第26話 目覚めた朝、壊れた均衡
頭痛が、まるで鉄槌で叩き割られたみたいに重く響く。
意識は暗闇の底から、ゆっくりと浮かび上がってきた。
ノックスは眉をひそめ、長い睫毛がかすかに震える。
半ば閉じた翠の瞳が、ぼやけた天井をとらえた。
(……俺、ベッドに……?)
記憶はぐちゃぐちゃで、切れ切れの断片しか思い出せない。
熱――荒れ狂うような熱。
セレナの声。
湿った空気、そして……誰かの手が、自分を強くつかんで――
「……チッ。」
低く吐き捨て、上体を起こそうとした、その瞬間。
――ぽす。
手の甲が、柔らかな感触をとらえた。
続いて、かすかな吐息。
ノックスの視線が、反射的に落ちる。
セレナが、左側に眠っていた。
銀白の長髪は枕に散り、ゆるく開いた襟元から鎖骨がのぞく。
その右側には――
アリアン。
抱き枕をぎゅっと抱え込み、真っ赤な顔で身を丸めている。
「……」
思考が、一瞬で停止した。
しかも――
(服、着てねぇ……)
上半身は裸。
腹筋のラインがあらわで、腰のあたりをかろうじて一枚のブランケットが隠しているだけ。
「……クソ……」
こめかみに指を押しつけ、深く息を吐く。
だが、呼吸は乱れっぱなしだった。
(落ち着け……魔力が暴走して、バランスを崩しただけだ……何も、してない……はず……)
――そう、はずなのに。
脳裏をよぎるのは、途切れ途切れのイメージ。
セレナが近づいた気配。
アリアンの怯えた瞳。
そして、自分の声。
『……行くな』
握りしめた誰かの手の感触が、まだ指先に残っている。
焼けつくほど熱い、その記憶が。
「……クソッ……」
ノックスは唇を噛み、無理やりブランケットを腰に引き寄せて立ち上がろうと――
だが、厚手の布は手元からずり落ち、
鍛え上げられた腰のラインが朝の光にさらされる。
事態は、さらに最悪の方向へ――。
そのとき――
「……あらぁ? 何、このシチュエーション?」
間延びした声が、空気を切り裂いた。
セレナが目を開ける。
銀の睫毛がわずかに揺れ、その瞳に悪戯な光が宿る。
「おやおや、ノックス。これって――三人で朝チュン?」
唇が意地悪く吊り上がる。
「……黙れ。」
ノックスは鋭く吐き捨て、ブランケットを乱暴に腰へ巻きつける。
だが、その仕草が――耳まで真っ赤に染まった事実を、隠しきれなかった。
「ふーん、慌てちゃって。心配しなくてもさ――」
セレナはゆるく笑いながら、さらりと爆弾を落とす。
「昨日の『名言』、アリアンには黙っててあげるよ?」
翠の瞳が、ぎらりと光る。
「!」
(チッ……覚えてやがる……)
空気が、一気に張り詰める。
その緊張を――
「……ん?」
か細い声が破った。
アリアンが目をこすりながら、上体を起こす。
寝ぼけ眼が状況をとらえた瞬間、ぴたりと動きを止める。
ノックス、裸の上半身。
そのすぐそばに寄り添うセレナ。
「………………っ!」
顔色が一瞬で変わる。
だが、脳裏に昨夜の――抱き寄せられた腕の温度が蘇り、胸がひどく跳ねた。
セレナの口元が、ますます悪辣にゆがむ。
「誤解しないでよ? 魔力の調整をしてただけ。……本当に役に立ったのは、そっちだけどね?」
「――――!!!」
アリアンの脳が爆散。
顔面は真っ赤に染まり、反射的に抱き枕をぶん投げた。
「セレナぁぁぁっ!!!」
ノックスは無言でその枕を片手でキャッチ。
翠の眼差しは冷え切り、鋭く光る。
「……その口、閉じろ。」
「なに? やったくせに、言われるのはイヤ?」
セレナの笑みは、挑発そのもの。
「――やってねぇ!」
低い怒声が室内を裂く。
耳まで染まる紅は、羞恥か、苛立ちか。
彼はブランケットを腰に雑に巻きつけ、片手で押さえたまま踵を返した。
その裸の背に、朝日が鋭い陰影を刻む。
アリアンの視界が、真っ白になる。
その背筋、肩甲骨、腰のライン――
(見ちゃダメ、見ちゃダメ……! でも……目が離せない……!)
抱き枕で顔を隠し、心臓が暴れ馬のように跳ねる。
セレナはベッドの端で脚を組み、指先で軽くリズムを刻みながら、視線を逸らさず呟いた。
(チッ……完璧すぎるだろ、このシルエット。……自覚ゼロで、これは罪。)
アリアンをちらりと見やり、口元に悪戯な笑みを浮かべる。
(――おもしろくなってきたじゃん。)




