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貴方といると、お茶が不味い  作者: わらびもち


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9/18

こんなものは燃やしてしまいましょう

「お嬢様……先触れのないお客様から取次が……」


 ある晴れた日の朝、当家の執事が苦虫をかみ潰したような顔でそう告げてきた。


「あら? どちら様?」

「それが……お嬢様の元婚約者のロバス公爵子息でして……」

「まあ……! 今更何なのかしら? 不愉快だから取り次がないでちょうだい」


 彼はもう赤の他人。こちらから話すことなど何もない。

 やっと切れた縁に清々し、晴れやかな気持ちで一日を迎えたというのにこれでは台無しだ。


「女々しい男ですね。婚約が破棄された途端縋り付いてくるなんて!」


 クリスフォード様が追い返された後、サリーはわざわざ門前に塩を撒いてきたようだ。

 左腕に塩壺を抱え、もう片方には手紙の載ったトレイを持っている。


「サリー、その手紙は何?」

「あの女々しい男からの手紙です……。お嬢様に会えぬのならせめて手紙を、と門番に無理矢理渡してきたようですよ? どうします? 燃やします?」

「うーん……そうね。一応中身は読んでみるわ。内容によっては燃やすかもしれないけど……」


 婚約中、彼からの手紙は全てスピナー公爵令嬢について書かれたものばかりだった。私の誕生日ですら無関係の令嬢のことばかり書いてきた彼にはうんざりしたものだ。この手紙には何が書かれているのだろう……私は恐る恐るその内容に目を通した。


「……へえ、ロバス子息が嫡男の座から外れるようよ? それで彼の代わりに妹君が跡継ぎとなるみたい」

「ああ確か……難関の学園に合格した妹君ですよね?」

「そうそう、その聡明な方。……あら、手紙の続きにはその妹君を悪し様に罵る内容が延々と書かれているわ」


 便箋数枚に及ぶほどの妹への誹謗中傷。

 まあよくもここまでの悪口を並べ立てられるものだ。彼女のことを紹介すらされていない私に。


「会ったこともない元婚約者の妹への悪口を書かれても困りません? だから何、としか思えませんよね」

「ええ、全く。きっと彼はわたくしが『まあ! 妹君はなんて酷い女なの! そんな女よりもクリスフォード様の方が次期当主に相応しいわ!』と口にすると期待しているのでしょうね」

「あの女々しい男はお嬢様をそんなウザッたい女だと思ってるんですか!? あの阿婆擦れ公爵令嬢と間違えていません?」

「ああ……確かにスピナー公爵令嬢ならそう言いそうね。ロバス子息の目には、わたくしも彼女と同じように映っているのでしょう……。だって、彼はわたくしのことを何も知らないもの」


 婚約期間中に彼が最も親しく過ごした相手は私でなくスピナー公爵令嬢だろう。

 だからだろうか、この手紙には彼女と私を同一視するような文言が見受けられる。


「『また一緒に君の好きな薔薇を見よう』や『君が好きなチョコレートを毎日手土産に持っていくよ』とあるのだけど、わたくしどちらもそこまで好きじゃないわ。それを好んでいたのはスピナー公爵令嬢よ」

「うわっ、気持ち悪いですね……。お嬢様がそんな不良物件と縁が切れてほんとうによかったです……!」


 こうして私の気持ちに寄り添ってくれるサリーが傍にいてくれるから、この呪いのような手紙も笑い飛ばせる。そうでなければ人知れず涙を流していたかもしれない。あまりにも自分が惨めで……。

 恋い慕うことはなかったが、彼に寄り添う努力は重ねてきた。その結果がこれではあまりにも惨めではないか。よりにもよって婚約を壊した女性と同一視されていたなんて……。


「サリー、読み終わったからもうこの手紙燃やしちゃいましょう。ついでに今まで彼から貰った手紙も全て処分するわ」


 この惨めな気持ちも悔しさも、手紙と共に火にくべてしまおう。

 自分以外の女性を褒め称えた手紙も全て。私には、もう必要のないものだから。

*


 「スピナー公爵令嬢の件で世間が騒がしいわね」


 麗らかな昼下がり、日当たりのいいサロンで共にお茶を楽しんでいた母がポツリと呟いた。


「お母様、スピナー公爵令嬢の件とは……先日、王太子殿下との婚約を破棄されたことですか? それともアイリスを罵倒したことがネイサンの逆鱗に触れ、レブンス商会から取引中止の通告を受けたことですか? それとも学園で複数の令息と親密になったことですか?」


 長い台詞に喉が渇き、私は少し冷めたお茶をそのまま飲み干した。

 冷めていても美味だ。香り高く、渋みも丁度いい。この銘柄は確かロバス家で飲んだものと同じだったはず。共にいる相手次第でこうも味が変わるものかと、しみじみ思う。


「改めて聞くと相当やらかしているわね……。言うまでもなく全てよ。まずアイリスを罵倒した件だけど、三家は早々にレブンス商会に正式に謝罪を申し入れたわ。それで慰謝料を支払って手打ちになったそうよ」

「三家とはスピナー公爵家とロバス公爵家、そして宰相の家ですよね? 二公爵家と国の宰相が一商会に正式に謝罪をするって前代未聞じゃないですか」

「それはそうでしょう、良識ある人間ならまず一商会をそこまで怒らせることもないのだから。それに三家とも賢い選択だと思うわ。今のご時世、貴族だからと商人を馬鹿にすれば痛い目見るのは自分達だもの」


 商人といって侮ると痛い目を見る。物資を流通させているのは彼等なのだから。

 お金があっても、身の回りの品を購入できなくなれば生きていくことは難しい。


「そういう面でもロバス子息は当主の器ではなかったのですね。あの方、アイリスの店で『たかが商人風情が!』と叫んでおりましたもの」

「まあ! 若いのにそんな一昔前の感性を持ってたの? つくづくそんな男の元へ貴女を嫁がせなくてよかったわ……」

「ええ、本当に。あの方とは価値観が違ったようですし」

「ロバス公爵家はお会いしたことのない妹君が継ぐそうだけど……きっと大変でしょうね。兄のせいで白い目で見られている家を、こちらの社交界に人脈のない方が継ぐのだもの。ああ、それはスピナー公爵家もかしら? あの家ではご嫡男が婚約者のご令嬢に逃げられたそうよ」

「婚約者に逃げられた? そんなことあるんですか!?」

「先方の家から『醜聞だらけの家に嫁ぎたくない』と言われたら、ねえ? 何も言えないでしょうよ。なんたってスピナー公爵家はご息女のせいで王家に睨まれ、レブンス商会に睨まれ、我が家を含む各家から抗議を受けているのだもの。流石にここまで醜聞塗れになる家も珍しいわ。そんなところに嫁げば苦労するのは目に見えてるでしょう?」

「確かにそうですね……」

「それと宰相は職を辞したそうよ」

「え? ええっ!? あそこは子息がスピナー公爵令嬢にくっついて商会で騒いだだけではありませんか?」

「そのスピナー公爵令嬢にオナモミのごとくくっついていたことが問題なのよ。王太子殿下を差し置いてその婚約者と親密になるなど以ての外。悪い言い方をすれば、王家へ叛意ありと見なされる行為よ。宰相とは陛下をの治世を支える存在。その家族が不忠者では周囲に示しがつかない、と潔く職を辞したそうよ」

「まあ……潔い御方なのですね」

「宰相ご本人はね。それなのにどうして息子はあんな恥知らずに育ったのか……不思議ね」

  

 母はお茶を一口飲み、喉を潤すと「ところで……」と話を変えた。


「王妃殿下から貴女へお茶会の招待状が届いているわ」


 そう言って母はテーブルの上にある呼び鈴を鳴らす。

 すると端にいた母付きの侍女がトレイに乗せた手紙をこちらに差し出した。

 手紙に施された封蝋の意匠は間違いなく王妃殿下のものだ。


「叔母様からお茶会のお誘いだなんて……実に久しぶりです」

「ええ、王太子殿下の御婚約が成立されて以来初めてかしらね。殿下の婚約も破棄されたし、行っても問題ないわ」


 姪ということもあり、幼い頃はよく王宮に遊びに行っては王妃殿下や王太子殿下とお茶を楽しんだ。

 だが、王太子殿下の婚約が成立してからは王宮に行くことを母から禁じられ、必然的に二人と会うこともなくなった。

 まだ幼い私には何故二人と会ってはいけないのか分からず、泣いては父を困らせたものだ。私を憐れんだ父は「少しくらいならいいんじゃないか?」と母を説き伏せようとしたが、母は頑として譲らなかった。


『いけません。これからは妃殿下も王太子殿下も婚約者となったスピナー公爵令嬢と親睦を深め、関係を築かねばならぬのです。そこに部外者であるレオナが我が物顔でお二人と仲睦まじく過ごせば、スピナー公爵令嬢はどう思われるか……。わたくしは娘を婚約者の仲を邪魔する悪女にするつもりなどありませんわ』


 いくら姪とはいえ、従妹といえ、家族ではない。

 これから二人と家族になるのはスピナー公爵令嬢だと母は私が分かるまで説明してくれた。


 今考えると、その母の選択は正しかった。

 いくら親戚とはいえ、婚約者でもない令嬢が我が物顔で王宮を出入りすればスピナー公爵令嬢に失礼だし、王命の婚約に横槍を入れる行為になってしまう。


 なのに……そんな私や母の気遣いが仇となって返ってきた。

 まさか、気遣って遠慮した相手に、自分の婚約者と我が物顔で親しくされるとは……。


 いつだったか母が「気を遣って損したわ……」と呟いた顔を今でも覚えている。

 裏切られたことに憤り、ひどく恨みの籠った顔をしていた。


「…………お母様、殿下の次の婚約者はどなたが……」


 知りたいけど聞きたくない。そんな想いがあり言葉の途中で口籠ってしまった。

 そんな私の前で侍女が新しいお茶を淹れる。彼女のおかげで母に私の顔を見られずに済んだ。

 泣きたいのを我慢するような、苦しい表情を。

 

「わたくしも詳しくは知らないの。だからそれは妃殿下の茶会で直接お聞きなさい」

「はい……かしこまりました」


 聞きたいけど聞くことが怖い。

 あの方の隣に立つ幸運な女性が、自分であればいいのに……。

 そんな感情を胸の奥に流し込むように、私はお茶のおかわりを口に含んだ。

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