【第一章】 異界の入り口
「終わった…。」
高校2年生,平沢啓二はだれに言うでもなくつぶやいた。
そう高校生活における脅威,「期末テスト」が終わったのだ。
だが,この場面で「終わった」には二通りの意味がある。文字通りすべての科目のテストが終わったという意味,そしてもう一つは目も当てられぬ惨状,すなわち世界の終わりを意味する。
ちなみに平沢の「終わった」は前者の方である。
「なんとか8割は取れたか…。苦手な数学も6割はいっていると思うが…。」
家に帰ったら答え合わせでもするか。そう思いながら後ろに座っている親友に声をかける。
「多田,どうだっ…。」
目も当てられぬ姿をした多田君がそこに座っていた。まず目の焦点が合っていないし,半開きの口からは
「終わった………。」という声が漏れている。
彼の「終わった」が後者を意味するのは後者の方なのは火を見るよりも明らかである。
平沢は前を向いた。こういう時はそっとしておくに限る。
「多田ァ!今回のテストヤバかったな!」
「空気読めよ!」
空気の読めない身長190cm体重80キロの大柄男,加藤大輔である。
「いや,だって顔死んでるから俺よりヤバいのかなって思ってさ。」
「お前,最低だな。」
「終わった………。」
多田君のハートはもうボロボロである。このまま心が真っ黒になってモンスターになってしまってもおかしくないな,とどうでもいいことを考えてみる。
「まぁ,結果はどうあれ終わったんだしさ,学校終わったら何人かで遊びに行こうってなってんだけど平沢は来るか?」
期末テストがある日は昼で学校が終わる。そして今日は金曜日である。少し羽を伸ばすのも悪くないが…。
「悪いな,今日は買い物とかもあるし無理だわ。」
「そっかぁ。そりゃしゃあないか。」
あっさりと加藤は引き下がってくれた。
「また来週誘ってくれよ。その時はたぶん空いてるからさ。」
「オーケー,また予定聞くわ。それと…。」
加藤は魂の抜けている多田君に視線を向ける。
「こいつはどうしたらいい?」
平沢は少し考えてから
「そっとしとけ。じきに戻ってくるさ。」
平沢啓二はボロアパートで一人暮らしをしている。理由はざっくりいうと家の事情である。家賃,生活費は保護者から支払われているが家事などはもちろん全部自分でやらなければならない。というわけで夕食の片づけ洗濯をしていればもう夜の11時である。
「あー,疲れた。なんかジュースジュース…。なかった気がするぞ…。」
淡い期待を胸に冷蔵庫を開けるとそこにはキャベツやらもやしと麺つゆしかない現実を目の当たりにして絶望する。欲しいときに限ってないやつである。
「しゃーない…。自販機まで行くか。」
自販機はアパートの正面にある有料駐車場を50メートルほど行った場所にある。普段なら億劫になって買いになど行かないのだが今日はなんだか無性にジュースが飲みたかった。やっぱり期末テストから解放されたからだろうか。
外に出ると7月の中旬ということもありまだ涼しいほうである。
駐車場にある自販機でオレンジジュースを買う。まぁ甘けりゃ何でもよかった。その場で開けて何口か飲んでからアパートの方を向いた。
その時だ。背後で何かを蹴りつけるような音がした。
振り返るもそこには駐車中の並んで止まっている三台の車以外は何もない。
「気のせいか。」
と口に出したもののやはり気になる。
まぁいい。明日は休みだし,ちょっと覗いてみて何もなければそのまま帰ろう。
普段ならそのまま帰ってしまっただろう。でもなぜだかその日は興味が出たのである。
平沢は音がしたと思われる,三台の車の後ろ側をのぞいてみた。
ひょろ長い男と血だらけでうずくまる少女がそこにいた。
ちなみに作者は後者の「終わった」が多かったです。(トラウマ)