部活動の形(1)
「それで九十九。今日はずっと私の授業を聞いていなかったようだが、何か面白い言い訳でも思いついたかね?」
「いや~、それが全くでして。もしよければ先生に教えてほしいなあ、なんて~」
放課後、俺は言われた通り職員室へと向かった。
ドアを開けて先生に声をかけると、やたらと広い教室に連れて行かれて今に至る。
それだけ聞くと何だかいけないことをしているような気になるが、その広い部屋とはつまり生徒指導室だ。一気に色気が消し飛んだな。
「……言い残す言葉はそれだけか?」
「い、いえ先生、そもそも別に今日俺は、遅刻はしていません。だって午後からの授業はちゃんと出たじゃないですか。だいたい、遅刻というのは決められた時間に遅れて到着するから遅刻でしょう? そもそも俺は午前の授業には到着していません。つまり、これは遅刻ではなく欠席、もしくはサボり、あるいはずる休みです。だから、それを遅刻したという理由で叱るのはおかしいのではないですかね?」
俺は今日授業中に考えた言い訳百選のうち、もっとも自信のある言い訳を披露した。ちなみにその中には「ちょっとトイレが長引いちゃって」や「最初から来てたんですけど、ずっとお腹の調子が悪くて」などがある。トイレばっかりだな。
すると先生は「フム」と顎に手を当て、そして飛び切りの素敵スマイルで言った。
「学校には遅れているじゃないかなど言いたいことは多々あるが、分かった。君の話を受け入れよう」
「せ、先生。なら、分かってくれたんですね?」
さすが甘地先生だ。ちゃんと生徒の意見を尊重してくれるところに感謝しかない。
「ああ、では私は今から君が授業をサボったということについて叱ろう。さて、ではこの学校の地下に拷問部屋があるので早速いこうか?」
「じょ、冗談ですよお~先生~。やだな~、可愛い生徒の微笑ましいジョークじゃないですか。昨日少し帰宅が遅れて寝過ごしちゃっただけですよ。だからそんな素敵な笑顔で全然微笑ましくないこと言うのはやめてください!」
俺は授業そっちのけで考えた言い訳百選を一瞬で捨て去ると、それどこの政治家だよ!ってくらいの勢いで手のひらを反す。
というか拷問部屋って何? ホントにあんの?
あるとしたらそれどんな学校だよ!
ていうか、あっていいの? まあ、冗談だろうけど。……冗談だよね?
それはそれとして、これだけは言わせてほしい。「先生」という単語と「拷問部屋」という単語が合わさった時のエロさは異常だと思います!
「まったく。君とまともに会話が成立したためしがないな。……いや、だがそうか。昨日帰宅が遅れたと言ったが、もしかしてそれは私のせいか?」
「え? なぜです?」
「いや、昨日私が君を呼び出したせいで今日の授業に遅れたのなら、その責任は私にもあるからな。もしそうならすまない。私にできることなら何でもするから言ってほしい」
い、今何でもって言ったよ⁉ 言っちゃったよねこの人⁉
……分かってる。分かってるから言わないでほしい。お願い、もう少しだけ希望を持たせて! いいじゃないか、少しくらい期待したって。
……別にエロい意味で言ったわけではありませんが何か?
先生はどうやら昨日自分が呼び出したせいで今日、俺が遅刻したと思っているようだ。やだもーどんだけ生真面目なんだよこの人。結婚したら浮気とか絶対しないしさせなさそう。……前者はともかく後者はなぜか俺の息子がヒュンッとなった。
まあ、それは置いておくとして、今日俺が遅刻したのはどう考えても俺が悪い。電車で寝過ごしたのも、夜中アニメ観てて寝過ごしたのも、全て俺だ。うん、これはホントに俺が悪いな。強いて言うなら昨日の俺が悪い。よって今の俺は無罪放免。やったー。
「い、いえ先生、先生のせいじゃないですよ。ただ昨日、少し帰るのが遅くなってしまったから寝過ごしただけです。ホント先生のせいじゃないですから。それと、もっと自分を大切にしてください。なんでもするなんて軽々しく言ったりしちゃいけませんよ」
「そ、そうか。それならいいんだが……。って、ならば君はただの遅刻じゃないか‼」
「そ、そうでした! やっぱり今のなしには――なりませんよね、はい。すみません。」
「まったく。……はあ、まあ今回は初犯だしな。もう遅刻の件はいい。但し、今回だけだぞ」
「本当ですか⁉ いやあ、流石先生、無駄に年食ってるだけありまグハッ」
「もし次同じようなことを言ったら、……分かっているな?」
「は、はい……。以後気を付けます」
思いのほか先生は簡単に許してくれた。まあ、その後のことはもう言うまでもないが。
先生、俺と一緒に格闘技でてっぺん目指しましょう! 先生なら美人すぎる格闘家ってことで人気出ますよ。……グラビアデビューする方が早いかもな。
「では、先生。俺はもう帰りますね。お疲れさまでした」
「ん? どこへ行こうと言うんだ? まだ話は終わっていないぞ」
「え? でもさっきもういいって」
「ああ言った。けれどそれは今日の君の遅刻の件に関してだ。実は君にある話があってな。そのことを今日話そうと思っていたのに君は来ていなかったから、また明日にでもと思っていたんだが、今日は合えて良かったよ」
「なんですか、その可愛い台詞。お金払いますから最後のとこだけもっかい言ってもらえませんか?」
「⁉ そ、そうか。か、かわいいか。………フフ、フフフフフ」
「あの、ここは何かツッコんでもらわないと。いや、ホントなんですよ? ホントに可愛かったんですけどね? ただ、あんまり素直に喜ばれると俺も正直困るんですが」
「へ⁉ あ、ああ、すまない。その、あまり可愛いなどと言われたことがないものだからつい嬉しくてな。……んっ、んんっ。そ、それで話というのはだな、」
「は、はい。話というのは?」
俺たちは気恥ずかしさをごまかすように話を進める。
「実は部活動についてのことなんだ」
「部活動?」
「ああ。君も知っての通り、この学園は生徒に様々な経験を提供するために実に多様な設備を設けている。それからも分かる通り、当然部活動にも力を入れているわけだ」
「ええ、まあはい。俺も一応この学校を受験したんで、なんとなくですが聞いたことがあります。確か体育会系にも文科系にも毎年凄く優秀な生徒が集まるとか」
「ああ、特に今の在校生、特に君たちの世代にはいわゆる天才と呼ばれる者たちが例年より多く集まっている」
――天才
その言葉に少し心がざわつくのを感じた。
「ん? どうかしたか?」
どうやらそれが顔に出ていたらしい。俺は適当に軽口を叩いて誤魔化す。
「いえ、確かに俺みたいな優秀な生徒もいますしね。むしろ俺がその世代のエースでしょ?」
「何を言うか、君は赤点ギリギリの最底辺だろう?」
「ですよね~」
先生のおどけた口調に俺はぎこちなくうなずく。
少し訝しんだ様子だったが、何とかごまかせたようだ。
「それで、その天才君たちがどうかしたんですか? はっ⁉ まさか俺にも秘められし才能が⁉ 俺も万才なんて変わった名前ですからね。もしかしたらとは思っていたんですよ」
「バカ者、違うよ。私がしているのは彼らのことではない。部活動のことだ」
「部活動、ですか?」
「そうだ。君は未だ何の部活動にも所属していないだろう?」
「え、ええ……まあ」
そりゃ入学式前にあれだけやらかしたら部活動どころじゃないですよね、とは言えない。
「知っているかもしれないが、この学校では一年生の夏休みまでに必ず何らかの部活動、若しくは組織に入部することが義務付けられている」
「へ⁉ ……マジですか?」
「なんだ知らなかったのか? 道理で、君はいつも授業が終わると早々に帰宅していたわけだ」
やべえ、そういえば入学式の日に先生がそんなこと言っていたような気がする。あのときは気まずすぎて、ずっと窓の外を眺めてたからな。あの時見た中庭の花たちは実にきれいだった。
「えっと、それってもし入らなかったら何か罰とかあったりするんですかね?」
「いや、そういったものは特にないが、まあ、強いて言うなら教室の掃除当番を強制されるくらいだ」
うわ~、地味だけど結構きついなそれ。なんなの? その何もやっていないやつになら押し付けてもいいっていうふざけたルール? 別に学校でやってないだけで家では忙しくしてんだよ! 目に見えていることだけが全てじゃないんだ! 星の王子様でだって言ってただろ? 大切なものは目に見えないんだって。俺にだって家に帰ればやることはたくさんある!
まあ、そうだな………トイレ掃除は俺の当番だな。あとはまあ、特にないが……。やっぱり、見たまんまでした。
「まあでも、そのくらいなら別にやりますよ、俺」
「ん? 何を言っている。君にはもう部活に入らないという選択肢はないぞ」
「な、何故です⁉ 俺は誰かにこれまで人に良いことしたことある?って聞かれたら、みんなの前でうんこ漏らしてるのを教えてあげたって答えるくらいには善人ですよ? その俺が何でそんな罰ゲームみたいなことされなきゃならないんですか⁉」
「う、うん……、ま、まあ、一旦落ち着け。それと、その、今度からそういうのに気づいたときにはそっと相手を傷つけないように、お尻汚れてるけどもしかしたらどっかでこけたのかな? 一回トイレでお尻確認してきた方がいいよ。くらいのソフトタッチで教えてあげなさい」
「?」
この人は何を言っているのだろう?
そう思っていると、先生は気を取り直すように軽く咳払いして話を進めるため口を開いた。
「ま、まあそれはいい。……良いのか? いや、それよりも、だ。実はな、今年入学してきた一年生の中に九十九という名字の男子生徒がいたら必ず今年新しく作られたばかりの『育才部』に入部させるようにと昨日上から言われたのだ」
「はあ⁉ 何ですかそれ⁉ 俺の人権はどこ行っちゃったんですか⁉ それにいつからこの国は独裁国家になったんだ⁉ 俺束縛されるなら恋人がいいです。先生がもし俺の恋人になってくれるっていうなら考えなくも……すみません、嘘です、忘れてください!」
先生の目が獲物を見つけた肉食獣のようになっていたので、俺は慌てて謝罪する。
少し残念そうな目で先生は言った。
「まあまて、落ち着けと言っただろう。君の気持ちは私も分かるし、なぜ上がこんなことを指示してきたのか気にもなる。が、もしこのまま君が入部しなければ私の評価にも影響するのでな。だから潔く入部しろ。そして結婚もしろ」
「は、はあ、というか理由が完全に私情なんですが……。 いえ、まあ別に入部しろと言われればするんですけどね。ただ、一体何なんですか? その『育才部』ってのは。あと、結婚はしません。大丈夫ですって、先生ならきっと良い人が見つかりますよ」
「おや、なんだ? 思ったより乗り気じゃないか。あと結婚はしろ」
「いえ、別に乗り気ってわけじゃないですけど。ただ少し興味が湧いただけです。どうせ家に帰っても毎日暇を持て余してますし。あと、結婚はしません」
「そうか、まあいい。そうだな、正直私もその『育才部』という部活動についてはあまり知らないんだ。だからちょうど仕事も一段落着いたところだし、どうせならこれから一緒に見に行こうと思ってな。あと結婚はしろ」
「そうですか。分かりました、では行きましょうか。あと結婚はもう少し考えさせてください」
「フフ、まあ急ぐことはないさ。私はいつまでも待っているからな」
「ははは……」
いやもういいから早くいい人見つけて幸せになってくれよ。なんだよいつまでも待ってるって。重いよ。もしこれで俺がもらわなければ先生は未婚のまま更に年を重ねて――……うん、俺は何も考えないことにした。
*
先生と肩を並べて廊下を歩く。『育才部』なる謎の部は特別等の四階、つまり空き教室を拠点にしているらしい。職員室からは階段を上がってすぐなのだが、職員室が一階にあるため階段を結構な数上らなければならない。
多少疲れて来たので先生は大丈夫だろうかと隣を見ると、先生は息切れ一つしないで堂々とした足取りで歩いている。きっと普段から運動しているのだろう。その結果はそのパーフェクトボディーが雄弁に語っている。凄いね。何が凄いって歩くたびにその豊かな膨らみが……。いや、ここはあえて言うまい。本当に大事なことは言葉なんかじゃ表せない。俺もしてくれたことであの花(甘地先生の双丘)を見るべきだろう。幸せな気持ちにさせてくれてありがとう! ……いい加減そろそろファンの人達に怒られるな。
すると突然先生がこちらに目を向けた。当然先生の美しいプロポーションとその歩行姿勢(胸ではないよ)に見とれたままだった俺と目が合う。……俺の視線は少し下だった。
「「…………」」
妙な気まずさをおぼえる俺たち。
あまりそういう空気は得意じゃない。俺は適当に先生に話を振る。
「そういえば先生、その部には俺以外にも部員がいたりするんでしょうか?」
「ああ、確か女子生徒が一人いると聞いている。まあ部活自体が今年からできたものだから、二~三年生はいないらしいが。だが彼女は飛び切り有名な生徒だ。君も聞いたことがあるだろう? 今年の入学テストで満点を出した生徒がいると。しかも二人も。まあ、と言ってもこの学校の生徒にはちょくちょくそういった者もいるにはいるがね。去年も二人いた」
「ええ、そうでしょうね。俺の身近にも一人いるので。けど、そうですね。今年の一年で有名人………ああ、もしかして例の理事長の娘ですか? 物凄く美人だって聞きましたけど」
「ああ、よく分かったな。なんでもこの部を作るように手配したのが彼女の父、つまり我らが理事長だったらしいからな」
「へえ、なら俺をここに入部させようとしてるのも理事長ってことになるんでしょうかね? まあ、話したこともないんであまり信じられませんが」
「まあ、そのあたりのことは彼女にでも聞いてくれ。よし、そろそろ四階だな」
先生との会話が一段落ついたところでちょうど俺たちは特別教室棟の四階に到着した。
「それでそのなんちゃら部とやらはどの教室なんですか?」
「『育才部』だ。まあ確かに名前だけ聞いても解釈が多すぎていまいちピンとこないがな。確かこの廊下の突き当り、一番奥の教室だと聞いている」
「げっ……、まだ歩くんですか? もうこんだけ余ってる教室があるんなら手近の教室勝手に使ってもよくないですか?」
「そういうわけにもいかない。まあ、正直私もその考えには同意するがね。けれど規則は規則だ。甘んじて受け入れよう」
「甘地先生だけに、ですね」
「それは、私の名字をバカにしているのかね? 返答次第では君の名字が甘くなるぞ」
「い、いや~冗談ですよ、冗談。先生の名字、素敵ですって。俺も甘いもの好きですよ。だから先生のこともだ~い好き、なんちゃって」
「……それは愛の告白と受け取ってもいいのかね?」
「えっ⁉ せ、せんせい?」
「それは君がここを卒業したら私をもらってくれるという結婚の言質と認識していいのかね?」
「ち、違います。ごめんなさい。ただの冗談だったんです。ちょっと先生の恥ずかしがる顔が見てみたかっただけなんです」
「そ、そうか。……そうか。あまりこの手のことで私に軽々しく期待を抱かせるようなことを言うのはやめてくれ。次は言質として記録するからな」
「はい」
なんで俺は年上の美人に結婚しろと言われてこんなに悲しい気持ちになるんだろう。先生はさっきのでガチへこみしてるし。
ていうか重すぎるんだって!
なんなの結婚の言質って? もう告白の言質取ろうとする時点で相手逃げだすよ! そんなんだからなかなか結婚できないんだな、この人。
……まあ、それは先生が悪いというわけではないが。
綺麗すぎる先生はきっと周りの人間からしたら高嶺の花に映るのだろう。だから相当己に自身のある男じゃないと寄ってこないし、寄っていけない。けれどそんな選び抜かれた男たちも、先生の魅力の前ではとても自信なんて保てようもない。故に一人。寄ってきても去っていくばかりで、誰も彼女の隣に立ち続けることができない。始めのうちは先生も気にしていなかっただろう。言い寄って来た人間はきっと多いはずだ。いつかはその中の誰かと幸せになると、楽観的に考えてしまうのは自然。
けれどもう今年で三十代の扉をたたく。周りを見れば友人達は皆結婚していて、自分だけが取り残されているという現実。感じるのは、周りに置いて行かれる不安、親からの期待、このまま年だけ取り続けるんじゃないかという焦り。そして何より辛いのは、周りの期待する甘地苺桜ではなくなっていくことへの周囲からの失望だ。
美人だからモテなければいけない。美人なのに結婚できないのには何かほかに問題がある。そういった魅力的であるが故の過剰な期待と憧れ、そして彼女の現在に対する失望や嫉妬。そんな感情がずっと向けられ続ける毎日に不安と焦り、孤独などが無意識に先生の中に溜まり続ける。
だからチャンスを逃してはいけないという思いが強くなり、つい先走ってしまう。その結果、男からは重がられ、また去られてしまう。
先生は今、その負のスパイラルの真っただ中にいるのだ。……いや、たぶんな?
悪いのは先生ではない。悪いのはそんな彼女に並び立てない俺たちの方だ。
水清無魚という言葉がある。読んで字のごとく、清すぎる水には魚は住めないように、心があまりに高潔な人でも度が過ぎると周りに人は近づかなくなる。そのような意味だ。『水清ければ魚棲まず』ということわざなんかもあるがそれと同義だ。
その言葉からも察するに、人はあまりに欠点がないものには親しみを持てなくなる。それはそうだろう。ずっと隣で完璧な姿を見せられ続けるのだ。それは悪意のない味方の流れ弾にさらされ続けるのと同じ。いつもいつもその隣で、自分が劣った存在なのだと、平凡な人間なのだと、そう思わされ続ける。どれだけ努力しても手が届かない正解を、ずっと示し続けられる。
それはどれだけ苦しいことだろう。そして何より辛いのは、相手にその気がないことだ。だって当人からしたらそれが当たり前なのだから。ただやればできるだけ。ただ存在しているだけ。ただ笑っているだけ。しかし周りの人間はそうではない。彼らが当たり前だと言うその領域に凡人がたどり着くためには、どれだけの犠牲を払わなければならないだろう。払ったところでたどり着けるとも限らないのに。
自分の人生をかけて挑戦しようとしていることを、彼らはほんの気まぐれでやってのける。それを目にしたとき感じるのは憧れでも、嫉妬でもなく、ただ言いようのない程の恥辱だ。それまでの自分の努力をすべて恥だとしか思えなくなる。
そんなところでは夢を抱くことも、自分でものを考えることも、自分という存在をさらけ出すことも、何もできやしない。それは持たざる者にとってはあまりにも残酷な生き地獄だ。それをずっと味わい続けるくらいなら、いっそ貶されてバカにされた方が縁も切れるのにと思うかもしれない。
先生の場合、それが容姿や性格などなのだからより顕著だろう。隠すことができないから。あれほど純粋な優しさを抱くことは並大抵じゃ出来ない。なぜならそんな経験がそもそもないから。だから周りは彼女から去っていく。もしかしたら昔はそれでいろいろと苦労もしたのかもしれない。
人は敵わない相手には常に悪意と敵意をもって排除しようと考えるから。
「――本当に、嫌になるな」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、先生はいつになったら結婚できるんだろうって言っただけです」
「ふんっ、まあ本当にどうにもならなくなったら君にもらってもらうとするさ」
「ハハ、まあ考えときますよ」
先生と俺は少し似ている。でもやはり、俺は先生のような素敵な人間にはなれない。
ただ……。
ただもしも先生が、俺が大人になっても一人のままなら。
そのときは二人で酒を酌み交わす日が来るかもしれない。
そんなくだらない妄想をしている自分が、妙に恥ずかしかった。




