【第一章】 8話 異界共同生活の始まり
平沢啓二は目を覚ました。
時計を見ればもう9時を過ぎている。今日は土曜日だから問題はないのだが。
昨日は色々あったなぁ。
そう思いながらベッドで寝る少女を見る。
昨晩はあの後,どちらがベッドで寝るのかを協議した結果,怪我やらなんやらで色々疲れているのでセラに寝てもらった。
断じて下心があった訳ではない。断じて。
朝の支度をして遅めの朝食を用意する。当然セラの分もだ。
トースト二枚,卵二つ,ミニトマト二つがスタンバイ、今日は目玉焼きにするか。
二人分の用意をするのは少し新鮮だ。
完成間近のところでそろそろ起こした方がいいかな,と思いはじめたがその辺りで後ろから声をかけられる。
「啓二おはよう…。朝ごはん作ってるの?」
「おはよう。セラの分もあるぞ。」
その言葉を聞いた瞬間,それまで眠たそうにしていたセラの顔がぱぁっと輝いた。
「いいの!?」
「ど,どうぞ。」
相当お腹が減っていたのだろう。
用意された朝食をセラは話す間もなく,あっという間に平らげてしまった。
その様子を見るにここに来てからろくに食べ物もなかったのだろう。
昨日までどうやって過ごしてきたのかも気になっていたがそれは辞めておいた。
朝食の片付けを終えると啓二は昨日からずっと気になっていたことを聞いた。
「昨日俺に何かしただろ?あの後いろんな動きがとてもゆっくり見えるようになったからさ。」
ちなみに今はいつもと変わらない感じだ。
ゾルゲに挑んだあの時だけ世界がスローモーションになったのだ。
「私があなたに能力の一つを渡したからよ。」
「セラが俺に譲ってくれたってことか?」
セラがうなずく。
「私がたくさんの能力を持っていることは昨日話した通りよ。その中に自分の能力を他人に譲れる能力があるの。譲ったものを私は使えなくなるけど。」
なるほど。そういうことか。とても便利な能力だ。
「私はたくさん能力がありすぎてどれも力が弱いけど,譲られた能力は使用者の才能によって強さが変わるの。啓二はうまく扱えたように見えたけど。」
「たまたまだよ。でもあの能力で助かったよ。」
急に火が吹けたり,ほっぺたから電撃がとばせるようになっても困惑するだけだからな。セラが譲ってくれた能力が自分にマッチしていたってわけだ。
「ところで発動条件や能力の詳しい内容も知りたいな。」
「あなたが必要と思えば勝手に発動する。能力の概要は…,説明するのは難しいけど早い動きを目で追えるようになるというものね。能力の発動中は使用者の動きも多少早くなるから相手の動きを見ながらかわしたり,次の攻撃を計画したりもできるわ。」
だいたい自分の体験した通りだ。そうだとすると体育の授業で使えば大活躍できるのでは…。
「一つ忠告しておくけどむやみに能力を使うと体に負担がかかるから日常生活では使わない方がいいわ。」
「なるほど。了解。」
心を読まれたようで一瞬ドキッとする啓二。世の中そんなにうまい話はないという事か。
だがこれで知りたい事はだいたいわかった。
「教えてくれてありがとな。ところでこれから外に買い物に行くんだがセラはどうする?」
セラは少し考えてから答えた。
「一緒に行くわ。シャーロン達が見つかるかもしれないし,それに二人でいる方が安全だから。」
「了解。またゾルゲみたいな奴が来たら昨日みたいに返り討ちにしてやるからな。」
「ありがとう…。でもあまり無理しないでね。」
大丈夫,大丈夫と外に出る支度をする啓二。
それを見るセラの心は罪悪感でいっぱいだった。
一つは昨日会ったばかりの無関係だった人をこの騒動に巻き込んでしまった罪悪感。
もう一つは自分の能力について嘘をついていることだ。
でも本当の事は言えなかった。
なぜなら本当の事を言うと,この人は命懸けで私を守らなければいけなくなるから。
「ごめんなさい,啓二…。」
啓二に聞こえないように,昨晩の自分を呪いながらセラは呟いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ディール城内の部屋にて男女三人が集まっていた。
「ヘマしたじじいはどうなった?」
男の質問に女の声が答える。
「地下牢の中よ。完全に廃人状態だけど。」
「ちっ…。お披露目会楽しみにしてたってのに。」
「良いんじゃない?そちらの方が僕たちにも好都合だし。それより…。」
若年の男が言う。
「逃げた四人はまだ見つからないの?」
「今のところ捜索隊からの連絡はないわ。だけどゲートの出現位置からだいたいの場所は掴めている。」
男はそれを聞いて苛ついた様子だった。
「焦れってぇ。俺が行って一網打尽にしてやろうか。」
「ゲイルさんにはもっと大事なお仕事があるでしょう。ここを離れては困りますよ。」
若年の男がゲイルをなだめる。
「という訳だからネリダ。早く成果をあげてくるんだよ。」
「大きなお世話よダスティ。あなたこそゲートを作った奴を早く見つけなさいよ。」
ダスティと呼ばれた男はにやりとすると
「これは手厳しい。ではどちらが自分の獲物を先に捕まえられるか,競争といきましょう。」
しかしネリダと呼ばれた女は面倒そうに首を横にふると
「競争したいなら勝手にして。私は自分のやり方でやるから。」
そう言うと部屋を出ていった。
大きな陰謀がすでに動き出していた。