第10話 カフェとプリクラと、危険な距離
買い物を終え、両手いっぱいの袋を提げた三人は、モール最上階のカフェへ。
窓際の席に腰を下ろすと、セレナがどさりと肘をテーブルに乗せ、メニューを広げる。
「おお~、このパフェうまそう! チョコパンケーキも……ついでにストロベリータルト追加で!」
ノックスは一瞥し、淡々と釘を刺す。
「食べきれるのか」
「わかってないわね!」
セレナは胸を張ってテーブルを叩いた。
「スイーツは女子のご褒美よ!」
アリアンはおずおずとメニューをめくり、小声で呟く。
「わ、私は……ホットココアだけでいいかな……」
その瞬間、ノックスの眉がわずかに寄る。
彼はメニューを取り上げ、淡々と視線を走らせた。
「甘いものだけじゃ、腹はもたない」
言うが早いか、サンドイッチを追加注文。動作は、あまりにも自然だった。
「えっ、ちょっ……いいってば!」
アリアンは耳まで真っ赤になり、慌てて手を振る。
「そ、そんなにお腹すいてないし……」
「好きにしろ。ただ――頼んだなら残すな」
「……っ」
(な、なにその言い方……なんか……“旦那さんモード”入ってない!?)
セレナがにやりと片眉を上げ、悪戯っぽく笑う。
「あらあら、ノックス、今の言い方……“尻に敷かれる男”の逆バージョンじゃない?」
ノックスは水のグラスをくるりと回し、無表情のまま問う。
「……尻に敷かれる、とは」
「えっ……えーと、その……」
セレナは一瞬、口ごもり、肩をすくめる。
「ほら……奥さんに頭が上がらない男ってことよ」
「っ!!」
アリアンは一瞬で真っ赤になり、両手をぶんぶん振った。
「ち、違うの! ノックスは、そんな……そういう意味じゃなくて……!」
(や、やめて……なんでこんな話題に……!!)
ノックスの翠の瞳が、ふいにアリアンを射抜く。
「……奥さんに頭が上がらない、か」
「ひゃっ……!?」
(ちょっと待って……声、低すぎ……ドキドキ止まらないんだけど!?)
「――じゃあ、逆は?」
「えっ……」
「『奥さんに頭を上げすぎる』って意味か?」
アリアンの脳内は完全にショートした。
「ち、違っ、違うのっ! そんな話じゃなくて……!」
顔は真っ赤、声は裏返り、完全にパニック状態。
ノックスは小さく「ふうん」と息を洩らし、視線を外す。
――ただ、その口元には、ほんのわずかな弧。
(ちょ、ちょっと……その笑い方……まるで乙女ゲーの危険ルート……!!)
料理が並び、セレナはスマホを構えながら嬉々として叫ぶ。
「この写真、冷蔵庫に貼ろ~! タイトルは『ノックスおごりDAY』ね!」
ノックスは眉をわずかに上げ、極めて淡白な声で返す。
「父さんのカードで払った。貼るなら――『父さんおごりDAY』にしろ」
「ぶっ!!」
セレナはパフェにむせ、机をバンバン叩いて笑った。
「ちょ、孝行息子モード出すなっての!」
アリアンはカップに顔を埋め、耳まで真っ赤。
(なんで……なんで私だけ、こんな恋愛テンションなのぉぉ!?)
食後、モールを歩いていると、セレナが立ち止まった。
視線の先――ピンク色のプリクラ機。
「おっ、これいいじゃん」
セレナはにやりと笑い、指で示す。
「せっかくだし、記念に一枚撮ろ♪」
ノックスは無言で足を止め、露骨に眉をひそめた。
「……必要あるか?」
「あるに決まってるでしょ!」
言うが早いか、セレナはノックスの手首をつかみ、軽快な声を放つ。
「ほら、レッツゴー! せっかくのお出かけで、待機画面みたいな顔してんじゃないわよ!」
「ちょっ、セレナ!?」
アリアンの視線は、がっちりと握られた二人の手元に吸い寄せられ――脳内で警報が鳴り響く。
(ちょ、ちょっと待って、今――“手をつないだ”よね!? しかも自然に!?)
狭いブース。
三人並んだ瞬間、アリアンの呼吸は乱れた。
(近っ……!! ノックス、後ろに立ってる……!!
なにこの距離感、背中から伝わる体温、シャンプーの香り……これ、まさか新婚さんフォト!?)
「ほら、もっと寄らないとフレーム切れる!」
セレナは容赦なくアリアンの肩を押し、さらにノックスを引き寄せた。
「はいはい、密着して~」
「……面倒だ」
ノックスは小さくため息を洩らしつつ、しゃがみ、翠の瞳をモニターに向ける。
「……これでいいだろ」
(ちょ、ちょっと! 耳元、息かかってるんですけど!? ムリ、呼吸止まるぅぅ!!)
「じゃ、いくよ~! 一枚目、普通にスマイル!」
セレナはピースを作り、笑顔を決める。
「ノックス、仏頂面したら全校LINEに晒すからね!」
「……脅しか」
吐き捨てるような声。だが――ノックスの口元が、わずかに弧を描く。
「カシャッ!」
一枚目、終了。
「次は――ハート作って!」
セレナはノックスの手を取り、アリアンの手にぐいっと押しつける。
「ほら、二人でビシッと!」
「ひゃあああっ!? む、ムリムリムリ!!」
アリアンは真っ赤になり、必死で手を引こうとする。
「カウント始まってる、三、二、一――」
「カシャッ!」
(ムリムリムリムリ!! これ、絶対あとで死ぬ!!)
撮影後、セレナは写真をチェックし、悪魔のような笑みを浮かべた。
「うん、いいね~。カップル感、爆誕」
「捨てろ」
ノックスの声は無慈悲。
「いやよ、冷蔵庫に貼るんだから。タイトルは――
《ノックスのハーレム計画・第一歩》!」
「せ、セレナぁぁぁ!!」
アリアンは顔を真っ赤にして、必死で写真を奪おうとする。
セレナはひらりとかわし、さらに追撃。
「じゃあ、《ノックスと二人のお嫁さんライフ!》にする?」
「な、何それ!? 私、違うからぁぁぁ!!」
アリアンは爆発寸前、涙目で悲鳴を上げる。
ノックスは二人の騒ぎを横目に、ただ一言。
「……くだらない」
――だが、その唇は、ごくわずかに笑っていた。




