先代の記憶と寄生兵器
リクが力尽きたのは、リリスとの戦いの直後だった。
「魔力の枯渇がひどい……このままでは命に関わるかもしれない」
カイが苦い表情で言うと、エルナも真剣な面持ちでうなずいた。
「テルメ・ルーナに行こう。そこなら……“魔泉”がある。癒しの源泉、魔力を直接回復させる温泉よ」
「そんな場所が……」
「飛行艇を捨ててでも、今は彼を助けなきゃ」
彼らは決断した。飛行艇の脱出口をこじ開け、最寄りの山あいに降下する。
森を抜け、半日をかけてようやくたどり着いたのは――
幻想的な光を湛えた、静かな温泉街。
リクを背負っていたカイは、息を吐きながら呟いた。
「……ここが、エルナが言っていた癒しの聖地か」
「うん。ここなら、魔力の泉でリクの回復を……!」
ふと、木製の門から出てきた老人が彼らに気づき、目を見開いた。
「おや……旅の方か。お困りのようだね」
「仲間が……魔力を使い果たして倒れてしまって……!」
エルナの懇願に、老人はうなずくとすぐに案内を始めた。
「急ぎ、回復泉へ。運がいい……今は“満月の湯”が開かれている。魔力回復には最も適しておる」
老人の名はミルドといい、この街で何代も湯守を務めてきた人物だった。
案内された先には、蒼い光が揺れる巨大な露天の湯。魔力を含んだ泉が、ほのかに脈動しているようだった。
リクはそっと湯へと横たえられた。
――その瞬間、魔泉が静かに反応を示した。
「……光が……リクに……」
蒼白く輝く泡が彼の身体を優しく包み、緩やかに魔力が注ぎ込まれていく。蒼光は徐々に脈を打ち、リクの呼吸も深くなっていった。
「……助かる……かもしれない」
カイとエルナが顔を見合わせる。
ミルドが手を叩いた。
「さあ、君たちも疲れているだろう。今日はゆっくり休んでいくといい。身体だけじゃない、心まで癒すのがこの街の役目だ」
そう言って、街の者たちは暖かく二人を迎え入れた。
カイは湯屋の少年たちに囲まれていた。
「ねえねえ、お兄ちゃんの剣、どうなってんの!?」「あれって魔法剣!? それとも超合金!?」
「いや、あれはもう壊れちまってな……」
少年たちが騒ぐたび、カイは少し困ったように笑ったが、どこか嬉しそうでもあった。
しばらくして。魔泉で急速に魔力を回復していたリクが目を覚ました。
「リク!」
「……おかえり」
声はまだ弱々しいが、笑みを浮かべていた。
「ここは……いい街だな。あったかくて、柔らかくて……こんなところでなら、少しの間、戦いを忘れてもいい気がする」
「少し、休もう。……それがきっと、次に戦う力になるから」
エルナがそっと彼の手に触れた。
魔力温泉街「テルメ・ルーナ」に癒やされる日々が続くなか、リクたちはようやく心身の疲れを癒していた。街の広場では地元の市が開かれ、観光客や冒険者たちが賑わいを見せている。
その喧騒のなか、不思議な気配を纏った老人がゆっくりと近づいてきた。
「ようやく見つけたぞ……“創造者”の気配を持つ者よ」
リクが振り向くと、そこには深い皺と慧眼を持つ男――エイランが立っていた。灰色のローブと杖を携え、背は丸く、しかしその瞳には決して消えぬ知の炎が宿っていた。
「……俺を、知ってるのか?」
「知っておる。いや、“お前のような者”をな。わしはかつて、王国直属の術典庁で“スキル構造理論”の研究をしておった。エイランと申す」
カイとエルナが警戒しながらも後ろに立つ。
「君が……スキルクリエイターについて何か知っているのか?」
エイランは頷いた。
「それはただの能力ではない。“意志”と“概念”を媒介に力を形作る技法。スキルとは本来、天恵に等しい。だがごく稀に、自らの内から新たな法則を書き換える者が現れる。わしは、過去にその者を……“創造主”と呼んでいた」
リクの目が揺れる。
「……その“創造主”とやらは、今どうしてる?」
エイランの表情が僅かに翳った。
「一人は、国の禁忌を侵し、処刑された。もう一人は、自ら力を封印し、どこかへ姿を消した。そして三人目は――わしの弟子だった。だが……彼もまた、力に喰われ、己を見失った」
しばしの沈黙のあと、エイランは小さな革の書物を取り出す。
「これは、彼らが残した“記録”と“警告”だ。わしはこの街で、“次なる創造者”を待っていた。偶然などではない。……お前が来ることを、予見していた」
リクが受け取ったその本には、精緻な魔法文字と構造図、そして呪文詠唱の可変式などが書き込まれていた。
「この力が、なぜ存在するのか……どう生きるべきなのか。お前は、選ばれし者であると同時に、裁かれる可能性を持つ存在でもある」
「……それでも俺は、この力を使って人を守りたい。それじゃ駄目か?」
エイランはゆっくりと微笑む。
「否。それこそが、“創造者”として最も尊き在り方だ。だからこそ、わしは導きに来た」
彼は広場の片隅、魔力の石碑の前へリクを誘った。
「この石碑は、かつて失われた“共鳴記憶”を蓄積するもの。お主がここで、己の力を使えば――過去の創造主たちの痕跡を見ることができるだろう」
「痕跡……?」
「己の行き着く先を知る術の一つじゃ。必要か否かは、お主が決めよ」
リクは深く息を吸い、静かに頷いた。
リクは石碑に手をかざした。
淡い蒼光が、彼の手から流れ出す。
その瞬間――石碑が震え、空間が揺らいだ。
“創造者の記憶”が、今まさに目覚めようとしていた。
リクたちがエイランの温泉街で休息を取っていたちょうどその頃――
遥か北、黒鋼の塔と呼ばれる巨大な研究施設の地下深くで、Dr.オーダは静かに報告を聞いていた。
「……リリスとヴィクトール、共に沈黙。回収不能です」
部下の無機質な声に、彼は一切の動揺を見せなかった。
薄く笑い、手元の端末を操作する。
「ふむ。ならば――そろそろ、“対リク兵器”の起動実験を開始しよう」
コードネームは、《コラプサー》。
それは、リクという存在、すなわち“スキルクリエイター”に特化して構築された魔導兵装だった。
純粋な破壊力ではなく、リクの“創造スキル”を逆流・暴走させる干渉波。
対象の精神と魔力の位相を狂わせ、創造そのものを“自壊の呪い”へと転じさせる、異質な兵器。
制御核は、かつてリクと同じく創造の才を持ちながら、精神崩壊した被験体の脳を使用している。
「彼に似た存在を、彼を破滅させる装置に転じた。実に皮肉だとは思わないかね?」
部下たちは無言だった。
Dr.オーダは立ち上がると、分厚い隔壁の向こうに鎮座する巨大な黒い装置を見つめた。
無数の呪印が刻まれた装甲板。その中心には、人間の眼球を模した“魔導視核”が脈動している。
「準備を急げ。ヤツが再び動くなら、それを迎える“贈り物”が必要だ」
その頃、温泉街では――
エルナが地元の子どもたちに射的を教えながら笑い、リクはまだ魔力の回復途中で、動けずにいた。
カイは村の若者たちと剣術の稽古をしながら、時折、険しい表情を空に向けていた。
――そして、空の彼方。
静かに“コラプサー”の瞳が、リクたちの方角を向いていた。




