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勇者(代理)のお仕事……ですよねコレ?  作者: 高菜あやめ


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15/29

15. 国境の村に到着

 国境の村ナイラに到着すると、深夜なのにもかかわらず、辺りは騒然としていた。


「おや、あれは……?」


 御者のおじさんのつぶやきとともに、馬車はゆっくりと、村の外れにらしき場所に停まった。助手席に乗ってた私も、普通じゃない様子に、鞄を抱える腕に力が入る。


「着いたけど、お嬢ちゃん一人で大丈夫かい」

「はい、ここまで急いでもらって、ありがとございました」


 鞄を手に馬車を飛び降りたが、御者さんも一緒に降りてきた。どうやら心配されているようで、村の様子をうかがっている。

 たしかに田舎にしては、この時間帯にも関わらず、あちこちの家に明かりがついてて不自然だ。しかも人の姿も、ポツポツ見かけるので、なにかただならぬ事件が起こったに違いない。


「あの、何かあったんですか」


 近くを通りかかった三人組の男性に声をかけてみた。すると皆一様に驚いた様子で、まじまじと私の顔を見つめる。


「お嬢さん、こんな夜更けにどこから来たんだい? この村は危ないから、引き返した方がいいよ」

「え……」


 すると男性の一人が、気ぜわしくあご髭を撫でながら渋面を浮かべた。


「この先の森で魔物が出たんだよ。今は王都から派遣されたギルドの人たちが対応してくれてはいるが、状況は思わしくなくてね。一応この村には魔物避けの結界が張ってあるから、何とかもっているものの、魔物達に村を取り囲まれたら身動き取れなくなっちまう」


 やはり戦況は思わしくないようだ。ルイーズ様は無事だろうかとますます不安になっていた時、村の奥から別の男性の声が響いた。


「おおい、あの兄ちゃんが目を覚ましたぞ!」


 駆けよって来たのは、白髪混じりの初老の男性だった。その男性は私と、私の隣で所在無さげに立つ御者のおじさんに気づいて目を見張った。


「お前さんたち、いったいどこからやって来たんだい?」

「俺はこのお嬢ちゃんの依頼で、王都から馬車を飛ばしてきたんだよ」


 御者のおじさんが受け答えると、男性の目はますます大きくなった。


「ということは、王都まで走れる馬車なのか! それならひとつ、頼まれてくれんか……王都の病院まで、ケガ人を運んで欲しいんだ」


 ケガ人、という単語にドキリとする。初老の男性はロドスと名のり、この村で唯一の医者だと簡単な自己紹介をしてくれた。


「応急処置をした後、容体は何とか落ち着いているんだが、すぐにでも大きな病院で手術をした方がいい。まったくギルドの連中ときたら、己の体力を過信するから困ったものだ」

「え、ケガした方って、ギルドの人なんですか!?」


 ロドスさんの説明に血の気が引く。


(まさかケガしたのって、ルイーズ様じゃ……)


 ルイーズ様がギルドの応援に駆けつけたことは疑いようもない。ただ、どこにいるのか、実際に戦闘に参加してるのかは不明だ。

 ロドスさんは、ケガ人を王都へ運んでもらいたいようで、私たちを診療所まで案内してくれることになった。


「お嬢さん、酷い顔色だよ」


 隣を歩く御者のおじさんが、心配そうに声をかけてくれた。


「この村は魔物が近づいていて危険だそうだから、あんたも一度王都へ戻った方がいいんじゃないか?」

「それは……」

「とりあえず恋人に会って、事情を説明してくるといいよ。なんなら、一緒に王都へ乗せてってもいいから」


 私は黙って首を振った。恋人とかいろいろ誤解があるけど、それを解くのは後にして……とにかくルイーズ様の安否が分かるまで、ここを離れることなんて出来ない。


「さあ、どうぞ入ってくれ」


 診療所の外観は、入り口に小さな看板があるものの、それとは分かりにくい普通の民家だった。でも中に入ると診療所らしく、カーテンに仕切られた診察台と、横には二つほどベッドが並んでいた。そして奥のベッドには、包帯だらけの男の人が横たわっていた。


(ルイーズ様じゃない……)


 違ったなら違ったで、今度はルイーズ様の所在も状態も分からない為、不安が解消されることはなかった。

 それに、ケガした人の容体も気になる。あれほどたくさん包帯が巻かれている人をはじめて見た為、そのむごさを目の当たりにした私は、恐怖と同時に胸が痛んだ。


「……誰か、いるのか」


 ケガ人の男性は顔をこちらへ向けると、うつろな目で私たちを眺めてる。ロドスさんはベッドに近づいて、医者らしく男性の脈を測った。


「脈は安定してるな。気分はどうかね」

「最高とは言えないな……まあまあだよ」

「そうか。実は、王都から馬車が来ているんだ。もっと設備の整った病院で診てもらう為にも、容体が落ち着いている今のうちに出発した方がいい」

「悪いが、それは出来ないな……言っただろう? 俺は前線でねばっている仲間を代表して、この村へ救援物資を頼みに来たんだ。容体が落ち着いてるっていうなら、そろそろ戻らないと」

「馬鹿な、その体で森へ戻るつもりか! まったく……聞いたかね? ギルドの連中は、こんな奴らばかりだ」


 ロドスさんは、戸口に立つ私たちを振り返ると、お手上げだと言わんばかりに首を振った。

 私は二人の会話から、森の奥で戦闘が続いていること、また物資が足りてないことを知った。そしてある決意と共に、一歩前に踏み出した。


「すいません、ちょっとお聞きしてもいいですか」


 ギルドの人は、私の姿を認めて小さくうなずく。これから言うことは、かなり勇気がいる……私はギュッと両手を握りしめた。


「今のお話だと、森ではまだ戦闘が続いていて、ギルドの方たちは物資が不足してて困っているんですね?」

「ああ、魔物の群れを率いるリーダー格の魔獣が、まだ仕留められてないんだ。このまま放置して撤退したら、この村が危険だ」

「では、その物資を届ける役目……私にまかせてもらえませんか」


 室内に一瞬、なんとも言えない沈黙が落ちた。やや置いて、御者のおじさんが恐る恐る口を開く。


「……ええと、お嬢ちゃんが、そこの兄ちゃんを看病するってことかい?」

「違います。ギルドの皆さんへの救援物資は、私が届けます」


 はっきり宣言したら、室内が騒然となった。


「お嬢ちゃんは気でもおかしくなったのかい!? 森は魔物だらけなんだ、ここにいる兄ちゃんの二の舞になっちまう」

「その通りだ、なんて無茶なことを!」

「ここにギルドの人間がいるのに、どうして君が!? 俺ならもう歩ける、森に戻るのに問題ない!」


 御者のおじさんとロドスさんの反応はもっともだけど、ギルドの人の理屈は納得できない。ひどいケガをしてて、ドクターストップされたくせに、歩けるとか問題ないとか支離滅裂だ。


(でも、この反応はしかたないか……普通、魔物がいるってわかってて、一般人が入ろうととか、自殺行為だもんなあ)


 たしかに私は一般人だけど、田舎育ちの提灯屋の娘だ。いや、王都からやってきた『勇者代理』だ。


「こう見えて私、ルイーズ様に仕える者です」


 その一言に反応したのは、ギルドの人だった。


「第一ギルド隊長のゲネルさんに頼まれて、ルイーズ様をサポートする為、はるばる王都から馬車を飛ばしてやってきたんです」


 わざわざゲネルさんとルイーズ様の名前を出したのは、少しでも信用してもらうためだ。まあ内容は、嘘っぱちもはなはだしいけど。


「……嘘だろう……あんた、どう見ても一般人だろう。何が出来るって言うんだ」

「あ、コラ兄ちゃん、起き上がっちゃいかん! お嬢さんも下手な冗談はやめてくれんか」


 なかなか信じてもらえないのは、まあ仕方ないだろう。


(たしかに戦えるわけじゃないけど、魔物避けの提灯さえあれば、届け物くらいできる)


 しかし、この提灯のカラクリを正直に話すと、やっぱりギルドの人が自分が代わりに森に戻ると言いかねない。ここは慎重に、うまく説明しないと……私は咳払いをひとつした。


「これでも私は、魔法の提灯使いです。今から『魔避けの提灯』を用意するので、森へ入っても決して魔物に襲われることはありません」

「……魔避けの提灯? そんなものがあるのか」

「ええ、ただし私が使わないと効果はありませんが」


 言った。言い切った……私は出来るだけ平静を装って、にっこり笑ってみせた。






 魔物除けの提灯を用意していると、私を取り囲む皆の顔に浮かんでいた不信感が次第に消えていった。


「なるほど、手際がいいんだな」


 折りたたみの提灯を広げ、中の火種や持ち手の角度を調整する私の手に淀みはない。


(ま、これでも人生の半分くらいは、提灯作りに費やしてきたからね)


 ギルドの人はベッドに寝たまま、足元の床で作業を続ける私の手元をおとなしくのぞきこんでいる。ついさっきまで、自分が行くとうるさく主張するのを、なんとか説きふせて私が代わりに行くことになったけど、いまだに納得してない様子だ。


「しかし『魔除けの提灯』なんてものは初めて聞いた。他にはどういった種類の提灯があるんだ?」

「種類……そうですね」


 これまで、たくさんの提灯を作ってきた。もう二度と触ることはないと思ったのに、こうしていると実家で提灯作りをしてきた日々が昨日のことのように思える。


「持っているだけで力が湧いてくるものや、恐怖心が無くなるものもあります」


 私は、自分の口元が自然と緩むのを感じた。魔法ではないけど、今の言葉は嘘じゃない。

 明かりの力は偉大だ。暗闇の中でも手元に明かりがあると、自然と勇気や力が湧いてくる。恐怖心が無くなって、前向きな気持ちになれるのだと、旅をする常連さん達が口々に言っているのを耳にした。

 お店に訪れるお客さんは、うちの提灯について、単なる明かり以上の効果を色々語ってくれた。そんな時、この仕事をやっててよかった、と思ったものだ。


 昔には戻れないけど、これまでの経験が役に立って、今の私を励まし、応援してくれる。そう思えば、これまでやってきたことは、無駄になってないと思えた。


(この提灯さえあれば、きっと大丈夫。ルイーズ様の元までたどり着ける)


 それから一時間後……私は村の人々に心配されながらも、救援物資を詰め込んだ荷物を背負い、たった一人で魔物の潜む森へと分け入っていった。

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