4.
鬱表現に加え、災害を連想させる描写があります。
その手の表現を忌避される方は、絶対に、お読みにならないで下さい。
<アスプ古代遺跡>の最奥より天に上る大量の粉塵は、戦いの終結を如実に表していた。
不死の薬を燃やし、その煙をVRMMOという仮想の大地に移植したとでもいうのか。
古来より、竜、あるいは蛇は、永遠の象徴として語り継がれている。脱皮を繰り返し、自らの尾に咬みつき、有限を頑なに拒んで来た。
しかし、デスゲームの裁定は清々しいほど平等だ。
プレイヤーも、モブも、エリアボスも、HPバーがなくなった瞬間、生命を奪われる。
「…………」
ノイエは数分前までは、しっかと上下に区切られていた広間に、ぺたんと座り込んでいた。
ちゃんと地に足は着いている。ただし、膝より前の床面は、崩落して影も形もない。
どれだけの力を込めれば、剣一本でこのような光景を演出できるのか――呆れと賞賛を送るべき人は、堆積した岩盤の奥底だ。
勝利するイメージを一欠片も想像させなかった、鋼の要塞のような怪物も、その巨体故に落下して来る瓦礫を避けられず、無残に潰れて消え失せた。
「…………」
約40メートル四方の地面、その半分以上が地下の空洞にさらわれていた。
地盤沈下に例えるには、あまりにも派手すぎる。天地開闢以前の混沌が、今まさに切り裂かれたかの如く、何もかもが真っ白に感じ取れた。
――むしろ、何もなくなってしまったが故に、そう思えたのか。
「違う……」
忘我の果てに、否定する。彼が何を考えて先の行動を起こしたのか、今なら当然のように理解できた。
シウスは落とし穴に嵌まり、<アーマード・ヒュドラ>との戦いを避け得なくなった時点で、彼我の戦力差を悟り、捨て身の特攻を決めていたのだ。
戦いを長引かせたのは、ノイエの焦燥を誘うためだ。そうやって思考力を奪い、余裕という名の仮面で思惑を悟られないようした。万が一、ノイエが無謀な行為を静止しようと地下に降りて来たら、作戦が台無しだ。
残ったのは、生かされた自分自身――
(信じてくれたのに……)
――この事態を打開するには、あなたの力が必要です――
そんな口からのでまかせを、シウスは少しも疑うことなく真実と受け止めた。
(わたしを……頼ってくれたのに……)
――俺にも貴方の力が必要です――
現実の世界では、ついぞ掛けられた覚えのない信頼の言葉に、どれほど救われたことだろう。
「あんなに楽しかったのに……わたしの目標だったのに……!」
打てば響くような軽快な会話のやり取りなど、初めての経験だった。
その雄姿に追い付きたいから、この手で守ろうと決意した。
自分に近づく人間は、厳格な両親とその影を恐れる卑屈な使用人、そして遺産目当ての下種ばかり――そう思い込んで、ずっと殻に閉じこもっていた。心から灯流を想ってくれた人もいただろうに。
自業自得の孤独に、ようやく気付いた時には、既に手遅れ。
無間の闇に差し込んだ最後の希望さえ、たった今失った。
「…………ない」
虚ろな目で呟き、ノイエは眼下に飛び降りた。10メートル以上の高さからもろに瓦礫の山に打ち付けられる。衝撃こそ微小だったが、しっかりHPバーは三割減った。
それを気にも留めず幽鬼のように起き上がると、堆積した岩盤を退かせ始める。
「……なせない」
エリアボスから得た経験値で強化されたアバターは、少女の細腕には似合わない膂力を与えてくれた。性能に任せて、どんどん掘り進む。
小さな岩は放り投げ、大きな岩は短剣を突き刺して分割する。広大な地下で無限に続く単純作業は、まさに瞬間を永遠に刻み続ける――「飛んでいる矢は止まっている」というゼノンの逆説だった。
「絶対に、死なせない」
だが、ノイエは論駁するまでもなくそれが詭弁だと知っている。
駿足のアキレウスが亀に追い付けない道理はないのだ。黙々と、剣士の体を発見するため、瓦礫の山を荒らし回る。
――徐々に両手の感覚が消えて行く。
――<クロスガイア>の異様な再現度が、疲労を蓄積させていく。
それでもノイエは止まらない。
「例え、死んでも、あなただけは――」
震える唇で、もう一度自分を鼓舞した――その刹那、爆弾が破裂したような音。
「な……なに?」
ノイエは驚愕に周囲を見渡すが、誰がいるわけでもない。
ふと、足元から伸びる肌色が、自分の右手を握りしめているのが分かった。
触覚が働かなくても、偽りの誓いを交わした時と同じ、確かな温もりが伝わって――
「――――!」
この場に埋まっている存在は、一人しかいない。自分よりもずっと大きなその掌を、両の拳で握り返し、残りの気力を振り絞るようにして引っ張り上げる。
「シウスさん……!」
「…………」
ごろりと瓦礫の山から覗いたのは、青年剣士の仏頂面だった。
普段と異なる様子に、生き埋めになった影響かと蒼白になる。
「大丈夫ですか!? 呼吸はちゃんと――」
「ノイエさん」
シウスは珍しく他者の言葉を遮った。その強い口調に、最初の邂逅を思い出す。
ただ、かつてと違う部分が二つ。
青年が身に纏う防具が、革製の軽装から、竜鱗を素材とした頑強な重装甲になっていること。
そして、彼の表情は怒りをはらんではいるものの、どこか弱々しい泣き顔だったこと。
「貴方が死んだら、俺は嘘を謝ることができなくなる。それ以前に――」
ため息を一つ吐いてから、シウスは言った。
「――仲間が死ぬなんて、絶対に御免です。俺を泣かせないで下さい」
「人を泣かせておきながら……そんな台詞がよく言えますね……」
ノイエの口からは、涙ながらに呆れの言葉が発せられた。
それでも、その顔は、路傍の小さな花が必死で咲き誇るような、可憐な微笑みを浮かべていた。
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『FROM 運営チーム
TITLE 仕様の更新のお知らせ
この度は、<クロスガイア>をプレイしていただき、誠にありがとうございます。
以下の日時において、仕様の更新がなされたことを報告させていただきます。
更新日時
2105年3月29日(日)10:37
更新内容
・死亡時の拠点復活、蘇生アイテム、蘇生魔法の解禁
なお、これは<アスプ古代遺跡>のエリアボス<アーマード・ヒュドラ>の討伐によるボーナスです。
今後とも、<クロスガイア>をよろしくお願いいたします』