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白秋のぬくもり

二章後、琳視点の一幕。

 琳は燭台を片手に屋敷の縁を一人で歩いていた。

 夜の帳が完全に落ち、何事もなく日を終えられるかどうかを己の目で確認して歩いているのだ。

 自分たちに与えられた部屋から、各人の室の様子。

 そして、浅葱の対屋。

「――まだ起きてるのか」

 浅葱の室から明かりが漏れ出ているのを確認して、彼はそんな独り言を漏らす。

 主に常に付き従っている賽貴は、今は夜の京の見回りに出ていてこの屋敷にはいない。

「浅葱どの、よろしいですか」

「…………」

 降ろされている御格子の傍に歩みを寄せ、膝を折ってから控えめに声をかける。

 室内からは返事は無かった。

 明かりを点けたまま居なくなることはないので、琳は眉根を寄せる。

「失礼します、浅葱どの」

 ゆっくりと妻戸を押し開けて、琳は浅葱の室内に足を踏み入れた。

 御簾を上げて、几帳の向こうにいるはずの浅葱を探す。

 すると主は、脇息にもたれかかって眠ってしまっていた。

 傍には文机があり、書きかけの文と筆が転がっている。ここ数日は連日の深夜の仕事が多かった。昨日も火急の依頼で夜遅くに出かけて行った。片付いたのが明け方であったので、睡魔に勝てなかったのだろう。

「浅葱どの、寝所に移動されたらどうですか」

「……う……ん……」

 少し離れたところに手にしていた燭台を置き、琳は浅葱へと歩み寄った。

 背に手を添えてそう声をかけると、主は眉根を寄せたままでゆるい言葉を返してくる。座ったままの姿勢で眠っているために居心地も良くないのだろう。このままでは伏せている頭の重みで腕も痺れてしまう。

「浅葱どの」

「…………」

 もう一度名前を呼んだ。

 浅葱からの返事はない。

 予めそれを予測できていた琳は、軽いため息のあと文机をおもむろに避けた。転がったままの筆も拾い上げて、文箱の中に仕舞い入れる。

 そして彼は黙したままで己の着ている水干の襟留めを解いて、中に着込んでいる着物を手早く脱いだ。

 次に未だに眠ったままの浅葱の体をゆっくりと移動させて、横たえさせる。簡易な形ではあるが脇息にもたれたままで居るよりかはその場に寝かせたほうが良いと判断したのだ。その体に、自分の脱いだ先ほどの着物をふわりと掛けてやる。

 身体を冷やさないためにと、少しばかりの賽貴への対抗心からくる行動だった。

「無防備ですね、本当に」

 そんな独り言を漏らしつつ、琳は浅葱の頬へと手を伸ばした。一筋の髪が頬に掛かっているので、避けてやるためだ。

 艶のある綺麗な黒髪だった。

 浅葱の好む梅花香が鼻を擽り、理性を崩しにかかってくる。

 琳はそれに一瞬だけ負けそうになり、ゆるく首を振った。

「……お休みなさい、浅葱どの」

 眠り続ける浅葱の耳元へ、そんな言葉を届ける。

 そして琳はゆっくりと立ち上がり、置いたままである燭台へと歩みを寄せてそれを手に取り、浅葱の室を後にした。

 ゆるゆると流れていく秋の夜長。

 鈴のように庭で鳴く虫の声を耳にしながら、彼は屋敷内の見回りへと戻るのであった。

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