6.
海中宮殿の奥底で、六つのアバターは踊り狂う。
躍動感に溢れた決死の舞踏が、大広間を独占して繰り広げられていた。
あたかもジルバのように男女が組み合わず、速いリズムで動き回る。
剣士二人が切り結び、薄紅色の矢が相殺し、魔法の雷撃が激突する。
<クロスガイア>攻略の先駆者たる三人とその影は、互いの力を存分に発揮して鎬を削り合う。戦闘は、近く終幕を迎えようとしていた。
(ポットを使う暇がない……!)
<サンダースフィア>を制御しつつ、歯ぎしりして己の影を確認する。
くすんだ金髪の占術師――シャドウゼフィラはMPの消費を度外視してスキルを連発する厄介な相手だった。
「こちらのみMP管理を強いられるとは……!」
灰色のローブを纏う狩人――シャドウノイエは、芳香を振りまく一矢を連続で白衣の少女に向けて放つ。
ノイエは紙一重で避けて反撃に移るが、手数が絶対的に足りない。
敵にはMPが設定されておらず、スキルは使いたい放題なのだ。
全く同じアバター性能で継戦能力に勝るドッペルゲンガーに、ノイエもゼフィラも徐々に押され始めていた。
――例外は、紺色の剣士ただ一人。
「…………」
青年は影の振り下ろした大剣をひらりと躱す。武器を消し、相手の腕を素早く掴むと、一息で投げ飛ばした。
シャドウシウスは受け身を取って床を転がり、ゆらりと立ち上がる。
シウスはその時間を見逃さず、剣を再び呼び出すと、偽物のゼフィラへ疾風の如く肉薄した。
「<サイクロンエッジ>」
上着を翻しながら独楽のように高速回転。乱舞するショートブレードの剣閃が占術師の影を弾き飛ばす。
後方へ跳躍することでダメージを軽減したのか、もう一人のゼフィラはまだ倒れない。だが、ポットを使用するには十分な隙が生まれた。
「恩に着るぞ、軍師!」
思考操作でインベントリ内の回復アイテムを使い、礼を言う。
青年はひらひらと片手を振って返答すると、身を起こした漆黒の剣士に向かって容赦なく剣撃を見舞った。
シウスは己の影を相手にしながら、仲間の援護まで担っている。
(相変わらず強い。だけど……)
ゼフィラは水晶球に回復したばかりのMPを注ぎ込みながら、不可解な現状を訝しんだ。
何故か、彼だけはドッペルゲンガーを上回る動きを見せている。
互いのアバター性能は変わらないのに、一体どうなっているのだ。
(……まさか、この短時間で成長しているの?)
仮に、影が追いつけない早さで強くなっているならば、理屈は通る。
しかし、それは荒唐無稽な推測だ。たかが数分で人間が成長するなど、フィクションでしかあり得ない。
――不意に思い至る。この世界が、VRMMOであることを。
ゼフィラ達はアバターだ。現実に酷似した仮想空間の再現度に縛られているとはいえ、体の性能は実物とは比較にならない。
たとえ肉体が衰弱死しても、仮想空間に残されたプレイヤー達の意識は、サーバが壊れぬ限り永遠に生き続ける。
そして、血肉という枷から解き放たれた自我は、無限に成長を続け――
(そんなことになったら、シウス君は……!)
デスゲームの攻略によって異常な成長を遂げた意識に、昏睡状態の肉体は応えられるのか。むしろ、双方のギャップに適応できず、目覚めることすら困難なのではないか。
――サーバから脱出しても、彼はリアルに復帰できない――
ゼフィラは青年の抱える秘密に、あと一歩まで近づいていた。
「<レギオンスナイプ>!」
しかし、ノイエの叫びがゼフィラを戦闘へ回帰させる。
分裂する数多の矢――マシンガンを連想させる射撃の嵐が三体の敵を牽制する。思考の海に潜っている間に、剣士が敵を一か所に誘導したのだ。
雨あられと襲い掛かる矢弾は、ドッペルゲンガーを釘付けにしている。
三体の偽者を一網打尽にするならば、今しかない。
長い銀髪の少女と紺色の上着を羽織った青年が、目で合図を送る。
黒金の占術師は、極限まで収束させた魔力を解放すべく、揺らめく陽炎を宿した水晶球を両腕で突き出した。
「<プロミネンスコール>!」
高らかに宣言された魔法名が、紅蓮の灼熱を顕現させる。
水晶球から漏れ出した炎熱の奔流は指向性を宿し、フロアごと撃ち貫く勢いを以て直進した。
宮殿の内装がことごとく消し炭と化し、床面は蒸発する。
宇宙から恒星を召喚したかのような一撃に、アバターの影が身構え――
――極大の赤光が、広間を包み込んだ。
圧倒的な衝撃波は、三人の頭髪と衣服を激しくはためかせる。
巻き起こる爆炎に誰も目を開けていられなかった。
パーティーが耐えること、十数秒。
爆風が収まると、シウスは仲間より一足先に眼前の光景を目にする。
「…………!」
開いた口がふさがらないとは、まさにこのことだ。
ゼフィラが放った全力の魔法は、予想だにしない破壊を具現していた。
「どんな威力だ……」
フロアのあちらこちらからパチパチと火の立つ音。
床も壁も天井も焦げ付き、ぐずぐずに熔解してしまっている。
まるで、軍事国家の執拗な攻撃に晒された小国の如き惨状だ。
元がいくら豪華絢爛でも、一面を焼き尽くされてしまえば、舞踏会など催せるわけがなかった。
「すさまじい火力ですね……」
「うむ……加減を間違えたかの?」
内心で頭を抱えながら、白衣の少女に同意する。
自分のスキルが引き起こした事態は、にわかには受け入れ難かった。
ここまでやれば、ドッペルゲンガーの撃破は確定しただろうが――
「ん? ……何だこれ、メダル?」
ゼフィラが戸惑っている内に、シウスは無造作に転がった手のひら大の金属板を三枚拾い上げる。どうやら、ドロップアイテムらしい。
「三枚ってことは、俺達三人分だよな……」
青年は仲間に一枚ずつメダルを手渡した。
黄金を鋳造して作られた小ぶりの円盤には、翼を広げた竜の文様。
ありふれたデザインだが、どこかで見た気がしなくもない。
思い出せない解答は、ノイエが持っていた。
「これは、央都の守護竜ですね。
アウレリアの王城に同じ紋章がありました」
「古代遺跡に守護竜が住んでた設定でしたっけ?
パルマ・ロッサからは随分遠いですけど……」
<図書館>の記述を顧みて、シウスが補足した。
このメダルは<央都アウレリア>に関連するアイテムのようだ。
「明日、アウレリアに戻ってみますか?
もしかしたら、イベントが進むかもしれません」
「軍師の意見に賛成だ。今日はいろいろと疲れたでな」
「システムウィンドウ。……そろそろ正午ですか」
ノイエが音声認識でメニュー画面を展開して、時刻を知らせる。
一行は二時間以上、続けて探索を行っていたのだ。疲労は隠せない。
そのまま<テレポート>で宿屋に移動しようとして、白衣の狩人はふと止まる。少女は剣士の目を正面から見据え、真剣な面持ちで語った。
「シウスさん、あなたに話したいことがあります。
昼食の後、時間をいただけないでしょうか?」
「我も訊きたいことがある。同席させてもらおうかの」
「……分かりました。歓談スペースで落ち合いましょう」
あからさまに硬い表情で答えると、青年は白と黒の少女二人から逃げるように渦を描く閃光を放ち、姿を消す。
そんなシウスを見送って、ゼフィラとノイエは意見を交わした。
「やはり、様子が変ですね。いつもの余裕がないと言いますか」
「そなたもそう思うか。軍師は今朝から妙に殺気立っておるのだ。
戦闘の最中に力を増している節もあるが――」
「――行き過ぎた成長は、肉体とのミスマッチを生む。
アバターに異常が起きても、おかしくはありませんね」
ノイエもその可能性を想定しているようだった。
二人の推察が正しければ、行き着く先は脱出の阻害である。
「願わくは、無用の心配であって欲しいのですが……」
狩人の言葉が、水底の宮殿に残響する。
しかし、祈りを聞き届ける神は、仮初の天上に存在しなかった。
◆
<海上都市パルマ・ロッサ>に鐘楼が鳴り響き、正午を告げる。
その一画、明るい広場に立つレンガの塔を見上げる青年がいた。
チェインメイルに紺色の上着を羽織った剣士は、春の陽気を否定するかの如く、顔面を蒼白にしていた。
寒気を感じているのは確かだが、それは気温のせいではない。
アバターの不調がますます進行していたからである。
シウスは信じたくない事実に顔を歪め、諦めるように呟いた。
「聴覚までいかれてやがる……」
――目の前で揺れている鐘楼の音色が聞こえない。
自分の声や息遣いは、聞き取れる。しかし、波の音やカモメの鳴き声はすでに失われ、己の認識する世界が静寂で満たされていた。
今は味覚の喪失と聴覚の部分的な欠落で済んでいるが、さらなる異常が出て来るのも時間の問題だろう。
「リーダー……ノイエさん……」
忠はまだ、博孝に謝罪をしていない。
ノイエと交わしたデスゲーム打開の約束も達成には至っていない。
それなのに、アバター・シウスは砂上の楼閣。
先行きは、身一つで迷宮に取り残された赤子のように残酷だ。
おそらく、ノイエとゼフィラには不調を察知されてしまった。
正直に話せば、探索を止められるかもしれない。
――もう、仲間と一緒に攻略を行うのは無理だ。
「……システムウィンドウ」
名残惜しさを振り払い、メニュー画面から<テレポート>を選択する。
淡い光に包まれて、剣士の体は彼方へと転移した。
――大陸北方面か西方面へ向かえば、見つかりにくいはず――
終日、シウスがパルマ・ロッサの宿屋に現れることはなかった。




