15 我欲
「ねえ、佳奈。最近距離が近くない? どうしたの?」
私、桜河坂彩芽は、小学生時代、同性の友達が1人として存在していなかった。が、中学生にもなると、自然と男女の性差というものは出てくるもので。都合上、私も同性の友人というものを作る必要性が生じてきたのだ。
そんな中、私が初めて話しかけたのが、今目の前にいる彼女、鳴群 佳奈だった。私から見れば、他の友人よりも親しいし、私が彼女にひっついている分には、納得もいく。けれど、彼女は私と関わる前から多くの友人と関係を持っていたし、そんな彼女が、何故最近私にばかり構うようになったのか、不思議で仕方がない。だから、直接本人に尋ねてみることにしたのだが。
「んー? なんか彩芽のことが好き好き期〜? みたいな」
「好き好き期って、何それ……」
「んー? うーん」
結局、曖昧な理由でのらりくらりとかわされてしまうのだ。いや、もしかしたら本当に大層な理由なんて存在していないのかもしれない。
まあ、私としても、佳奈にくっつかれていて困ることはあまりない。
翔太とは1対1で遊ぶ程仲良いわけではないし、蓮は最近性転換病に罹ったことで色々あるみたいだから、あまり無理に遊びに誘うのも良くないだろうし、咲と2人きりで遊ぶと変な噂を立てられそうだしで、いつもの4人組でつるむことは最近はあまりないのだから。
それに、数少ない女友達なのだ。大切にするべきだろう。だから、私は佳奈の態度の豹変を、少し意外に思いつつも受け入れることにした。
「まあ、そうだなー。強いていうなら、私この前御黒君に告白したじゃん〜?」
「あー、あれ、本当に突然だったからびっくりしたわ。翔太のことが好きなら言ってくれれば良かったのに」
「あはは。当時の私は彩芽のこと恋敵だと思ってたからね。許して。まあ、それで、御黒君に告白して、ものの見事に玉砕したわけなんだけど」
「うん、それで?」
「なーんかね。やっぱり持つべきものは友だなーって。失恋して気づいた。友達大事って。それと、彩芽が恋敵だって心配する必要もなくなったからね」
「佳奈…」
私は今まで、佳奈が翔太のことを好いているなんて知りもしなかったし、佳奈の前で当たり前のように翔太と言葉を交わしていたし、それを何とも思っていなかった。
けれど、佳奈にとっては、好きな男の子と仲が良い女の子が、自分の友達という状況な訳で。
どれだけ、佳奈の頭を悩ませてきたんだろうか。
きっと、気持ちは秘めなきゃいけないと、ずっと溜め込んできたんだろう。実際、私には翔太のことが好きなんてそぶりは一切見せていなかった。
それとも、私が気付かなかっただけなんだろうか。
……そうかもしれない。
私は、今まで、蓮達との関係ばかりに目を向けてきた。
女友達との関係は、必要だから作っているだけ、深い仲ではないと、心のどこかで、そう思ってきた。
けど、佳奈は、私と初めて仲良くしてくれた子だ。
佳奈のおかげで、私はクラスで孤立せずに済んだし、他の女子達と上手く馴染めることができた。
今までの私は、きっと薄情だったのだろう。
気づいていなかった。佳奈も、私の大切な友人の1人なのだ。
蓮達とのことばかりで、どうしても頭から抜けがちだったけど。
でも、私にとっては、もう彼女も日常と化していて、もはや欠かせない存在になっていたのかもしれない。
むしろ、ちょうど良いのかも。
蓮が性転換病に罹ってしまって、私は自身の恋を成就することが限りなく不可能な状況に陥っている。
今、蓮と恋愛の駆け引きを行うことは、無謀にも程がある。
なら、今年くらいは、友人を最優先にしても良いんじゃないだろうか?
そうだ。蓮との恋は、蓮が男の子に戻ってから進めるともう決めているのだ。なら、私は今ある、佳奈達との関係を大切にしておくべきだろう。
「ねえ佳奈。今度の日曜、確か空いてたわよね? もし良かったら、2人でどこかで遊ばない?」
「え? いいの? やったー! 彩芽ってばあんまり休日に遊んでくれないから、ちょっと寂しいなって思ってたんだー! じゃあ、日曜日はよろしくね!」
大袈裟に喜ぶ友人の姿を見て。
やっぱりこれからは、いろいろな人との関係を大事にしていこうと、そう思えた。
♂♀♂♀♂♀♂♀
「やっほ、佳奈ちゃん。彩芽とは上手くやってる?」
「御黒君? うん。言われなくても、私と彩芽は仲良しだよ。中学校に入学したときから、ずっと」
彩芽には、なるべく蓮と僕の交際関係の真実を知ってほしくはない。何たって、僕が蓮を攻略する上で、一番の障害になり得るのだから。
そのためには、彩芽の行動をなるべく制限する必要がある。
できるだけ彩芽に情報が回らないように、できるだけ彩芽が蓮と関わらないように。
けど、僕には彩芽の行動を制限することなんてできない。じゃあ、どうするか?
彼女の友人を頼れば良い。
だからこそ、僕は以前僕に告白してきた佳奈ちゃんを、それとなく誘導して、彩芽の行動を制限する。
はずだった。
「まさか、そっちから本性を表してくれるとは思わなかったけど。でも、好都合だよ。やっぱり、牽制しておいて正解だったね。変に彩芽が貴方のことを好いてたら、きっと彩芽は不幸になってただろうから」
「聞き捨てならないな。僕は彩芽を幸せにするつもりでいたし、僕の力なら、きっとそれができたはずだ。君に文句を言われる筋合いはないよ」
まず、僕には大きな誤算があった。
それは、彼女……鳴群 佳奈が、僕のことを、好いていないということ。
彼女が本当に好きだったのは、僕ではなく、彩芽だったらしい。
僕に告白してきたのも、彩芽が僕に告白しないように、牽制したつもりだったのだとか。
友人が告白して振られた相手と付き合うなんて真似、優しい彩芽ならきっとしないだろうからね。
「幸せになんてできないと思うよ。貴方陰湿だし。もっと真正面からぶつかる人の方が、私は好ましいかなー」
「まあ、他人にどう思われようと、僕のやることは変わらないさ。それに、君にはもう関係ない話だろう? 僕はもう、彩芽のことを諦めたんだから」
「乗り換えた、の間違いじゃなくて? まあ、いいけどね〜。加羽留蓮君を狙ってくれるなら、こっちにとっても好都合だし」
そう、誤算ではあった。誤算ではあったんだ。
けど、上手くいった。
今現在の僕の目的は、蓮だ。対して佳奈ちゃんは、彩芽のことを狙ってる。
そして、僕が蓮を狙う上で、彩芽が、佳奈ちゃんが彩芽のことを狙う上では蓮や咲、それに僕が恋の障害となり得る。
なら、お互いに利害は一致している。僕が佳奈ちゃんにとって邪魔になる蓮を、佳奈ちゃんが僕にとって邪魔になる彩芽を、それぞれが相手取ることで、お互いの恋敵を潰すことができる。
だから、今の佳奈ちゃんは、僕の協力者と言ってもいい。
僕は蓮を手に入れるために、着実に盤面を完成させつつある。
一番の問題は蓮の気持ち、蓮を落とせるか、というところだろうが、それも、手駒を上手く活用して、何とか1年以内に蓮を落とす。
その上で、邪魔になる障害はなるべく取り除いておかないと。
といっても、脅威になりそうな存在なんて、もはやほとんどいないと言って良い。
蓮のクラスメイトも、咲を封じれば他は大したことない。
いや、強いて挙げるとすれば、真風目 愛女君かな。
彼は一見人畜無害そうに見えるけど、腹の中では何を考えているのか、全く読ませてくれないからね。日向先輩と繋いでくれたことには感謝してるけど、それはそれとして信用はできない。まあ、僕と蓮のことに干渉はしてこないだろうから、気にしてないけど。
「協力はいくらでもするし、邪魔するつもりもないんだけどさ。今の貴方じゃきっと、加羽留 蓮君を幸せにすることはできないよ」
「なら僕も言わせてもらう。君じゃ彩芽のことを幸せにすることなんて、絶対に不可能だ」
「あはは。それには同意。だけどさ、私は分かった上でやってるから。そこが貴方との明確な違い。貴方と私は、似たようで違う。私より、貴方の方がよっぽど歪んでるよ。じゃあね」
……好き勝手言ってくれる。
でも、僕には必要なんだ。蓮が。
僕の隣に、いて欲しいんだ。
だから、僕は絶対に蓮を幸せにする。不幸になんてさせない。




