2.
心なしか元気がなくなったミユキに「人間だけとは限らない」の真意を聞き出すのは酷な話だと感じたマサトは、話題転換で気分を変える良い機会だと考えて、ショルダーバッグにぶら下がっている人形に話題を向けようとした途端、ため息を吐く彼女は右肩に持ち替えたので出鼻を折られた。
彼女を家まで送る間、世間話で話題をつないだが、心ここにあらずの状態はあまり解消せず、マンションのエントランスで別れると足早に去って行く姿を見送ることになった。
ツールの発売元倒産の話が気になる彼は、彼女の背中が見えなくなると、急いで1駅先にある一人暮らしの1DKマンションまで急いだ。途中、スマホでピンゼルアルファ社のホームページを確認したが、今後の対応は検討中になっていて、不安が募るばかりだった。
ほろ酔いも冷めた頃に家へ到着し、転がり込むように部屋に入って、黒い筐体のノートPCに「仕事だ、バディ」と語りかける。すると、ノートPCが独りでに開いて画面が明るくなり、数秒後にログイン画面が表示される。指紋認証でログインすると、デスクトップにたくさんのフォルダがドッと現れ、その上を覆い被さるように黒い画面が現れた。「ピンゼル2π」が自動で起動したのである。
メニューが上と左に表示され、右にカラーやレイヤーのサブメニューが表示されると同時に、左下に親指大の女の子の上半身が現れた。ピンク色のツインテールで、ステータスバーの上に組んだ腕を乗せ、その腕に顎を乗せて首を傾げ、すやすやと眠っている。呼吸の度に体がわずかに上下する。
「アニマトリン、聞いたか?」
マサトが女の子に問いかけると、左目だけ開いた。
「ご主人様ですかぁ? 顔が見えないのですが」
可愛い女の子の高い声――いわゆるアニメ声がスピーカーから流れてきた。
「ああ、ごめん」
普段は、テレビ会議の相手にうっかり顔を見られないようカメラの設定をオフにしているのだが、これではペイントツール「ピンゼル2π」のアシスタントAIには見えないので、オンにする。
「おは、こんばんは。ご主人様」
「今、寝ぼけて、おはようと言いそうになっただろう?」
「おやすみなさい」
再び目を閉じて眠りにつくアニマトリン。
「こらこら! それより、聞いたか?」
「何をですか?」
「お前の会社が倒産したって事」
「そうなんですかぁ?」
ようやく顔を上げて右腕で目をゴシゴシとこすり、ふわわとあくびをする。
「今日は、フリルのついた白いドレスなんだね」
「昨日みたいにメイド服がお好みですか?」
ユーザーの答えを待たずに、瞬時にメイド服に着替えを済ませ、「よいしょ」と弾みを付けてステータスバーの上に立った。アニマトリンの全身は、3頭身で中指くらいの大きさだ。
「メイドでもいいけど……そんなことより、驚かないのかい? 倒産だよ?」
「サーバーは動いていますよ」
ツールの中の仕組みがわからないだけに、マサトはそれだけでは安心できない。
「もうお別れって事はないよね?」
「ないですよ」
「アップデート情報が来なくなるだけ?」
「ですね。お知らせとかも」
「まあ、ニュースレターは読んでないからいいけど。とにかく、ずっと使い続けられるんだよね?」
「ええ。もしかして――」
そういってアニマトリンは悪戯っぽく笑う。
「私が消えると泣いちゃいます?」
「ツールが使えなくなるのかと心配して――」
「正直におっしゃってください。私が消えると泣いちゃいます?」
「…………」
「では、おやすみなさーい」
突然、ツールの画面が閉じた。




