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紫の仮面  作者: 馬場悠光
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第二章②

「用意は出来たか?」


「うん、早く行こうよ」


 夏祭り当日。


 俺達兄妹は家を出発した。今日の夏祭りは町内の公園で行われる非常に小規模な物で、市役所の職員や父母の会の人達が、かき氷屋だの玩具屋だのといった露店を出している。


 もちろん、俺の好きなガムやコーラを売っている店はない。


 十分程歩いて、ようやく祭りの会場である公園が見えてきた。


「村崎さんだ」


 為代が俺の服を引っ張った。見ると、公園の前のベンチに卓郎が座っていた。その手には数本の焼き鳥が握られている。


 俺達は彼に駆け寄った。


「よぉ、遅かったじゃないか。祭りはもう始まってるぜ」


 卓郎はそう言ってにこやかに笑みを浮かべて立ち上がった。


「おっ」


 彼は俺の隣にいる為代の姿を認めると、ズボンのポケットからプラスチックのケースを取り出した。その中にはラムネ菓子と思われる様々な色をした小さな粒が入っていた。


「ほら、新しい奴だ」


「………」


 為代は無言でそれを受け取ると、俺の後ろへ隠れる様に身を縮めた。


「相変わらずお前の妹さんはシャイだな」


「まあな。それより何処を…」


 そうだ。


「卓郎。為代と二人で見て廻れよ。俺は一人で行ってみたい店があるからさ」


「…お兄ちゃん?」


「いいのか?俺なんかに大切な妹を預けておいて」


「ああ、じっくりと見て廻ればいいさ」


 俺は半ば切り離す様な形で為代と卓郎を置いていくと、人ごみの中へ入っていった。元々俺は祭りなんか好きじゃない。だが、あの二人は祭りが大好きだし、何より為代は卓郎に気がある様なので、二人だけにさせておいてやろうと思ったのだ。最も、昨日の怪人の件があるから、皆と一緒にいた方が、本当は良いのかもしれないが…


「あなた、薬橋君じゃない?」


 ふと背後で俺の名を呼んだ者がいた。確かこの声の主は…


「お前か…小田切」


 今日の小田切は鮮やかな赤い浴衣を着ていた。しかし、普段着慣れていない服を着ているせいで滑稽な感じだ。その上、この祭りに来ている者は俺を初め、皆普段着を着て来ていた為、赤い浴衣を着ているこの女はかなり浮いた存在となっていた。


 馬鹿みたいだ。


「あなたは一人でここに来たの?」


 ヨーヨー風船を小さく振り回しながら聞いてきた。


「…妹や村崎も一緒だ」


 馬鹿め。この俺がこんな所に一人で来るとでも思っているのか?


「私は章吾と一緒に来たんだけど、はぐれちゃったのよね」


「それは良かったな」


 貴様等の事なんかどうでもいい。俺は小田切に背を向けると、再び人ごみの中へ入っていった。その中でも、同じクラスや学年の奴を見かけたが、気付かないフリをしておいた。


 俺は祭りの会場を出て、人気の無いビル街を歩き出した。祭りに流れている音楽がどんどん小さくなっていく。やはり、俺にはこの静けさが似合っている。


 建設中のビルの前を通った時だった。


 真上から何かが切れた様な音がしたかと思えば、巨大な鉄鋼が俺の目の前に落ちてきた。


「うわぁ!」


 俺は情けなく尻餅を着いてしまった。本当に、周りの空間を轟かせたその衝撃は、ものすごかったのだ。


「……………」


 暫くその状態で呆然としていたのだが、路地に入って行くその姿を視界に捉えた時、俺の身体は戦慄した。


 紫のコート…奴だ。また俺を殺す為に、上から鉄鋼を落としてきやがったんだ。


 俺は右足を立てると、ポケットから刃渡り十センチばかりのナイフを取り出した。元々このナイフは、ナイフ投げに憧れて両親に内緒で数年前に、ネット通販で購入した物だ。最も、練習中に自分の鮮血を見て以来は、ずっと机の中で眠ってもらっていたのだが…


 やられてばかりはいられない。


 鞘を抜くと、銀色の刃が鈍く光った。俺はその柄をしっかりと握り締め、鉄鋼を飛び越えて奴の後を追った。


 怪人の入って行った路地の前で足を止めた。


「あれ?」


 その路地は袋小路だった。左右正面に、とても人が登れそうもないビルの壁が高々と立っている。


 一体何処へ…


 背後で人の気配がした。


 まさか…


 先ほどの猛りが恐怖へと変わった。


 肩を摑まれた。


 殺される。


 背中から冷や汗が噴出すと同時に、俺は勢い良く振り返り、その人物の胸にナイフを突き刺した。


「ぐふっ」


 ナイフの刃は上手くその人物の胸に納まった。しかし、問題なのは刺されたその人物だった。


「大…川…?」


 彼の身体が崩れ落ちると共に、その手に持たれていた綿飴が地面に落ち、紅に染まった。


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