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勇者(代理)のお仕事……ですよねコレ?  作者: 高菜あやめ


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13/29

13. その理由と行き先

 夜会がはじまる直前に、抜け出す計画を打ち明けられてしまった。

 はじめて参加する夜会なのに、一人放置されるとか、かなりひどい話だと思う。本当のパートナーならば、よっぽどの理由があっても許せないと思う。


(でもこれは仕事だから、仕方ないか……)


 一人がなんだ。王都にだって、たった一人でやってきたのだ。それに誰にだって、何をするにも『はじめて』はある。


(行きはエスコートがあるだけ、マシだと思わなくちゃね)


 頭を仕事モードに切り替えて、ルイーズ様を見上げた。優雅な顔立ちは、よく見ると目元にうっすら隈がある。どうやら、まだよく眠れてないらしい……激務はいつまで続くのか心配だ。ならば『代理』でもなんでも、少しでも助けになればいいと思う。

 それになんといっても、仕事を与えてくれたルイーズ様には恩義がある。王都に到着したばかりで、孤独や不安を感じる暇もなく雇ってくれた人だ。


(だから、その恩に報いるような仕事をするんだ……!)


 ルイーズ様は、決意新たな私に向けて、淡々と説明をはじめた。


「まず、一緒に夜会が開かれる南棟の大広間へ向かう。しばらくの間は挨拶して回るから、君は黙ってついてきてくれればいい。何か話しかけられても、笑って誤魔化して……うん、こんばんはくらい言ってもいいかな。ひと通りあいさつが済んだら、僕は席を外させてもらう……なにか質問はある?」


 そこで私は、質疑応答タイムと思って軽く挙手した。


「ルイーズ様がいなくなった後、私は具体的に何をすればいいのでしょうか」

「誰かに、僕がどこにいるか問われたら『来賓客に挨拶している』とか『飲み物を取りに行った』とか、とにかく何でもいいから会場のどこかにいるようにふるまってほしい」

「なるほど、分かりました」

「よし、では会場へ向かうよ。ホラ手を出して」


 ルイーズ様はさっさと私の手を取ると、あたりまえのように自分の曲げた腕にかけた。距離が近くなって少し恥ずかしいが、これも仕事のうちだ。


「ところで君、ドレスは大丈夫?」

「は?」

「またキツくて、具合悪くなってないかと思って」

「今回はしめつけてないので、大丈夫みたいです」

「そうか、よかった」


 およそロマンチックからほど遠い会話だけど、こうやってエスコートしながら話してる事実だけでも、なんだかフワフワした気持ちになる。

 だって仕事だろうとなんだろうと、ドレスを着て夜会へ行くのだ。しかもエスコートが王子殿下なのだもの。


(それにしても……抜け出して、どこへ行くのかな。誰かと約束があるとか……?)


 一瞬、逢引の線を疑ったけど、それはないだろう。きっと仕事がらみに違いない。


(そもそもこの人には、プライベートの時間ってあるんだろうか……)


 廊下を歩きながら、そっと隣の様子をうかがう。そこにはいつもと変わらず、平然とした横顔があった。

 しばらくお互い無言で廊下を進んでいると、ふと歩くリズムに合わせてカチャカチャと、規則的な金属音が鳴ってることに気づいた。


(ん? 何の音だろう?)


 どうやらルイーズ様が身につけている剣の鞘に付いてる、金具の擦れる音のようだ。マントの下からチラリとのぞく柄の部分には、金銀に輝く美しくも贅沢な装飾を施されてる。さすが王子殿下の剣だ。

 そんな豪華な装いのルイーズ様に合わせたのか、私の首にもやたら豪華で、金銀宝石がまばゆいネックレスがかけられていた。これがまた、尋常じゃなく重たい。


(せっかく下着の苦しさから解放されたのに、今度はアクセサリーの問題か……)


 そんなこと考えていると、やがて大広間に到着した。

 光り輝くシャンデリアの下は、招待客でごった返していた。誰もがおしゃべりに夢中になっていたのに、ルイーズ様が姿を現した途端、皆いっせいに拍手をしたから驚いた。


 ルイーズ様は慣れた様子でにこやかに手を上げると、近くの客から順に挨拶を始めた。どうやらそれほど堅苦しいパーティーではないようで、挨拶も特にかしこまった様子は無く、気楽な声掛け程度で済んでいる。

 私は例のごとく口を閉ざし、大人しくルイーズ様に手を引かれるまま会場を周回した。簡単なお辞儀ぐらいはあらかじめ教わっていたので、とにかく水を向けられても、何とかその場をしのぐことに成功した。


「室内は熱いな、少し風にあたろうか」


 ルイーズ様の提案、もとい『合図』に黙ってうなずく。たしかに室内は人が多くて温度が高くなっているけど、それは外へ出る口実だと察せられた。


 こうして私たちは、とても自然に、室内からバルコニーへと移動した。出る前に通りかかった給仕さんからワインをすすめられたが、ルイーズ様はさりげなく断った。


「……実は、アルコールは苦手なんだ」


 そっと打ち明けられて驚いた。頭によぎったのは、先日の夜に廊下で倒れていた一件だった。ルイーズ様は飲み過ぎたと言ってたけど、もしかして苦手なアルコールを飲んで、具合が悪くなったのかもしれない。


(ルイーズ様も、仕事だから仕方ないって、無理してること多いんだろうな……)


 冷たく心地良い夜風に当たるルイーズ様は、隣に立つ私ではなく、庭園の先を見つめていた。大理石の重厚な手すりに両手をついて、何か考えごとに耽っているようだ。

 やがて遠くから、華やかな音楽が聞こえてきた。きっと招待客は、この音色に合わせてダンスに興じるのだろう。バルコニーにいくつかあった人影も、今や私たちだけしか残ってなかった。


「じゃあ、僕はここで失礼するよ」


 ルイーズ様は顔を寄せると、耳元にそっとささやいた。

 バルコニーに出た瞬間から、きっとこうなる事だろうと予想はできていたのに、私はなぜだかたまらない気持ちになっていた。寂しいような悲しいような、得体の知れない塊のようなものが喉元までせり上がってくる。


「……そんな顔しないでよ」


 柔らかい唇が労わるように、一瞬だけ頬に触れる。それがますます悲しい気持ちに拍車をかけたが、どうしようもない。一人残されることは、不安より悲しさがつのる。すがりたい手は、無情にもスルリと離された。


(ルイーズ様……!)


 ルイーズ様はバルコニーの手すりを軽々と乗り越えると、あっという間に闇夜に姿を消してしまった。


 ここに提灯があれば、照らしてルイーズ様がどこに行くのか確認できるのにと、そんなことが頭に浮かんだ。提灯屋の娘の思考らしい、凡庸でつまらない考えだと心の中で自嘲しつつ、重い足取りで室内に戻った。






 シャンデリアの光に、夢から覚めたばかりのような、奇妙な既視感を覚えた。ついさっきまで、ルイーズ様とこの光の中を歩いていたのが、夢のように思えた。最初からずっと一人でここにいたような、そんな気分だ。


(さてと、ここからどうしようか)


 まず、私はダンスできない。作法以前に、経験がまったくないから、人の真似することすら無理だ。

 では何か食べてみるかと、料理のテーブルに目を向けて、やや躊躇する。マナーに自信がないのは、本当に考えものだ……しけしドレスがキツくないから、胃は健康的に空腹を訴えている。


(あ、ひと口大のオードブルがある。あれなら口に入れるだけだから、大丈夫そう)


 そうっと近くで食べてる人の様子を盗み見て、真似して取り皿を手にいくつか選んでみた。


(うっ……これはおいしいけど、何?)


 食べたことない料理に首を傾げるも、緊張のせいか、食材までよく分からなかった。

 それからしばらく、会場内をウロウロ歩き回った。あまり人に声を掛けられないよう、足を止めずにいたのに、それでも時折呼び止められる場面もあって冷や汗をかいた。

 大抵が、ルイーズ様の居場所を問うものだったけど、たまにダンスのお誘いもあった。もちろん丁重にお断りした……繰り返すが、ダンスだけは絶対無理だ。私は踊れない。


(……そろそろ失礼しても、大丈夫な時間かな)


 ルイーズ様が抜け出して、もう小一時間は経った頃だろうか。

 周囲には、楽し気に歓談しているグループやら、泥酔して椅子の上でぐったりしているグループやら、はたまた良い雰囲気になっている男女やら、各々がいらいろな方法で夜会を満喫しているようだ。


(ここで、私一人がいなくなったって、誰も気に留めないだろうし、目立たないだろう……うん、大丈夫)


 そう考えて、大広間の出入り口を目指していると、すれ違い様に騎士服をまとった二人組の会話が耳に飛びこんできた。


「……そんなに戦況は悪いのか」

「シッ、あまり大きな声出すなよ」


 思わず足を止めて、そっと聞き耳を立てる。


「……で、昨日たまたま、隊長と副隊長か話してることを聞いてしまったんだ……『応援に駆けつけたくても、動けない』って」


 隊長って、あの第一ギルドの隊長さんのことだろうか? 隊長副隊長の二人が駆けつけたいなんて、やっぱり事態は深刻のようだ。今朝は、宰相様にギルド再編成の為のデータ集計を急がされたこともある。

 だが、そういった有事の為に、各地にギルドを設置しているのだし、定期的に能力値を測られ、都度編成されるギルド隊員は、確かな実力で有事に対処できるように配備されてるはずだ。


「とにかく、マッカスを中心に戦っているらしいが、あまり持ちそうもないようだ……十二から十五の連中は、別の国境を対応中だし、どう考えても絶対的に人手が足りないだろ……」


 聞き覚えのある名前にハッとする。そうだ、昨日の園遊会で聞いた名前……たしか隊長さんが国境へ送ったという、第一ギルドの人だ。


(あまり持ちそうもないって……でもルイーズ様が、すぐにギルドの再編成するはずだから、きっと大丈夫だよね……?)


 不安な気持ちになる私の横を、二人の騎士が通り過ぎていく。ブーツの足音とともに、規則的な金属の擦れる音がカチャカチャと聞こえた。


(金具の音……剣の鞘の……)


 突然、ある可能性が首をもたげる。思いついて、でもすぐに後悔した……気づきたくなかった可能性だからだ。


(まさか……ルイーズ様は)


 ルイーズ様の、あのやたら豪華な鞘の剣は、ただの飾りでない。きっとあの中には、実戦で使えるような剣が収められている……となると、まさかルイーズ様が抜け出した理由は。


(間違いない。ルイーズ様は……魔物と戦う為に、国境付近へ向かわれたんだ……)


 目の前が真っ暗になった。

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