21話 治癒術
「ではヴェル様、おさらいからです。治癒術を使う時、どういう手順で発動するかは覚えてらっしゃいますね?」
「はい、まずはエーテルをマナに変換し、次に陣を描きます。そして最後に呪文を唱えて術を発動します」
ドラヴェルトが答えると、マグノリアが頷き笑顔を見せる。
「正解です。では私が補助しますので、さっそく術の練習を始めましょうか」
「えっ、いいのですか?」
魔術書も没収され、しばらくの間は罰として術の学習も休止するものばかりだとドラヴェルトは思っていた。
もちろんそうなった場合は、こっそりと独学で進めるつもりだったが。
「本当はもう少し後にする予定でしたが、正しい方法をお教えしておいたほうがいいかと思いましたので。また今日みたいにお一人で試そうとされても困りますから」
「ありがとうございます」
笑顔でそう言うマグノリアから、何か言外の圧力を感じるドラヴェルト。
教える代わりに勝手に進めるな。というところか。
やむを得ん。
しばらくは大人しくするとしよう。
「ヴェル様にはお時間がありませんから、今日は一度実際に使うところまでを目標に頑張っていただきます」
「術を!? ですが、僕にはまだ無理なのでは? 本にはかなりの時間がかかると……」
「術の世界は日進月歩です。マナへの変換さえ出来たら、あとの陣と呪文の部分は他の術者がサポートすれば、実際それほど難しいことではないのですよ。もちろん使うだけならの話ですが」
マグノリアが言うのなら事実なのだろう。
本は学びにおいて重要だが、書かれた知識や常識は完成した時点で過去の物となる。どうやら自分が学んだ本は相当に古いものだったようだ。
「それではさっそくこちらを」
そう言ってマグノリアがドサッと紙の束を机に置く。
どれも白く厚みのある上質な紙。
てっきり何かの問題かと思いきや、何も書かれていない。
一枚目だけではなく、二枚目も三枚目もだ。
(一体これで何をしろと?)
ドラヴェルトが疑問に思っていると、マグノリアが一枚の紙を差し出す。
紙には陣のようなものが描かれていた。
二重の円内に八芒星、頂点の空いた場所に水滴のような雫型のマーク。
そしてすべての線には数字が割り振ってある。
「師匠。これは一体?」
「一番簡単な治癒術『ヒーリア』を使う時の陣です。今からお手本通りの書き順に従って、この陣を紙に描いてください」
「わかりました」
形はそれほど複雑ではない。
これならすぐに掛けるだろう。
「連続五回上手くかけたら実際に使って見ましょう。だから頑張ってくださいね」
「五回連続ですか」
「難しいですか?」
「いえ、やってみせます」
ドラヴェルトはペンを手に取り、手本の紙を見ながら早速書き始める。
(それほど複雑な形でもない。それに手本もある。簡単に終わらせて師匠を驚かせるとしよう)
そう思って描き始めた一枚目、最初の円が歪み失敗。
二枚目も、三枚目も四枚目もまた円の部分で失敗が続く。
うーむ、思ったより綺麗な円を描くのは難しいのだな。
「ヴェル様。このような大きい円は手首は固定して、肘を軸に描くと良いですよ」
「肘を……? おおっ、確かに!」
多少歪んではいるが、それなりに真円に近い円を描くことが出来た。
この調子で中の円もとドラヴェルトは描いてみるが、外側の円を意識しすぎて変に歪んでしまった。
「駄目か……」
「いえ、いい調子ですよ。ヴェル様。その調子で多少歪んでも構わないので、何度か陣を描き切って見ましょうか」
「はい」
そうしてマグノリアのアドバイスを受けながら、ドラヴェルトは練習を続ける。
十枚、二十枚と書き続け五十枚目に達しようとしたところで、ようやくあと一枚綺麗に書ければ目標達成というところまで来た。
「あと一枚で……ぐっ、しまった!」
最初の円の部分で繋げるのを意識しすぎて、円が歪んでしまった。
「おしいですね。また最初からやり直しです」
「また最初からですか? もう四枚連続上手く描けたのですよ?」
「ダメです。最初に五回と決めたからには、五回連続成功させることに意味があります」
マグノリアにしてはキッパリとした硬い口調だ。
「どうしてですか?」
「最後の一枚が実際術を使う時に似た緊張感を、疑似的に味わうことが出来るからです。この課題すら乗り越えられないのなら、実際術を使う時の安定性に不安が残ります」
「わかりました、頑張ります」
「はい、その意気ですよヴェル様」
しかし意気込んだからと言って、簡単に成功するものではなかった。
また何回かあと一枚のところで失敗を繰り返す。
そうして百四十九枚目で、頂点の空いた場所に雫型のマークを入れれば五回連続成功というところまで到達した。
「あとはこれさえ描ければ……出来た! 師匠、確認お願いします!」
「はい、わかりました」
ドラヴェルトから紙を受け取ったマグノリアはスッと目を細め、真剣な目つきで一枚一枚確認していく。
その様子をドラヴェルトは固唾を飲んで見守る。
「……合格です。よく頑張りましたね」
「ありがとうございます!」
よし、これでようやく術が使えるぞ!
まあ攻撃魔術ではないのがちと残念じゃが、ここは仕方あるまい。
師匠の前だからとドラヴェルトは、表向き平静を装い心の中で喜びに浸る。
「ではヒーリアを使ってみましょうか。呪文は『我が傷を癒せ』です。陣は頭の中で軽くイメージするだけで構いません。それでは私がサポートをするのでやってみてください」
「はい。ですが呪文が少し違いませんか?」
確か前に師匠が言った呪文は『我が傷を癒しなさい』だったはずだ。
「性別によって適した呪文が違うのです」
「そうなのですか……わかりました」
疑問はあるが今はそれよりも術だ。
マグノリアの手の感触を背に感じながら、ドラヴェルトはまずエーテルをマナに変換する。
よし、出来た。
あとは陣と呪文だな。
ドラヴェルトは、何度も描いた陣の形を頭の中に思い浮かべる。
すると足元にフッと光の線が現れた。
最初はボヤっとしていて、二重円の中に何かが描かれている程度の精度。
だがマグノリアが何かをしたのだろう、一瞬で綺麗な陣に生まれ変わった。
「それでは呪文を唱えてください」
「我が傷を癒せ『ヒーリア』!!」
一瞬、身体が光の粒子に包まれすぐに消える。
陣もだ。
だがマナだけは十分の一程度消費された感じはある。
(失敗か?)
ドラヴェルトが振り返ると、マグノリアが首を傾げていた。
しかしドラヴェルトの目線に気づいたのか、笑顔を見せ拍手した。
「おめでとうございますヴェル様。成功ですよ」
「本当に成功したのですか? 特に何も変わっていませんが……」
「よく見てください。手の甲にあった青痣が消えていますよ」
「痣……? あっ、確かに」
剣術訓練の時に出来てしまった痣が確かに影も形も無くなっていた。
「このような物まで治るのですか」
ドラヴェルトは驚きと同時に、ふつふつと心から何かが湧くような達成感を覚える。
新しい魔法を使う度に感じる、この何とも言えない達成感。
やはり何度味わってもいいものじゃな。
「はい。ただいくらサポートがあったとはいえ、ヴェル様はまだ術初心者。時間を置いた怪我がここまで綺麗に治るのは、些か不思議ではありますね。本当にヴェル様は、今まで術を学ばれたことがないのですか?」
マグノリアの疑う様な視線を感じ、ヴェルは思わずサッと目線を逸らす。
もしかすると前世の経験が何か影響を……?
だとしても言うわけにはいかない。
今は適当に誤魔化すとしよう。
「そっ、それは師匠がよくご存じのはずです。僕は少し前までマナの変換も碌に出来なかったのですよ」
ドラヴェルトの言葉を聞いたマグノリアは少しの沈黙の後、表情を和らげる。
「確かにそうですね。きっとヴェル様にそれだけ才があるということでしょう。それでは、ヒーリアを他の人に使う場合の陣も覚えましょうか」
「他者に使う場合は陣が違うのですか?」
ドラヴェルトの問いに、マグノリアが頷く。
「ええ。陣自体は雫の位置が下になるだけですが、書き順が大きく異なります。ですからまた同じように五回連続するまで、頑張ってくださいね」
「は、はい」
まるで書き順が違う手本の紙を見て、ドラヴェルトは自分の顔が引きつっていくのを感じる。
だがやるしかないと気合を入れてペンを手に取り、また陣を描き始めた。




