第20話 揺れる心と、知られたくない本音
リビングは妙な沈黙に包まれていた。
ソファの上でセレナは仰向けになり、腹を押さえて笑い転げる。
「っはははは……! その顔、最高だわ!」
対して、アリアンはクッションを抱きしめたまま、顔を真っ赤にして俯き、心臓は暴走列車。
(……いまの……もう少しで……っっ!!!)
秒針の「カチ、カチ」という音だけが部屋を満たす。
やがて、アリアンはぎゅっと服の裾を握り、耐えきれずに口を開いた。
「……ねえ、あなたたち……いつも、こうなの?」
声は震え、今にも泣き出しそうなほど。
セレナは片肘をつき、足を組み替え、首を傾げた。
「こうって、どーいう意味?」
「その……」アリアンは顔を上げられず、耳まで真っ赤にして絞り出す。
「……スキンシップ……とか……」
声は蚊の鳴くように小さい。
「ああ――」
セレナはわざと大げさに目を瞬かせ、すぐににやりと笑う。
「それがどうしたの? ノックスは……」
一拍の間。
脳裏をかすめる、さっきの押し倒された瞬間――異様に近かった視線と、心臓を抉るような圧迫感。
それを振り払うように、軽く肩をすくめて口にした。
「弟だし。……それで問題ある?」
「あるに決まってるでしょ!!」
アリアンはバンとクッションを叩きつけ、顔を真っ赤に染めて叫ぶ。
「どこの姉が! ソファに押し倒して! シャツめくって! 半裸までいくのよっ!?」
――しん……
空気が凍る。
セレナの笑みが一瞬、固まった。
銀のまつ毛がかすかに震え、彼女は横を向いて鼻で笑う。
「……口うるさいわね。」
何でもない風を装う声。
だが、胸の奥で何かが小さく刺さった。
(……半裸、ね。……やりすぎ、だった……?)
視線を逸らしながらも、散らかったクッションに目が行く。
脳裏に浮かぶのは、ノックスが覆いかぶさったあの角度――吐息がかすめた距離。
ドクン。
心臓が、不意に跳ねた。
(……何考えてんの、私?)
セレナはわざと軽薄な笑みを作り、身を乗り出す。
「なに? 嫉妬?」
「し、嫉妬なんかしてないっ!!」
アリアンは耳まで真っ赤、クッションを抱きつぶしそうな勢い。
「へえ?」
セレナは目を細め、指先で彼女の襟元をつまむ。
「じゃ、体験してみる? 私が押し倒してあげよっか――」
「や、やめてぇぇぇぇっ!!」
アリアンは悲鳴を上げ、胸を抱えて飛び退く。
顔は熟れたトマト、今にも泣きそう。
セレナはその反応を見て――なぜか、急に笑えなくなった。
(……なんでだろ。
ノックスとふざけた時は、ただの悪ふざけ……のはずだったのに。
――あっちの方が、ずっと……面白かった?)
無意識に、階段の方へ視線が滑る。
よぎるのは、翠の瞳と――冷たいはずなのに妙に熱を帯びた、あの目線。
背に感じた重み、耳元で落ちた低い声。
胸の奥が、また強く鳴った。
セレナは舌打ちしそうになる。
(……バカバカしい。ただ、あの反応が珍しかっただけ。それだけ。)
自分にそう言い聞かせ、ソファにだらりと身を沈める。
唇の端に、いつもの小悪魔の笑みを戻して。
「……でもさ、アリアン。
――その顔、ほんっと最高。」
アリアンは唇を噛み、うっすら潤んだ瞳を伏せる。
胸は、恥ずかしさと苛立ちと――自分でも分からない焦燥で、痛いほどに締めつけられていた。
(どうして……私、こんなに……)




