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67 武士道


「私は台湾人の(リー)だ。この老齢になっても、陽明山に登って温泉に入るより楽しいことは見つけられんかったよ」


好々爺然(こうこうやぜん)とした李老人に話しかけられる。山を見ながらの露天風呂はつい長風呂してしまう。


「ご明察(めいさつ)の通り、日本人ですよ」

「やはりそうか。すまないね、日本には京都帝国大学の農学部に留学したこともあってね」

「そうなんですね。だから日本語がお上手なんですね」

「今は引退してこうして陽明山の温泉に入りにくるばかりだ。ところでお兄さんは蒋介石は知っておるか?」

「蒋介石・・・たしか中華民国や台湾のトップだった人でしたっけ?」

「そうだ。あそこらへんの公園に像がある」


そういって山の方を指さす。


「つい先日、その像の首が斬られた」

「??? 愉快犯かなにかですか?」

「日本人のために斬られたのだ。面白いだろう。八田與一氏のためだ」

「はったよいち・・・?」

「帰ったら調べてみると良い。後藤新平氏も有名だが台湾人は八田氏に何より恩を感じている」


なんでもダムを作った人らしい。それで、広大な田畑が台南地方にできたとか。セミハイドロリックフィル工法で作られたダムは今でも現役らしい。


「ところで、カーライルの衣装哲学は読んだことあるかね?」

「・・・?いや、読んだことないです」

テスト勉強以外で本あんま読まないし。


「そうか、、、なら新渡戸先生の「武士道」は流石に読んだことがあるだろう。義、有、仁、礼、誠、名誉、忠義だよ」

「”義を見てせざるは勇無きなり”ですか?」

「それは孔子の”義を見て為さざるは勇無きなり”だ、内容としては近いがね。帰ったら読み直しなさい。日本精神の根幹は武士道なのだよ。私も深く感銘を受け、アイデンティティの大きな部分を占めている。そして武士道に通底すべきなのは”公”なのだ。天下為公(てんかいこう)だ。天下とは公のためであり、私的なものにしてはならない。私は常々、”我是不是我的我(ウォシープーシーウォデァウォ)”と心に(めい)している。私ではない私、そういう私にならなくてはならない」


これ以上の長風呂は老体には辛いから失礼するよ、と言って李老人は去っていった。


まだ若い(とはいってもアラサーのおっさんだ)オレはもう少し湯舟に浸かる。


李老人の言うことはなんだか良くわからなかったが、武士道と聴き、オレは刀を思い浮かべた。

"公"ではなく"刀"。空式水月(くうしきすいげつ)を研ぎ澄ます際に、心も研ぎ澄ましたオレにはなんとなく分かる。切っ先にたゆたう明瞭(めいりょう)な死。日本の普段の生活ではきっと感じ取ることができないであろう感覚。力を与えられたからには考えざるを得ない、猫じゃない限りは。





異世界と向き合うべき時が来たのだ。









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