門出のレセプションパーティー2
さて、あとはランガさんが来るのを待つのみだが。
彼女は日々忙しいだろうし……先にはじめてしまったほうがいいのかな。
などと考えていた時、遠くに馬車の姿が見えた。御者台で大きく手を振っているのはランガさんだ。
「ショウ~~!」
ランガさんは御者台からひらりと降りると、さらに手をぶんぶんと振りつつ俺の前まで元気に駆けてきた。
「へへへ、来たよ!」
「ランガさん、いらっしゃい」
快活な挨拶をしてから、ランガさんは視線を動かす。その視線はアリリオ殿下と椛音のところで止まった。
「アリリオ殿下がいる! ということは一緒にいるのは……」
「椛音だよ! 勇者やってるっぽい人です」
「わ~勇者様! はじめまして! 商人のランガです!」
「ランガさん、よろしくね!」
アリリオ殿下のことはそっちのけで、女子ふたりは手を取り合ってテンション高く挨拶を交わす。
このふたりは、なんだか気が合いそうだ。
すっかり置いていかれてしまった殿下は、はしゃぐふたりを見つめてから疲れたようにふうと息を吐く。
……殿下、いつもお疲れ様です。
「皆揃ったことですし、そろそろはじめますか」
俺の言葉を合図に、パルメダさんとルティーナさんが皆にノンアルコールのスパークリングワインを配っていく。これは先日、ランガさんから購入したものだ。
皆は恐縮したりしなかったりしつつで、ふたりからグラスを受け取っていった。
「パーティーといえば、主催の挨拶からですね」
パルメダさんにいたずらっぽく言われて、俺はこほんと咳払いをする。
なにを言うべきかシミュレーションはしていたものの、本番はやっぱり緊張するな……。
グラス片手にみんなの前に立つと、視線がこちらに集中する。うう、そんなに見ないでくれ……!
「み、皆様。本日はお集まりいただきありがとうございます」
緊張を解すために、定型文を口にしてみる。すると会社員時代に新人歓迎会などの幹事を任された記憶が思い起こされ、『何度かやったことじゃないか』と少しだけ肩から力が抜けたような気がした。
「殿下からのお力添えのおかげで、無事に店の開店まで漕ぎ着けることができました。まずは、アリリオ殿下に感謝を!」
「殿下!」
「殿下さすがです!」
「よっ! アリリオ!」
アリリオ殿下を手で示しながら言えば、料理人たちと椛音がはやす声を上げる。『紫紺の牙』の面々はそんな思い切りはまだ持てないようで、拍手を送るに留めている様子だった。
「……やめてくれ、恥ずかしい」
皆にはやされたアリリオ殿下は、恥じ入るように真っ赤になった顔を片手で覆う。こういうノリには慣れてらっしゃらないのだろう。
アリリオ殿下はしばしの沈黙ののちにふぅと息を吐くと、顔を覆う手を取り去って「挨拶を先に進めてくれ」と言いつつ皆に片手を振った。
「パルメダさん、ルティーナさん。改めて……これからよろしくお願いします」
今度はこれからお世話になる、護衛兼従業員のふたりに頭を下げる。
「はい、よろしくお願いします。ショウ殿」
「たくさんお役に立ちますね、ショウさん」
するとふたりは、微笑みながら明るく返してくれた。
「長い挨拶は退屈ですし、そろそろ料理をご賞味いただきましょう。料理が美味しかったらご友人などに、店を宣伝いただけますと嬉しいです! それでは、はじめましょう!」
俺の言葉を聞いて皆はわっと歓声を上げ、それぞれ取り皿を手にする。そして、我先にと料理に手を伸ばしはじめた。
「うわ、この肉の煮込み美味いなぁ」
「ほ、ほんとですね……! 甘くてほろほろ……!」
「うーん! これはいくらでも食べられちゃいそう!」
『紫紺の牙』の面々が、オークの角煮を口にしながら感嘆の声を上げる。
その様子を目にしていると、自然に口角が上がった。
醤油の代用品が見つけられていないため、今回の角煮は白ワイン、ブイヨン、ハーブ、柑橘の搾り汁、塩胡椒での味つけをしている。元の世界の角煮と同じ味……とはいかないが、なかなか美味しくできたと自画自賛の出来栄えだ。
「……美味いな、これは」
「本当に美味しい! 卵がふわふわだわ……!」
サンドイッチを口にしたツァネルさんがめずらしくうっとりとした表情でつぶやき、同じくサンドイッチを食べていたリズベスさんも表情を綻ばせる。
彼女たちが食べているのはバターをたっぷり使ったオムレツサンドだ。ふわふわの食感にはかなりこだわったので、気に入ってもらえてなによりだ。
「このパストラミビーフを挟んだやつも美味いな。うん」
シェフたちも手作りのパストラミビーフを挟んだサンドイッチを食べてうんうんと頷いている。
このパストラミビーフは牛バラ肉を数日間塩水漬けにしてから塩抜きをし、スパイスをまぶして燻製にしたものだ。
これはローストビーフにした『大暴れ牛』で作ったものである。さらに言えばまだまだ肉の残りがあるので、バーベキューにも活用することにした。しっかり冷凍しているとはいえ、そろそろ賞味期限も気になるしな。美味しいうちに食べてもらおう。
アリリオ殿下と椛音は、のんびりと根菜のシチューを食べているようだ。アリリオ殿下は気もそぞろという様子でちらちらと椛音に視線をやっているが……見惚れてるな、あれは。それなりの期間を一緒に過ごし椛音のことをよく知っただろうに、熱が冷めずに姪のことを好いてくれているのは嬉しいことだ。
ランガさんはテーブルを渡り歩いて、さまざまなものを少しずつ摘んでいるようだ。
パルメダさんとルティーナさんはフライドチキンを上品に食べており、その速度はいつものとおりのとんでもないものである。いつの間にやらパルメダさんの頭の上にいたピートは、細かく千切ったチキンを彼に分けてもらいご満悦の様子だった。
……このままだと、食べ物がすぐになくなってしまいそうだな。そろそろバーベキュー奉行でもするか。
炭に火を点け、大きく切った野菜と大暴れ牛の肉、そして食べやすいよう縦方向に切った大斧ガザミを網に並べていく。
片手でリズベスさんが持ってきてくれたミートパイを食べつつ焼き進めていくと肉と蟹の焼ける香りが周囲に漂い、皆がすんすんと空気を嗅ぎながらこちらに近づいてきた。
「にゃあ、蟹だぁ!」
「これはいい匂いだな」
「うう、もう我慢が……」
今にもヨダレを垂らしそうな表情の『紫紺の牙』の面々に、焼けた蟹を選別して皿にこんもり盛ってから渡す。
皿の端には先日作った柚子胡椒も添えた。
「わぁ! ありがとう!」
ネンナさんは皿を受け取ると猫耳をぴこぴこと動かしながら、跳ねるような動きでテーブルに持っていく。
「ありがとう、主人」
「ありがとうございます。もう、ネンナ。そんなに走ると転んでしまうわ……!」
メイラさんとパルさんは律儀に一礼をしつつで礼を言ってから、ネンナさんを追いかけていった。
『紫紺の牙』のメンバーに続いてほかの来客たちも次々と俺の前に列を作る。焼けた食材からどんどん皿に載せていったり、食材を網の上でひっくり返したりの、バーベキュー奉行の役目に徹していると……。
「ショウさん、手伝います」
ルティーナさんが腕まくりをしつつ、こちらにやって来てそんなふうに申し出てくれた。
「お手伝いは嬉しいのですが。えっと……まだ食べ足りないですよね?」
「ふふ、大丈夫ですよ。食べながらでお手伝いしますので」
「そうですか。では、お願いします」
「はいっ!」
俺が焼けたものを皿に盛り、ルティーナさんが列に並んだ方々に渡していく。
……パルメダさんが二回並んだような気がするが、たぶん気のせいではないだろう。
『ピーッ! ピッ! ピッピッ!』
パルメダさんのところから俺のところにやって来たピートが、『蟹がほしい』と言うように鳴きながら俺の頭上を飛び回る。
「待て待て、ピート。お前の分はちゃんと冷ますから」
ピートは生まれたばかりの幼竜なのだ。熱々の蟹なんて食べさせたら、口内を火傷してしまうかもしれない。
「私がやりましょう。ピート、少し待ってくださいね」
ルティーナさんがくすくす笑いながら蟹から身を取り出し、ふーふーと息をかけてからピートに渡す。
ピートはそれを嬉しそうに受け取り、俺の頭上を飛び回りながら蟹を頬張った。
ルティーナさんの手伝いのおかげで列はどんどん捌けていき、しばらくすると俺も食事を口にできる程度には落ち着いた。
熱々の蟹に柚子胡椒を載せてから、フォークで身を取り出してから口に放り込む。すると蟹の濃い旨味が口中でじゅわっと弾けた。
すごい。ただ焼いただけなのに、染み出る蟹汁が濃厚なスープになっている。しっかりと蟹汁を蓄えた蟹の身の、もっちりとした食感も堪らないな。
「はぁ、美味い。これは酒がほしくなるなぁ」
「ふふ、たしかにそうですね」
焼き蟹の味にうっとりしていると、同じく蟹を食しているルティーナさんに同意される。
「店で酒を出すかは置いておいて……。個人的に楽しむ用は常備しておきたいですね」
「私も、お酒があると嬉しいです」
「ルティーナさんは、お酒はいける口なんですか?」
「嗜む程度ですが、好きですよ。そうですね……ひと樽程度だったら、酔わずに飲めるかと思います」
「……樽」
ルティーナさんの無限大の胃袋は、酒類にも通用するらしい。肝臓もきっと強いんだろうなぁ。なんて羨ましいんだ。
俺はルティーナさんほどには飲めないが、そのうち酒を酌み交わしたいものだな。
会場に視線を向けるとそれぞれ食事を楽しんでくれているようで、その表情は皆明るいものだ。
それを見ていると嬉しくなって、俺の口角は自然に上がった。
「……よかったなぁ。みんな盛り上がってくれていて」
「そうですね、ショウさん」
ルティーナさんと並んで蟹や肉を食べつつのんびりと過ごしていると、椛音が空になった皿を手にして駆けてきた。その隣には仲よくなったらしいランガさんもいる。
「おっじさーん! 蟹とお肉のおかわりちょーだい! ランガさんの分も!」
「はいはい。このでかいのを盛ってやろう」
「やったー! レモン絞って、お塩も掛けて! レモンと塩で食べたい!」
「……まったく、それくらい自分でやればいいのに」
ぶつくさ言いながら蟹にレモンを絞って塩を軽く振ると、椛音は「にしし」と嬉しそうに笑う。そして俺の近くのテーブルに蟹を置くと、笑顔で剥き身を食べはじめた。
アリリオ殿下はどうしたのだろうと見渡せば、椅子に座ってお腹を擦りつつ食休みをしているようだ。彼の側にはパルメダさんがおり、果実水を渡したりと世話を焼いている。パルメダさんはもともとは殿下の護衛騎士だもんな。以前より、ああやって殿下の世話を焼いていたのだろう。
「そうだ、ショウ。頼まれていたものが出来たよ」
ランガさんが手にした大きな包みを笑顔でこちらに差し出す。
包みを彼女の手から受け取ると、それはずしりとした重さを手に伝えてきた。
──そうか、できたんだ。
「ありがとう、ランガさん」
「叔父さん、それなに?」
礼を言ってから厳重に布が巻かれた包みを解いていると、椛音が蟹を食べつつ横から覗き込んでくる。
「ランガさんに頼んでたんだ。……この店の看板を」
包みを解き終わると、俺の拙い説明からできたとは思えない看板が姿を現した。
天然木そのままのいびつな形をした木の看板で、その中央には『食事処さくら』とこちらの文字で刻まれており、文字の周囲には舞う桜の花びらが精緻な描法で彫り込まれている。
「……さくらって書いてる。お母さんの名前だ」
椛音が看板の文字を見つめ、ぽつりとつぶやく。彼女は丁寧に自身の手を布巾で拭ってから、看板に刻まれた文字をゆっくりと指先で撫でた。そのしんみりとした横顔は、どことなく姉を彷彿とさせる。姉と椛音の血の繋がりを感じると胸の奥に熱い塊がこみ上げ、俺はそれを飲み下すように果実水を口にした。
「店を持ったら、姉さんの名前にしようと思ってたんだ」
「そっか。いいね、お母さんが姿を変えて側にいてくれるみたいで、素敵な名前だと思う。ここに来るとお母さんもいるみたいで、すごくいい」
椛音はそう言うとくしゃりと顔を歪める。その大きな目からはぽろぽろと涙が零れ、「ダメだね、めでたい日に」と言いつつ泣き笑いをされて俺まで涙腺が刺激されそうになった。
……叔父のプライドを守るために断固我慢をしたが。
かなり昔に亡くなっているとはいえ、姉は椛音の精神的な支柱だったのだろう。椛音の心の中には、ずっと姉がいるのだ。
ルティーナさんが椛音に近づき、ハンカチでそっと涙を拭う。すると椛音はにぱっといつもの明るい笑顔を浮かべた。
「ここには……いつでも来ていいからな」
「当たり前でしょ! 毎日だって通うつもりだよ!」
「それは……殿下が困るんじゃないか?」
「アリリオは私のお願いなら、なんでも聞いてくれるもん」
椛音はそう言うと、大きく胸を張る。
……これが愛されている自信というやつか。王子殿下に対してなんとも図々しい話である。
「……!」
ふと。ふわりと桜の香りが香った気がして、俺は周囲を見回した。
いや、気のせい……だよな。今はそんな季節ではないし、この世界に桜があるかどうかさえわからない。
「……今。お母さんの匂いがした」
すんと空気を嗅いで椛音もそんなことをつぶやく。それを聞いて……。
──ああ、姉が来てくれたのかもしれない。
そんなことを俺は思ったのだった。
異世界姪、こちらで第一部完となります。
第二部は5万文字ほど書き溜めてからと思っているので秋〜冬の開始になります。
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