第27話 プロットツイスト
祠の前で、風が戻った。
鳥居は崩れたまま。石段も、境内もない。
全部、最初から存在しなかったみたいに消えている。
俺は肩の傷に触れた。
熱だけが残っていた。遅れて痛みが来るタイプだ。
「レイジ様、申し訳ございません」
イズが深々と頭を下げる。
「気にするな。イズがいなかったら、俺たちは死んでいた」
ノア・ブラッドウッド。
今の俺では倒せない相手だ。
依頼は彼を見つけること。
それはもう達成している。
みつめが祠を睨む。
「……ムカつく」
「大丈夫か」
「俺の無力さに失望してるだけだ」
みつめは苛立ちを隠さない。
俺の肩についた血を見て、すぐに目を逸らす。
俺は息を吐いて言った。
「街へ戻る。依頼としては終わりだ」
「そうだな……」
みつめは不満を飲み込むように頷いた。
「あとは主役がなんとかする」
俺ではない。
この島に来た能力者の頂点。
今後何が起きたとしても、彼女が何とかするだろう。
みつめは一瞬黙って、最後に頷いた。
イズが小さく頭を下げる。
「レイジ様、動けますか」
イズが俺を抱えようとしてきたので、丁寧に断る。
「動ける」
さすがに恥ずかしい。
俺たちは森を抜け、南側へ戻った。
もう夜も遅い。
人の気配が増え、灯りが増え、ようやく世界が普通の顔に戻っていく。
その普通が、今はありがたい。
シオンとイズを宿へ戻し、みつめと共に、島の管理者である水無遊のもとへ向かう。
ドアを開けると、執務机に彼が座っていた。
俺は短く報告する。
「ノアは北にいる。遺跡だ。神社みたいな場所で、外から観測できない。次はみつめを連れて行け」
「お疲れ様。彼はどうだった?」
「早めに対処するべきだ。手遅れになるぞ。北側の現象は物理現象として成立してる。空気密度、屈折率、音の方向。全部削られる」
水無の気配が、ほんの少しだけ沈んだ。
「あのミイラ、か……」
「知っていたのか?」
「一応、この島を管理しているからね」
みつめが水無に詰め寄る。
「てめえ! 知ってんなら最初から言え!」
「まあまあ。みつめちゃんには、自分で見つけてほしかったんだよ。部下の教育も、上司の務めだからね」
「殺すぞ!」
そのまま、部屋の中で鬼ごっこが始まった。
楽しそうに逃げる水無。
ハサミを片手に追うみつめ。
俺はため息を吐く。
「ノア・ブラッドウッドは、そのミイラの近くにいる。伝えたぞ。これで依頼は終わりだ」
水無は笑いながら答えた。
「ありがとねー。今日はゆっくり休んで、また明日、顔を見せてくれると嬉しいよ」
「ああ、そうする」
俺は室内の騒ぎに巻き込まれないよう、部屋を後にした。
宿に戻ると、シオンがぼそっと呟く。
「……主役」
「違う」
俺が即答すると、シオンは何も言わない。
ただ、その目だけが少しだけ面白そうだった。
その夜、俺はベッドに倒れ込んだ。
服を替える余裕もない。
汗と土と血の匂いが、まだ身体に残っている。
移動中にイズが応急手当てを済ませてくれていたおかげで、出血はもう止まっていた。
それでもイズは何も言わず、包帯の端をそっと押さえ、滲みがないかだけを確かめている。
汚れたまま横になることにも、説教ひとつしない。
今は休ませるのが先だと判断しているのだろう。
身体が重い。
頭も重い。
考えるべきことは山ほどあるのに、瞼が勝手に落ちていく。
最後に浮かんだのは、ノアの笑顔だった。
撮る。
主役。
次のテイク。
最悪だ。
俺はそのまま眠りに落ちた。
*
同じ頃。
境内には、静けさが戻っていた。
ノアは社殿の前に立ち、笑っていた。
追わなかった。追う必要もない。
次がある。
今日のテイクは、十分に面白い。
「……いいね」
誰に言うでもなく呟く。
隣の女が、小さく息を吐いた。
笑ったのか、ため息なのか分からない。
「あなた、悪い癖があるわ」
「癖?」
「面白さを優先して、自分が負ける未来を選ぶ」
ノアは肩をすくめた。
「負けたほうが面白いなら、それはそれでいい」
女は一歩下がる。
そして――顔が変わった。
肌の色。目の形。骨格。
輪郭が滑るように組み替わり、別人になる。
ノアは驚かない。
知っている。最初から知っている。
「行くのか」
「あなたの好きな、プロットツイストよ」
女は淡々と言う。
ノアは楽しそうに笑った。
「いい言葉だ」
「そうね。私、あなたの味方をやめるから。あとは頑張って」
ノアは引き留めない。
目が、わずかに細くなる。
だが笑みは消えない。
「彼が?」
「そう、あの男」
女は言い切った。確信している声だ。
「あの方は主役。最初からね」
ノアは嬉しそうに頷いた。
「最高じゃないか」
女は冷めた目でノアを見る。
そして、社殿の中へ向かった。
「短い間だったけど、お疲れ様。もう会うことはないでしょう」
そう言い残して、女は消えた。
ノアは社殿の前で、ひとり笑う。
「素晴らしい」
作品が面白いなら、何でもいい。
*
翌朝。
俺は目を覚ました。
宿の天井は薄い。
木の板がきしむ音がする。
身体はまだ重い。
昨日の傷は、鈍い熱だけを残している。
起き上がろうとして――止まった。
部屋の端に、女が立っていた。
知らない女だ。
なのに、視線の癖だけが覚えがある。
俺は息を止め、状況を確認する。
シオンは寝ている。
イズは、女を見たまま何もしていない。
つまり、少なくとも即座に斬る相手ではないということか。
「……誰だ」
女は微笑んだ。
「初めまして。たぶん、あなたは私のことを知っているわ」
声が、昨夜の境内の空気と同じ温度だった。
背中が冷たくなる。
これは偶然じゃない。
俺は確信する。
過去のツケが、回ってきた。




