1 夢見がちなオレたちへ
これは個人的な日記だ。
妄想と断じてくれて構わない。仕事で連日深夜まで働かされている男がついに狂ってしまっただけかもしれない。
だって、ダンジョンとかモンスターとかスキルだなんて、現実に存在するわけないだろう? そりゃあ、そういうものがあるのかもなんて三歳児ぐらいまでは信じていたかもしれないが、今時の子供はサンタなんて儀式に過ぎないって分かってるし、世界の果てまでアイフォンの明かりで照らされているんだから、少なくとも地球上にはもう知らないことはないんだって証明されてしまった。
火星の地下深くには、残ってるのかもしれないけどね。
・・・。つまりは、ファンタジーってやつは駆逐されてしまったわけだ。
でも、みんなダンジョンってなに?と聞かれたら、一応は答えられるだろう?
「剣とかもって、洞窟みたいなところに入って、モンスターを倒したり、レベルアップしたりして、宝箱からアイテムを入手したり、奥底になぜかいるボスを討伐してクリアするアレだろ?」なんてね。
ゲームは人類史上最大限に偉大な発明だった。
縦横にスクロールしていくだけなのに、自分で動かして、何かを倒して、役立つものを手に入れて、ゴールがあって・・・。
色々と進化したけど、基本構造は変わらない。ファンタジーな冒険。夢があるってこと。
世界で一番広がった文化はゲームなんだから(イスラエル人とパレスチナ人は同じマリオをプレイしたはずだ)、人間って夢を見なきゃ、ファンタジックじゃなきゃいけない存在ってことさ。
俺もそうした一員だった。
夢を夢として夢見ていた、現実は奴隷船もびっくりの満員電車の中だったとしても。
だからかな。あの日、クタクタになるまで働かされた帰り、春だから、いつもと違う駅で降りて、桜を見上げながら家路を歩いていた。
通りがかった夜の公園の池をふと眺めていたら、目の端に、うごめく何かが映った。近くまで寄ってみると、池の仄暗い、ほとりの木の陰になっているところが、蜃気楼のように歪んで見えた。
日々生きながらも死んだらどうなるんだろうと無邪気に普段から頭に死の幻想を浮かべていたからか、俺はおもむろに脈絡もなくその歪んだ黒い水に身を投げ出した!
・・・そこから生活は一変した。
俺はモンスターと戦い、レベルアップして、スキルを得て、アイテムを手に入れた。もちろん良いことばかりじゃない。周りとの乖離は俺をますます孤独にした。
そんなことはありえないと思うだろ?
だがな、それが現実なのかもしれないと思ったほうが、夢があるじゃないか!
・・・。
もう、俺はダンジョンには潜らないつもりだが、当時を思い出して、日記という形式で(つまり無形式で)したためようと考えている。
これはそうしたものがたりだ。