出会いの形
「終わった~」
昼休み。俺は喧騒の中、一人呟く。
普通、高校生のお昼休みと言えば青春のド定番中のド定番。中庭や屋上なんかで友人と笑いあったり、恋人とイチャイチャしたりするもののはずだ。それなのに俺の周りには誰もいない。中庭どころか教室にさえ居場所のない俺は、果たして高校生を名乗ってもいいものだろうか?
『高校生とは青春するもの』
というイメージを持つ人たちに訴えられたりしたら、俺はもう受け入れるね。
とはいえ、そんな俺が今、一人教室の隅でカタツムリごっこに勤しんでいるのには当然理由がある。いつもならとっくに中庭一番奥の梅の木の下で一人昼食をとっているのだが、今日は少し用事があったので教室に残っているというわけだ。
というのも、『育才部』なる謎の部活に入部することになった俺は今朝一番に職員室で入部届をもらうと、朝のホームルームの時間に書き終え、それをそのまま職員室の先生に提出しようとしたのだが、あの部活は未だに顧問も見つかっていないらしく入部届は部長である一ノ瀬に直接渡すように言われてしまったのだ。当然のことながら俺が一ノ瀬のクラスに行って、
「み~やびちゃん、あ~そ~ぼ♪」
などと言うわけにもいかず、というかそんなことをして命を失いたくはないので、とりあえず俺は昼休みを利用してなんとか人気のない場所で一ノ瀬との接触を図ろうと考えている。……ちょっと変な表現になっちゃったけど、決していかがわしい意味ではない。ホントだよ? だからお巡りさん呼ぶのだけは勘弁してください、マジで。
俺は喧騒冷めやらぬ教室を目立たないようにそっと後にすると(悪目立ちしないようにともいう)、一ノ瀬のクラスである一年一組へと向かう。
途中廊下で友人たちとの他愛ないおしゃべりに花を咲かせている生徒たちとすれ違った。まさに彼らにとって今この瞬間が青春のひと時なのだろう。まったく、コップ一杯の安心を得るためにバケツ一杯の自由を支払うのだから世話ないな。
楽しそうに笑う彼らを見ても、やはり俺は何も感じない。
「代わりのいる関係に、意味なんてないだろ?」
気づけば俺は小さくそう呟いていた。何人かの生徒がこちらを奇異の目で見ている。
そのことに気づいた俺は少し恥ずかしくなり、気持ち歩調を早めるのだった。
*
「あのー」
一組に着いた俺は扉の近くの席で一人読書に励んでいる女子生徒に声をかけた。けれど、何故か一向に彼女からの返事は返ってこない。
「あの、君、おーい!」
窓際の席だったため図らずも左から近づいた俺は少し大きな声で言って、彼女の肩を軽く叩いた。瞬間――……
「ひゃわっ⁉」
「うおっ⁉ ―――へ?」
『『ゴツン‼』』
「「~~~~っ」」
驚いて後ろに大きくのけぞった彼女とその彼女に驚いた俺。俺は迫りくる彼女の頭をただ見ていることしかできず、気づいたときには俺の顎に彼女の頭がクリーンヒットしていた。人間本当に苦しい時は声も出なくなるんだな。
顎を抑えて床を転がりまわる俺と頭を押さえて机にうずくまる彼女。周囲はそんな俺たちを見て一度静かになったかと思うと、盛大に笑い出した。教室中に笑い声が響く。久しぶりに死にたいと思った。
失敗したな。やはり心臓に近い左から近づくのは相手を驚かせてしまうようだ。前に心理学の本に書いてあったのだが、生憎と実践したことはない上に窓際の席だったため考慮出来なかった。悪いことをしてしまったな。
「……フ~~~ッ。わ、わるい、だいひょうふか?」
俺は痛みを押し殺し、男の意地とばかりになんとか彼女よりも先に復活すると急いで彼女の無事を確認する。口を開くたびに顎が割れるように痛くてうまく言葉がしゃべれない。口元を拭うと唇に触れた親指に少し赤い液体が付着していた。どうやらさっきの激戦で唇を負傷してしまったようだ。
「い、いえ、こちらこそ。……いきなりだったので驚いてしまって、すみません」
机にうずくまって動かなくなっていた彼女だったが、俺が声をかけると痛む頭を押さえながら顔を上げる。どうやら俺よりは軽傷で済んだようだ。女の子を傷者にしないで済んで本当に良かった。もしこれで傷でも負わせていたら、俺はこの子とでっかいケーキをぶった切ることになっていた。式場はどこがいいかしら? ……いや、俺はむしろ嬉しいけど、彼女からしたら罰ゲームもいいところだな。うん。
「って、あなた血、血が出ていますよ⁉ だ、大丈夫ですか? あわわ、どうしましょう! だ、誰か、救急車、いえ霊柩車!」
「おい、落ち着け、大丈夫だ。ただちょっと唇切っちゃっただけだ。あと霊柩車は呼んじゃダメ。唇切ったくらいで焼かれちゃったら俺きっと悪霊になっちゃうから」
こちらを向いた彼女は唇から血が滴っている俺を見て、盛大に慌てふためいている。その様子は可愛くて大変良いのだが、救急車の次に霊柩車を呼ぼうとしちゃうところは可愛さ余って怖さ百倍。次に彼女の前で鼻血でも出そうものなら俺は一瞬で焼肉にされ、棺桶に放り込まれてしまいそうだ。
「ほ、本当ですか? 心なしか目が赤いような気がしますが……はっ⁉ ま、まさかさっきので失明なんてことに」
「いや、これは生まれつきだから。それより君の方こそ大丈夫だったか? 頭、悪くなっちゃったりしてない?」
「はい。私は大丈夫――ん? 何ですか、それは私の頭が残念だとでも言いたいのですか? 確かに私、勉強はあまり得意ではありませんけどこれでも本はたくさん読んでいるんですよ?」
「い、いや違う、そうじゃなくて、いやそういう意味もちょっとはあるが。君さっき結構強く頭打っただろう?」
「ああ、そういうことですか。あなたの怪我に動揺してすっかり忘れてしまっていました。少しコブになっちゃってますけど、問題ありません」
俺の心からの心配に憤慨していた彼女だが、俺が打った頭の方だと説明するとすぐに後頭部に手を当ててさすさすしながら笑顔で答えた。表情がコロコロと変わって面白い子だな。というか、今のでコブになった程度だなんて頭硬すぎるだろ。
「そうか。いや、本当にすまなかった。俺がいきなり話しかけちゃったせいで痛い思いさせちまったな」
「い、いえ、私の方こそ本に熱中していて驚いてしまいました。あなたにお怪我がなくて何よりです」
「それは俺の方こそだ。君に怪我をさせていたら、危うくお婿に行くところだった。まあ、それはそれで悪くないけどな」
「フフッ、面白い方ですね。ではこの場合、私は怪我をしておいた方が良かったのでしょうか? でも残念です。御覧のとおり私はピンピンしているので、あなたをお婿さんにはできそうにありませんね」
「そうだな、残念だ。俺も君みたいなカワイ子ちゃんのお婿さんになら、今すぐにでも立候補したいくらいなのに」
「すみません、気持ちは嬉しいですけど今は募集していないんです。もし私が売れ残ってしまったときはまた募集するかもしれないので、その時にもう一度声をかけてください」
「そうか。なら特売日まで気長に待つよ」
「「…………プッ」」
あまりにくだらないやり取りに可笑しくなった俺たちは、どちらからともなく笑い出す。
さっきまで大笑いしていた周囲の生徒たちはもうすっかり会話に戻っていて、教室の中は再び喧騒で包まれている。そんな中で俺たちの会話を進んで聞こうとするものなどいるはずもない。
「そういえば、まだあなたの名前も聞いていませんでしたね。私はすめらぎ――……皇です」
「ん? それだけか? 名前はないのか? 猫なのか?」
「い、いえ、そういうわけではありませんが………笑いませんか?」
「そりゃ面白ければ笑うが。……いいのか? それは自分からハードルを上げてるだけだぞ? もしそれで面白くなかったらとても惨めな気分になるが……」
「ち、違います⁉ 別に笑ってほしいというわけではありません! ……うう~、本当に笑わないでくださいね? ホントのホントにですからね?」
目を潤ませながら上目遣いで俺を見上げてくる彼女。とても可愛い。思わずもっと意地悪してやりたい衝動に駆られるが、今は生憎と時間がない。お昼休みはあと三十分で終わってしまうのだ。
「分かったから。というか別にそんなに言いたくないなら言わなくていいぞ?」
「…………流星」
「え?」
「だ、だからキララ‼ 私の名前は皇流星! 流れ星って書いてキララって読むんです‼」
「そ、そうか……。なかなかおもしっ……いい名前だな。……キララ……流れ星でキララ………っプ、フハハハ」
「~~~っ、もうっ‼ 笑わないって言ったじゃないですか! だから嫌だったんですよ! キララなんてキラキラネーム恥ずかしいじゃないですか!」
「キラキラネームのキララちゃん、か。おもしれえ名前だな」
思わず素直な感想を口にしてしまった。ほら、嘘ってイケナイことだから。嘘つきは泥棒の始まりだから。泥棒は泥棒でも、俺が目指すのは恋泥棒だから。
「う、うるさいですよ! それよりあなたは何て名前なんですか⁉ 私も名乗ったんですからあなたも名乗るべきです。面白いのを期待していますよ」
「……あまり嬉しくない期待だな。自分の名前が面白いからって俺に面白いのを求められても困るが………まあいい。俺の名前は九十九万才。九十九万の才能って書いて九十九万才だ」
この流れで本名を名乗ることには少々ためらいもあったが、相手に名乗れと言った以上、こちらも名乗るのが社会の掟だ。マルマルモリモリ、お互い様だよ♪ ……何言ってんだろうな、俺?
「……へ? ……プッ………フフフフ、アハハハハ、期待以上です! あなたの方がよっぽど変な名前じゃないですか。それでよく私の名前を笑えましたね?」
「う、うるせえ! 俺は名前の通り才能にあふれてるからいいんだよ」
「な、なにおうっ⁉ 私だって名前の通り流れ星のようにキラキラ輝いてるからいいんです!」
そう言って薄い胸を張る彼女はとても楽しげだ。相変わらず丁寧な言葉遣いだが、始めの頃と違い徐々に親しげになっているように思う。なんだか見かけとは違って喜怒哀楽が激しい分子供が大人ぶって話しているみたいで面白いな。
俺は改めて、皇流星と名乗った少女を見た。
長い黒髪に真っ白な肌。高く形のいい鼻筋と薄い唇、意志の強そうな瞳はその下にある泣き黒子によって優し気な印象を受ける。体つきは細く背はそれほど高くない、というよりどちらかと言えば小柄な方だろう。どこか儚い雰囲気を持つ彼女は、キラキラキララな名前にたがわぬ美少女だ。
見た目は背の高さを除くとどこか一ノ瀬に似ている気がするが、その印象はまるで違う。一ノ瀬が美しいが棘があって近づきづらい薔薇だとすれば、皇は月下美人といったところだ。彼女からは上品ながらもどこか親しみやすい、けれど近づいたら消えてしまいそうな儚い印象を受ける。
「まあ、そうだな。お互い変わった名前だけど、そんな名前に負けないくらい優れた人間だからな」
「ですです。流石私より変わった名前なだけありますね。私初めてです。そこまで変な名前の人に会ったのは。親が最初に子に注ぐ愛の形は素敵な名前を贈ることだと昔ある人が言っていましたが………虐待、とか受けていたりします?」
「おい言葉! 言葉選べよ! やめて! 俺も昔から薄々感じてたことだけどそれを言葉にするのはやめて! 俺信じてるから! きっと俺の名前には母さんの息子への溢れる愛を込めた立派な理由があるんだって、俺信じてるから!」
まさか九十九と言う名字に一足りないからもういっそのこと一万倍しちゃおうなどというふざけた理由ではないはずだ。……違うよね? ちなみにこの考察は俺が小学生の頃、自分の名前の由来を親に聞いて来いと言われたときに母さんのうろたえた様子から俺が勝手に考えたものだ。今でも俺はもしかしたらもしかするんじゃないかと疑っている。
「え、ええ、そうですね、はい。きっとそうでしょうとも。だからこれ以上この話題はやめておきましょう、お互いのために。……それより、すっかり話に夢中になっていましたがあなたは私に何か用事があったのではないですか?」
………あ。
言われて思い出す。
「そ、そうだった。面白い奴に出会ってすっかり忘れていた。俺は一ノ瀬……さん? に用事があって来たんだけど、どこにいるか知らないか?」
俺がクラスに来た時には既に教室に一ノ瀬の姿はなかった。
「ああ、一ノ瀬さんですか。彼女ならいつも四限目が終わるなりお弁当を持って教室を出ていきますよ」
「そうか、やっぱいないのか。ちなみにあいつ――じゃない、彼女がどこに行っているのかは分からないか?」
「すみません。実は私、あまり親しい人がいないんです。というかまったく。だから彼女が……まあ、彼女だけではないのですが、いつもどこに行っているのかまでは分かりません。きっと他の方も知らないんじゃないでしょうか」
「……そ、そうか。ま、まあ、あまり気にするな。俺なんてこの学校に友達どころか敵しかいないまである。実際、今お前と話しているのだって超異常。こんなにまともに話したのなんて随分と久しぶりだからな。だからまあ、あんま気にすんな」
「い、いえ、流石にそこまで酷い人に励まされても。……あれ? では、今探している一ノ瀬さんはお友達ではないんですか?」
「ああ、あいつとは別に友達ってわけじゃない。というか俺あいつに嫌われてるし。あいつはただ俺が入部することになった部の部長ってだけだ。そんで今その入部届を渡すために昼休み潰してあいつを探してるんだよ」
もしもあいつを友達だと言って、それがバレたとき俺はきっと東京湾を漂うことになるだろう。こういう時にしっかりと否定することはいずれ俺の命が危険にさらされないようにするために必要なことなのだ。
「あの、……もうちゃんと呼ぶのやめたんですね。皆の憧れ、高嶺の花の一ノ瀬さんをあいつあいつと、凄いですね。彼氏面していると今に彼女のファンに刺されますよ? ……まあいいです。それより一ノ瀬さんが部長………ああ、少し前にそういう噂が広まったことありましたね。なんでも入学試験一位の才女にして理事長の娘の超絶美少女が新しく部を作った、とか」
「へえ、そんな噂があったのか」
「え? 知らなかったんですか? 結構皆話してたと思いますけど……」
「言っただろう? 俺はこの学校に友人どころか敵しかいないって。俺は入学して今日までただ教室の自分の席で狸寝入りの練習ばかりしていた。まあ、そのかいあって今では嘘じゃなくて本当に寝られるようになったんだけどな。空気よりも無害な男なんだ、俺」
もう俺に電気を流したら真空放電の実験ができるレベル。俺すげえ。
「……そ、そうですか。というかまだ私たち入学して数か月しか経っていませんよね? 一体何をしたらそんなことになるんですか?」
呆れたような興味深そうな表情で聞いてくる皇。とても可愛いが、いくら俺でもここで真実を話すわけにはいかない。もし話したらそれこそもう二度と皇と話すことは出来なくなるだろう。それどころか、それを他の奴にも聞かれたら俺は四組だけでなく一組の連中からも嫌われてしまう。どうせ今とそう変わらないとはいえ、流石の俺も望んで敵を作りたいとは思わない。ここは適当に返してお茶を濁そう。
「それは聞かない方がいい。どんな命知らずの愚か者でも自分で地獄を見に行こうとするバカはいないだろう? 悪いことは言わない、引き返せ。君にはまだ帰るべき場所があるはずだ」
「何の話をしているんですか。……まあいいです。聞かれたくないのなら無理に聞こうとは思いません。それより一ノ瀬さんですよね? 探さなくていいんですか?」
ジト目を向けてく彼女。うん、俺新しい扉開きそう。……噓だよ嘘。冗談だからね? ホントだよ?
「ああ、そういえばそんな用事もあったな。でももう昼休み終わっちまうしなあ。ホントあいつどこ行ってんだよ。友達いねえのか?」
「そ、それをあなたが言うんですか……? というかその入部届とはそれほど急いで出すべきものなのですか?」
「ん? どういうことだ?」
「ですから、その入部届は必ずこのお昼休みの間に一ノ瀬さんに渡さなければならないのですか? それこそ学校が終わって部活動が始まる時間でも十分にいいのでは?」
「………あ」
「え? まさか」
「何で俺この時間に無理して渡そうと思ったんだ?」
「やっぱりですか⁉ 先ほどから思っていましたがやはりあなたはアホですか? アホなんですね?」
「な、なにおうっ⁉ お前丁寧な口調で随分とディスってくるな。さっきまでの殊勝な態度はどこいったんだ?」
「そ、それはまだあなたを知らなかったですし、それにあれはお互いに非があったではないですか。今はあなたを知っていますし、どう見てもあなたはアホにしか思えません。普通考えたら分かりませんか? 入部届なんて部活に行くときにでも持っていけばいいでしょう?」
「仕方ないだろ。俺はこれまでの人生で部活動なんかに入部したことはないし、大体入部届を先に出しとかないとあいつのことだから部室に入れてもらえない可能性だってあるんだぞ? ……というかもとはと言えば、今朝職員室に行ったときに先生が『昼休みに部長に渡せばいい』なんて言ったから悪いんだ。わざわざ昼休みなんて言いやがって。あのおっさん、俺がこの前甘地先生に土下座してたことまだ妬んでんのか? まったく、アホってのはああいう奴のことを言うんだよ」
「……後半は全く意味が分かりませんでしたし分かりたくもありませんが、あなたがアホなのだということは理解しました。それで、どうするんですか? 今の話から察するに特に今すぐ渡さないといけないわけではないようですが」
「ああ……もういいかな。どうせ放課後には必ず会うんだし、それにもうすぐ昼休みも終わっちまうしな」
壁掛け時計に目をやるとちょうど長針が五十五分を指していた。あと五分でお昼休みが終わってしまう。
「あいつホントどこ行ってんだ? いい加減戻ってこねえと授業に遅れるんじゃないか?」
「そういえば彼女、いつも午後の授業が始まるギリギリに教室に戻ってきますね。いつも彼女が着席した瞬間にチャイムが鳴るのでこのクラスではそれが授業開始の合図なんです。まあ、本人は気づいていませんが」
「へえ、……そりゃ凄いが今は迷惑だな。じゃあ俺がいくらここで待っててもあいつが来る頃には俺が遅刻しちまうってことか。昨日遅刻して酷い目にあったばかりだしなあ」
また遅刻して面倒なことになるのは勘弁だ。
「でしたらもう戻られてはどうですか? ……それにしても遅刻常習者とは面白いですね。ちなみに、何の教科に遅れたんですか?」
興味深げに訊いてくる皇。そういうちょい悪的なのが好みなのかな? 確かに退屈な現代の日々に刺激を欲する気持ちは分かるが。
「何の教科というか……。遅れたのは学校に、だな。午前の授業全部サボっちまったんだよ」
「へ? ……あの、つかぬ事をお聞きしますがあなたそんなので成績大丈夫なんですか? この学校って結構なレベルの進学校を気取っていたと思いますが」
「ああ、当然悪い。この間の中間テストなんてオールギリギリ赤点回避で赤点取ってないやつの中では学年最下位だったらしいからな」
「そ、そんなことをそんなに堂々と言えるのが凄いですね」
「まあな」
呆れたように言う彼女に俺はどや顔で答える。
「……来年は私にも念願の男の子の後輩ができるんですね。何か困ったことがあったらお姉さんに相談してくださいね」
そう言って笑う彼女の微笑は見とれてしまうほどに美しかった。
「俺も美人な先輩ができて嬉しいっス」
「………はあ」
もはやあきらめの境地である。その目は先ほどまでの慈愛に溢れた眼差しではなく一ノ瀬にも及ぶ絶対零度のそれだった。……やべえ、ちょっと癖になりそうな自分がいる。
「まあいいです。そろそろ昼休みも終わりますね。ではまた。機会があればお話ししてもよろしいでしょうか?」
「ん? ……いいのか? また話しかけて」
「? 何を言っているんですか? かまいませんよ。私もあなたとお話しするの楽しかったですし」
「そ、そうか。……じゃあ、その、なんだ。……また、な」
「え、ええ、また」
やべえ、超恥ずかしい。また話したいなんて言われたのは初めてだ。
俺は若干の名残惜しさを覚えながらも教室を出て、自分の教室に戻る。教室を出るとき彼女が小さく手を振っているのを見て言いようのない温かさに身を包まれたように感じたのは決して初夏の訪れだけが理由ではないだろう。
ここ最近ろくな目に合っていなかったが、今少しだけ報われた気がした。




