26話 祖母
「ん? ……なんだこの揺れと音は」
身体全身を揺らす小刻みな揺れと何かがゴロゴロと転がる騒がしい音に、ドラヴェルトは不快感を覚え目を開く。
(ここは……どこだ?)
視界に入ったのは、厚い布で出来た天井。
そして周りには、壁と一瞬見間違えるほどの木箱の山。
ようやく見慣れてきた自分の部屋とは似ても似つかない。
周囲は上と同じような厚い布に覆われていて、それ以上の様子を視界から伺い知ることは出来ない。
(揺れと音から考えるに、馬車か何かで運ばれている?)
ドラヴェルトは腰に差した短剣の存在を確認してから、身体をゆっくりと起こす。
「起きたか。ドラヴェルト」
「……誰ですか?」
布を捲って現れたのは、黒の外套を纏った銀髪金眼の女。
見覚えはない。
だが何故か不思議と懐かしい感じがする。
「まあ覚えていないのも無理ないか。私はお前の祖母だよ」
「祖母?」
それにしては若すぎる。
目を合わせるだけで圧力を感じる鋭い眼光。
オオカミのような荒々しい髪型だが艶のある銀色の髪。
鼻筋にこそ斜めの刀傷が入っているが、それ以外は皺やシミ一つない綺麗な肌。
口元は布で覆っていてわからないが、どう見ても二十代前後の若者と言える見た目だ。
唯一らしいと言えるのは、どこか年寄りじみたぶっきらぼうな口調のみ。
だがそれも芯の通った若々しい声と雰囲気に合っており、違和感というほどのものでもない。
「そうお前の祖母。ラヴァリオラ・ブラン・フォルノスパーダだよ」
「でも見た目と何より髪の色が……」
そうだ。
フォルノスパーダ家なら、自分と同じ黒髪であるはず。
しかし自称祖母の髪色は見事なまでの銀色の髪。
黒髪には到底見えないし、見た目からして年老いて白髪になったという感じでもない。
「若くしてマスターに到達した奴なら、皆こんなもんだよ。髪は絡まれるのが面倒だから遺物で染めてるのさ。黒髪金眼の人間は、フォルノスパーダの血筋だって国中の奴が知ってるからね」
そう言ってラヴァリオラは髪を軽く弄る。
まだ信じきれない。
だが言われると、どことなく雰囲気が母上や姉上に似ている気がする。
それに敵意も感じない。
それに発言が事実なら目の前の女は、最低でもマスター以上の実力者だ。
仮に嘘であっても今の自分よりは遥かに上だろう。
それくらいのことは相対してわかる。
ここは一旦信じる他ないか。
「納得したようだね。それじゃあ町に着くまで大人しくしてな」
ラヴァリオラはぶっきらぼうに言うと、布の向こう側に姿を消す。
(大人しく……か。だが外の様子を少し、そう少し確認する程度なら良いだろう)
音を立てないよう四つん這いになって進み、布を捲って顔を出す。
「わっ、ぷっ」
顔を出した途端、荒い風と砂埃が顔面に押し寄せてきた。
ドラヴェルトは反射的に顔を背けた後、口元を手で隠して少しだけ目を開けながら周囲を観察する。
(これは……酷く荒れた場所だな。こんな場所に町が本当にあるというのか?)
枯れた倒木くらいしかない荒れ果てた土地。
それが視界の先までずっと続いている。
この中で動くものは、ドラヴェルトとラヴァリオラ。
それと今二人が乗っている客車兼荷車を引く二足歩行の竜一頭のみ。
その他に生命の気配は一つとして感じられない。
よほどの僻地ですら見ないような荒廃っぷりである。
本当にこの先に町があるというのだろうか。
「不思議かい? 遺物の保護がない場所はどこもこんなもんだよ。それより早く顔を引っ込めな」
「もう少しくらい見……ごほっ、ごほごほっ……」
突然喉が猛烈に痒くなり、咳が止まらなくなる。
まるで喉の中で虫が這いまわっているかのようだ。
猛烈な不快感でドラヴェルトは咳を繰り返すが、収まるどころかどんどん酷くなっていく。
「ほら言わんこっちゃない。町の外はどこもエーテルが希薄なんだ。まだ未熟なあんたには早いよ」
ラヴァリオラに押されるように布の内側に戻ると、猛烈に感じていた痒みがあっという間に収まり、咳もすぐに止まった。
「この内側は一時的にエーテルで満たしておいたから、次の町までは大丈夫なはずさ。だから大人しくしておくんだよ。いいね?」
「は、はい……わかりました」
授業で街の外は危険だと軽く聞いていた。
しかし危険だと言ってもせいぜいモンスターか、野盗の類だろう。
そう思っていた。
どうやらこの世界の外は、思ったよりも遥かに危険らしい。
(計画の大幅な見直しが必要じゃな)
半年後の試験に合格すれば、見聞を広めるために旅をする予定だった。
だが外の環境がこれほど厳しいのなら、実力を付けた上で十分な準備をしなければ到底無理だろう。
可能であれば外に詳しい協力者も欲しいところだ。
(そう考えると今の状況はそれほど悪くはないな?)
祖母はマスター以上の実力者。
身内ならある程度面倒も見てくれるだろう。
裏切られるリスクも他人よりは低いはずだ。
知らぬ町にどんな目的で連れていくのかと思ったが、むしろこれは好都合かもしれない。
この機会を全力で利用すべきだ。
「おばあ様。町へは何をしに? 着くまで荷物の中を見てもいいですか? あと町の外の事について詳しく教えてくれませんか?」
「町まで大人しくしてなって言っただろ。はぁ、まったく。とりあえず質問は一つずつしな」
「ありがとうございます。では町へは何をしに?」
布を少しだけ捲り、顔を出さないように注意して尋ねる。
「行けばわかるよ」
「おばあ様、もう少し詳しく教えて下さい」
「あー……ちょっとした用を済ませにだよ」
「ちょっとした用とは?」
「あーもううるさいね! おばあ様なんて気持ちの悪い呼び方をする子に、これ以上教える事なんてないよ!」
怒声が幌の中に響き、続けて竜の怯えたような情けない鳴き声が届く。
「ではどうお呼びすれば……」
「それくらい自分で考えな!」
声だけでわかる怒りの感情。
(少し焦り過ぎたか。とりあえず町に着くまでは大人しくした方が良さそうじゃな)
……と思ったがそういうわけにも行かないようだ。
後ろを見れば自分に迫りくる木箱の山。
ある程度固定はされているが、この調子ではその内限界を超え、崩れ落ちる未来が見える。
まず間違いなく、先ほどから何故か大きくなった荷車の揺れが関係していることだろう。
そしてそれが祖母の機嫌と関係していることも明白ではある。
だがしかし、わかったところで今はどうしようもない。
指摘したところで火に油を注ぐような事態になるだけだ。
とにかく荷が崩れ、ここに充満しているらしいエーテルが万が一にでも漏れれば、まずい事になるかもしれん。
やるしかないか。
覚悟を決め、ドラヴェルトは全力でフォースを駆使して荷物と戦い続けた。




