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過去 マサの母親

 私の一人娘である政子(まさこ)は元気が良く、テレビの内容を直ぐに影響を受ける以外は普通の()()()だった。


 そんな子が小学校入学して直ぐに一つ斜め隣の席の女の子と()()()()したと聞いた時は、前日に見たドラマの影響を受けたなと思った。多分駆け落ちごっこなのだろうと思ったが、家に帰ってよくよく調べれば政子のお気に入りの洋服とお小遣いを貯めていた貯金箱、お菓子やカップ麺が無くなっていたから、流石にごっこ遊びではない事がこの時気付いた。

 何より息子の義朝(よしあさ)が政子から預かっていた手紙を読んで膝から崩れ落ちた。


『ゆりるちゃんのママがあんまりにもひどいので、ゆりるちゃんとかけおちします。さがさないでね。まさこ』


『『ひどいこと』? 酷い事ってどう言う事? まさかっ』

『ママ此れ見て』


 義朝が取り出したのはビデオカメラ。映画監督の様に撮影する事に嵌まり出した政子が家のビデオカメラを使って外の風景とか撮っていた物だ。


『あいつが俺に『ママに見せてね』と言って直ぐにどっか行ったから中を見たら……コレ警察に見せた方が良いと思う』


 私は手渡されビデオカメラを再生すると。




『この馬鹿!! あれ程服を汚すなと言ったでしょ!!?? 何で言う事聞かないの!!』

『ごめんなさい! ごめんなさいママ!!』


 鬼の形相で小さな女の子を平手打ちで何度も何度も叩き付ける女の姿が其処には映っていた。


 女の子が何度も泣きながら謝っているのに―――恐らく、と言うか女の子も言っているので殴っているこの女は『母親』であろう。

 母親は必死に謝る女の子を平手打ちにしていたと思ったら、女の子の右腕を掴んでそのままの勢いでなんと叩き付けたのだ。


『帰ったら勉強してなさいよ! 帰った時にしていなかったらただじゃおかないからね!?』


 そう吐き捨てると母親はズカズカと床に転がっている女の子のお腹を蹴り飛ばすと、放置して何処かへと消えて行った。母親がいなくなった後、仰向けに転がった女の子は苦しそうに咳をしながら、すんすんと小さく泣いていた。


 カメラが暗転して政子が動いていたと思った所で動画は終わった。








 ―――仕事の途中で帰宅して貰った旦那にもこの動画を見せると顔をしかめた。

『……この子のお母さんについて何か知っているのか?』

『入学式で見かけた事があるけど、綺麗なお淑やかなお母さんとしか……こんな風に髪を振り乱して殴る人とは思わなかったわ』

『…………警察に連絡した方が良いな。小学一年生の行動範囲を考えればそう遠くに行っているとは思えないが、流石に此れは『躾け』の域を超えている』


 旦那と同意見だった私は義朝を義実家に預けて警察署に向かい、政子が残した置手紙と例の動画を見せた所、警察官の方も動画を視聴している間、眉間に眉を潜めたり「あー……」と小さく声を出して顔は『此れはアウトだな』と言う顔をしたりしていた。


『娘さんがお金や洋服を持って出て行っているので警察(此方)で家出として届けを出しましょう。そしてこの親御さんに関して……児童相談所の方へ連絡を取って調査します』


 そこから簡単な事情聴取を受けた後、一旦私達は帰宅して警察からの一報を待つ事にした。直ぐに連絡が来ると思っていたが、警察から保護したと連絡が来たのは()()()

 しかも二人が保護された場所は()()()()()()()と言うから一瞬言っている事が分からなくって、背後に宇宙が広がった気がした。


 某遊園地は政子が小学校に入学前に旅行で行った事がある。初めての遊園地で政子はとっても喜んで楽しんでいたけど、まさか子供二人で大阪まで行っていたとは流石の警察内部でも騒めいたそうだ。



 警察の方々から話を聞くと、二人の足取りは公共交通機関を使っていたから簡単に掴めたそうだ。

 てっきり電車を使って遠くて隣の市までと思っていたら、まさかの新幹線を使って大阪まで逃避行していたのだ。悪い大人が関わっていたのかと思ったら、二人が通った道の監視カメラを全て調べても大人の姿が影一つなく、子供二人だけだった為本当に事件性はないと判断された。


 二人の行き先が大阪だと分かった警察は直ぐに大阪県警に連絡して政子達の捜索と保護を要請した。大阪府警も直ぐに捜査を始め、直ぐに居場所が分かったのだ。


 子供達がいたのは何と某大型遊園地に入場している姿が確認されて、直ぐにスタッフに連絡を取って政子達を保護したのは夕方頃だった。翌日は日曜日だから本当に良かった。


 相手方にも連絡を受け取っていて翌日に話し合いをする段取りを決め、政子達は遊園地のホテルに特別に一晩泊まらせて貰っている。本当に有難い事だ。


『最後に一つだけお聞きした事がありますが』

『何でしょう?』

『娘さんのご友人。百合瑠ちゃんの事は『()()()』と認識しているのですか?』

『はっ?』

『女の子……では?』


 怪訝な表情をする私達に若い警察官の男性は溜息を吐いて重い口を開いた。


『実は……百合瑠ちゃんは女の子ではなく、()()()です。トランスジェンダーとかではなくて心も身体も男性の』

『『はぁ!?』』






 何でも二人が保護された時に『どうして駆け落ちをしたのか?』と聞いた所。


『あのね、ゆりるちゃんのママが酷いの。ゆりるちゃんのママ、ゆりるちゃんを何度もぶったり蹴ったりしていじめるの。見てよこの傷』


 政子が百合瑠の長袖を捲ると其処には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 此れには事情を聴いていたスーツアクターの人とそのスーツアクターの声を担当していた声優さん、それを遠目で聴いていた警察や声優仲間さんやスタッフ達も絶句していた。



 余談だが、政子達を保護したのは政子が大好きなキャラクターでしかもその日はそのキャラクターが出てくるアニメの声優さんがイベントで来ていた日で、二人の話を偶々聞いて『自分も協力する』と警察に申し出てくれて二人に事情聴取をしてくれたそうだ。

 その後、夫婦で迷惑を掛けた遊園地のスタッフや声優さん達に、菓子折りを持って謝罪行脚をしたのは今となっては懐かしい。



 話を戻すと絶句していた大人達に気付かずに子供達はどんどん話を進める。


『しかもね。ゆりるちゃんが着たいお洋服を着させてもらえないの』

『? ゆりるちゃんは着たいお洋服があるの?』

『……本当はスカートなんて履きたくない。()()()


 一人自称が『ぼく』と言った時、勘の良かったスーツアクターの声担当の声優さんは、一度声を詰まらせるが、直ぐに百合瑠ちゃんが言いたい事を察してくれた。


『百合瑠ちゃんだっけ? まさか君は()()()なのかい?』

『…………うん』


 蚊が泣く様な小さい返事だったが、確かに『男の子』と認めたのだ。そこから警察もかなり緊迫した対応を直ぐに取った。




 その話を聞いた翌日、息子を連れて大阪の警察署に向かうと其処には百合瑠ちゃんの父親と祖父が待っていた。義朝は別室で待って貰い大人だけで話し合いをする事にになった。



『『この度はウチの娘がとんでもない事をして申し訳ありませんでした!!!!』』


 開口一番私達夫婦は百合瑠ちゃんの家族に頭を机に引っ付く程下げて謝罪した。理由は何であれ、人様のお子様を連れて家出したのは間違いない。今回はいち早く警察や遊園地のスタッフの方が保護に動いてくれたから無事だったが、偶々幸運が重なっただけだ。何かあったら取り返しのつかない事になっていた筈だ。


『頭を上げて下さい!! お嬢さんは悪くありません!』

『元はと言えば此方の家庭の問題なのに、幼い子供であるお嬢さんが孫を助ける為に行動を起こしたのです。私の娘が孫にした事を鑑みれば貴方方のお子さんがした事は孫の命を助けようとした行動です』


 今度は相手側が頭を下げて謝罪合戦。仲介役をになっている刑事さんが止めなかったら一生していたのだろう。


 頭を上げた夫は一番気になるであろう質問を聞いた。


『あの……百合瑠ちゃんは……その、トランスジェンダーと言うのではなく……』

『……あの子は男です。妻があの子を産んだ時に多額の金を積んで性別を偽らせたんです。金を受け取った医者とその関係者は今事情聴取を受けていますが、逮捕は間違いないでしょう』

『何でそんな事を……』



 私達が絶句していると百合瑠ちゃんいや、百合瑠君の母親の父に当たるこのご老人はかなり疲れた風に話し始める。


『……お恥ずかしいお話、ウチの娘は従兄弟、つまり私の甥に執着心を持っていました。その甥にも百合瑠と同い年の可愛い娘がいて……』



 百合瑠君の母親は従兄弟の事を長年恋心を拗らせていた。


 その従兄弟はアンティークドールの様な整った顔で、成績も性格も良い正しく完璧人間らしい。誰もが彼に恋をしたし、従妹の彼女も例外ではなかった。


 彼女は県外に住んでいる従兄弟と会う為に、住んでいる県の寮のある中高一貫校に入学し、学校が休みの日は毎回従兄弟の家に遊びに行っていた。

 最初の頃は従兄弟家族は喜んで迎えていたが、自分達の予定があるのにお構いなしに遊びに来るのでやんわりと注意しても聞かなかった。

 挙句、偶々帰り道が一緒で日が暮れていたから従兄弟が家まで送って行った部活の後輩の女の子に詰め寄り、突き飛ばして怪我を負わせたのだ。


 百合瑠君の母親は休日でも外出をする事を禁止され、夏休みや冬休み等の長期の休暇の時は強制的に実家に戻されて長期休暇前日の夜に帰される様になった。

 そして彼女の愛しの従兄弟はこれ以上迷惑を掛けない様にアメリカの大学へ留学し、物理的に距離を取った。此れには相当発狂した様だが、両親が頭を叩いて精神科に通院させてからは大人しくなった。


 其処からは比較的に大人しく真面に暮らしており、大学卒業後入社した先の同僚の男性と結婚した。それがこの旦那さんと言う訳だ。

 子供が妊娠して、さあ此れから幸せになるぞと言う時期だった。


 従兄弟が()()()()()()()()()()したのだ。


『娘には従兄弟の事は耳に入れない様にしていたのですが、何処からか漏れてしまって……しかも妊娠していた子供がちょうど百合瑠と同じ時期に産まれる予定で……』

『それで執着心が再燃したと。ご主人は奥さんの事は……』

『……百合瑠の件で初めて聞きました』


 無念と悔しさが混じった様な複雑な表情をしていた。そりゃあ自分の妻が他の男に思慕していたと聞いて良い気分はしないだろう。


『相手の女性がこの方の娘が太刀打ちできない程の良く出来た嫁さんで、簡単には奪われない事は分かっていたのでしょう。だから自分の子供と相手の子供を競わせて、自分の子が相手より優秀であればある程従兄弟はきっと優秀な子供を育てた自分の事を好きになって貰えて、最終的には自分と再婚する事を狙ったのですが、相手の子供が女の子、自分の子供が男の子で『同じじゃなければ駄目だ』と何故か娘として育てる事にしたと言う訳です』

『『はぁ?』』


 刑事さんの犯行理由を聞いて私達夫婦は頭を大量の?マークを浮かべるだけだった。お互いの顔を見合わせて刑事さんの顔、百合瑠君の父親と祖父の顔を見ても分からなかった。百合瑠君の母親の動機がどうしても理解不能で、意味が分からなかった。


 百合瑠君の母親の頭が可笑しい計画が成功したら、現在結婚しているこの旦那さんはどうなるの? 離婚するの? と言うか幾ら自分の子供が優秀でもそれだけで従兄弟夫婦が離婚する訳がないじゃない。一体どう言う思考回路をしたらそんな事を思い付く訳?


『分からない事が正常だと思いますよ』


 そう伝えた刑事さんは何とも乾いた疲れた笑顔だった。


『と言うか、旦那さんを含めた周りの大人達は百合瑠君の性別を知らなかったんですか? 幾ら何でも知らないなんて可笑しいんじゃあないですか?』

『おい』


 ついつい非難がましい言葉使いになっていたのを旦那に窘められる。だって六年もずっと自分の子供の性別を勘違いしていたなんてそんな馬鹿げた話はある? 


『……………非難されても仕方がないのです。彼女が望んでいたとはいえ、家庭や育児を全て任せっきりで仕事に専念していました。私の仕事は出張や単身赴任が多く子供の事を忘れていた日もありました。

 お陰て百合瑠は……あの子は六年近い間辛い思いをさせてしまった。挙句の果てに初対面同然のクラスメイトの子と一緒に『駆け落ち』するまで追い込んでしまって……妻よりも私の方が罪が重い』


 流石に顔色が土色になって落ち込んでいる姿を見れば、流石に言い過ぎた反省の心が芽生えた。でもまぁ言った事に関して後悔はない。


『因みにですが、百合瑠君が通っていた幼稚園は水泳は『身体が弱い』と言って休ませて、トイレとかは多目的トイレがあったので其処を……後、母親がかなり気が強い女性でして』


 刑事さんが言葉を考えて言っている様だが、要は百合瑠君の母親は『モンスターペアレント』と言う事か。それなら百合瑠君はかなり腫れ物扱いだろう。だから分からなかったのか。











『取り合えず子供達の今後ですが、望むのであれば私達は今いる地を離れて遠くへ行きます』


 此れは義実家と私の実家を交えた話し合いの末の結論だ。

 新しい住居が決まったら直ぐに引っ越して学校も学区が違う場所に転校する予定だ。義朝は親しい友達と離れて辛い思いをさせて申し訳ないが、本人は『別に休みの日に会えば良いし』とケロッとしていた。


『いえ。転校しないで下さい。政子ちゃんは百合瑠の為に行動しただけですから』


 百合瑠君のお父さんは顔色が悪い色をしながらも、覚悟を決めた光を灯した眼をしていた。


『……妻とは離婚します。百合瑠の安全が第一です。仕事も定時と休みが取れやすい支店の異動願いを届けて貰ってます。今後は百合瑠の為に生きていきます』

『娘には慰謝料と養育費を一括で支払わせた後、私達が監視して自由にさせません。場合によっては精神科への入院させます』


 まぁ、略奪不倫をする為に自分の子供の性別を偽らせる様な毒親とは縁を切った方がマシだ。精神科への入院も最善の策だろう。原因である私達側が何もお咎め無しなのはちょっと気まずい気がするが。


『ただ一つだけ。お願いがあるのです』

『お願いとは?』

『百合瑠と政子ちゃん、此れからも仲良くして頂けませんでしょうか?』


 彼等の申し出には驚きはしたが、百合瑠君にとって初めての友達は政子なのだろう。しかも歪な家庭から百合瑠君を解放した恩人。確かに何時までも仲良くして欲しい気持ちは分かる。

 夫婦で小さく話し合い、お互い納得した答えを導いた。


『親である私達が決める事ではありません。政子の性格上、きっと百合瑠君と仲良く出来るでしょう。だけど、交流を深めるのには中学卒業後になってからにしませんか?』

『何故?』

『ウチの馬鹿はテレビの影響を直ぐに受けやすい子だからまた似た様な騒動を犯す可能性があります。そして今回自分がした事でどれだけの人達に迷惑を掛けたと言う事を分からせたいのです。高校生位の年頃なら自分の判断がしっかりしているでしょうから』

『……そうですね。私達もその間息子のメンタルケアに専念します。妻との関係もその間にキッパリと断ち切ります。……本当に息子を助けて頂きありがとうございました』



 深々と頭を下げる相手方に『此方こそ、ウチの娘が迷惑を掛けて申し訳ございません』とまた夫婦で頭を下げたのだった。

























 子供同士の交流はなかったけど、大人同士は季節の挨拶のはがきが送られる程度の細々とした交流があった。

 そこで百合瑠君の母親と無事離婚出来た事、百合瑠君の母親の従兄弟が百合瑠君の母親にかなり辛辣な言葉で拒否して絶縁した事、色々あって百合瑠君の母親はパートを掛け持ちして慰謝料や養育費を稼いでいる事、すっかり大人しくなっている事を知った、


 そして百合瑠君のメンタルケアも最初の頃は鬱やPTSDの症状が出ていたが、治療や父親や周りの人達のケアによって大分改善した事、小学五年生頃からずっとやりたかった野球をずっとやっている事、高校は野球に強い学校に推薦で貰った事も知った。



 私も政子にはお小遣いの大幅減額、一人の外出も許可制で今回の事件を罰した事、夫婦で厳しく躾けたお陰でテレビの影響を直ぐに受けなくなった事、学校も保護者達に事件のあらましを説明した事、名前を明言しなかったお陰で大勢に政子の仕出かした事を知る事が無い事を話した。


 有り余る体力と行動力を地元のサッカークラブに通わせて発散させた事、それが功を奏して今では女子サッカーのある高校に無事入学出来た事も報告した。


 そして互いの約束した中学卒業後。高校進学先も決まり約束通り子供達の交流を再開した。

 それからの二人の行動に大人達が口に出す事はない。仲良くなろうがならないがは本人達次第だ。


 だけど親としての感が言う。

 きっとこの二人は此れから先も縁が続く筈だと。





















 互いが互い性別を勘違いしてお互いの事を思って、男装・女装していたと知った時は似た者同士だと親同士で笑ってしまった。

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