いけません!
「いいだろう、アルテミス。お前が治癒魔法を試すなら、手伝ってやらなくもない」
「ぼ、ぼくが!?」
治癒魔法は通常、魔法塔に所属する魔法士でも一握りしか使うことが出来ない。膨大な魔力を必要とするからだ。小さな怪我ひとつ治すにも長い詠唱と集中を要し、精霊の力を借りても失敗することが多い。
治癒魔法とひとくちに言っても種類は多岐にわたる。傷を治すなら再生魔法、病を治すなら浄化魔法、解毒するなら解毒魔法。最も難しいのは呪いによる蝕だが、これには特別な聖具が必要になる。
差し当たり、必要なのは簡単な再生と浄化魔法だろう。駆け足の実践授業になるが、それくらいなら、今のアルテミスでも不可能ではないだろう。
「少々難しいぞ、身体の構造に関する古代エルフ語は知っているか?」
ただでさえ難しい治癒魔法を、さらに厄介にしているのが、その詠唱の煩雑さと解剖学的な知識が必要となることだ。
再生魔法をかけるには肉体の構造を理解していなくてはならない。
幸い、スカイウルフの身体はそう複雑ではない。四肢の怪我くらいなら、深い知識は必要ないだろう。
しかし、古代エルフ語で正しく詠唱することは一筋縄ではいかない。発音や綴りを間違えれば、術式に誤差が生じる。つまり、腕を再生したくても誤って足を再生するように詠唱してしまえば、世にも珍しい五本足のスカイウルフが生まれるというわけだ。
アルテミスは読書が好きで、すでに学園の初級魔法書も読んでいるが、古代語の医学書はまだ難しいだろう。足りない部分は私が補助しなくてはなるまい。
しかし、そんな私の予想とは裏腹に、アルテミスは真剣な顔で答えた。
「はい! 覚えてます! 骨の名前と、筋肉と内臓についての本も読んだことがあります」
「ほう、そこまでだったか」
「あ、アルテミス様、古代エルフ語で書かれた医学書を読んだことがあるんですか!?」
人体構造に関する古代エルフ語は、学園でも専門課程に進んだ上級生から習得する内容だ。驚愕するウィリアムに、アルテミスはきょとんとした顔で答えた。
「う、うん。だって、本棚の上のほうに分厚い本があったから……」
アルテミスの本棚には児童向けに書かれた絵本や読み物が並んでいたが、どうやら私が適当に放り込んでおいた魔導書や古文書をアルテミスは読んでいたらしい。
「それであれば、話は早い。さっそく始めるとしようか」
「はいっ!」
そこでようやく、今まで黙って聞いていたユミルが口を挟んだ。
「アルテミス様、困っている者を助けようという優しいお心は、大変すばらしいことです。ですが、今回は許しません」
庭の木に登ってはいけませんというときと同じ調子で、きっぱりと宣言したユミルに、アルテミスは目を丸くした。
「えっ? どうして、ユミル? アグナたちはこのままじゃ、みんな死んじゃうんだよ」
困っている人を助ける騎士、悪い魔獣を倒す勇者の物語。弱きを助け強きをくじく――。
ユミルがよく寝物語に聞かせてくれた英雄譚だ。物語は子供の心を勇気づけ、進むべき道を示す。アルテミスはその願いどおり、心優しく成長した。
しかし、傷つき助けを求めるアグナたちを、ユミルはゾッとするほど冷めた視線で見下ろしていた。
「スカイウルフ達は謎の病にかかっているんですよね? そんな危険なところにアルテミス様を近づけるわけにはいきません」
「ユミル!」
抗議するアルテミスに、ユミルは優しく言った。
「我慢してください、アルテミス様。先日も熱を出されたばかりですし、万が一感染したらと思うと、ユミルは心配でたまりません。それに日が沈む前にはレグナートの街に着かなければなりませんし、病み上がりのアルテミス様にはきちんとした宿でお休みいただきたいので」




