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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
二章「決意の誓約」
9/49

4.

鬱表現に加え、災害を連想させる描写があります。

その手の表現を忌避される方は、絶対に、お読みにならないで下さい。

 <アスプ古代遺跡>の最奥より天に上る大量の粉塵ふんじんは、戦いの終結を如実に表していた。


 不死の薬を燃やし、その煙をVRMMOという仮想の大地に移植したとでもいうのか。

 古来より、竜、あるいは蛇は、永遠の象徴として語り継がれている。脱皮を繰り返し、自らの尾に咬みつき、有限をかたくなに拒んで来た。


 しかし、デスゲームの裁定は清々すがすがしいほど平等だ。

 プレイヤーも、モブも、エリアボスも、HPバーがなくなった瞬間、生命を奪われる。



「…………」



 ノイエは数分前までは、しっかと上下に区切られていた広間に、ぺたんと座り込んでいた。

 ちゃんと地に足は着いている。ただし、ひざより前の床面は、崩落して影も形もない。


 どれだけの力を込めれば、剣一本でこのような光景を演出できるのか――呆れと賞賛を送るべき人は、堆積した岩盤の奥底だ。

 勝利するイメージを一欠片ひとかけらも想像させなかった、鋼の要塞のような怪物も、その巨体故に落下して来る瓦礫がれきを避けられず、無残に潰れて消え失せた。



「…………」



 約40メートル四方の地面、その半分以上が地下の空洞にさらわれていた。

 地盤沈下に例えるには、あまりにも派手すぎる。天地開闢てんちかいびゃく以前の混沌こんとんが、今まさに切り裂かれたかの如く、何もかもが真っ白に感じ取れた。


 ――むしろ、何もなくなってしまったが故に、そう思えたのか。



「違う……」



 忘我の果てに、否定する。彼が何を考えて先の行動を起こしたのか、今なら当然のように理解できた。


 シウスは落とし穴にまり、<アーマード・ヒュドラ>との戦いを避け得なくなった時点で、彼我の戦力差を悟り、捨て身の特攻を決めていたのだ。


 戦いを長引かせたのは、ノイエの焦燥を誘うためだ。そうやって思考力を奪い、余裕という名の仮面で思惑おもわくを悟られないようした。万が一、ノイエが無謀な行為を静止しようと地下に降りて来たら、作戦が台無しだ。


 残ったのは、生かされた自分自身――



(信じてくれたのに……)



 ――この事態を打開するには、あなたの力が必要です――


 そんな口からのでまかせを、シウスは少しも疑うことなく真実と受け止めた。



(わたしを……頼ってくれたのに……)



 ――俺にも貴方の力が必要です――


 現実の世界では、ついぞ掛けられた覚えのない信頼の言葉に、どれほど救われたことだろう。



「あんなに楽しかったのに……わたしの目標だったのに……!」



 打てば響くような軽快な会話のやり取りなど、初めての経験だった。

 その雄姿に追い付きたいから、この手で守ろうと決意した。


 自分に近づく人間は、厳格な両親とその影を恐れる卑屈な使用人、そして遺産目当ての下種ばかり――そう思い込んで、ずっと殻に閉じこもっていた。心から灯流ともるを想ってくれた人もいただろうに。


 自業自得の孤独に、ようやく気付いた時には、既に手遅れ。

 無間むけんの闇に差し込んだ最後の希望さえ、たった今失った。



「…………ない」



 うつろな目で呟き、ノイエは眼下に飛び降りた。10メートル以上の高さからもろに瓦礫の山に打ち付けられる。衝撃こそ微小だったが、しっかりHPバーは三割減った。

 それを気にも留めず幽鬼ゆうきのように起き上がると、堆積した岩盤を退かせ始める。



「……なせない」



 エリアボスから得た経験値で強化されたアバターは、少女の細腕には似合わない膂力りょりょくを与えてくれた。性能に任せて、どんどん掘り進む。


 小さな岩は放り投げ、大きな岩は短剣を突き刺して分割する。広大な地下で無限に続く単純作業は、まさに瞬間を永遠に刻み続ける――「飛んでいる矢は止まっている」というゼノンの逆説だった。



「絶対に、死なせない」



 だが、ノイエは論駁ろんばくするまでもなくそれが詭弁きべんだと知っている。

 駿足しゅんそくのアキレウスが亀に追い付けない道理はないのだ。黙々と、剣士の体を発見するため、瓦礫の山を荒らし回る。


 ――徐々に両手の感覚が消えて行く。


 ――<クロスガイア>の異様な再現度が、疲労を蓄積させていく。


 それでもノイエは止まらない。



「例え、死んでも、あなただけは――」



 震える唇で、もう一度自分を鼓舞こぶした――その刹那、爆弾が破裂したような音。



「な……なに?」



 ノイエは驚愕に周囲を見渡すが、誰がいるわけでもない。

 ふと、足元から伸びる肌色が、自分の右手を握りしめているのが分かった。

 

 触覚が働かなくても、偽りの誓いを交わした時と同じ、確かな温もりが伝わって―― 



「――――!」



 この場に埋まっている存在は、一人しかいない。自分よりもずっと大きなその掌を、両の拳で握り返し、残りの気力を振り絞るようにして引っ張り上げる。



「シウスさん……!」


「…………」



 ごろりと瓦礫の山から覗いたのは、青年剣士の仏頂面ぶっちょうづらだった。

 普段と異なる様子に、生き埋めになった影響かと蒼白になる。



「大丈夫ですか!? 呼吸はちゃんと――」


「ノイエさん」



 シウスは珍しく他者の言葉をさえぎった。その強い口調に、最初の邂逅を思い出す。

 ただ、かつてと違う部分が二つ。


 青年が身にまとう防具が、革製の軽装から、竜鱗りゅうりんを素材とした頑強な重装甲になっていること。

 そして、彼の表情は怒りをはらんではいるものの、どこか弱々しい泣き顔だったこと。



「貴方が死んだら、俺は嘘を謝ることができなくなる。それ以前に――」



 ため息を一つ吐いてから、シウスは言った。



「――仲間が死ぬなんて、絶対に御免です。俺を泣かせないで下さい」


「人を泣かせておきながら……そんな台詞がよく言えますね……」



 ノイエの口からは、涙ながらに呆れの言葉が発せられた。

 それでも、その顔は、路傍ろぼうの小さな花が必死で咲き誇るような、可憐な微笑みを浮かべていた。





『FROM  運営チーム

 TITLE  仕様の更新のお知らせ


 この度は、<クロスガイア>をプレイしていただき、誠にありがとうございます。

 以下の日時において、仕様の更新がなされたことを報告させていただきます。


 更新日時

 2105年3月29日(日)10:37


 更新内容

 ・死亡時の拠点復活、蘇生アイテム、蘇生魔法の解禁


 なお、これは<アスプ古代遺跡>のエリアボス<アーマード・ヒュドラ>の討伐によるボーナスです。


 今後とも、<クロスガイア>をよろしくお願いいたします』


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