79 ジェネラルマネージャー
ポップル社のマンションで晩ご飯の準備をしてると、サザビール社から伝話が掛かってきたよ。なんだろうね。
「田中美紀さんですか?」
「そうですが」
「サザビール社の東アジア地区のジェネラルマネージャーが、山本の件で至急田中さんと話したいと来日しました。明日の13時にサザビール社にきてください」
「明日は大学」
「そんなものは休んでください。こちらは大切な用件です。いいですね、13時に必ずきてください」
そのまま伝話をきられてしまったよ……。
「美紀ちゃん、なんの伝話だったのー」
『サザビール社から明日の13時に山本さんのことで話があるからこいって』
「サザビール社なら、行かなくてもいいのー」
『山本さんのことだって言われるとねー。明日の3コマ目は授業がないから、13時だったら行こうと思えば行けるんだよね。行くだけいってくるよ』
「わかったのー。美紀ちゃんが心配だから、明日はわたしもついていくのー」
『わたし1人でも大丈夫だよ。わたしはもう大人だからね』
「ついていくのー」
『ジョーちゃん、ありがとね』
◇
12時50分、わたしはサザビール社の前に立っていたよ。時間を守るのは社会人の鉄則だよね。
昼休みの時間があまっていたから、大人の女性らしくメイクをバッチリきめてきたよ。メイクをきめたら私服が合わなかったから、ビジネススーツに着替えてきた。
「美紀ちゃん、顔が真っ白なのー。口が真っ赤で大きいのー。眉毛が変なのー。クスクスなのー」
ジョーちゃんはさっきからコロコロ笑いっぱなしだ。ジョーちゃんももう4歳、箸が転がっても笑う年頃だからね。
受付に行くと、前にきた時にもいたぶっきらぼうな受付さんが応接室に案内してくれた。
「山本さんの時みたいにケーキやお菓子が出てこないの。がっかりなの」
『ここにくる時はわたしも楽しみにしてたんだよね。あれは華山洋菓子店のケーキとお菓子で、行列ができるくらい人気があるんだって』
「ひさしぶりに食べたかったのー」
『今日は無理だけど今週末に買いに行ってみようか?』
「やったのー。行くのー」
「誰もこないのー」
『もう13時15分だね。昨日の伝話で13時って言ってたんだけどね』
「情報板を偵察に出すの」
ジョーちゃんが右手をかっこよく振って「行くのー」と情報板1枚送り出したよ。わたしたちの前にも情報板が1枚出てきて映像と音声を届けてくれる親切仕様だ。
◇
事務室の中で、あの変なチリチリモミアゲの店長が話してるね。
「ジェネラルマネージャー様は秘書と寿司食って戻ってくるんだとよ」
「あのボンボン、偉そうっすね」
「社長の息子ってだけでジェネラルマネージャーになったバカだからな」
「山根店長の方が実力はうえっす」
「応接室の方は適当に言って待たせとけつってたわ」
「うっす。受付に行かせときます」
◇
『……ジェネラルマネージャーもダメそうだね』
「ダメダメなの」
『どうしようかなー。もう帰りたいんだけど』
「もう帰るの」
『せっかくメイクまできめてきたのに』
「きまってないの」
『言ったな、ジョーちゃん。くすぐりの刑だよ』
「やーなのー。クスクスなのー」
「もう13時30分なのー」
『受付さんは事故渋滞とか言ってたねー。ウソだけど』
「待つのあきたのー」
『次の授業の魔力工学は、専門の授業だから絶対に出たいんだよねー。もう帰るよ。待つだけムダだったね』
◇
わたしたちが帰ろうとしたら、サザビール社の入口で山根店長たちに止められたよ。無視して帰ろうとした時、黒いリムジンが入口の前に止まって、白スーツでオールバックの男と秘書の女性が車から降りてきた。
「[このチンチクリンか? サルはマトモに引き止めることもできないのか]」
「ジェネラルマネージャーは、この女性が商談相手かと聞いています」
「そうです、ジェネラルマネージャー」
ジェネラルマネージャーが英語で話して、秘書が通訳してるね。通訳で話していることが全然違うけど。山根店長は事務室での態度がウソのようにビシっと受け答えしてる。ここまでくると逆におもしろいね。でも商談ってなんのこと?
「[とっとと済ませるぞ。案内しろ]」
「ジェネラルマネージャーが遅れて申しわけなかった。あらためて商談をしたいと言っています」
「美紀ちゃん、どうするのー」
『次の授業まであと50分あるし、商談とか変なことを言ってるから聞くだけ聞いておくよ』
「わかったのー。いやな予感がするから情報板で記録しておくの」
『ジョーちゃんの予感はよく当たるからね』
「それほどでもないのー」
ジョーちゃんがドヤ顔で胸をはって情報板を2枚飛ばしたよ。
◇
ジェネラルマネージャーは応接室の奥のソファーにドカッと座って山根店長がその後ろに立っている。女性秘書はジェネラルマネージャーの右側に座った。
ジェネラルマネージャーがこちらに笑顔を向けながら話し始めた。女性秘書が通訳をしている。
「[このチンチクリンに遅れたことを適当に言っておけ]」
「どうしてもはずせない所用がありまして、遅れて申しわけないとジェネラルマネージャーが言っています」
ジェネラルマネージャーの表情と言葉が全然合ってないよ。
「[チンチクリンに10億円でポップル社を売るように言え]』
「サザビール社では、あなたが所有しているポップル社を10億円で買い取ることを考えています。実現すれば双方とって大きな利益となるでしょう? いかがですか?」
『ジョーちゃん、商談ってポップル社のことだって。なにかと思ったよ。山本さんの話もわたしを呼び出す口実だったみたいだね』
「売るわけないのー」
『メグちゃんの会社だし当たり前だよねー』
「お断りします」
ジェネラルマネージャーの笑顔が引きつったね。
「[チンチクリンが! こいつに20億円出すと言え]』
「10億円ではなく、20億円でいかがでしょうか? 20億円がサザビール社の出せる限界の金額です」
「お断りします」
わたしの返答を聞いたジェネラルマネージャーがムッとしてるよ。
「[クソが! スマホの製造方法だけでいい。それで話せ]」
「それではスマホの製造方法をサザビール社に売っていただくことはできないでしょうか?」
「無理です」
『ジェネラルマネージャーの狙いはスマホだったね』
「やっぱりなのー」
「[美容品のことを使って脅してやれ]」
「あなたの資金源が美容品であることはわかっています。われわれサザビール社は美容品業界にも大きな影響力があります。スマホの話を断れば、そちらに大きな影響がでると考えてください」
「お断りします」
「美紀ちゃん、なんで美容品が出てくるの?」
『海里ちゃんの里江おばさんに美容品の製造方法と刻印魔法陣を売ったからね。毎年その収入がわたしの収入として、確定申告でオモテに出てるんだよ』
「マジックバッグもあるのー」
『あっちは探索者税で、消費税みたいにお店がまとめて納税するから、誰が払ったかわからないの。普通は探索者協会に記録が残るけど、わたしたちは探索者協会を使ってないからね。サザビール社の分は山本さんが取引記録を消すって言ってたし』
「[チンチクリンに、これ以上引き伸ばしても金額は上がらないと言ってやれ。逆に下がるとな]」
「サザビール社では20億円以上での買い取りは難しいです。美容品の件はわかっていますか? 今すぐあなたがスマホの製造方法の売却を承諾しない場合、20億円の買い取り金額も下がります」
『ジョーちゃん、これ以上は時間のムダだから、そろそろ帰るよ。次の授業もあるし』
「さっさと帰っちゃうのー」
「次の予定があるので、わたしは失礼します」
わたしはそのまま席を立ったよ。
「[待て!]」
待たないよ。
「[チンチクリンを捕まえろ!]」
女性秘書が飛びかかってきた。秘書ってこんなことまでしないといけないんだね。わたしは女性秘書や山根店長を華麗にふりきって帰ったよ。ビジネスメイクをそのままにして大学の授業に出たら、撫子ちゃんと海里ちゃんに笑われたけどね。そんなに変かな、わたしのメイク?
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