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13 偽ることの代償


つい昨日のことだ。

オレと翔太は、お互いの利のために、擬似的な恋人同士を形成することになり、流れで初デートまで行った。


そう、つい昨日のことなのだ。だというのにも関わらず。


「蓮君おめでとうー! まさかこんなにもはやく彼氏ができるなんてねー。ねね、賭けは私の勝ちってことで良いよね?」


どうしてこの先輩は、オレと翔太が恋人関係(といっても偽のだが)に至ったことを知っているのか。

真風目 日向。

オレと同じく、性転換病で男から女へと身体を変化させ、オレと異なり、男ではなく女として生きることを決めた先輩だ。


「彼氏って、何のことですか?」


「とぼけなくてもいいのに〜。ほら、御黒翔太君と付き合い始めたんでしょ? 噂になってるよ〜。ガードの固かった翔太君を落とした奴がいるって。ま、噂になってるのはあくまで蓮君の学年内であって、私の学年内ではそこまでって感じだけどね〜」


もしかして、翔太がモテてたから? だからこんなにも早く、オレと翔太が恋人になったという情報が知れ渡っているのだろうか?


しかし、どうしたものか。

オレと先輩は、確かに賭けをした。

オレが男に惚れなければ、先輩はオレの言うことをなんでも一回だけ聞いてくれると。

逆にオレが男に惚れてしまった場合は、先輩の言うことをなんでも3()()聞くという賭けだ。


オレが男に惚れるなんてのは絶対にあり得ない。あり得ないのだが、客観的に見ればオレと翔太は恋人であり、恋人である以上、オレは翔太に惚れているということになる。


先輩からすれば、賭けに勝った、という状態に見えているはずだ。

さて、どうしたものか。素直に擬似的な恋人関係に至っているだけで、実際はお互いに好きでもなんでもないと言うべきなのか。


それを言うにしても、翔太の許可なく暴露してしまっても良いものなのか。


「蓮、どうしたの? そんな廊下で立ち止まって」


「おっ! 噂をすればなんとやら! 蓮君の愛しの彼氏君が来たねー」


「か、彼氏って……そりゃ…………そうなんだけど……」


否定しようにも否定できない。

いや、擬似恋人関係を持ち出したのはオレだから、仕方ないんだけどさ。


オレはこっそりと蓮に耳打ちする。


(なあ、オレ達の擬似恋人関係って、誰にも明かしちゃ駄目なのか? 勿論彩芽には正直に言うつもりだけどさ。オレ、この先輩とちょっと関わりがあるから、オレと翔太が本当は好き同士じゃないってこと、ちゃんと伝えておきたいんだけど……)


(駄目に決まってるでしょ。僕達の関係を明かして良いのは彩芽にだけだよ。他には誰1人として明かしちゃいけない。勿論、咲にもね。後で咲にも僕と蓮が恋人になったってことは伝えに行くつもりだから)


ま、マジかー……。


まあ、何でも言うことを聞くって言っても、そこまで無理難題を押し付けてくるようなことはしないだろうし、別に良いか。


「ヒソヒソ話? イチャイチャしてるね〜」


「そうなんですよ。蓮とは仲良くさせてもらってます。日向先輩の彼氏さんみたく、僕も蓮を1人の女性として尊重していきたいと考えてますから」


「ふふふ〜! 進展あったらまた聞かせてよ! 蓮君も、相談があったら気軽に乗ってあげるから。先輩として、ね」


これから、周りの皆からはオレと翔太が恋人であるって言う風に扱われることになるのだろうか……。


はやまったかもな……。擬似恋人関係。

………いや、でも、実際昨日は翔太と一緒に過ごすことができたわけだし、恋人という関係に至ることによって、翔太との関係修復のチャンスが生まれていること自体に間違いはないはずだ。


そうだ。なるべくはやく翔太との関係修復の糸口を見つければ、この擬似恋人関係もすぐに解消されることになるんだ。


だから今は我慢して、一刻も早く、翔太との関係修復に尽力しないと!


「さて、それじゃせっかくだし、咲にも僕達の関係を伝えに行こうか」


「ん、ああ……そうだな……」


「面白そうだから私もついていきまーす」


咲にも正直に言えないのか………。

まあ、我慢だ我慢。


これは一時的なもんだ。


だから、耐えよう……。




♂♀♂♀♂♀♂♀




「は? 蓮と翔太が? んなわけなくね?」


翔太に連れられるままに咲のところに行き、オレと翔太の現状を報告したのだが、案の定咲はオレと翔太が恋仲になったなどとは一切思っていないようだった。


少しホッとするのと同時に、これで翔太が終わってくれるはずもないため、安心しきれない気持ちも湧いてくる。


「といっても、実際僕と蓮が付き合い始めたのは事実だしね。昨日デートもしたし」


「蓮、本当なのか? マジなのか?」


「まあ、マジ……かな……」


「マジのマジ、マジ魔人か? 魔人に誓ってマジ魔人って言えるか?」


魔人に誓うって何だよ。オレ別にマジ魔人にそんな意味込めてねえよ。

にしても、隣の翔太の圧がやばい。

絶対に咲には擬似恋人だって言うなという顔をしている。


……わかってる。わかってるよそんなこと。

彩芽以外には言わないんだろ?


……本当、咲にはできれば嘘つきたくないんだけどなぁ…。

ま、まあ大丈夫だ。咲ならオレと翔太が恋人になるはずがないって分かってくれているはず……。


「マジ魔人だよ」


「マジ魔人じゃん……。これガチのやつじゃん……」


「だから言ったでしょ咲。僕と蓮は付き合ってるって」


「ああ……そう、みたいだな……。あいつが嘘ついてまでマジ魔人を使うとは思えねえ……」


何でそうなるん?

マジ魔人ただの口癖だよ? 別にそんなにたいそうな意味込めてないよ?

そもそも意味なんてこもってないよ?


「咲、オレってマジ魔人使う時、嘘ついたこととかなかったっけ?」


「ない……! いや、待てよ……。そうか、マジ魔人を使っているからと言って、蓮が嘘をついていないという確証はない!」


何を当たり前のことを。


「でも事実として、僕と蓮は付き合ってるんだ。僕は蓮のことが好きだし、蓮も同じ気持ちだと思うよ」


「いーや! 蓮が女になったからって、簡単に翔太に惚れるとは思えねえ! いくら女たらしのお前でも、限度があるはずだ。実際、彩芽はお前に異性として全く興味を示してないしな」


さっきまでオレと翔太が付き合ってるって信じかけてたくせに……。

咲は最初の反応と同様に、オレと翔太が付き合うわけがないと、翔太に疑念の目を向け始めた。

オレとしちゃ、こっちのスタイルでいてくれた方が咲と関わりやすいしありがたくはあるんだが………。


「そーれはどうかなぁ? 咲君」


「へ? 誰?」


「真風目 日向先輩。蓮や咲のクラスにいる真風目 愛女君のお姉さんだよ。厳密には、お兄さんだった、かな?」


そうだ。この人が見逃してくれるわけがない。

どこまでも恋愛脳で、恋に真っ直ぐな先輩なのだから。


「同じ性転換病患者だった経験から言うとだね〜。女の子になると、変わっちゃうんだ」


「変わる…?」


「そ。私も、元々男の子で、当時は好きな女の子もいたんだけどね、ある日、急に1人の男の子にキュンキュンするようになったんだ。それまで好きだった女の子のこと、どうしても異性として見れなくなって、今じゃその子とは友達って関係で落ち着いてる」


オレはそんな風にはならない。1年待って、しっかり男に戻って、元の加羽留 蓮として振る舞うと決めているんだ。けど、今はそれを主張することができない。翔太が、彩芽以外に擬似恋人関係を明かすことを禁止しているからだ。


だから、今この場は甘んじて受け入れる。


本当に、これで良いのだろうか。

オレは、4人でいたあの関係を保ちたいって、そう思って翔太との関係を修復しに行ってたはずなのに。

咲にこの関係を明かせないんじゃ、このままじゃ、4人の関係は……。


駄目なんだ。咲、信じないでくれ。

オレは、オレは翔太に惚れてない。

オレが本当に好きなのは……。


「じゃあ、蓮も……」


「うん。そうだね。男の子が好きになっちゃったみたい。まあ、女の子になってから、咲君より翔太君と一緒にいる期間の方が長かったみたいだしね〜。咲君、蓮君のこと避けてたでしょ?」


「は、はは……そうっすね……」


咲は、日向先輩の言うことを完全に信じ切ってしまっている。

オレと翔太が恋人だと、信じて……。


咲には、本当のことを知っておいてほしかった。

後でこっそり伝える……駄目だ。翔太に勘付かれる。


「じゃあ、そういうわけだから、咲。これからはあんまり蓮と2人きりにならないでね。蓮は僕の”彼女“なんだから」


「おい、翔太…」


「いいでしょ。事実なんだから」


「っ…………」


そのままオレ達は、咲の元を去っていく。

どこか、呆けたような表情をした咲を、1人残して。


「なぁ、翔太」


「何? どうしたの?」


「彩芽には、絶対に本当のことを言ってくれよな。お前のためでもあるんだから」


「あー、分かってるよ。彩芽にはちゃんと伝えるから。だからそんなに怒らないでよ」


絶対に、関係を修復する。

何としてでも、元の形に戻す。


じゃないと、これまでやった事が、全部無意味になってしまうから。

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