65 極寒の平穏へ
「叶うことなら、逃げたいです。みんな一緒に逃げられるなら」
ノームの女性が言い、残り全員が一斉に頷いた。
「でも、国王が気まぐれでも起こさないかぎり無理でしょう」
「男たちのように、この世からも解放される方がありえそうね」
ドワーフの1人が、面白くもなさそうに言う。
「逃げ出した先では、畑仕事をしなければ飢えるし、魔物を狩る必要もある。それでも、ここから出たいか?」
「それこそが、私たちの望みです。極寒の平穏であろうとぬるま湯の地獄よりは、マシです」
「そうか。ならば、出してやろう」
イシュルの言葉に女たちがざわめく。
「一体、どうやって...」
「それは教えられない。だが、そうだな。3日後全員が集まるとすれば、何時ごろがいい?」
「夜は、呼び出しがあるから無理ですね。昼なら、特に午前中なら大丈夫だと思います」
「では3日後の11時だな。全員が集まっても問題がない場所は?」
「その時間なら花園内なら、どこでも一緒よ」
「ではこの四阿前だな。どうだ?」
ノエルに声をかける。
「もう設定した」
「よし。じゃあ3日後の11時にここに集合してくれ。手に持てるものなら、荷物があっても大丈夫だ」
「ちょっと待って。本気?!」
ドワーフが、信じられないといった表情で尋ねる。
「本気だとも。君たちは、ここにたまたま集まるだけだ。我々が失敗しても不利益はあるまい?」
「そ、それはそうだけど」
ノームが仲間の女性たちを見回す。
全員が不安と希望がないまぜになった表情だ。だが、否定的な者は1人もいない。
「わかりました。お願いします」
「おお、そうだ。一つだけ条件があった」
ドランが手を打つ。
「条件?」
「ああ、我々には主人がおる。その主人に対して敵対することは許さん」
「敵対するな、ですか?服従しろではなく?」
「心から従うのではなければ、意味はないからな。だが敵対し、主人の行く手を阻むことは許さん」
「そういうことであれば。もとより、助けていただく方々に敵対するかはありません」
「いずれ我々のマスターに会えば、心からお仕えしたいと思うようになるさ。素晴らしい方だからね」
ノエルが言い、他の二人が頷く。
そういう宗教じみた言動は、やめて欲しい。
「あの」
まだ幼く見えるエルフが、躊躇いがちに声を上げた。
「私たち以外も一緒に逃げれませんか?」
「君たち以外に?」
「はい。衛兵のお姉さんたちです。わたしたちに凄く同情してくれてて。それに、わたしたちが逃げたら、きっと責任を取らされちゃう」
チラリと入り口脇に立っている女性兵士を見る。
「上司に報告されないか?」
「大丈夫でしょう。優しい子たちですし、彼女たちも、王宮兵から酷い目にあっていますから」
ノームの言葉に、多くの女性たちが頷いている。
酷い目というのは想像できる。おそらく、自由の程度こそあれ、花園の女性と同じ境遇なのだろう。
「気に入らんな」
ドランが吐き捨てるように言った。
「あ、ダメですか」
幼いエルフが、悲しげな表情になる。
「あ、いや。そういう意味じゃない」
ドランが慌てて両手を振った。
「気に入らんのは、王国のやりようじゃ。衛兵を連れて行くことじゃない」
「だが、一応、王国側の人間なのだろう?自分たちの脱出の目を潰さないよう、慎重にな」
イシュルが念を押す。
「で、衛兵の人数は?」
「6人です」
「人数は問題ないね」
ノエルが頷く。
「では、3日後の11時に」