門出のレセプションパーティー1
カーテンの隙間から降り注ぐ朝日の光のまぶしさによって、俺は目を覚ました。
「ん……。ふわぁあ」
大きくあくびをしながら身を起こしたものの、体中がなんだか鈍く痛い。
……これは、ソファーで寝たせいかな。
夜中まで仕込みをしていたので、寝不足のせいもあるかもしれないが。
まだ眠っているパルメダさんとアリリオ殿下を起こさないように階下へ下りて窓へ近づき、さっとカーテンを開けると店内には爽やかな光が満ちた。
一緒に寝ていたピートは、まだソファーで小さないびきをかいている。気持ちよさそうに寝ているから、しばらく起こさないようにしよう。
「さてと……」
つぶやいてから、一次発酵まで終わらせておいたパン生地をマジックバックから取り出す。これは今日のサンドイッチ用だ。
しかしこのバッグ、本当に便利だなぁ。ちなみに、昨日の蟹の残した分も入れている。どういう仕組みかパン生地と蟹の収納場所が混ざり合うみたいなことはないらしく、念のためと濡れ布巾を取ってすんと嗅いでも蟹の匂いはしなかった。
パーティーは昼からの開始だ。時刻が迫っているから、どんどん調理を進めていかないと。
パン生地を食パン型に詰めてオーブンで焼成していると、匂いにつられたのかくんくんと鼻を鳴らしながらパルメダさんとアリリオ殿下が二階から下りてきた。
「いい匂いだな、ショウ」
「おはようございます、ショウ殿。ご飯ですか?」
アリリオ殿下もパルメダさんも、眠そうにしながら食いしん坊なことを言う。
「おはようございます。朝ご飯をすぐに用意しますね」
今朝のご飯は簡単に、ベーコンエッグを別日に焼いたパンに載せたものだ。それも作り置きをしてマジックバッグの中に入れているから、ほかほかの状態ですぐに提供することができる。いやぁ、マジックバックは本当にすごいなぁ。容量に上限があり、量は一人暮らし用の冷蔵庫程度くらいしか入らないのだが。皆の腹を満たせる程度の量がしまえるだけでもじゅうぶんだ。
「パルメダさん、椛音とルティーナさんを起こしてきてもらっても?」
「はい、承知いたしました」
パルメダさんは背筋を伸ばして了承を口にすると、ふたりを呼ぶために店を出て行く。
そしてしばらくすると、寝ぼけ眼の椛音とルティーナさんを連れて戻ってきたのだった。ピートも人の気配で目を覚まし、皆の上を楽しそうに飛び回る。
「叔父さん、おはよ!」
「おはようございます、ショウさん」
「はい、おはようございます」
朝の挨拶をしてから、椛音とルティーナさんは椅子に腰を下ろす。
椛音はすんと空気を嗅いでから、「パンのいい匂いだぁ」と嬉しそうに言った。
ベーコンエッグパンを机に並べ、カフェオレを添える。それを目にした椛音は嬉しそうに笑う。
「ふふ、ベーコンエッグパンだ。なんだか懐かしい」
「向こうでも、よく朝に作っていたからな」
「これを見ると学校に行かなきゃ! って気持ちになるなぁ」
椛音はしみじみと言ってから、カフェオレを口にする。そして「甘くて美味しい」と小さくつぶやいた。
「そうか。これはカノンとショウの思い出の品なのだな」
「……そんな大げさなものでもないですけどね」
アリリオ殿下がなんとも神妙な表情をするので、俺は少し苦笑いをした。
朝食を摂りしばらく食休みをしてから、俺はレセプションパーティーの準備の最後の仕上げに取り掛かった。
椛音にバーベキュー用の肉や野菜を切ってもらったり、パルメダさんとルティーナさんに焼き上がった食パンにサンドイッチの具材を挟むのを手伝ってもらったり、アリリオ殿下に浄化魔法で片づけを手伝ってもらったり、ピートには鳴き声で応援をしてもらったり……と皆の厚意に甘えつつ準備の仕上げをしているとあっという間に昼になる。
屋外にテーブルや椅子を並べ、バーベキューセットを設置し、料理を並べて準備万端に整えたところで……。
「あら、一番乗り……ではなさそうですね」
「久しいな、ショウ殿。殿下と勇者様もいらしたのですね」
リズベスさんとツァネルさんの姉妹、そして四人の王宮の料理人たちが姿を現した。
リズベスさんと料理人たちは手紙にあった『くじ』で選ばれたのだろう。……リズベスさんはツァネルさんの脅迫──いや、『お願い』で参加が決まったのかもしれないが。
「お久しぶりです、リズベスさん、ツァネルさん、皆様も」
「お久しぶりです。はい、これは厨房のみんなからです」
口々に挨拶を交わしたあとに、リズベスさんがバスケットをこちらに差し出す。
バスケットに掛けられた布を取り去ると、中には美味しそうなミートパイがいくつか入っていた。
「美味しそうですね! いただいていいのですか?」
「はい、もちろん!」
お礼を言えば、リズベスさんは屈託ない笑顔を浮かべた。
リズベスさんの笑顔を見ていると、胸の奥が温かくなる気がする。
……相変わらず、癒し系だなぁ。
「これはとっても美味しそうですね」
「ええ、美味しそうですね。私たちがつまみ食いしても仕方ないと思いませんか? ルティーナ殿」
「奇遇ですね。私もそう思っていたところです」
ルティーナさんとパルメダさんがバスケットを覗き込み、口々にそんなことを言い出す。
「だ、だめですよ!」
抱きかかえるようにしてバスケットを庇うと、ふたりは実に不服そうな顔をした。
まったく、このふたりは食べ物のことになると信用ならない時がある……!
『ピィ!』
俺の頭に乗っていたピートが羽ばたくと、バスケットに縁にがしりと取りつく。そして、くんくんとその中身を嗅いだ。うちには食いしん坊ばかりいるらしい。
「こら、ピート。まだダメだ」
「……先ほどから気になっていたのだが、それは赤竜の幼体か?」
「わぁ! とっても可愛いですね!」
ツァネルさんは怪訝な顔をし、リズベスさんはピートを見て目を輝かせる。
「はは。ツァネルさんにいただいた卵が孵ってしまいまして。懐かれたので飼っている次第で」
食べるようにと渡された卵を、意図的ではないとはいえ孵してしまったのだ。
気を悪くしたのではと少しハラハラしていたのだが……。
「ふむ、そうか。……それはそれで出会いなのかもしれないな。人を襲わぬよう、ちゃんと躾はするように」
ツァネルさんはあっさり言うと、ピートの頭を優しい手つきでひと撫でした。
その表情は柔らかで、瞳には慈愛が滲んでいる。ツァネルさんは動物が好きなんだろうなぁ。
……始末しろ! なんてことにならずに済んでよかった。
「あれ、なにかやってるな」
「こんにちは~!」
「こ、こんにちは。そろそろ開店してないかなぁと思って来てしまいました」
皆と談笑していると、予想外にも『紫紺の牙』の面々が現れた。
「……彼らは?」
ツァネルさんがリズベスさんを背に庇いながら、『紫紺の牙』の方々に鋭い視線を向ける。
アリリオ殿下は整った形の眉を顰め、椛音は首を傾げていた。
「えっと、冒険者パーティ『紫紺の牙』の方々です。前に店に立ち寄ってくださったことがあって──」
「ね、ね、ね! なにしてるの!?」
「えっと。開店前に世話になった人たちを呼んでレセプションパーティーを……と」
相変わらず元気はつらつのネンナさんに詰め寄られ、俺は本日の催しの説明をした。
「ええ~~っ! いいなぁ! あたしたちも参加しちゃダメ?」
「こら! 身内で楽しんでいるところを邪魔しちゃ悪いだろう」
ネンナさんがぴょんぴょんと跳ねながら羨ましがり、メイラさんがそれを窘める。
「うう、でもいい匂いですね……」
パルさんはテーブルに載った料理の数々を見つめながら、切なげな息を吐いた。
……これは参ったな。
せっかく来てくれたのだし参加してほしい気持ちはやまやまだが、アリリオ殿下と椛音のことをどうごまかそう。
「あれ? この美少年……どこかで見たことがあるような?」
ネンナさんがアリリオ殿下に駆け寄り、彼の顔をまじまじと見ながら頭の上に疑問符を浮かべる。
アリリオ殿下は「気のせいだろう」と言いながら、ネンナさんの視線から逃れるように顔を背けた。
「この顔、ま、ま、まさか」
パルさんはすぐに殿下の正体に思い当たったらしく、ぶるぶると身を震わせはじめる。
そんなネンナさんとパルさんの様子に首を傾げていたメイラさんは、アリリオ殿下をじっくりと眺めてから……。
「待ってくれ。貴殿はアリリオ殿下か!?」
驚嘆という表情で、そんなことを叫んだのだった。
アリリオ殿下は否定も肯定もせず、『だったらどうする』というお顔をしている。
そういう意味深な表情をしていると、実に王族らしい気品に溢れた印象になるな。
「まさか。隣にいらっしゃるのは……勇者様か!?」
「えへへ、そーだよぉ」
メイラさんの言葉に、椛音は呑気な調子で答える。
……うちの姪はいつでも、気品の欠片もないな。たっぷりの愛嬌には溢れているとは思うが。
「なんと……! これは参ったな」
「ふにゃっ! アリリオ殿下!? と勇者様!?」
「わ、わわっ……! ご無礼を……っ! ご無礼を働き申し訳ありません……!」
『紫紺の牙』の方々は、三者三様の動揺を見せる。
その様子を見ていると、なんだか申し訳ないような心地になってしまった。
「ちなみにショウ殿との関係は……」
「えっと……」
「叔父と姪だよぉ」
メイラさんに訊ねられ俺が言い淀んでいると、俺の腕に抱きついてきた椛音が元気に答える。
……ちゃんと、口止めをしておけばよかったな。
「は? 勇者様のお身内……!?」
メイラさんは俺の椛音を交互に見て目を白黒させる。
「はは……」
俺はなんと返せばいいのかわからず、ただ苦笑いをするしかなかった。
「ショウ。この者たちはお前の知人なのだろう? パーティーに参加をしてもらってはどうだ?」
アリリオ殿下が『紫紺の牙』の面々に視線をやりつつ、そんなことを提案する。
そうだな、アリリオ殿下と椛音の……そして俺の素性もバレてしまったし。彼らを帰らせる理由はもうないのだ。
「そうですね、参加してもらいましょう。えーっと、殿下たちが来たことや俺の素性のことは内緒にしてくださいね。騒ぎになったら困ってしまうので」
「……わかった。絶対に内緒にする」
メイラさんは神妙な面持ちでこくりと頷く。それに続いて、ネンナさんとパルさんも首を上下にぶんぶんと動かした。
……とはいえ、そのうち広まってしまうような気はするのだが。
椛音はしょっちゅう訪ねて来るだろうしな。
「パルメダ卿とルティーナ様がここにいる理由が理解できたな。なるほど、勇者様の……」
メイラさんが頬に冷や汗を垂らしつつ、ぶつぶつとつぶやく。
しばらく思案顔をしたあとに、メイラさんは「ひょっとして、場違いなんじゃ……」とぽつりと言った。
そんなメイラさんを、ネンナさんが猫耳をぴこぴこ揺らしながら「なるようになるっしょ」と明るく励ました。




