意図は、今でも分からない。
無人の宿。
部屋に入る。
待機していた鷺森は、扉を開けた瞬間から嬉しそうだった。
狂気で濡れた目が、こちらの全てを祝福している。
「やっと来たのね」
余計な言葉は要らない。
「変えてくれ」
鷺森は笑って、指を伸ばした。
骨格の感覚がずれる。
皮膚の位置がずれる。
鏡を見る暇はない。
「ここから先は俺ひとりで行く。もう一度言う。俺に何があっても気にするな」
シオンとみつめは、静かに頷く。
鷺森の返事はない。
ただ、その目がますます輝いた。
俺は部屋の窓から飛び降りる。
みつめから借りた車。
アクセルはべた踏み。
灯りのない街で、人気のない道を抜ける。
建物が消え、瓦礫の山が地面にできている。
轟音が鳴った。間宮時雨とノアが、まだ戦っている音だ。
遠くに人影が見える。
終わってくれるなよ。
その思いだけで、さらに踏み込んだ瞬間――
爆発。
視界が白くなり、世界が裏返った。
──痛い。
感想はそれだけだ。
俺は車のドアを蹴飛ばし、潰れた身体が再生していく感覚を確かめながら、状況を確認する。
更地になった街の北側。
そこにはノアと、無数の能力者。
そして――拘束されている間宮時雨。
まさか開幕で爆破されるとは思わなかったが、問題ない。
いや、問題はある。
すごく、痛い。
不死だからといって、痛覚が消えるわけじゃない。
それでも俺は澄ました顔を維持する。
これから始まるのは、一世一代の大演技だ。
「久しぶりだな。愚か者ども」
声を作って言い放つ。
昔の俺がどうだったのかなど、いまさら覚えてはいない。
月夜がスポットライトみたいに俺を照らしていた。
なにもかもが自然に不自然な、ノアの作った舞台。
利用させてもらおう。
能力者の男が前へ出た。
「誰だ。てめえ」
怒りの混じった声。
挑発に乗ってくれた。ありがたい。
俺と男との距離が縮まる。
男は手から水を出し、それを槍の形で固定する。
高密度。上位の能力者だ。
槍が、そのまま俺の心臓に突き刺さった。
痛い。苦しい。
それでも、表には出さない。
「弱いな」
俺は何事もなかったように男を見る。
男の瞳が揺れた。
「なんで、死なねえ……」
水の槍が溶け、男は素手になる。
出しっぱなしの能力とは違う。
維持という状態には、脳のリソースを割き続ける必要がある。
戦闘において継続的な集中は、小さなきっかけで崩れてしまう。
俺は男の肩をぽんと叩く。
「やはり愚かだ」
そのまますれ違い、歩を進める。
背後で倒れる音。
もちろん麻酔の力だ。
だが、目の前の能力者たちには別のものが見えたようだ。
誰かの声。
「……不死の零番」
やはり、その零番というのは昔の俺なのか……
別の声。
「間宮時雨より、よっぽどの最悪だ」
いや、さすがに勝てる気はしない。
さらに別の声。
「触れただけで……死に干渉するなんて……まるで死神じゃないか……」
もう恥ずかしい。
今は痛みがあって助かった。表情を保てる。
頭を抱えたいのを抑え、俺は虚勢を張る。
「死神……俺が零番だとしたら、お前らはどうする」
答えは一つだった。
始まる集中砲火。
怯えている者からじゃない。
零番という単語すら知らない連中からの、純粋な殺意。
空気が裂け、地面が跳ね、熱が肌を剥ぐ。
俺は、死ねない。
最初の衝撃で首が飛ばされた。
視界が傾き、音が遠ざかる。
次の瞬間、断面が内側から押し戻される。
赤黒い何かがうごめく。
肉が寄り、皮膚が張り、血管が繋がる。
息が戻る。
止まらない。
再生が追いつく。
本当に最悪の能力だ。
俺は前へ進む。
痛みに眉一つ動かさない。
不死にも弱点がある。
だが今回は、自分を殺す必要はなさそうだった。
攻撃してきているのは程度の低い能力者ばかり。
触れたら死ぬ、という勘違いもあって、詰みの状況にはならない。
だとしたら、怖がらせるだけだ。
「期待外れだ」
逃げ遅れて尻もちをついた能力者の前で、俺はそう言った。
喉がまだ再生途中なのか、声が異様に低い。
すべての攻撃が止む。
「俺に攻撃した奴が、どうなったか知ってるか?」
「あ、ああ……全員、死んだ」
そうなのか。
……そうしよう。
「死には死を、だ」
俺は能力者の頭に手を乗せた。
恐怖で歪む顔。
俺は笑った。
「今回は生かしてやる。伝えろ。零番はこの俺だ。次に会った時、結末はハズレになるだろう」
自分でも分かる。
痛みと恥ずかしさの狭間で、今の俺はとんでもなく変な顔をしているはずだ。




