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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
五章「水底の真影」
26/49

6.

 海中宮殿の奥底で、六つのアバターは踊り狂う。

 躍動感に溢れた決死の舞踏が、大広間を独占して繰り広げられていた。


 あたかもジルバのように男女が組み合わず、速いリズムで動き回る。

 剣士二人が切り結び、薄紅色の矢が相殺し、魔法の雷撃が激突する。


 <クロスガイア>攻略の先駆者たる三人とその影は、互いの力を存分に発揮してしのぎを削り合う。戦闘は、近く終幕を迎えようとしていた。



(ポットを使う暇がない……!)



 <サンダースフィア>を制御しつつ、歯ぎしりして己の影を確認する。


 くすんだ金髪の占術師――シャドウゼフィラはMPの消費を度外視してスキルを連発する厄介な相手だった。



「こちらのみMP管理を強いられるとは……!」



 灰色のローブを纏う狩人――シャドウノイエは、芳香を振りまく一矢を連続で白衣の少女に向けて放つ。


 ノイエは紙一重で避けて反撃に移るが、手数が絶対的に足りない。

 敵にはMPが設定されておらず、スキルは使いたい放題なのだ。


 全く同じアバター性能で継戦能力に勝るドッペルゲンガーに、ノイエもゼフィラも徐々に押され始めていた。


 ――例外は、紺色の剣士ただ一人。



「…………」



 青年は影の振り下ろした大剣をひらりとかわす。武器を消し、相手の腕を素早く掴むと、一息で投げ飛ばした。


 シャドウシウスは受け身を取って床を転がり、ゆらりと立ち上がる。

 シウスはその時間を見逃さず、剣を再び呼び出すと、偽物のゼフィラへ疾風の如く肉薄した。



「<サイクロンエッジ>」



 上着を翻しながら独楽こまのように高速回転。乱舞するショートブレードの剣閃が占術師の影を弾き飛ばす。


 後方へ跳躍することでダメージを軽減したのか、もう一人のゼフィラはまだ倒れない。だが、ポットを使用するには十分な隙が生まれた。



「恩に着るぞ、軍師!」



 思考操作でインベントリ内の回復アイテムを使い、礼を言う。

 青年はひらひらと片手を振って返答すると、身を起こした漆黒の剣士に向かって容赦なく剣撃を見舞った。


 シウスは己の影を相手にしながら、仲間の援護まで担っている。



(相変わらず強い。だけど……)



 ゼフィラは水晶球に回復したばかりのMPを注ぎ込みながら、不可解な現状をいぶかしんだ。


 何故か、彼だけはドッペルゲンガーを上回る動きを見せている。

 互いのアバター性能は変わらないのに、一体どうなっているのだ。



(……まさか、この短時間で成長しているの?)



 仮に、影が追いつけない早さで強くなっているならば、理屈は通る。


 しかし、それは荒唐無稽こうとうむけいな推測だ。たかが数分で人間が成長するなど、フィクションでしかあり得ない。



 ――不意に思い至る。この世界が、VRMMOであることを。



 ゼフィラ達はアバターだ。現実に酷似した仮想空間の再現度に縛られているとはいえ、体の性能は実物とは比較にならない。


 たとえ肉体が衰弱死しても、仮想空間に残されたプレイヤー達の意識は、サーバが壊れぬ限り永遠に生き続ける。


 そして、血肉という枷から解き放たれた自我は、無限に成長を続け――



(そんなことになったら、シウス君は……!)



 デスゲームの攻略によって異常な成長を遂げた意識に、昏睡状態の肉体は応えられるのか。むしろ、双方のギャップに適応できず、目覚めることすら困難なのではないか。


 ――サーバから脱出しても、彼はリアルに復帰できない――


 ゼフィラは青年の抱える秘密に、あと一歩まで近づいていた。



「<レギオンスナイプ>!」



 しかし、ノイエの叫びがゼフィラを戦闘へ回帰させる。


 分裂する数多あまたの矢――マシンガンを連想させる射撃の嵐が三体の敵を牽制する。思考の海に潜っている間に、剣士が敵を一か所に誘導したのだ。


 雨あられと襲い掛かる矢弾は、ドッペルゲンガーを釘付けにしている。

 三体の偽者を一網打尽にするならば、今しかない。


 長い銀髪の少女と紺色の上着を羽織った青年が、目で合図を送る。


 黒金の占術師は、極限まで収束させた魔力を解放すべく、揺らめく陽炎を宿した水晶球を両腕で突き出した。



「<プロミネンスコール>!」



 高らかに宣言された魔法名が、紅蓮の灼熱を顕現けんげんさせる。


 水晶球から漏れ出した炎熱の奔流は指向性を宿し、フロアごと撃ち貫く勢いを以て直進した。


 宮殿の内装がことごとく消し炭と化し、床面は蒸発する。

 宇宙から恒星を召喚したかのような一撃に、アバターの影が身構え――



 ――極大の赤光が、広間を包み込んだ。



 圧倒的な衝撃波は、三人の頭髪と衣服を激しくはためかせる。

 巻き起こる爆炎に誰も目を開けていられなかった。


 パーティーが耐えること、十数秒。


 爆風が収まると、シウスは仲間より一足先に眼前の光景を目にする。



「…………!」



 開いた口がふさがらないとは、まさにこのことだ。

 ゼフィラが放った全力の魔法は、予想だにしない破壊を具現していた。



「どんな威力だ……」



 フロアのあちらこちらからパチパチと火の立つ音。

 床も壁も天井も焦げ付き、ぐずぐずに熔解してしまっている。


 まるで、軍事国家の執拗しつような攻撃に晒された小国の如き惨状だ。

 元がいくら豪華絢爛でも、一面を焼き尽くされてしまえば、舞踏会など催せるわけがなかった。



「すさまじい火力ですね……」


「うむ……加減を間違えたかの?」



 内心で頭を抱えながら、白衣の少女に同意する。

 自分のスキルが引き起こした事態は、にわかには受け入れ難かった。


 ここまでやれば、ドッペルゲンガーの撃破は確定しただろうが――



「ん? ……何だこれ、メダル?」



 ゼフィラが戸惑っている内に、シウスは無造作に転がった手のひら大の金属板を三枚拾い上げる。どうやら、ドロップアイテムらしい。



「三枚ってことは、俺達三人分だよな……」



 青年は仲間に一枚ずつメダルを手渡した。


 黄金を鋳造して作られた小ぶりの円盤には、翼を広げた竜の文様。

 ありふれたデザインだが、どこかで見た気がしなくもない。


 思い出せない解答は、ノイエが持っていた。



「これは、央都の守護竜ですね。

 アウレリアの王城に同じ紋章がありました」

 

「古代遺跡に守護竜が住んでた設定でしたっけ?

 パルマ・ロッサからは随分遠いですけど……」



 <図書館>の記述を顧みて、シウスが補足した。

 このメダルは<央都アウレリア>に関連するアイテムのようだ。



「明日、アウレリアに戻ってみますか?

 もしかしたら、イベントが進むかもしれません」


「軍師の意見に賛成だ。今日はいろいろと疲れたでな」


「システムウィンドウ。……そろそろ正午ですか」



 ノイエが音声認識でメニュー画面を展開して、時刻を知らせる。

 一行は二時間以上、続けて探索を行っていたのだ。疲労は隠せない。


 そのまま<テレポート>で宿屋に移動しようとして、白衣の狩人はふと止まる。少女は剣士の目を正面から見据え、真剣な面持ちで語った。



「シウスさん、あなたに話したいことがあります。

 昼食の後、時間をいただけないでしょうか?」


「我もきたいことがある。同席させてもらおうかの」


「……分かりました。歓談スペースで落ち合いましょう」



 あからさまに硬い表情で答えると、青年は白と黒の少女二人から逃げるように渦を描く閃光を放ち、姿を消す。


 そんなシウスを見送って、ゼフィラとノイエは意見を交わした。



「やはり、様子が変ですね。いつもの余裕がないと言いますか」

 

「そなたもそう思うか。軍師は今朝から妙に殺気立っておるのだ。

 戦闘の最中に力を増している節もあるが――」


「――行き過ぎた成長は、肉体とのミスマッチを生む。

 アバターに異常が起きても、おかしくはありませんね」



 ノイエもその可能性を想定しているようだった。

 二人の推察が正しければ、行き着く先は脱出の阻害である。



「願わくは、無用の心配であって欲しいのですが……」



 狩人の言葉が、水底の宮殿に残響する。

 しかし、祈りを聞き届ける神は、仮初の天上に存在しなかった。





 <海上都市パルマ・ロッサ>に鐘楼が鳴り響き、正午を告げる。

 その一画、明るい広場に立つレンガの塔を見上げる青年がいた。


 チェインメイルに紺色の上着を羽織った剣士は、春の陽気を否定するかの如く、顔面を蒼白にしていた。


 寒気を感じているのは確かだが、それは気温のせいではない。

 アバターの不調がますます進行していたからである。


 シウスは信じたくない事実に顔を歪め、諦めるように呟いた。



「聴覚までいかれてやがる……」



 ――目の前で揺れている鐘楼の音色が聞こえない。


 自分の声や息遣いは、聞き取れる。しかし、波の音やカモメの鳴き声はすでに失われ、己の認識する世界が静寂で満たされていた。


 今は味覚の喪失と聴覚の部分的な欠落で済んでいるが、さらなる異常が出て来るのも時間の問題だろう。



「リーダー……ノイエさん……」



 ただしはまだ、博孝ひろたかに謝罪をしていない。

 ノイエと交わしたデスゲーム打開の約束も達成には至っていない。


 それなのに、アバター・シウスは砂上の楼閣。

 先行きは、身一つで迷宮に取り残された赤子のように残酷だ。


 おそらく、ノイエとゼフィラには不調を察知されてしまった。

 正直に話せば、探索を止められるかもしれない。


 ――もう、仲間と一緒に攻略を行うのは無理だ。



「……システムウィンドウ」



 名残惜しさを振り払い、メニュー画面から<テレポート>を選択する。

 淡い光に包まれて、剣士の体は彼方へと転移した。


 ――大陸北方面か西方面へ向かえば、見つかりにくいはず――



 終日、シウスがパルマ・ロッサの宿屋に現れることはなかった。



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