第25話 禁断の距離、壊れそうな心拍
セレナの指先が、彼女の手首を軽くなぞる。
唇に浮かぶ笑みは、悪魔のように意地悪かった。
「へぇ、否定するわりには……心臓、爆音だけど?」
視線がふとノックスの背中に落ち、その線の美しさを舐めるように追い――
次の瞬間、声をさらに潜め、アリアンの耳たぶをかすめるように囁いた。
「まだ触りたい? じゃあ――私が、手伝ってあげよっか?」
そのまま彼女の手を導き、ノックスの腰のラインをゆっくり、ゆっくりと滑らせる。
――固い。熱い。
指先が触れた瞬間、焼けつくような熱が脳まで突き抜け、理性を一気に溶かしていく。
「セ、セレナぁぁっ!!!」
アリアンは悲鳴を上げ、反射的に手を引っ込める。
顔は真っ赤どころか湯気が出そうで、声も裏返って――その音量で、ノックスが目を覚ましそうになるほど。
だが、その「音」より先に――
ノックスの身体が、ふっと動いた。
低く、眠そうな「……ん」という声。
まるで小さな不満、あるいは――くすぐったさ。
そして――仰向けに転がる。
「きゃっ――!」
アリアンは体勢を崩し、そのまま胸の奥に落ちた。
ドサッと音を立てて、ノックスの腕の中に。
顔が――近い。
いや、近いどころじゃない。
頬は彼の胸板にぴったりと貼りつき、呼吸すら混ざり合う距離。
そして――先ほどの手が、ちょうど彼の胸筋の上に。
「――――――――っ!!!!!」
頭の中で爆音が鳴り響き、アリアンの視界は真っ白に。
鎖骨のラインが視界をかすめるたび、心臓が破裂しそうに跳ねる。
(ちょ……な、なんでこうなるのぉぉぉっ!!)
ノックスは、まだ深い眠りの底にいるらしい。
呼吸はゆっくり、でもその吐息には微かな熱が混ざり、妙な危うさを帯びていた。
セレナはその光景を見下ろし、瞳を細める。
そして、口元に悪戯な笑みを滲ませ――
「……ふふっ。想像以上に、絵になるじゃん」
アリアンはパニックの極みで、慌てて手を引っ込め――
が、その動きが仇となった。
手の甲がノックスの肌をかすめた瞬間、彼の腕が条件反射のように回り込み――
ガシッ。
細い腰を捕らえ、そのままぐっと引き寄せた。
「――――!!!」
アリアンの顔は茹でダコ状態、涙目で心の中は絶叫の嵐。
(終わった……完全に終わった……ッ!!)
ノックスの腕は、まるで獲物を守る檻のように、彼女を閉じ込める。
熱を帯びた体温と、規則正しい鼓動が、容赦なく全身を包み込む。
(押しのけなきゃ……でも、彼、寝てる……?
こんなに近くて……熱くて……息が……!!)
セレナはその様子を見て――笑っていた。
だが、その笑みの奥で、ほんの一瞬だけ、何かが軋む。
(……チッ。ただの遊び。そう、遊びのはずなのに――
なんで、こんなに胸がざわつくのよ)
視線を逸らしながらも、ノックスの顔に一度だけ目を落とす。
無防備に眠るその横顔。
長い睫毛、深い呼吸――そのすべてが、苛立つほどに美しい。
(……こいつ、誰にでもこんな顔見せんの?)
胸の奥がきゅっと縮み、呼吸が一瞬止まる。
――そして、彼女は決めた。
「だったら、私も――負けない」
銀の髪がさらりと流れ落ちる。
セレナは静かに身体を寄せ、肩口にそっと頬を預けた。
熱が、肌から心にしみ込んでいく。
不快じゃない。むしろ――危険なほど、落ち着く。
(これはただの……バランス。そう、バランスを取るだけ)
そう言い聞かせながら、彼女の唇には、理由のない笑みが浮かんでいた。




