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蜘蛛の独白  作者: 竹内緋色
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クモの独白

 ちょっとシリアスな特撮ものです。敵である改造人間の視点で書きましたけど、主人公目線の方がよかったかも。

 改造人間たちのキャラが魅力です。

 クモの独白


 私は改造人間である。

私はある日唐突に改造人間にされた。だが、そのときの記憶はない。ただ、新しく生まれ変わった時には、自分は改造人間にされたという知識しか持ち合わせていなかった。きっと、自分は改造されるまでは普通の人間として生きていたのだろう。なんとなくそんな気がする。しかし、そのときの自分を知る手立てはない。もうすでに自分自身が何者であったかという記憶がない。公的な文書からも私に関する記録は消えているだろう。

しかし、ただ、それだけである。


「№24、なにか動きはあったか?」

 隣の上司が私に向けて言う。

「いいえ。今のところ、変化はありません。」

 私はそう報告する。

 上司は退屈であるとばかりに欠伸をし、体を伸ばす。コンクリートの建物の屋上は狭いので、伸びをされると非常に困る。全く迷惑な上司である。

「ああ、喉渇いた。ちょっくら飲み物飲んでくるわ。」

 そういうと上司は建物から飛び降りる。4階もある建物から飛び降りることは、普通の人間にとっては自殺行為だろうが、改造人間であれば造作もない。ただ、戦闘用でない私は多少負傷は覚悟せねばならないだろう。

 さして物音を立てずに降り立った上司はさっと人間に忍び寄る。

「今日はいくら持ってきた?じゃあ、これだけだな。」

「どういうことだよ。この前より少ないじゃねえかよ。」

「最近相場が高いんだよ。」

 クックックと嫌らしい笑いがこぼれる。

「ふざけんなよ。」

「おやおや、刃物なんて出して。私を傷付けるとどうなるか分かってますよね。上の人たちが黙っていませんよ。」

 直後、ボタッと重く柔らかいものが地面に落ちる音がする。

 私はすかさず上司に連絡をする。

「ムスタングさん、刃物を持っていない方は美味しくないですよ。」

「そんくらい分かってらあ。」

 そういうと上司は無理矢理に回線を切る。

「あんまりそういうことはやってほしくないんだけどな。」

 私はそうつぶやく。そこには二つの意味が隠されている。回線を切ってほしくないということと、これから上司のムスタングさんが行うであろう行為である。

 私にはこれからムスタングさんが行うであろう行為は見えない。ただ、感じるだけである。しかし、これがまた、グロい。

 ちなみに、さきほどのムスタングさんが気絶させた二人と私は100メートルほど離れている。私は500メートルまでなら感知が可能だ。だが、今回の任務は上司の意向でサボる方向になっているので、300メートルくらいしか探知していない。

 ムスタングさんは刃物を持った少年から刃物を抜き取る。そして、まず自らの口から針を出す。それを男の首筋へプスリと刺す。

 かつてムスタングさんが言っていたのだが、この行為はなかなかコツがいるらしい。渇きに耐えられず一気に血液を吸おうとすると、肉まで吸うことになってしまう。そうなれば、不審死になってしまう。あくまでも自然な死でなければならない。

 口から伸びる針を男から外し、ムスタングさんは少年から奪った刃物で男の首筋をスパっと切り裂く。

 ぶしゃっと血液が噴き出すが、通常の半分ほどしか出ていない。

 これで警察は少年が刃物を使って男を殺したという結論を出すだろう。いつもならムスタングさんは少年の方も吸血して殺しているのだが、少年は薬漬けになっているのでムスタングさんは召し上がらなかった。

 この少年の今後を思うと少し哀れに思う。まあ、薬などに溺れる時点で人間失格だろうが。

 ムスタングさんは別に血を吸わなくても生きていける。ムスタングさんは血液をクスリみたいなものと言っていた。倒れている少年と私の上司は同じく人間失格だろう。ムスタングさんはもう人間ではないが。

 どうもムスタングさんはまだ血が吸い足りないらしかった。路地から大通りを行き交う人々を品定めするようにじろじろ眺めている。

 私はムスタングさんに通信を飛ばそうとした。同時に何人も共通点のない人間が死ぬのは不自然極まりない。

 だが、止めておいた。回線を切られるのは不愉快極まりない。抑制が効かなくなった改造人間は組織によって抹殺される。前の私の上司も抑制が効かなくなったので抹殺された。なんでこう私の上司はいつも吸血する改造人間ばかりなのだろうか。うんざりさせられる。

 別の路地でまた騒いでいる。

 今度は三人のヤクザ者と一人の少女、そして、少年。

 少年はもうすでに地面にひれ伏している。

 情けない。

 少年はそれでも動こうとしている。

 一方、ヤクザ者は少女の衣服を脱がせようとしている。

 ああ、嫌だな、と私は思った。

 私の能力は感じたくないものまで感じてしまう。女性がレイプさせるのをみるのは非常に忍びない。かといってセンサーを切るわけにもいかない。

 ムスタングさんに殺してもらおうか。

 そう思ったとき、少年の不自然な言動に気が付く。

 少年はブツブツとなにか呟いている。

「伝説だ。俺は伝説になる。今この時が俺の伝説へのステージだ。待ち焦がれていたぞ!」

 最後の方は叫んでいる。なんか、どうも少年にとっては少女のことなどどうでもいいらしい。

「伝説よ!来い!」

 立ち上がった少年は暑苦しくそう叫ぶ。しかし、なにも起きない。男どもが少女の物色を始めた時、それは現れた。

「ムスタングさん、ビンゴです。」

 私は上司に回線をつなぐ。

 プツリ。

 だから、回線を切るなっての!

 少年のもとに人の胴体ほどあろうかというコガネムシが現れる。そして、少年はコガネムシが変形したスーツに包まれる。

「なんだ、お前は!」

 男たちが身構える。目の前の物体が恐ろしいというより気持ちが悪いのだろう。少年の頭部はコガネムシをイメージしたヘルメットに覆われている。それがまたリアルで気持ち悪い。そして、体は油っぽく光る鎧を身につけているが、下が制服なので、変なプレイをしている変態さんにしか見えないのだ。

 男たちは、なんかよく分からない変人を早い目に倒しておいた方がいいと結論付けたのだろう。コガネムシの変人に向けて襲いかかる。

 少年もといコガネムシは三人の腹部に打撃を与え、あっという間に倒してしまう。

 そのことに私は驚いた。

 あの存在はこんなに弱いものではなかった。私の知っているヤツらは先ほどの打撃で男の上半身と下半身は離れていただろう。

「おうおう。手加減しすぎじゃないの?」

 少年がガラの悪い声に振り向く先にはムスタングさんがいた。

 ムスタングさんは音もなくコガネムシに近づくと蹴りを放つ。コガネムシはあっけなく吹き飛ばされた。

「なんだこりゃ。弱すぎじゃね?」

 コガネムシは倒れていたかと思うとムスタングさんの近くまで来ていた。そして、拳をムスタングさんの顔に放つ。

 しかし、その拳はムスタングさんの左手にすっぱりと収まる。

 そして、コガネムシの鎧は少年から剥がれ落ち、元のコガネムシへと戻る。

「おい、待て!」

 ムスタングさんが手を放すと少年は地面に倒れた。気絶しているようだ。ムスタングさんはコガネムシを捕まえようとするが、コガネムシは空の彼方へと去っていった。


『で、なぜこうなっているんですか?』

 学校の校舎を教師に続いて歩きながら、私は声を出さない発声で上司と話していた。

『作戦を考案したのはお前だろう?』

『でもなぜ私が・・・』

 教師が止まり、私に笑顔を向ける。どうやらここが私の教室のようだ。

 私は転入生らしい振る舞いをしようと大きく深呼吸をする。実際は少しも緊張などしてはいないのだが。

「じゃあ行くよ。」

 コクリ、と私は頷いた。

 教師は教室の扉を開ける。私は教師に続いて教室に入る。


 ことの始まりはムスタングさんがコガネムシを逃した後だった。私ものんびりとその現場に向かった。そこには気絶している三人の男と一人の少年と少女。

「あの女、死んだふりしてるぞ。」

 ムスタングさんは小声で私に言った。

「ま、ほっときましょう。」

 その時の私たちは倒れている少年を見下ろすかたちであった。二人でこの少年の処遇を考えていた。

「どうしますか?この少年について上に報告しますか?」

 無声通信にしてムスタングさんに伺う。

「いや、上は捕獲しろって言うだけだろ。その後のコイツはクスリで拷問されるだけだ。そんなのつまらん。」

「じゃあ、どうしますか?」

「そんなの、俺に聞かれてもわからん。援護タイプのお前の方がなにか思い浮かぶだろう?」

 また面倒臭いことになる。私としては上に報告した方が火の粉が降りかからずありがたいのだが。

「そうですね。」

 そう言って私は少年の体を漁る。丁寧にも胸ポケットの中から目的のものが出てきた。

「とりあえず、敵の正体を報告する上でももう少し情報が欲しいですからね。」

 実際は上の方はあのコガネムシの情報を豊富に持っていると考えられる。報告する必要もない。

「潜入捜査、とかどうです?」

 そう言って開いて見せた学生手帳には少年の通っている高校が記載されていた。


 なんで私が潜入する羽目になったのだろうか、とうんざりしながらも私はクラスメイトとなる生徒を眺める。このクラスに例の少年がいるはずだからだ。

 ・・・・・

 しかし、例の少年はいない。その代わりに、変態がいる。

「自己紹介してくれるかな?」

 男性教師が柔和な笑顔を見せて私に声をかける。私はクラスメイトに背を向け、名前を書く。そのわずかな時間の間、私は脳をフル活用して思考を働かせる。

 クラスの空いていた机は一つ。つまり私のものだ。そして、このクラスには昨日の少年がいるはずだ。確認したのだから間違いがない。しかし、その少年の姿はなく、代わりに謎の変態がいた。それは、つまり・・・

「九門棗です。よろしくお願いします。」

 私の自己紹介も半分以上の生徒は聞いていなかった。それよりも教室にいる奇妙な変態について興味があるのだろう。

 白い全身タイツに奇妙な面をつけている変態はもとの人間は誰なのかというのが全く分からなくなっている。そして、その全身タイツの上から制服を着ているのだ。

 コイツ、排泄物はどうしているのだ、という疑問が生まれるが、転校生としてはふさわしくないと思い考えをどこかにやる。思考など誰からもバレるはずもないのだが、目の前の奇妙奇天烈な光景に精神が揺さぶられていた。

 混乱と同時にこの変態について怒りが湧いていた。

 私の転校生デビューをぶち壊しやがった、と。


『状況はどうだ?』

 休み時間、上司であるムスタングさんが声をかけてくる。とは言え周りには聞こえていないが。

『無理です。例のターゲットと関わるのはハードルが高すぎます。』

『どういうことだ?』

 それはこちらが言いたいことだった。どうなっているのか私にも分からない。

『ターゲットは何故か全身タイツの上に制服を着ています。』

『アイツ変態だったのか。』

『そのようです。』

 ただ、もう少し検証してみた方がいいだろう。敵の影響で全身タイツになっているのかもしれない。

『ターゲットは今なにをしている?』

『どうも職員室に連行されたようです。』

『そりゃ、そうなるか。』

 なんとも気楽に言ってくれる。目立たずに行動すべきであるこちらとしては、はた迷惑なだけであるというのに。

『ムスタングさん、目立つ行動は止めていただきたいと言ったはずですが。』

『まあ、仕方がないじゃん。』

『ダメです。』

 ムスタングさんは学校の生徒を一人吸血した。その生徒は貧血で保健室で運ばれている。

『学校程度の施設では分からないかもしれませんが、貧血と血液不足は明確に違うんです。もし勘付く者がいたらどうするんですか。』

『それもそうだったな。ここは混沌の地だったな。』

 少々は反省してくれたらしい。少し申し訳なさそうに言っている。

『ところで提案なんだが、俺がここらで一度暴れてみるのはどうだ?』

 私もそのことについては考えた。しかし、それはデメリットが多すぎる。

『まだターゲットの性格を掴めていません。もし敵前逃亡するような輩であればムスタングさんが抹殺されます。』

『いや、こんな大勢の前で姿をさらせば抹殺確定だけどな。』

 私には分かっていた。自分からその提案をしたということはムスタングさんには抹殺されてもいいという覚悟があることを。

『目立つ行動は止めましょう。』

『はいよ。』

 私は二つの意味を込めて言った。吸血をしないことと人前に出ないことである。そのことは十分に理解していただけたようだ。

『最後に、ターゲットは元気そうだったか?』

『ええ。普通に生活できていました。』

『その全身タイツは昨日の少年だと思うか?』

『科学的証拠はないのでなんとも言えないのですが、少なくとも少年の記憶を持ったそんざいであることは確かです。』

 様子を観察する限り、ターゲットの声は変質しているようだった。そして、顔も分からず、実際に少年だったのかが分からない。しかし、友人への受け答えは自然であったので、少年の記憶を持っているのは明らかであろう。

『昨日、アイツのあばらを何本か折ってるんだよ。』

『え⁉』

 あばら骨を折られて平然と生活できるわけがない。では、全身タイツは少年に成りすました別人か・・・

『もし、骨折が一日で治ったとしたらどうする?』

『そんな非現実的なこと、ありえません。』

 自分たちも非現実的な存在ではあるが、我々の常識でもそれほど早い自然治癒はありえない。手術をして無理矢理につなげるということもできなくもないが、ただの高校生にそんなことができるとは思えない。

『仮に全身タイツ=昨日の少年だとすると、その少年はかなり大きな組織の成員であるということになりますが。』

 昨日の生徒手帳からあらかたの少年の情報は集めたが、医療に関係のある交友関係はなかった。となると、我々のような社会の底辺で暗躍する組織の成員しか考えられない。

『もしくは魔法、だな。』

 そんなバカな、と思ったが、それが間違っていないように思う。なぜなら、私たちの本来の任務は魔術師の監視なのだから。

『敵は魔術師ということですか。』

『まあ、昨日の戦いから見ると、どうも少年の方は闘い慣れしていないみたいだから、そいつは少年は魔術師ではないだろうよ。恐らく、昨日のコガネムシが魔術系統の産物なんじゃねえか?』

 なるほど。そうであれば、全身タイツの説明もつく。あれも何かの儀式なのだろう。

『しかし、決定的な証拠が欲しいですね。』

『お前は何のために潜入しているんだよ。』

『やはりそういうことですか。』

 私はうなだれながらいう。実際にはうなだれておらず、教室のクラスメイトと楽しく会話しているように見せているのだが。


 さて、目下の課題がどうやって全身タイツと関りを持つかである。あれは普通の人間が関わっていい代物ではない。だから私が関わるのだが、しかし、改造人間であっても躊躇せざるを得ない。

 職員室で全身タイツは自分をレジェンドと名乗ったらしい。かつての名前、桐麻鐸という名前を否定した。教師の反応は、またいつものだ、という感じだった。普段からめんどくさい人物だったのだろう。親の顔が見たい。息子が全身タイツで登校しようとしたのを止めなかったのか。

 聞きなれた足音がする。これは一般人には聞こえない。歩くときの一定のリズム、そして、体重と身長による地面への振動。この二つの協調は地面がどんな材質であろうと、どんな靴であろうと変わることはない。例えターゲットが走るにしても歩みのテンポが速くなるだけである。人は無意識ながら独特のリズムを刻んでいる。それは早く走っている時でも、ゆっくり移動している時でも変わることはない。その点からしてみると、昨日の少年と全身タイツはほぼ同一人物と判別できる。私も普段ならば同一人物と判断するのだが、なぜかそんな気分にはならない。全身タイツからはなにか判断を慎重にさせるようなものがあるのだ。まあ、全身タイツに警戒しないものはいない。結局はあの全身タイツが悪いのだ。ふと、全身タイツを指導するよりもその親を指導する方が先ではないかと思った。この考えは正しい。

 5メートル。

 全身タイツが私を横切るまでの距離。

 何かしなければならない。

 面倒臭い。

 私は気が付いた。全身タイツと関わるのを嫌っているのは不審に思われるのを嫌っているからではない。個人的な感情で嫌っているのだ。

『改造人間だからって、アナタはもう少し人間らしくした方がいいと思うわ』

 前任の上司の言葉を思い出す。嫌悪が人間らしい感情とは、なかなかの皮肉である。

 3メートル。

 ここで全身タイツの動きが止まる。

 一体何だろう、と私は怪訝に思ったが、顔を向けない。

 現在、私は廊下で窓から外の風景を何気なく見ている。そして、全身タイツは私が顔を横に向ければすぐ見える位置にいる。しかし、私は全く見る必要がない。

 全身タイツの行方を阻む者がいた。昨日の婦女子である。礼でも言いに来たのだろうか。

「あなたは昨日私を助けてくれた人ですよね。」

 少し不安げな声で女子は言う。

 ふと、女子が私のこと睨んでいる。全身タイツは私に背を向けていて、女子は視線をずらせば私を見ることができる位置にいる。

 女子の目は敵意に満ちていた。それはこの場から去れ、というだけの意味ではないような気がした。まるで私が全身タイツと敵対していることを知っているかのような目だった。

 昨日、女子は目をつぶっていて私たちのことを見ていない。声も聞かれていない以上、そんなことはあり得ないはずなのだ。しかし。

 彼女は自分と同じ能力を持っているのではないか、と思ってしまう。そう仮定すれば、辻褄が合う。

 だが、例えそうだとして、それがなんだというのだ。結局のところ、私は二人の会話を監視するしかない。

 私は教室に戻る。糸は学校中に張り巡らせてある。どこからでも傍受可能だ。

「ああ。君は昨日の。顔は覚えてないけど。」

 全身タイツは何気に失礼なことを言う。

「昨日路地で私を助けて下さった方で間違いないんですよね。」

 少女はそう言った。

「ああ。多分。いやあ、君。僕の武勇伝を広めたまえよ。俺は伝説になるための力を手に入れたのだから。」

 図に乗った態度で言う。一々癪だ。

「へ?はぁ。」

 少女は間の抜けた声で言った。そりゃそうなる。全身タイツはまともに会話もできないらしい。

 立ち去ろうとする全身タイツに少女は言う。

「私は奉千花です。あなたのお名前は?」

 ひと昔のドラマのようなシチュエーションである。それを全身タイツはぶち壊す。

「レジェンド。俺の名はレジェンドだ。」

 一気に日曜朝の番組に変わった⁉

 少女はあっけらかんと全身タイツを見つめるだけだった。


 今、私の目の前で全身タイツが穴を掘っている。

 時は数分前に遡る。

 さすがに何の戦果もなく帰るとムスタングさんに殺されかねない。なので、少しでも全身タイツと接触しようと考えた。

 チャンスは訪れる。全身タイツは人気のないグラウンドの方に向かうのが確認できた。なので、私は偶然を装い先回りすることにした。全身タイツの後ろをついていく存在も確認できたが、放っておいても差し支えない。

 私は群がってくる生徒を振り切り、なんとか目的の場所だと推測できる場所へ向かう。

 恥ずかしいながら、私は人付き合いがそれほど上手ではない。自分から話しかけることは出来そうにない。目立たないようにそうプログラミングされているのかもしれないが、でも、元の私もそんな感じだったのではないか、と漠然と感じる。ムスタングさんには笑われるかもしれないが。

 私は花壇の周辺のベンチに座る。

 風が頬を撫でる。まだ冷たさの残るその風は冬の余韻を残しながらも、その余韻の存在によってもうすぐ温かくなることを暗示している。まだ、夏は遠い。

「あなたは何をしてるの?」

 私は、私の存在に興味を示さず、突然花壇にスコップで穴を開けだした全身タイツに言った。教室の中での態度と同じく、にこやかな笑顔で言った。

「うん?誰?」

 この変態は、極度に他人に興味がないらしい。そんな腹立たしさを腹部の底に無理矢理に押し込んで言葉を発する。

「桐麻くんよね。私は九門棗。今日同じクラスに転校してきたの。」

「ああ。転校生。いたな。顔は覚えてないけど。」

 穴を掘るのを止め、こちらを向いて全身タイツは言った。どうも少しは興味を持ったらしい。

「あと、俺は桐麻じゃない。レジェンドだ。桐麻鐸なんて名前はとっくのとうに捨てたさ。」

 格好つけているのが、腹に立つ。

 全身タイツを尾行していた人物は建物の影からこちらの会話を聞いている。

「そう。レジェンドさん。あなたは一体何をしてるの?」

「さん、なんてつけないでくれ。レジェンドの名に傷がつく。」

「分かったわ。レジェンド、あなたは何をしてるの?」

 どうやら、ムスタングさんもこちらのことを窺っているらしい。ただ、その距離では声は聞こえないだろう。戦闘用であるムスタングさんでは読唇術は使えまい。

「穴を掘ってる。」

 見れば分かる。何故穴などを掘っているのかだ。コイツは自分が異常な行いをしているということが分からないのか。

「なんで穴を掘ってるの?」

「そりゃあ、伝説になるためさ。学校で大きな穴を掘ったら、伝説になるだろ?」

「そ、そうね。」

 無茶苦茶だ。有名にはなるだろうが、この全身タイツはそれでいいのか。

「どうして伝説になりたいの?」

 私は戸惑いつつ言う。

「夢、だからな。」

「夢?」

「そう、夢。」

「なんで伝説になることが夢なの?」

 意味不明であるが、この男の性格を掴むうえでは重要である。渋々会話に付き合う。

「そりゃ、伝説になると人間の生きてるうちは記憶に残るだろう?それってすごいことじゃないか。」

 本人がすごいと思っているならすごいのだろう。当然、私には理解できない。

「転校生の夢はなんだ?」

 夢。そんなもの、かつての自分にはあったのだろうか。今の自分にはそんなもの、ない。

「ないよ。」

 努めて笑顔で言う。でも、全身タイツは言った。

「じゃあ、なんで生きてんの?」

 それは私の心を激しく揺さぶった。それは、それは・・・

 私は初めてこの男が危険だと思った。この男を生かしておいてはいけない、と思った。

「そんなことより、伝説になりたいんだよね?」

 私の言葉に転校生が大いに興味を持ったのが手に取るように分かる。

「じゃあさ、転校してきたばかりの転校生を倒したっていうのなら、伝説になるんじゃないかな。」

 私は笑顔を崩さなかった。その意味を全身タイツも分かっているだろう。物陰に隠れていた人物が動き出すのが分かった。

「・・・なんか、つまんねえな、お前。全っ然伝説じゃねえ。」

 全身タイツの男はいびつな面を被っているので、表情は分からない。しかし、ひどくバカにされた気分だった。

「つまんねえ。つまんねえよ、お前。」

 本気でケンカを売っているのか。

「だから、俺と伝説を作らねえか?」

 はい?

 ちょっとカッコよく言ってるが、なんか、その、悪い予感しかしない。

「私も混ぜてくれませんか?」

 このタイミングで出てくるのか!

 全身タイツを尾行していた女子、奉千花が出て来て言った。

「よし!じゃあ、これからこの三人で伝説を作るぞ!」

 おー!と千花は言う。

 あれ?私も頭数に入ってる?

 そして、私たちは校外へと出ることになった。


 生まれた意味などどうでもいい。

 私たちは皆、生み出されたのだから。

 ならば、生み出された意味を全うしなければならない。

 はずだった。

 しかし、それは疑問と共にあった。

 それでいいのか、と。



 早朝になって、二つの死体が発見された。死体は物だ。もう、人ではない。

「これはどういう事件なんですかね。クスリのブローカーを薬中が殺した後、その薬中は心停止ですか。心停止はクスリの影響ですかね。奪ったクスリを大量摂取したとか。」

 白いテープが薄暗い路地に貼られている。そのテープは人のような形を二つ作り出している。死体はとうに運び込まれた。

「生きてる人間に心臓マッサージをすると死ぬんだそうだ。」

 警官の制服を着た男は、先ほど話したスーツの男に言った。

「殺しってことですか?」

「さあな。刑事ってのはアンタがよく知ってるように、捜査をするってことだ。推理をすることじゃない。」

「じゃあ、駐在の仕事はなんなんですか。」

 駐在である制服の男は言った。

「治安を維持することだよ。死因やら現場の状況やらは鑑識に任せるしかないが、状況が異常であるのは明らかになるだろう。頭の固い連中は、さっきお前の言ったような結論で終わらせるだろうがな。」

「真犯人を放っておくということですか。」

「そもそもこれが犯罪だと言えるかの問題だろうな。人が人を殺すから殺人なんだ。それ以外が殺すのは災害だ。」

「じゃあ、これは事故なんですか?」

「まあ、相手がまだ人間だったら殺人だろうが。」

 白線の前でしゃがんでいた巡査は立ち上がって言った。

「まず、クスリについて調べるぞ。」

「この事件は放っておくんですか?」

「当たり前だ。これは俺たちが関わっていいものじゃない。俺たちが担当している件に専念した方がいい。」

「今回の件とは関りがないってことですかね。」

「直接はな。だが、原因を作り出したのは共通している。」

「クスリですか。」

「天災はどうにもならんが、人災はどうとでもなる。」

「じゃあ、ブローカーの身元からですね。」

「そんなの他がやる。俺たちはクスリの成分からだ。」

「なんでですか?」

「ただ、臭うのさ。」


 私は全身タイツにあまり動いてほしくはなかった。なにかと面倒なのだ。なにかと。

『うまく近づけたみたいじゃなえか』

 能天気にも上司が言う。

『ムスタングさんも一応索敵はしておいてください。人ごみの中では私は集中できませんので』

 町の中を歩くというのは色々と神経を使う。特に、周りに人間がいると、会話という面倒なコマンドと歩行という無意味なオーダーがつきものとなる。殊に面倒だ。

『俺の索敵はイマイチなのさ。だから、お前にも勝てそうにない。』

 ムスタングさんは何を言っているのだろう。私ごときが戦闘タイプに敵うわけがないのに。

『昔な、俺より戦闘は劣るが、索敵は上なやつがいてな。俺はソイツに一度も勝つことはできなかった。』

 めんどくさい。ムスタングさんの声を聞きながら、全身タイツと奉に注意を払い、なおかつ索敵をする。どれかが疎かになりそうだ。

 バッと肩を掴まれた気がする。気が付くと、全身タイツに肩を掴まれていた。

「おい。聞いてるか?」

「え?何だったっけ?」

 どうも目の前の声を聞きとれていなかったらしい。不覚である。

「ちゃんと伝説を探しているのか?伝説の基本は探索だと言ったろう。」

 そんなこと知らない。知りたくもない。無駄な知識だ。

「えっと・・・あなたはどう?えっと、名前聞いてなかったね。」

 私は奉に助けを求める。名前はとうに知っていたが、直接聞いたわけではないので、聞く。

「私はフェミニーナ・ナンコーよ。覚えておいて。」

 さっきと違うじゃないか。それも、どこかで聞き覚えのあるような名だ。

「そうだ。ナンコーもなんか見つけたか?」

 全身タイツには本名を言ったのに、全身タイツはさきほど奉の名乗った名前を言う。覚えていなかったのだろう。

 少し奉の眉が動いた気がしたが、奉は感情を態度に出さず言う。

「難しいですね。いきなりそういうのを見つけるのは。相当な訓練が必要そうです。」

 鬼でさえも和んでしまいそうな表情で奉は言う。先ほど私に名乗る時に見せた、能面のような表情とは正反対である。

「そうだろう、そうだろう。」

 わはははは、と全身タイツは高らかに笑う。周囲の人が見ているので、もう少し大人しくしてほしい。なにせ、その恰好だけで目立つのだから。

「では、明日から俺の伝説に付き合ってもらうぞ。俺の伝説ならば、お前らも伝説になること間違いなしだ。」

 この世界で軽犯罪など珍しくはない。人が死ぬよりも多いだろう。だから、私は放っておいた。

「ひったくりよ!」

 悲痛なご婦人の叫び声が響く。その本人の姿は見えず、ここから少し遠くにいるようだ。周りは我関せずといった態度だった。誰も警察に通報しようともしない。

「おい、どけ。」

 そんな中、全身タイツは走行中の自転車をなぎ倒し、自転車の持ち主を自転車からひっぺがした後、自分は自転車にまたがる。そして、私が言葉をかけるより早く、犯人を追って行った。

 私は無駄なのに、と思った。相手はオートバイ。今、100キロほど出しているだろう。私の索敵範囲だったので、状況は手に取るようにわかる。一方、全身タイツはママチャリ。どう足掻いたって不可能だ。

 奉は道路に転げている自転車の持ち主を介抱している。奉は私が自分を見ていることに気が付き、言葉をかける。

「私はあなたみたいなタイプが一番嫌いなの。力があるのに、その力を誰のためにも使わないやつが。」

 この時、私は不思議な気持ちだった。普通なら、自分の正体が知られていると思い、恐怖するのだろう。しかし、この時自分から湧いて出てきたのは、蔑みの感情だった。この女は私の正体には決してたどり着けないような、そんな安心感さえ湧いてきていた。奉は私にとって恐れるに足らぬ存在になった。

 奉が恐れぬに足らぬ存在になったのと同時に、私たちに前に恐ろしい脅威が眠りから覚めた。

 全身タイツは全くバイクに追いつけなかった。しかし、それは最初だけだった。高速で走っているバイクにママチャリはどんどん近づいていく。それはすなわち、オートバイよりもママチャリの方が速いということだ。何かの間違いではないか、と私は自分の能力を疑った。

 ママチャリは本来100キロ以上の速度で走ることを想定されていない。ママチャリはもうすでに限界だった。しかし、ママチャリはすでにバイクの後ろへと迫っており、自転車の崩壊の寸前、全身タイツはバイクのライダーに飛び掛かっていた。

 バイクは倒れ、壮絶なスピードで道路を滑っていく。滑っていくときの音と、電柱にぶつかり大破した時の爆発音により、全ての人間が耳を塞いでいた。

 一方、ライダーが地面に叩きつけられ肉片と化す前に、全身タイツが地面とライダーとの間に割り込んでいた。そして、遠くに飛ばされる。少しの間、全身タイツは動かなかった。しかし、何事もなかったかのように起き上がった。ライダーは気を失っているらしい。全身タイツの体からは鈍い色の血液がだらだらと流れていた。

 そんな異様な光景に周囲の人間全員が狼狽していた。いや、正確には全員ではなかった。たったひとり、まるで花見を楽しむかのようにリラックスしてその光景を眺めている人間がいた。

どうみても場違いな恰好。夜にしか出てきてはいけないひとの恰好だった。そして、その口元には歪んだ笑を浮かべている。

私はこの人物がふとムスタングさんに似ていると思った。格好もともかく、全体の雰囲気というか、根本的な所が全く一緒である気がした。

この状況で冷静でいるところをみると、少なくとも人間ではないのは確実だった。改造人間だろうか?しかし、私たちに全く連絡のいかないというのは考えにくい。

その謎の人物の反応が消えた。先ほどまで確実に存在していたはずだった。しかし、私の認知からその存在が消えた。

全身タイツの身体能力は戦闘用改造人間とほぼ同等であった。それもまた、脅威ではあった。しかし、私が脅威を感じたのは、私の認識から一瞬で存在を消してしまったその人物であった。


だが、その場に居合わせた改造人間はその謎の人物だけではなかったのである。私は監視用改造人間。実は全身タイツの起こした事故の現場に私もいたのだ。私の任務は名前の通り監視だ。このF市は改造人間とその天敵だけではなく、その他の第三勢力が潜んでいる。よって、この地域担当のムスタングならびに№24に秘密裏に第三勢力を調査している。

というのは建前である。実際私たち監視用は身内である改造人間が裏切らないか、若しくは改造人間の正体がばれないか、というのを監視するのが役割だ。

通常、改造人間には識別信号のようなものを発信する器官が取り付けられているが、監視用にはそれがない。つまり、見た目だけは普通の人間と変わらず、そのことを他の改造人間は知ることはないのだ。探知能力はAランク以上とさえ言われている№24も、私が改造人間であるとは認識できないだろう。また、人間に紛れるため、普通の人間らしい行動を心掛けている。だから、あの場にいたバカには笑いを隠せなかった。私に報告が来ていない限り、二人の監視か私の監視のために派遣されたのだろうが、普通でないことがバレバレである。服装が浮いてしまっている時点でもう終わりである。それに加えてぼんやりと天敵を観察している様といったら、もう無様としか言いようがない。

もう一度見世物を見て笑てやろうとバカを探すが、見当たらない。私には№24やムスタングほどではないが、気配を感じられるほどの感知能力は備わっている。機能不全でも起こしてしまったのか、と思ったときに、背後からこんな音がした。

「はっぴばーすでーまいさーばんと。」

 私は初めそれを声であると認識できなかった。予想できなかったからだ。人がいないところで声が聞こえても、人はそれを声であると認識しづらい。人が発しているのを認識することではっきりと声であることがわかるのだ。その時の私は全く同じ状況だった。なぜなら、背後からは全く人の気配がしないからだ。そうあり得ない。

 頭になにか取り付けられた感覚がする。その時、初めて背後にいるのがあのバカではないかという予測ができた。そう。思えばおかしかったのだ。改造人間識別反応が出ていない時点で監視用であるはずだ。大した戦闘能力さえ持たない、上に告げ口することしかできない監視用があんなバレバレの行動をするはずがない。むしろあの行動は挑発ととれるまでの自信があった。

 『私』が消えていく中で、私は一つの結論に達した。これはとてつもなく複雑な事態が起きている、と。

 そうして『私』は死んだ。


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