1.
――絵に描いたキャラクターの人格は、もう一人の自分なのだろうか?
大学二年生の画家マサトは、同じゼミにいる手苗ミユキに誘われたクラシックコンサートの帰り道で、クラシック音楽オタクの道をひた走る彼女が今日の演目だったグスタフ・マーラーの交響曲第8番「一千人の交響曲」について熱く語るのを右耳で聞いていた。
だが、会場でほとんど眠っていた彼にはちんぷんかんぷんな話ばかりで、それよりも彼女の左肩にかかるショルダーバッグで揺れている2頭身のアニメキャラの人形や缶バッジに心を惹かれ、あわよくばアニメキャラへの話題へ転換出来ないかと機会を窺っていた。
飲むと饒舌になるのは彼女で、寡黙になるのは自分。しらふの時は真逆なのに、今日のメインイベント終了の段になってこのシチュエーションは、誘ってくれた相手に失礼だ。表情を見ている限りでは、彼女は話を聞いてくれる人が横にいるだけで嬉しい様子だが、内心はどう思っているか心配である。
コンサートの後で軽く夕食を取ったのだが、気取って一緒にワインを飲んだのがいけなかったかなと反省したその時、
「Veni, Veni, Creator Spiritus!」
いきなり道の真ん中で、高揚する心をソプラノに乗せて第1楽章冒頭を歌い出す彼女。羞恥心をトスされてそれに包まれたかのようになった彼は、瞬時に周囲の通行人へ目を向ける。女の酔っ払いが夜の歩道で「聞き慣れないメロディーで何やら外国語の歌を歌っている」程度にしか聞こえていないはずだが、「女を酔わせて何企んでいるんだあいつ」みたいな冷たい視線も混じっているから、暴走気味の歌い手の袖を軽く引っ張った。
その続きを歌いかけたミユキは立ち止まり、割り込みに対してほんのり赤い顔に不満の色を浮かべるも、すぐに機嫌が直って「今歌った部分って、4/4拍子、3/4拍子、2/4拍子、4/4拍子って6秒間に4回もテンポが揺れ動くの。ジャズも真っ青じゃない?」と語り出すので「はいはい」と応じると、彼女は憧憬の眼差しを月しか見えない夜空へ向けて左手を挙げ、
「来たれ、創造主の聖霊よ!」
それから、数秒後、力なく下ろされた左手を目で追いながら、複雑な色を顔に浮かべる。
「クリエーターって……人間だけとは限らない」
その言葉に、マサトは反射的に「AIアニメーター」を連想し、ツインテールの女の子「アニマトリン」の顔が脳裏に浮かんだ。それは、彼が所有するAIペイントツール「ピンゼル2π」に入っているアシスタントAI。AIアニメーターとも呼ばれ、アシスタントどころか人間の代わりに一から創作を行えるほどの実力を持っている。
なぜ急に彼女が「人間だけとは限らない」などと言い出したのか、問いかけようとした彼は、ちょうど横を通り過ぎていく若者の集団の言葉に耳を疑った。
「ピンゼルアルファ社が倒産だってよ」
それは「ピンゼル2π」の開発元。マサトは去りゆく彼らへ振り返り、全身から血の気が引いていくのを感じていた。




