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追放された騎士

 第一皇子の突然の来訪から少し時がたち、夕暮れに吹く風が秋の気配を運んでくる季節がやってきた。あれからカリストはしばしば離宮に顔を出すようになり、知らせもなく訪れてはアルテミスに本を読んでやったり、一緒に庭を散歩したりしている。ローゼマリーの料理がすっかり気に入ったのか、夕飯どきを狙ってやってくることもある。食いしん坊が大好きなローゼマリーは大歓迎だが、高貴な客に対応しなくてはならないユミルはげんなり顔だ。

 しかしアルテミスは優しくかっこいい“カリストお兄さま”を慕っているようで、頭を撫でてもらうたび、嬉しそうにはにかんでいる。歳の離れた兄弟の仲睦まじい様子に、ユミルも渋々ながら来訪を受け入れる日々であった。カリストが手を回してくれたおかげか、ドロテアを筆頭に他の妃たちによる暗殺者の差し向けが目に見えて減ったのも理由のひとつだ。

 本日も食事どきにやって来たカリストが、ふいに切り出した。

「ユミル、アルテミスの身の回りの世話に、侍女がひとり、侍従がひとり、使用人見習いがひとりでは、手が回らないだろう?」

「回らなくとも結構です。素性の知れぬ者を離宮に入れて余計な火種を増やすよりずっとマシですから」

 もう何度目かもわからぬ来訪に、ユミルもずいぶん気安い口をきくようになった。カリストはローゼマリーの得意料理、猪牛肉の香草焼きを口に運びながら、困ったように眉を寄せた。

「しかし護衛騎士もいないではないか。夜間の見回りなど、どうしている?」

「セルジュとカーディが順番に」

「兵士ですらない使用人じゃないか。しかもたった二人では心許なさすぎるだろう」

「俺たち強いし、休まなくっても平気だもん」

「セルジュ、口を慎みなさい。カリスト様は第一皇子でいらっしゃいますよ」

「はぁい……」

 口を尖らせるセルジュに、ユミルがピシャリと叱る。セルジュとカーディは人間の姿をしているが、実際は活火山に棲む灰竜である。黒光りする鱗と赤銅の瞳を持ち、喉奥にある火炎袋で炎の息吹を吹くこともできる。その恐ろしい見た目から恐れられがちだが、実際は珍しいもの好きで人懐こく、子どもにも優しい。眠らずに大陸を渡れるほど体力は無尽蔵だが、考えなしなところが玉に瑕である。

「手薄すぎる。もし多勢での襲撃でもあったら、ひとたまりもないだろう」

「いざとなったら僕がいますし、ディアウッド先生も助けてくださいます」

「ユミルが戦闘向きとは思えないが」

 ユミルの細腕を見て、カリストが苦笑する。しかしこれはかなり的外れな心配と言える。ユミルは千年前の大戦で騎馬に乗った数千人の部隊を一晩で壊滅させ一掃した猛者である。愛らしいウサギの姿に騙されてはいけない。

「アルテミスも、そう思うだろう? 護衛の騎士がいれば、いずれ外へ出る時にも心強い」

「ごえいの騎士さま?お馬にのってる?」

「あぁ、乗ることもあるぞ。アルテミスも、馬に乗ってみたいか?」

「うん!」

「アルテミス様、もっと身長がお伸びになってからのお話ですよ」

 慌ててユミルが制するが、アルテミスは目を輝かせていた。最近読んだ忠実な騎士の武勇譚がすっかりお気に入りで、憧れているのだ。

「騎士さま!かっこいいよね!」

「そうだろう。ユミル、アルテミスもこう言っていることだし、俺の裁量で、信頼できる騎士をひとり推薦したい。一度会って考えてみてくれないか?」

「騎士さまが来るの?ぼくも会いたい!」

 嬉しさを隠しきれず口に手をあててくふくふ笑うアルテミスを見て、断れないと悟ったユミルはしぶしぶ了承した。

「アルテミス様にお仕えするに相応しいかどうか、厳正に審査し、必要とあれば不採用としますよ」

「あぁ、それでいい。俺の知る限り、最も誠実で、有能な騎士を紹介しよう」

 自信満々にうなずくカリストは、妙に上機嫌で、ユミルは不安を覚えずにはいられなかった。


#


 それから3日後、約束された日時きっかりに、ひとりの青年が離宮の門を叩いた。暗い鳶色の髪に、高い背と鍛えられた体つき。すっきりとした精悍な顔立ちは無骨で近寄りがたいが、瞳の奥には誠実なあたたかさが宿っていた。彼の名前はウィリアム・グレイ、代々皇室に仕える騎士の家系として名高いグレイ子爵家の長男である。しかしカリストの添え状によると、数日前に第3王子直属の白鷲騎士団を懲戒解雇されたのだという。

「解雇理由が書いていませんね。皇室の名誉のため秘匿とされているようですが……」

 最低限しか書かれていない推薦状をめくりながら、ユミルはうんざりした顔で言った。

「本人に聞けばよくない?」

「ほんとのこと言うかわかんねーじゃん」

 双子の灰竜がくちぐちに言うが、ユミルはふんと鼻をならした。

「真実を語らせることなど、僕には造作もありませんよ。とにかく、お会いしてみましょうか」

 招き入れられたウィリアムは緊張した面持ちをしていたが、扉の陰からこちらをそっと覗き込むアルテミスに気づくと、表情をやわらげた。目があった途端、飛び上がったアルテミスはアリスのもとへかけていく。

「すまない、驚かせてしまっただろうか。ちょうど皇子と同じ年頃の妹がいてな」

「お気になさらず、グレイ子爵。アルテミス様は外の方と関わる機会が少ないものですから」

「そうだったのか……。ところでブランドナー殿、よければ俺のことはウィリアムと呼んでくれないか?」

「……理由をお聞きしても?」

 先日、ドロテアの茶会で迷惑な護衛騎士にしつこく言い寄られたばかりのユミルは、訝しげに片眉を上げた。するとウィリアムは焦ったように首をふった。

「誓って、他意はない!ただ、カリスト様から“ここの者たちは家族のように仲が良い”と聞いていて、俺も少しでも馴染めればと思って……ブランドナー殿がよければ、の話だが」

「それでは、僕のこともユミルとお呼びください。家名で呼ばれるのは不慣れなもので」

 さっぱりとした口調で言うと、ユミルはウィリアムににこりと社交的な笑みを向けた。

「わざわ離宮までお越しいただきありがとうございます。正式にお雇いする前に、いくつかお聞きしてもよろしいですか?」

「もちろんだ」

 ウィリアムがうなずくと、ユミルは続けた。

「アルテミス様のお立場はご存知ですね?この離宮では必要最低限の使用人しか雇っていません。場合によっては護衛以外の雑務もお願いするかもしれませんが、よろしいですか?」

 アルテミスの離宮内での生活は午前が授業や読書、午後は庭遊びというごく平穏な流れだ。護衛騎士の出番はほとんどないといってもいい。ウィリアムは控えめな笑みを浮かべた。

「あぁ、遠征や補給任務で雑用には慣れている。力仕事でもなんでも、任せてくれ。」

「ありがたいです。ところで契約している精霊はいますか?扱える魔法の系統をお聞きしたいです」

「生憎だが、家系的に魔力に乏しくてな。代々契約している火蛍竜はいるが、簡単な火魔法しか使えない」

「そうなんですね」

 これは拍子抜けだった。カリストから実力は折り紙付きだと聞いていたため、高位精霊の加護を受けているのかと思っていたが、そういうわけではないらしい。火蛍竜は巨大な火蜥蜴のようなもので、温厚で静かな森を好む。ユミルの尋問、もとい面接は続いた。

「それでは、次はウィリアム様が主君に望む資質を教えてくださいますか?」

「それは難しい質問だ……」

 ウィリアムはしばし考えるように目を伏せた。騎士にとって“主君に仕えること”は当たり前の日常だ。理由を問われたことなどなかったのだろう。しかしやがて顔を上げ、まっすぐな目で答えた。

「我がグレイ家は先祖代々、高貴なる皇族の血統を継ぐ方々にお仕えしてきた。理由としてはそれがすべてなのだが……俺個人としては、尊敬できる主君が正しき道を進むための剣となり盾となりたい、という気持ちがあるのかもしれない」

「なるほど」

 ウィリアムの言葉に嘘はない。というより、この男の魂は混じり気なく真っ白で、まるで生まれたての赤子のように純粋であった。ユミルは感心したようにうなずいた。

「すばらしいお考えですね、ウィリアム様。では最後にお聞きしたいのですが……どうして第3王子の騎士団をおやめになったのですか?」

 探るようなユミルの視線に、ウィリアムは困ったように眉を寄せた。

「すまない、紹介状にあったと思うが、その件については他言を禁止されている身でな」

「そうですか、それは失礼いたしました」

「いや、すまない」

 この純粋な魂を持つ男が、一体何をしたら懲戒処分となるのだろうか?主君に害意を抱く騎士などいらない。その剣が大切なアルテミスに向けられることなど、あってはならないのだ。

 ユミルはアルテミスが隣室にいることを確認すると、そっとウィリアムの手に触れた。ウィリアムは突然のことに戸惑ったような顔をしたが、ユミルのしなやかな指先が手の甲を優しく撫でるのにびくりと肩を震わせ顔を赤らめた。

「ゆ、ユミル殿、なにを……」

「ウィリアム様、もう一度お聞きします。簡潔に真実のみを述べてください。“あなたはなぜ騎士団を解雇されたのですか?”」

 ユミルの瞳が幽かに蒼く光り、幻惑の魔法が発動する。ウィリアムの目の焦点がゆるみ、夢見るような顔つきになる。

「答えてくれますね、ウィリアム様?」

 ユミルが優しく促すと、ウィリアムは抗うことなく語り出した。

「第3王子アデル様が狩りの練習にと、脚の腱を切ったウサギを庭にはなし弄んでいた。いたずらに痛めつけられるウサギを見ていられず諫めたが、聞き入れてもらえず……思わず、拳骨を……」

「…………なるほど?」

 魔法がとけたウィリアムは何も覚えていなかったが、尋問を終えたユミルの態度は一変していた。

 ローゼマリーが差し入れた焼き菓子を食べるウィリアムを遠目で観察しながら、ユミルは落とした声で私に言った。

「どうやら剣を握る野蛮な人間の中では、ましな魂をもっているようです。とはいえ魔法も使えないようですし。離宮の警護には不要ですが……バーティミアス様、いかがですか?」

「人間の騎士がいた方が体裁が良いのは確かだろう。人格が問題ないのであれば、お飾りとして雇っておくのも一興ではないか?」

「それもそうですが……」

 気が進まなそうなユミルに私はにやりと笑ってやった。

「ならば灰竜2人と手合わせさせてみればいい。使用人に負かされたとなれば、断るのも容易かろう」

「いいですね。セルジュとカーディが人間に負けるはずありませんし」

 しかしユミルの思惑とは裏腹に、ウィリアムは圧倒的な剣技で軽々とカーディとセルジュを相手どり、あっという間に勝利をおさめた。なすすべもなく地面に転がされたセルジュは何が起きたのか分からず、力自慢のカーディは生まれて初めて真正面の力比べで負けたと地面を叩いて悔しがった。

「すごい! 騎士さま、つよいんだね!!」

「ありがたきお言葉。今後も精進いたします、アルテミス様」

「ねぇ、ぼくも剣にさわってみてもいい?お馬に乗ったことある?」

「ありますよ。仔馬のころから世話をしている愛馬がいます。今度、皇子にご紹介しますね」

「やったぁ! アリス聞いた? 騎士さま、お馬を育ててるんだって! すごいね! ぼくも乗りたい!」

「そうですね、皇子!」

 はしゃぐ皇子を優しく見守るアリス。ユミルは断る理由がなくなり、がっくりと肩を落としたが、アルテミスがこれほど歓迎している以上、受け入れるほかなかった。

 だが、これこそが後に語られる、二頭の灰竜の加護を受け、凄まじい火炎魔法と、時に幻惑の術までも操り、アルテミス皇子に絶対の忠誠を誓う誇り高き“紅炎の魔法騎士”ウィリアム・グレイ、その名を冠する伝説の始まりであった。


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